表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

番外編・肆 『夜明け前』



※ 帝都に上る数ヶ月前のお話。



.


邸を震わせる轟音。

突然の豪雨により、激しく屋根を叩く雨音。

その音の激しさに、浅い眠りに落ちていた男の意識が覚醒する。


細く目を開ければ一面の闇。

まだ夜なのか、雨雲に陽が遮られているのか。

おそらく両方だろう。


「……煩ぇ」


男の呟きが聞こえでもした様に、突然の雨音は始まりと同じく唐突に弱くなる。

それに安堵の吐息をもらし、男は闇に慣れた目を己の腕に向けた。

闇に浮かび上がる、青みを帯びた白。

淡く輝くような姿をみとめ、男の口の端が僅かに緩む。


腕に収まるのは、あどけない寝顔を見せる想い人。

激しい雨音に気づく事なく、穏やかな寝息を立てていた。

不意に男の眉が顰められ、想い人の身体を更に抱き込み。

そっと白い肩に唇を寄せる。

すると、己と同じ体温が伝わり安堵した。


想い人が落ちた後、その身を清めてやりはしたが夜着を着せかけもせず。

己も寝入ってしまうとは、何と迂闊なことか。

朝夕の冷え込みが、それなりに厳しいこの時期。

想い人の身体を冷やしては事である。


そんな事を思い、男は笑いだしたい衝動にかられたが。

何とか堪えて肩を揺らす。

己がこれほど誰かを思いやるなど、そんな自分が居た事に驚いた。


己の造作が優れていると、子供から少年となる頃には気づいていた。

それが武器になる事も。

絡みついて来る女達の視線。


ちょっとその気を見せれば、面白い様にこの手に落ちて来る。

欲を吐き出す相手に、困った事など一度も無い。

己の思うように振る舞って、文句を言われた事も無い。

故に、相手を思いやる事などした事が無い。


それが、今はどうだ。

秘かに焦がれ続けた積年の想い、漸く想い人を手に入れた。

その身も心も……


共寝をするようになって、まだ日は浅い。

脆い想い人の身体に少しも負担にならぬよう、決して情欲に溺れる事はしない。

例え身体を繋げずとも、ただ寄り添って眠るだけで満足できる己が居る。

こんな想いがあるなど、知らなかった。


男の肩の揺れが仇となったか、想い人の長い睫毛が震え華奢な身体が身動ぐ。

細い手が男の胸元を彷徨い、小さく開いた口から消え入りそうな囁きがもれた。


「秋…… さん?」


「起こしたか…… まだ夜だ寝ていろ」


「雨……?」


薄く開いた琥珀色の瞳が、男の顔をぼんやりと映す。

いまだ聞こえる雨音。


「あぁ、今日は寝坊しても大丈夫だぞ」


笑いを含んだ囁きと共に、男の熱い吐息が首筋を滑り。

想い人はビクリと身を竦ませる。

胸元に寄せられた指先の震えを感じ、男は喉奥で笑った。


「そう怯えるな、一緒に寝るだけだ」


「怯えてる訳では……」


徐々にか細くなり消えて行く囁き、俯いた想い人の小さな耳は夜目に分かるほど赤く染まっている。

それに男は苦笑を浮かべた。

どうしようもなく込み上げる愛しさ、そのやり場に困るとは。


何と幸福で、甘美な悩みか……


男は包み込むように、華奢な身体を胸元に引寄せると。

その髪に顔を埋め、優しげに囁いた。


「お休み」


「お休み…… なさい……」


腕の中の想い人が、小さく返す声を聞きながら。

男は満足げに微笑み、目を閉じる。

静かに響く雨音……


初秋の夜はまだ明けない。




.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