表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
94/667

94. 流れゆくように

「待ちなさいッ!」


 混雑する人波にぶつかりながら逃げていく、ブラウン色のローブ姿。ベルグレッテは、その背中を追ってひた走る。

 ただならぬ雰囲気を察した兵士たちの助力もあり、気付けば数人がかりで四方から追い立てていた。


 ごった返す民衆たち、持ち場に立っている騎士や兵士たち。不審なローブの人物を追うベルグレッテを見て、一人、また一人と兵士たちが助太刀に加わっていく。

 さすがのオプトといえど、この状況で交戦しようとは思わないらしい。

 となれば、ここが好機。

 反撃に転じられるような場所へと逃げられる前に、捕縛する。


 人々にぶつかりながら強引に走るローブ姿よりも、その後を一直線に駆ける少女騎士のほうが速かった。


 その背中へと肉薄したベルグレッテが、水剣を喚び出して背後から足元を払う。ものの見事に両足を掬われたローブ姿は、派手に転倒してごろごろと石畳を転がった。

 ベルグレッテは素早く相手の腕を足で踏み押さえ、眼前に水剣を突きつける。


 ――捕らえた。いかにオプトとはいえ、こうなってしまえば……!


「ひ、ひええ、カンベンしてくだせえ……!」

「……え?」


 しかしフードから覗いたその顔は、恐怖に怯える中年男のものだった。


「す、スリ盗った金は返しますんで、どうか命だけは……!」

「スリ……?」

「あーっ! 騎士様! 助かりましたぁ!」


 ベルグレッテが困惑しているところへ、ふくよかな体格の女性が息を切らせながら走り寄ってくる。数名の兵士たちも一緒だった。


「その男! あたくしの財布を盗んだんですよぉ! 追いかけようとしたら、騎士様が追ってくださったのでぇ。それも、こんな大人数で! ありがとございましたぁん!」

「え? あ、は、はあ……」






「……はぁ」


 スリを兵に引き渡したベルグレッテは、小さくも深い溜息をついた。


 ――明らかに焦っている。

 流護が遊撃兵になるかもしれないと。できれば彼の有用性を示さずに、事を解決してしまいたいと。

 完全に空回りだ。落ち着かなければ。ベルグレッテはそう自分に言い聞かせる。

 ……結果として偶然スリを捕らえられたので、決して悪いことではないのだが。


 そもそも、ベルグレッテはオプトと直に接したことはない。数度、その顔を見たことがある程度だ。

 かすかなウェーブを描くブロンドヘアに、整った顔立ちの美しい女性。年齢は十八だったか。派手な服装を好み、背も高い。目立つ容姿をしているが、例えば髪型や服装を変えてしまうだけでも、随分と違って見えるはず。

 少し変装されてしまえば、ベルグレッテには分からなくなってしまう恐れがあった。


 第一、一人で飛び出してしまったのは失策もいいところだ。周囲に兵たちもいるとはいえ、本当にオプトとまみえることになってしまったら、ああも簡単に捕らえられるはずがない。


(ああ、もう……! しっかりしなきゃ)


 走りながら聞いた、先ほどの通信――アルディア王とジンディムのやり取りも気になる。代表を選出しての一対一、などと言っていた。王らしい提案といえばそれまでだが、それに乗った敵も敵だ。嫌な予感しかしない。

 こちらは誰が出るのか。吸い寄せられるように、自然とその候補の顔が浮かぶ。


 ベルグレッテは人ごみの隙間を進み、美術館前の広場が見える場所まで出た。


「……リ、」


 思わず、かすかな声が漏れてしまった。

 広場へ進み出た人物。予想通りのその人物。


 彼がそう決めたのだろうか。自らの意思で。

 しかし飽くまで、交渉を優位に進めるための代表。まだ遊撃兵になると決めた訳ではないはずだ。

 今は――今は、まだ。


 二度と這い上がれない奈落へ滑り落ちていくような、どこか不吉な感覚。

 少女騎士は滑り落ちないよう、必死に踏みとどまっていた。まだ大丈夫。大丈夫なはず、と根拠もなく自分に言い聞かせながら。






「ではここで待機してください、アリウミさん」


 流護は黒銀の軽装鎧を着た真面目そうな騎士に案内され、美術館前の開けた舗道へと歩み出た。

 まるで闘うための場所にも見える開けた平地。当然ながらそのような場所ではなく、本来は馬車が待機する場所だった。

 十数メートル離れた周囲には、二百人を超えるという民衆たち。


「あ、あいつ誰だよ?」

「騎士ですらねえ……よな?」

「でも、王様直々の推薦らしいぜ」

「一緒にいるのケッシュさんじゃないか。あの人が闘うんじゃないのか?」


 大観衆のざわめき。広い空間。まるで試合みたいだ……と流護は手首を回しながら思う。

 ここで負ければ大変なことになる。それでも不思議と、緊張は感じない。コンディションも良好。ディノのような怪物がそうそういるものでもなし、誰が相手でも負ける気はしない。……今はそれより、先を見ている。気にかかっている。遊撃兵のことが。


