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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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91. 水面下

 レインディール王立美術館、二階大ホール。

 高い天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが、ぼんやりとした光を放っている。窓際のカーテンは全てが閉め切られているため、昼間にもかかわらず薄暗い。


 そんなどこか暗鬱とした空間にて――二人が交錯した刹那、くぐもった呻き声が響き渡った。


「ぐ、あ……っ」


 ごぽりと血の塊を吐き出し、男は力なく床に倒れ伏す。


「パパー!」


 うつ伏せとなった男に幼い娘が駆け寄るも、父は答えられず身を震わせるのみ。

 声の代わりに口から溢れる血が、じわじわと床に広がっていく。横薙ぎに打ち抜かれた重苦しい拳。その一撃によって、顎が砕けたかもしれなかった。


「パパ! パパぁ」


 泣きじゃくる娘の両手が、かすかな青白い光を放つ。回復の神詠術オラクル。しかし本職の詠術士メイジと比してあまりにか弱いその光では、まともな傷の処置などできはしない。気休めにもならないはずだ。しかし十歳にも満たないだろう平民の幼い娘にとっては、それが精一杯だった。


「立て。たかが一撃で情けない。気概を見せてみろ、南方猿」


 罵倒と共に親子を見下ろすは、冷徹な空気を纏った青年。

 濃紺で統一された服装。刈り込んだ短い金髪。歳は二十前後といったところか。石膏像のように白く整った面立ちをしているが、その顔は感情をどこかへ置き忘れてしまったのかと思うほどに冷たい。

