番外編・参 『悪友』
※ 奏月と第五州の長のお話
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「くそ寒い中呼び出しやがって、何かと思えば囲碁じゃねぇか」
「ふ、そんなわしが勝つと知れた勝負で呼ぶものか、これで違う勝負をするのだ」
「お前がいつ勝ち越したよ、今年は俺が一勝多い」
「何を! それは引き分けだ、勝手にお前の勝ちにするな」
「何言ってやがる! 俺の方が半目多かったぞ」
実に大人気ない会話がなされているのは、第五州・涛家の邸。
季節は、あと少しで年が変わろうかという冬真っ只中。
この日涛家の長・定明に招かれ。
やって来たのは第六州、織家の長・奏月と十歳の秋津。
生憎の吹雪であったが、是非にと乞われ来てみれば。
新たな遊びを仕入れたから、勝負しようと言われ。
奏月の機嫌は急降下。
しかし、新しいものには興味が湧くもの。
「で、何をしようと言うんだ?」
精々仏頂面で問うてみれば、定明はニヤリと笑う。
「連珠だ!」
得意気な三つ年上の友の顔、奏月とは対照的な豊かな白髪が艶めいて見えそうだ。
「……何だそりゃ」
詳しく聞いてみれば、要は五目並べらしい。
ただ、着手制限の決まり事があるとか。
「五目は先手有利だからな、これはそうはいかん」
「ふん、どちらにしろ俺が勝つに決まってる」
「何を! わしが物珍しさだけで呼んだと思うか?
確り珠型も学習済みだ」
「馬鹿め、頭でっかちが実践で役に立つかね」
「喧しいわ、さっさと指南書を読め!」
とことん大人気ない会話の二人、何時もはもう少し節度があるのだが。
今日は、歯止めをかける者が居ない。
いや、正確には居るのだが……
「大体だな、お前と勝負する為に仕入れたのでは無い。
秋津と遊ぶ為だと言うに……」
しょんぼりと、溜め息をこぼしながら愚痴る定明。
「お前の家が非常識なせいでこうなったんだろうが、馬鹿め」
言いながら、己の膝を枕に眠る少年の頭を撫でる奏月。
「非常識とは何だ! 失礼な」
「十のガキに酒飲ますのは、間違いなく非常識だろうが!」
「う……っ」
奏月の怒りに、返す言葉がない定明は。
真っ赤な顔で伸びている秋津へ、視線を泳がせた。
幾ら親しき家とは言え、礼儀を叩き込まれてきた少年が。
だらしなく伸びてしまって居るのは。
紛れもなく、涛家の者達の失態であった。
小さな子供の居ない涛家、まだ年少の息子や孫をもつ織家を羨ましがっており。
それを知っている奏月は、旧友に見せびらかす目論みで。
涛家に招かれた時は、必ず息子や孫を連れて来ていた。
中でも、最年少で造作の良い秋津は一番うけが良く可愛がられている様だ。
特に女性陣に。
今日も着くや否や、定明の妻や息子の嫁など。
あっという間に女達に囲まれた秋津、あれこれ世話を焼かれて困惑気味であったが。
叩き込まれた礼儀によって、無下にする訳にもいかぬ。
子供なりに気を使い、耐え忍んでいたのだが。
吹雪の中やって来てさぞ冷えただろうと、勧められた飴湯が不味かった。
確かに生姜汁の入った飴湯は、身体が温まる。
寒かったのも事実なので、秋津は有難く頂き。
引っくり返った。
「この酒好き一家め、飴湯まで酒で溶くとは非常識な」
「家は子供が居らんからな、つい何時も通りに作ってしもうた」
「せめて子供に飲ます前に気づけ、馬鹿め」
「……面目無い」
この件に関して反論の余地の無い定明は、素直に頭を下げた。
「まあその内、涛家の子になるのだ慣れておいて損もなかろう」
「寝惚けた事ぬかすな! 秋津はやらんぞ!!」
「家は子が居らんのだ、跡継ぎに困る」
「跡目なら、立派な倅が居るだろうが」
「孫が居らん」
「そういう事は、倅の嫁に頼め」
「ううぅ……」
涛家の家族は仲が良い、他が羨むほど。
なさぬ仲の嫁姑の関係も良好。
ただ子宝にのみ恵まれず、それだけが定明の悩みの種であった。
そんな友の贅沢とも取れる悩み、奏月の反応が辛辣になるのも無理からぬ事。
「五州の中にも子は山ほど居るだろうが、その中から選べ」
「秋津は見所がある、嫁達も気に入っておる」
パチン、パチン。
と、碁石を置く音が響く中。
飽く事なく不毛な会話を続ける二人。
「とにかく秋津はやらん! 諦めろ」
「こうしよう、この勝負に勝ったらだな……」
「ガキの身の振りを、遊びにするな!」
「何を! これは真剣勝負だ!!」
良い年をした男二人の、大人気ない口喧嘩。
すっかり日も落ち、一つ目の月が昇り始める時刻。
外の吹雪は衰え、闇の中にハラハラと舞う白い雪。
しかし時を忘れた二人の勝負は、明け方まで続きそうである。
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