「標的に関しては、打倒して捕縛することが望ましいです。可能な限り、殺めずに制圧するようお願いします」

「……分かりました」


 元々、殺すつもりはない。……いや、未だにそんな覚悟は持てない、というのが正しいか。


「あなたの双肩に、囚われた国民たちの命運と陛下の名誉が懸かっています。お忘れなきよう。そして……この国の子でないあなたがこうして闘ってくださることに、敬意を表します。ご武運を」

「あ、はぁ……どうもっす。えっと……」

「自分はケッシュ。『銀黎部隊シルヴァリオス』のケッシュ・ラドフォードと申します。あなたに、ウィーテリヴィアの加護があらんことを」


 ケッシュと名乗った青年騎士は敬礼を見せ、人波の中へと戻っていく。


 ――あの人、『銀黎部隊シルヴァリオス』なのか。

 今まで流護が出会ったあの部隊のメンバーは、ラティアスにデトレフにケリスデル……一癖も二癖もある人物ばかりだった。あの人は普通そうだ、と少し安心する。


 そのケッシュとちょうど入れ違う形で、美術館の扉を開け放ち、一人の男が悠然と出てくるのが見えた。


「!」


 まず流護が驚いたのは、その服装。

 黒に近い紺色で統一された上下の服、マント、靴。腰からは長剣が吊り下げられている。

 明らかに――数日前ミアたちと王都へ来た際にいさかいのあった、あの外国人たちと同じ服装。

 クレアリアはあのとき不審がっていたが、不審どころの騒ぎではない。テログループだったという訳だ。


 さっぱりと刈り込んだ短髪に、彫りの深い顔立ちも印象深い。なんかロシア人の格闘家みたいだな、と流護は心中で感想を漏らす。

 全体的に冷たい印象を与えてくる男だが、何より特徴的なのは、その灰色の瞳。

 感情らしきものが全く感じられない。人を殺すことに対して何の躊躇もしないだろうと、容易に想像がついた。


『さて……ではこちらの代表は、そこにいるフェル・ダイだ』

『へっ、いい面構えしてんじゃねぇか。だがこっちも負けちゃいねえぜ? 我らが代表はリューゴ。まぁ、色々と説明するより、実際目にした方が早えだろうよ』


 さりげなくハードルを上げてくるアルディア王に内心で苦笑いしながらも、流護は舗道の中央で足を止めた。

 対するフェル・ダイと呼ばれた青年も、数歩離れた位置で流護と向かい合う。


(……やっぱでけぇ)


 フェル・ダイの身長は百九十センチ超といったところか。

 この世界へ来てさすがにもう慣れたつもりでいたが、こうして闘うつもりで相対すると、やはり身に染みて感じる。

 グリムクロウズの男性は基本的に皆、背が高い。今のところ流護より背が低かったのは、レドラックぐらいのものだ。線が細く弱々しい印象のアルヴェリスタでさえも、優に百八十センチを超えていたりする。


(こう身長差があると、蹴りが使いづらくてなぁ……)


 顔面へのハイキックなどは届きそうにない。蹴りを当てたいなら、ディノ戦のときのように工夫を凝らす必要がある。もっとも、無理に蹴りを当てる必要などない。そんな訳で自然、この世界へやってきてからは拳に頼ることが多くなっている。

 流護は油断なくフェル・ダイを見据えながら、手首と足首を入念に回した。


『さぁて、条件の再確認だ。さっきも言ったが、こっちは何でもいいぜ。リューゴに勝てたら、何でも望みを聞いてやる』

『大した自信だな。だがそれはこちらも同じこと。フェル・ダイに勝てたなら、残る人質を全員解放しよう』


 ジンディムの言葉に、人々の間から歓声が上がった。


『おーし。んじゃそれで決定ってコトでいいな』

『フフ……アルディアよ。本当に良いのか? 後悔することになるかもしれんぞ?』

『そっくり返すぜ、ジンディムさんよ』


 アルディア王は事態を楽しんでいるかのように声を弾ませる。


『それじゃ、何でもアリのド突き合いだ。武器、神詠術オラクル、好きに使え。特に制限時間は設けん。どちらかの降参、戦闘不能、死亡のいずれかを以って決着とする。今から一分後に俺が開始の合図を出す。それでいいか?』

