13 宰相閣下の逆鱗
ダレスが王都ツェリエにいる最後の深夜。宰相ロキスタがダレスの居室に呼ばれた。
オーラブのものにもひけをとらない広い部屋。彼が王宮を出て領地に行ったのはもう三年前だが、それ以来も召し使い達は毎日、この部屋の清掃を欠かしたことがない。行事などでいつ戻ってきても困らぬよう、調度品も時折交換したりしている。
「お呼びですか、殿下」
ノックをしてロキスタは入った。ああ、と中から返事がある。入ると、ダレスと弟のヤールがソファに腰掛け、紅茶を飲んでいた。
「忙しいところ悪いね」
ダレスがロキスタにソファを勧めた。青鈍色のソファに、彼は恐る恐る腰かけた。目の前にはヤールがいる。瞳の色だけが異なるようなこの二人は、互いににらみあった。
すっと紅茶の入ったカップが差し出される。ヤールを睨むと、弟は笑った。毒など入っていませんよ、と。だがロキスタはちらりとそれを見ると、手をつけようとはしなかった。
「何のご用でしょうか、ダレス殿下」
つっけんどんに尋ねる。
「せっかちだね、ロキスタ。でも、私も遠回しはキライだ。……単刀直入に言おう。私につく気はない?」
ロキスタは表情を崩さず、読まさず、ただまっすぐ前を見ている。そして、低く答えた。
「何をおっしゃっているのか、さっぱり分からないのですが」
すると、ダレスはくすくすと笑った。
「やだなぁ、宰相閣下。……簡単じゃないか。兄上を裏切って、私の味方になってほしい。勿論、王位を手にした暁には相応の地位をあげよう」
ロキスタは眉間に皺を寄せたまま、ヤールを見た。
「兄上。こちらについておいた方が安心ですよ。ダレス様とオーラブ殿下……失礼だが、彼に王たる風格はないのは、兄上にもお分かり……っ!」
ヤールが言い終わらないうちに、ロキスタは弟の首もとに剣をあてがった。彼は低い声で唸るように囁いた。
「死にたいか?……貴様がアイヴィッサ家の者か疑ってしまうな……」
「……兄上っ……野蛮な真似は……」
驚きのあまり、息を荒くしてヤールが言う。だがそれにも構わず、ロキスタは淡々と喋った。
「そんなにさっさと死にたいなら俺が送ってやる。……そこの頭のお悪い殿下のような人間に、俺を御せると思うか?俺を扱えるのはこの世でただ一人だ。火傷するぜ、他の奴らはよ」
ロキスタは剣を離し、扉の方へ歩いていった。
「……後悔するよ。残念だ、天才宰相閣下はもっと頭と物分かりの良い人かと思ってたから」
ぽつりとダレスが呟く。楽しそうな声だ。ロキスタは彼を鋭く睨んだ。
「後悔などしない。……オーラブ殿下に仕えている限り、俺は後悔などしない」
「そう……私なら上手く扱えると思ったけど」
「無理だ。オーラブ殿下が剣ならば、俺は鞘だ。一振りの剣に合う鞘は一つだけだ」
ほんとにそうかな、とダレスが笑った。
「同じ形でも、駄目かな?」
ロキスタは頷いた。
「この世に全く同じものなどない……どんなに似ていても、同じ型から創っても、どこか何かが違う。……怪我をしたくなければ、相応の鞘に収まっていることだ」
そして、失礼、と短く挨拶すると、最後まで紅茶に手をつけないままロキスタは部屋を出ていった。
「あーあ、やっぱばれたか」
ティーカップを見て、ダレスが笑う。だから言ったんですよ、とヤールは拗ねてみせた。
「こんなもの、兄上はすぐ見抜くって……」
瞬間、ヤールの首筋に剣の冷たさが蘇り、鳥肌が立った。兄のあの目……なんという冷酷さを、怒りを宿した目……!見る者を凍りつかせるような瞳だった。己のぎりぎりの心境を悟られていないだろうか?
「それにしても残念だなぁ。彼も殺すことになるなんて……」
ダレスはヤールを振り返り、ごめんね、と全く悪気のない声で呟いた。
「君、兄上を手にかけることになるよ」
構いません、と彼は返事をした。
「それがアイヴィッサ家の宿命です。……私もまた、主を裏切るつもりはございません」
ありがとう、とあどけない表情でダレスは笑った。そして彼はテーブルに飾ってあった薄桃色の薔薇の花弁を一枚千切り、優しく口づけした後、乱暴に噛みきった。
「でもまあ、いっか。リュデリッツ公爵はこっちに引き込んだし」
そう言う彼の目は猟奇的だった。千切れた薔薇の花弁を、心底愛しそうに見つめる。彼は口の中の花弁を、この王宮の庭で採れたという薔薇から出来た紅茶で流し込んだ。




