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教訓


「いたああぁい!! やだああぁ!?」


「当たり前だ!! 痛くなきゃ仕置きにならん!」


「秋さんのばかああぁ!!」


「馬鹿はお前だ!! 何度言っても悪さしやがって」


「秋!!」


ベシンッ! ベシンッ!

と、小気味良い音と共に六歳の子供の泣き声と。

十五歳の少年の怒鳴り声が響き渡る、織家の庭先。

季節は初夏、熱い日射しと爽やかな風の吹く午前中。


「もうそれぐらいで良いだろう? 可哀想じゃないか」


「なに甘い事ぬかしてる! 全然、反省してねぇだろうが」


「十分してるよ、こんなに泣いて……」


怒り心頭の秋津の手から、尻叩きの罰を受け泣きじゃくる子供をひったくる夏月。


「痛かったなぁ、可哀想に…… 菓子をあげような」


夏月の優しい声と宥める手の暖かさに、少し落ち着いた様子の子供が恨めしげに呟く。


「秋さんのばかぁ……」


友の血管が切れる音を聞いた気がした夏月は、子供を抱えたまま慌ててその場を逃げ出す。


「全く反省してねぇな、あのガキ」


一人残された秋津、怒りのやり場に悩みながら唸るような囁きをもらした。




最近の子供の関心事は、生き物。

可哀想だから、と言って見かけたものを片っ端から拾って来るのだ。

何が可哀想なのかは、定かではない。

犬猫ならまだいざ知らず、蜘蛛に蜥蜴に蛙まで節操無しに連れて来る。


本日も朝から連れて来たのは、何処で見つけたやら瓜坊であった。

流石は猪突猛進の代名詞、猪の子供。

邸中を暴れ回り、荒らし回って逃げて行った。

嵐が通り過ぎた惨状に、秋津の堪忍袋も限界を迎え。

逃げ回る子供を捕獲して、尻叩きの刑に処した訳だ。


しかし全く反省しない子供に、少年の怒りは治まらない。

大体、皆が甘やかすから非常識な真似をするのだ。

怒りは周りの者達にまで及び、苛々は膨れるばかり。

そんな少年の背に、邸の縁側から声が掛けられた。


「少しは頭を冷やせ、馬鹿ガキ」


笑いを含んだ低い声音に、少年がジロリと振り返れば。

縁側にどっしりと腰掛けた奏月の姿。

膝には何日か前に、子供が拾って来た三毛猫が丸くなっている。


「呑気な言い草だな、きっちり叱らねぇとキリがないぞ」


不機嫌そのものな声で返しながら、少年も縁側に腰を下ろす。


「あんな傍迷惑なガキは見た事ねぇぞ、言う事も聞きやしねぇ」


「そうか? 俺はよく見てたぜ、お前もあんなもんだったからな」


「……」


奏月の言葉に、一瞬返答に詰まる少年。

まさか、あんなに酷かった筈は無い。

と思いはするものの、きっぱりと否定する事が何故か出来ない。

記憶とは曖昧なものだ。

仏頂面で黙り込んだ少年を見下ろし、膝で眠る猫を撫でながら奏月が口を開く。


「秋津よ、ただ叱ったって子供は言う事を聞かねぇもんだ」


言われて隣を見上げれば、奏月は苦笑を浮かべて猫を見ていた。


「子供の世界は狭い、だから物知らずと大人は思いがちだがそうじゃねぇ

子供は子供なりの筋と理屈をちゃんと持ってんのさ。

だから納得できる理由がなきゃあ、頭ごなしに叱っても聞きやしねぇよ」


「……ガキの理屈?」


眉根を寄せて問いかける少年、その顔に視線を向けると奏月は破顔する。


「ガキに言っても理解できねぇだろう、なんて決めつけんなって事だ」


「……」


「それにな、叱られる怖さではいはいと言うこと聞く子供より。

あれぐらいが将来有望てもんだ」


「逆じゃねぇのか?」


「納得しなきゃ我を曲げんてぇのは、物事を良く考えてる証拠だと思うがね」


「……」


「ま、途中で誰かみてぇにひん曲がらなきゃ良いがな」


「……そりゃ誰の事だ?」


ニヤリと笑う奏月に、少年は眉間の皺を深くして問いかける。

しかし返されたのは、豪快な笑い声だけであった。




そして夕方。


「どこ行きやがった!」


鼻息も荒く、秋津は邸の周りを歩き回っていた。

落ち着きの無い子供の姿が、また見えなくなったから。

早く見つけなければ、何やら拾って来る前に。

そう決意しつつ、裏手の茂みに踏み込んだ時。


フシャアアア!?


