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甘味


「あのチビちゃんは、甘い物が好きだそうだ」


「……無理だと思いますよ?」


「喉の通りの良さなら、水羊羹かねぇ」


「冬ちゃんは勘が良いですから、無理でしょう……」


「そこを気づかれない様に工夫するのが、善さんの腕のみせどころだろう?」


「あたしは先生のお世話が仕事です、お医者の都合までは手に負えませんよ」


困り果てた顔で言い募るが、主には右から左の様で。


「……水菓子って手もあるか」


と、一人で思案に耽っている。

善司は深い溜め息をこぼした。


六州に流れて来て一年。

それまでは一つ所に半年も居着かなかった主が、いまだに居座り動く気配はない。

己の歳を痛感している善司にとって、落ち着いて貰えるのは有難い。


元々、主である光流は帝都で開業する医師一家の長女。

善司はその家の下働きであった。

三人いる兄達が、家業を継ぐことが決まっていたのもあり。

光流は成人と同時に、流れの医者となると言い出した。

当然の事ながら、家族は大反対。


反対を黙らせる手段として、光流が宣言した事に。

事実、腰を抜かした事を善司は今なお鮮明に覚えている。

曰く。


『女一人が危険だと言うが、善さんが共に行くと言うから問題ない』


引き合いに出された当人は、そんな事を言った覚えは微塵もない。

不安に怒り、様々な感情がごちゃ混ぜとなり混乱を極めたが。

結局、幼少の頃より世話を焼いてきた相手に乞われれば断る事などできる筈もなく。

共に流れとなり、現在に至る。


目下の主の関心事は、去年から患者となった。

小さな女の子。

そして、その子に関わる面々。


本人は気に入っていると口にしないが、ここに居座り続けている事から分かってしまう。

善司にとって喜ばしい事ではあるが、拘り過ぎる主のおかげで。

フラフラ流れるのとはまた別の意味で、苦労する羽目になっている。


小さな女の子は、九つになった。

普段はとても元気だが、ふとした事で体調を崩し寝込むのが悩みの種。

体格も同じ年頃の子供と比べて、一回りは確実に小さい。

食が細く、好き嫌いが多い為だろう。


食が細ければ滋養が取れず、故にちょっとした事で身体を壊す。

体調が悪くなると余計に飯が喉を通らず、悪循環だ。

とは言え、内臓も弱いのか無理に食べさせれば具合が悪くなる始末。


そんな事は知らないと言いたげに、我が道を行く子供。

余程周りの者の方が、どうしたものかと頭を悩ませている。

そんな中、主が思い付いた良い案とやらのおかげで。

善司までもが、ザブンと厄介事をまともに被る事となった。




さて、初夏を迎えた月始めである。

場所は診療所兼自宅。


「ほら、美味そうだろう?」


「……」


「善さんがこさえた葛餅だ、美味いから食べな」


「……」


診察室の中、光流は月一の診察に訪れた子供に満面の笑みで菓子を勧めていた。

子供は無言で、じっと葛餅を睨んでいる。

二人の様子を戸口付近から、何とも複雑な顔で眺める善司。


「……光先生」


「ん?」


「このきな粉、色が変だよ?」


「上等な物を使ったからな!」


言い切る主に、嘘ばっかりと善司は斜め下を向く。


「お餅の色も、白すぎるよ?」


「本くず粉を使ったからな!」


嘘ばっかり! それを使ったならもっと透明になりますよ。

と、善司は胸中で叫び手にしていた盆を握り締める。


「……光先生」


「ん?」


「今日ね、秋さんが帰って来るの」


「そういやぁ、商隊の護衛を始めたんだったか」


「うん、それでね帰って来る時いつも珍しいお菓子をお土産にくれるの」


「……まめな奴だな」


「だからね……」


子供は神妙な面持ちで、コクリと一度喉を鳴らした。


「その葛餅は食べれないです!」


と叫ぶや否や、子供は立ち上がると玄関へ向けて駆け出す。


「おい! これを食っても菓子は食えるだろう!!」


「匂いも変だもん! それお菓子じゃ無くてお薬だよ」


子供は振り返る事なく叫び返し、あっという間に外へ飛び出してしまった。


「……鼻が良いな、まさかばれるとは」


渋い顔で唸る主に、堪らず声を張り上げる善司。


「何いってるんですか! あの漢方薬じゃ匂いがきつ過ぎて誤魔化せませんよ」


要するに、薬食いをさせたいのだ。

食が細いなら、好きな菓子などに滋養のある漢方などを混ぜて食べさせれば。

少しは身体が出来てくるのではないかと、主は考えた様である。

しかし……


「冬ちゃんは勘が良いですから、ちょっとでも怪しいと思ったら食べませんよ」


「饅頭とかの方が良かったかねぇ」


そう言う問題では無い。

真剣に次の菓子を考える主を見て、善司は頭を抱える。


「とにかくもう作りませんからね、あたしまで嫌われるのは御免ですよ」


「饅頭のあんに混ぜるのはどうだろう」


全く己の話しを聞かぬ主に、深い溜め息をつく善司であった。




さて、診療所を飛び出した子供はと言うと。

その勢いのまま邸に帰り着き、裏庭に駆け込めば。

目当ての人物を見つけ、歓声を上げる。


「秋さん! お帰りなさい!!」


「ただいま、て、お帰りはお前だろうが」


男は苦笑を浮かべて応えながら、嬉しそうに飛びついて来る子供を抱上げた。


「おチビ、デコ」


抱上げた小さな身体の熱さと速い鼓動に、男は僅かに眉を顰めて額を合わせる。


「お熱ないよ?」


子供が先回りで呟き、男は苦笑する。

小さな額は僅かに汗ばんでいるが、確かに熱は無い様だ。


「走って来たのか?」


男が抱き直しながら尋ねれば、子供は眉根を寄せて頷いて見せる。

それを訝しく思いながらも、縁側へ移動すると。

どっかりと腰掛け、小さな身体を膝上に座らせた。


「元気だな、なら腹が空いたろう」


男は笑いながら、近場にほおって置いた荷物を引寄せ。

中から包みを取り出し、後ろから子供の膝に乗せてやる。

そのまま背後から包みを開いてやれば、男の腕の中で子供がギクリと固まった。


「秋さん、これ……」


「土産の葛餅だ、好きだろう?」


何時もは喜ぶ子供が、何故か固まったまま菓子を凝視している。


「どうした?」


訝しく思いながら問いかければ、子供はコクリと喉を鳴らし。

泣きそうな顔で男を振り仰いだ。


「これお菓子?」


「それ以外の何に見える?」


「お薬じゃない?」


「……は?」


必死のていで問いかける子供、男は意味を判じかね言葉が出て来ない。


「何で葛餅が薬なんだ?」


子供の髪を宥める様に撫でてやりながら、説明を促せば。

ぽつりぽつりと、診療所での出来事を話し出す。

聞き終えれば、がっくりと項垂れ頭を抱える男。


「……冬、それはただの菓子だから安心して食え」


「ほんとう?」


「嫌な匂いはしねぇだろう?」


苦笑を浮かべた男の言葉に、やっと納得したのか菓子に楊枝を持った手を伸ばす。

口に運ぶまでは恐々としていた子供も、一口食べれば甘い菓子。

漸く嬉しそうに頬張る子供を眺め、男は固く決意する。


次の仕事に出るまでにきっちりと、薬食いは諦めろと釘を刺さねばならぬ。

例え菓子と言えどこれ以上、子供の嫌いが増えては堪らない。

しかし、それを頑固なあの医者素直に聞くかどうかは。


神のみぞ知る、である。




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