『構わん。頼んだぞ、フェル・ダイ』

『おおそうだリューゴよ、大丈夫だとは思うが、出来るだけ美術館を傷つけないように頼むぞ。塀とかもな。意外と高価たけぇんだ』


 流護は正面に鎮座する荘厳な美術館を見上げながら、右腕を上げてアルディア王に応える。


(とは言うけども……)


 近くで見ると中々の被害だ。立派な支柱が一本、削り取られたように抉れてしまっている。由緒正しい王立の美術館とのこと。これを修復するのにどれほどの費用がかかるのだろうか。

 流護は神詠術オラクルが使える訳でもなし、建物に被害が及ぶようなことはないだろう。……敵をジャイアントスイングなどで投げ飛ばしたりしない限りは。


 さて、開始まで一分。

 ――ピキ……

 流護は首をコキッと鳴らしてフェル・ダイを見る。

 隙のない佇まい。敵に対して何の躊躇もしないだろう、恐ろしいまでに冷たい双眸。武力を行使することが前提であるかのような物々しい雰囲気は、軍属の人間を彷彿とさせる。

 あの酒場で、この服装をした男たちを見たときにも思ったのだ。まるで軍人みたいだと。


「猿が……何を見ている」

「は?」

「言葉が理解できんのか、南方猿。猿だと言ったんだ、低俗なレインディール人め」

「な……」


 フェル・ダイが発した唐突な罵詈雑言に、流護は思わず目を丸くする。


「い、いきなり猿呼ばわりとか何なの。つか俺、レインディール人じゃねえんだけど。その目はガラス玉か? 機能してねえのか? ハゲ」


 同レベルで言い返してみると、フェル・ダイのこめかみに青筋が浮いた。


「……こ、の……小猿が」


 流護としては助かる。

 人を罵倒しておきながら、自分がされるのは許容できないというその人間性。躊躇なく全力でぶん殴れる。


「今のうちに祈りを済ませておけ、猿。俺は、お前の全身を徹底的に壊す。まず最初に腕を刎ね飛ばす。次に足を斬り飛ばす。最後に、頭を叩き潰す。一分も要らん。お前に出来るのは、ただ泣き叫ぶことだけだ」

「うわー、それはおっかないっすね。おー怖い怖い」

「……、こ……ッ」


 どう反応すれば納得するのか。

 しかし一見して短気で単純に見えるが、それでもこの男――強い。傲慢さの裏側には、幾多の勝利を重ねてきた実績があるのだろう。

 おそらく、酒場で出会ったあの二人組み……ダズやダリミルとは比較にならない。

 わざわざこんな場面で出てくるぐらいだ。強いことは間違いない。雰囲気もある。……のだが。

 ――パキッ……

 流護はフェル・ダイへ向かって言葉を投げかけた。


「なあ、えーと名前何だっけ……ロシアの殺人マシーンさんよ」

「ロシアノサ、ツジ……? 俺はフェル・ダイだ。名前もまともに覚えられんのか、低脳の小猿が」

「あんたの仲間に、ディーマルドってオッサンいない? 黒くてすげーゴツいガントレットつけた、こう……ヒゲのナイスミドルみたいな」

「答えると思っているのか?」


 ――パキン……

 構わず、流護は強引に会話を進める。


「そんでさ……もちろん、あんたもそこそこ強いんだろうけど――」


 流護は嘲るように口の端を上げた。


「あのディーマルドってオッサンの方が、あんたより強いよな。何でこの期に及んで、強い奴を出し惜しみしてんの?」


 簡単な挑発。しかし、率直な疑問でもあった。

 もはや交渉は大詰めだ。

 そこで『流護さえ倒せれば何でも要望を聞く』という、流護の実力を知らない敵側にしてみれば、この上ないはずの条件。

 最も強い者を投入して確実に勝利することができれば、敵はそれで目的を遂げられるはずなのだ。

 なのになぜ、それをしないのか。


「俺が……ディーマルドに劣るだと? 猿が……」


 ――ビキ……

 フェル・ダイは簡単な挑発に乗り、あっさりとディーマルドが同胞であることを暴露してしまっていた。随分と選民意識が高いようだが、頭の中にはスポンジが詰まっている。つつけば色々喋りそうで面白いな、と思う流護だったが、もうそろそろ一分が経過する――

 ――パキン……


「……?」


 流護は周囲を見渡した。

 先ほどから聞こえる、妙な音。

 何かにひびが入るような、何かが固まるような――


『一分経過! 始めいッ!』


 アルディア王の野太い号令が轟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