と言う、威嚇の鳴き声に驚いた。

もしやと思い、茂みの奥へ進んでみれば。

立ち尽くす小さな背中が見えた。


「冬?」


声を掛けてみるが、反応が無い。

訝しげに近づいてみれば、だらりと垂れた右手の甲から赤いしずくが滴り落ちている。


「冬! どうした?」


慌てて駆け寄り子供の正面に回り込めば、キュッと口を引き結んで俯いた顔。

どうやら、泣くのを堪えている様だ。

微動だにしない子供に溜め息をつくと、少年はしゃがみ込んで小さな右手を取る。


「猫にでも引っ掻かれたか…… とにかく傷を洗って薬を塗ろう」


やんわりと話し掛けても、子供はじっと黙り込んだまま。

その様子に苦笑しながら、少年は華奢な身体を抱上げ邸へと向かった。


白く小さな手に白いさらし、やけに痛々しく見える。

引き傷は存外痛むもの。

手当の最中も痛かったであろうに、かたく引き結んだ唇から声がもれる事は無かった。


――頑固だ。


少年の苦笑は深くなる。


「なぁ冬、何があった?」


前に座らせていた子供を膝上に抱上げ、俯く顔を覗き込みながら問いかけてみる。

問われた方は眉根を寄せたが、ぽつりぽつりと話し出した。


「ねこが一人だったから……」


「ん?」


猫は一匹だろう、と言う言葉はかろうじて飲み込む。


「さびしいから、家につれてこうとしたら……」


「怒られたか」


少年の言葉に、コクリと頷く子供。

猫を拾おうとして引っ掻かれた、それは分かるが寂しいの意味が判じかねる。


「寂しいって、猫がか?」


またコクリと頷く子供。

そしてぱっと顔を上げ、少年の目を真っ直ぐ見詰める。

その大きな琥珀色の瞳は、泣き出しそうに潤んでいた。


「だって一人はさびしいでしょ?

家ならみんなが居るからさびしくないよ?」


「……」


大真面目に言い募る子供、少年は危うく吹き出しそうになるのをぐっと堪える。

なるほど、これが子供の理屈というやつか。

朝、長とした話しが思い出される。

子供なりの善意なのだろう、だがそれは……


「冬は、一人は寂しいか?」


「……うん」


「だから猫や犬も寂しいと思ったのか……

だがな、あいつ等は寂しいと思っていないかも知れねぇぞ?」


驚いた様に子供の目が丸くなり、少年は目を細める。


「皆それぞれ寂しいと感じる事は違う、人も動物もな。

何かしてやりたいと思うのは良い事だが、押し付けるのは良くねぇよな?

相手が望む事をする方が、喜ばれると思わねぇか?」


少年の言葉を暫し吟味していたらしい子供、再び俯くと小さな声をもらした。


「……ねこ、さびしくないのかな?」


「猫は気儘な生き物だからな、一人が楽しいんだろう。

だがそれも全部じゃない、寂しい奴はよって来るからそいつを可愛がってやれば良い」


「うん、わかった」


大きく頷いた子供の顔から、透明なしずくがぽとりと落ちる。

少年は苦笑を浮かべたが。

頑固な子供に敬意を表して、気づかないふりを決め込むのだった。




そしてまた、暑さを増したある日の午後。


「いたああぁい!! やだああぁ!?」


「当たり前だ!! 痛くなきゃ仕置きにならん!」


「秋さんのばかああぁ!!」


「馬鹿はお前だ!! 何度言っても悪さしやがって」


「秋!!」


ベシンッ! ベシンッ!

と、小気味良い音と共に子供の泣き声と、少年の怒鳴り声が響く織家の庭先。

甘やかし代表の夏月が、子供をひったくり逃げ出した頃。

邸の縁側から長の呆れた声が、残された少年に届く。


「またかよ、叱るだけじゃ納得しねぇと言っただろうが」


これに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる少年。


「納得させる理由がいるんだろ?

木登りは危ねぇと教えるには、痛い目みるのが最適じゃねぇか?」


少年の理屈に長は目を丸くし、次いで吹き出すように破顔する。


「ちげぇねぇ」


爽やかな夏空に、豪快な笑い声が響いていた。




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