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初雪


ふぅ……


と、もれた吐息が白い。

帝都に上って半年が過ぎ、そろそろ冬が始まろうとしていた。

数日ぶりに朝から城へ上がり、溜まった雑務を片付け昼過ぎには宛がわれている離宮に戻って来た男。


名は、秋津(アキツ)


年の頃は二十代半ば程、恐ろしいほどに整った顔立ちに甘さの欠片も無い鋭い眼差し。

艶やかな黒髪に、深い藍色の瞳。

鍛えられ引き締まった長身、精悍な面構え。

街を歩くだけで、女性達の視線を独り占めに出来そうだ。




だがしかし、そんな事はこの男にとって煩わしいばかり。

何故なら、既に唯一無二の宝石を手に入れているから。

慌ただしく仕事を済ませ、急ぎ戻ったのもその宝石の為。


元々、身体の弱い想い人は急激な冷え込みをみせる天候について行けず。

ここ数日、高熱を出して寝込んでいたのだ。

昨日から漸く熱が下がり始め、安堵して仕事に出たのが今朝の事。

どうにも気にかかるのは仕方のない事で、そうそうに切り上げ帰って来た。




早足で廊下を進み、目当ての部屋が見えたところで絶句した。


庭園に面したこの廊下、部屋の正面の壁はあちこちが大きなガラス戸になっている。

目当ての部屋の前もそうなっており、大層美しい庭園が見渡せる。

その場所に、ガラス戸を引き開け腰掛けている姿を見つけ。

男の心臓は凍りついた。

居たのは、漸く熱が下がり始めたばかりの想い人だったから。


「何をしている!!」


衝撃から我に返ると、形の良い眉を跳ね上げ怒鳴りながら側へと急ぐ男。




「お帰りなさいませ秋津様、随分とお早いお帰りで」


怒鳴られたにも関わらず、悪びれる事なく綺麗に微笑む花の(カンバセ)に。

男の頭はグラリと揺れた。


この想い人の名は、冬音(トオネ)


毛先が緩く波打つ薄茶の長い髪、小さな面に収まる形の良い鼻と桜色の唇。

そして大きな琥珀色の瞳。

片腕に収まる程の華奢な身体は、青みを帯びた雪の肌。

可憐な微笑みに、怒りが飛びそうになった男は全力でそれを引き戻す。


「まだ熱のある奴がこんなところに居るとは、余程寝込みたい様だな」


「雪を見たかったのです」


「雪だと?」


ゆるりと巡らす想い人の視線に釣られ、男も庭園に不機嫌な視線を向ける。

すると、何時から降っていたやら雪がハラハラと舞っていた。


「初雪でしょうか?」


柔らかな想い人の囁きに、思わず雪に見とれていた男が向き直り。

有無を言わさず、華奢な身体を両腕に抱上げた。


「雪なら部屋の中から見ろ!!」


怒鳴りながらさっさと部屋へ入り、想い人をベッドの中へ押し込める。

薄い夜着の上にショールを羽織っただけで、あんなところに居るとは。




改めて目眩に襲われた男は、きつく目を閉じ頭を振る。

それから布団にくるまった想い人の額に掌をあて、返す手の甲で頬を撫でた。


「熱が上がってるじゃねぇか」


眉を顰め睨んでみても、相手はどこ吹く風でニコニコと笑っている。


「先程は体調が良かったのです、それで雪を見に……」

「だからって、薄着で外に出る奴があるか!」


「外ではありません、廊下に居りましたよ?」


「屁理屈を言うな、戸を開けていれば外と同じだろうが」




どうしてくれよう。


男は怒りも露わに顔を顰めている、他の者が目にすれば震え上がりそうな迫力なのだが。

天衣無縫の想い人は全く意に介さず、細い指が引き上げた布団の端で口元を隠しつつ。

目を細め、クスクスと笑うばかり。


「もう雪が降るかもと聞いたのです、六州よりも一月以上も早いのに」


「帝都は彼処よりずっと北だからな…… そんな事を誰に聞いた?」


「床上げも儘ならない私が、睦春(ムツハル)様以外の誰から聞くと言うのですか?」


「……」




男は返す言葉も無く、仏頂面で黙り込む。

その様子に、見下ろす想い人の笑いは治まらない。


――春め、余計な事を。


男は苦虫を噛み潰しつつ、胸中で従兄弟であり親友である男に毒づいた。

ちょっと身体が楽になれば、己の興味に忠実にあれこれやんちゃをし出す想い人。

治りかけが拗らせやすいからと、己と共に床に止める見張り役の筈が。

起き出す口実を、わざわざ与えてどうするのか。




この九つ年下の想い人は、どうすれば己の意のままになるやら。

怒っても、宥めても、全く聞かず無邪気に逆らってくれる。

男は深い溜め息を吐き出すと、笑い続ける想い人の瞳を覗き込んだ。


「何時まで子供気分で駄々をこねる気だ? おちびちゃん」


間近で囁かれた言葉に、細められていた想い人の目が丸くなる。


「子供ではありません、十七になったのですから大人です」


不満げに頬を膨らませ、睨み上げて来る想い人に。

男は仏頂面が続かず、軽く吹き出した。




――本当に、どうしてくれようか。


泣いても、怒っても、むくれても、勿論笑っても。

どんな表情も仕草も可愛らしいと感じ、腹の底から込み上げて来るのは。

狂おしい程の愛しさ。

不意に男は覆い被さる様に身を屈めると、想い人の耳元で低く囁く。


「大人と思われたければ早く治せ、そして抱かれに来い」


「……っ」


絶句して固まってしまった想い人、滑らかな雪の肌が素晴らしい速さで朱色に染まる。

その鮮やかな変化、漸く期待通りの反応を見られ男は満更でもなく悦に入る。

そして身を起こしざま、固まる想い人の唇を軽く盗むと声を立てて笑う。


「秋津…… 様……っ」


二の句が告げず、涙目で睨む想い人の柔らかな髪を撫でながら。

笑いを治めた男は目を細め、もう一度はっきりと告げた。


「早く治せ」




.

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