 特に、その瞳。

 灰色の両眼には、温もりと呼ばれるものが一片も宿っていない。荒事とは無縁な女子供であっても「この目は危険だ」と本能で感じ取れる、不気味な光を帯びていた。


「立て、猿が」


 青年は、血を吐く男の腹に容赦なく蹴りを突き入れる。

 立つどころではない。すぐにでも処置が必要な状態だった。


「や、もうやめて……! あぐ!」


 父を庇おうとした娘が、振り抜いた青年の足に蹴り飛ばされた。ごろごろと床を転がる。


「チッ……、服に血がついたろうが。猿の小娘め……」


 青年は忌々しげに唾を吐き、頬を押さえて泣き崩れる少女に向かっていく。微塵も容赦しないだろう足取りで。


「止せ。そこまでだ、フェル・ダイ」

「……いいだろう」


 フェル・ダイと呼ばれた青年の足を止めたのは、静かな主導者の声だった。フェル・ダイは一息つきながら顔を上げて、周囲を見渡しつつ告げた。


「次」


 この場へ集められた美術館の客や職員たち――約四十名は、青年の視線から必死に顔を逸らしていた。目を合わせたら殺されてしまう、といった様相で。

 たった今、叩き伏せられた男だけではない。他にも数名の男たちが、苦しそうに呻きながら床へ転がっている。美しい美術館にはありえない凄惨な光景。


 氷のごとく冷ややかな青年を前にして、もう名乗り出る者はいなかった。


「ここまでだな。余興は終わりにするぞ」


 主導者の言に頷き、冷徹な雰囲気を漂わせた青年――フェル・ダイは、後ろ手を組んで待機の姿勢へと戻る。


「――フッ」


 ホールの隅に設置されているソファに深く腰掛けた男――主導者たるジンディムが、そんなフェル・ダイを見やり満足げに笑う。自慢の骨董品を眺めるようでもあった。

 ジンディムは右頬に刻まれた古い傷痕を撫でながら言う。


「さて。これで、諸君らの立場は理解していただけたと思うが」


 先ほど外で響いていた通信。その通信を展開していた傷の男から発せられた言葉。人々はようやく、悪夢のような現状を認識した。

 自分たちは、ここから出られないのだと。

 武器を手にした男たちによって訳も分からず二階ホールへと集められた人々は、ジンディムからある条件を提示されていた。


 即ち。

「美術館から出たければ、フェル・ダイを倒していけ」と。


 そのフェル・ダイは、一階の出入口へと続く階段の前に佇んでいる。彫像のように微動だにしない様子と、無表情かつ端正な顔立ちは、まさに館内の展示物のようでもある。

 しかし男は、展示物としてはありえない通路の中央に鎮座していた。出たければ、ジンディムの言葉通りに力ずくで排除するしかない。

 が、挑んだ者たちは数秒経たず返り討ちとなった。数人がかりでも無駄だった。

 当然だろう。ジンディムは彼らに解放の機会を与えたのではない。自分たちは逃げられないと分からせるため、虜囚だと理解させるためにフェル・ダイを立たせたのだ。


「フェル・ダイよ。私は貴様の闘いを目にする度、この世の真理というものを思い知る」


 ジンディムは頬の傷痕を撫でながら、満足げに笑う。


「どんな綺麗事を並べ立てたところで、この世は暴力を軸に回っている。力無き者は、己が願いを成し遂げることも叶わない」


 語りかける対象を人質たちへと変えて、傷の男は続ける。


「今の諸君らでいえば、力が無ければこの美術館から出ることすら不可能だということだな。さて……もう交渉も始めてしまったのでね、これ以上無駄な抵抗はしないでいただけると助かるのだが――立候補は締め切ってもよろしいかね?」


 もう、名乗り出る者はいなかった。

 観念した人質たちは、ホールの中央へと移動させられた。ケガをして動けない者も、武装した男たちによって無理矢理に並ばされる。

 全員が横二列に整列させられ、無傷の者は両手を頭の後ろで組まされた。


 周囲には、約二十名にも及ぶ武装した男たちの姿。

 その全員が、黒に近い紺一色の衣服を纏っていた。マント、靴に至るまで同色。

 そのうち数名が、人質へ向けて剣や槍を突きつけるように構えている。


「館内の探索、全て終了しました。隠れている者もおりません。美術館そのものについては、やはり防護の術が切れかけているようです」

「ご苦労」


 上階から下りてきた部下の報告を聞き終えたジンディムは、ソファに深く座り直した。


「ではフェル・ダイ、手早く拘束しろ。ゴルディとダリミルは、手負いの者たちを担当しろ」


 頬の傷痕を撫でながら言うジンディムに応え、男たちが動き始める。フェル・ダイはカツカツと靴音を響かせて、列の一番右端に立つ中年男性の前へ歩いていく。

 青年は男性の目の前でピタリと止まった。人質の男性は、自分の正面に立つ――少年の面影すら残したフェル・ダイを見て、顔を強張らせる。

 そんな彫像のごとき青年は無機的な声で言い放つ。


「ではまずお前からだ。服を脱げ、猿」

「は、はっ?」

「南方猿は言葉が通じんのか? 服を脱げと言っている」


 突きつけられた、銀色に輝く剣の切っ先。ただ用件のみを告げる、威圧的で冷酷な声。目の当たりにした、その圧倒的な強さ。

 従わなければどうなるかなど、容易に想像できた。


 そうして人質たちは一人ずつ順に服を脱ぐよう指示され、次々に裸となっていく。一糸纏わぬ姿にさせられた者たちは、次々と両手を縛られ座らされていった。

 ケガをして動けない者たちに関しては、武装した二人の男たちが荒々しく縛り上げていく。


「あ、あの……!」


 自分の番となった、身なりのいい……一目で貴族と分かる若い女性が、泣きそうな声を絞り出した。


「何だ」

「ど、どうして服を脱がなければならないのですか……?」

「答える必要はない。早く脱げ、猿」


 フェル・ダイは冷たい瞳のまま、剣先を女性へと突きつける。


「ひっ……、お、お許しください。わたくし、嫁入り前なのです。このような場所で、肌を衆目にさらすなど……」


 女性は懇願するような瞳でフェル・ダイを見上げる。

 武装した男たちの中から、ピューッと口笛の音が響いた。


「いいねぇ! 人質の醍醐味っつったら、やっぱこーいうのだろ? 男の裸なんぞ見てもしょうがねぇからな!」


 下衆な笑いがホールに反響する。


「お……お願いです! 逆らったり、逃げたりしませんから……お許しください……」


 女性はその場で泣き崩れた。


「これはアレか? 『彼氏とどっちがイイんだ?』とかってヤッちまっていい状況か? フェル・ダイよー、俺と替わってくれよー」

「ダリミル、少し黙ってろ。そんなだから男担当にさせられたんだろう」


 武装した男たちから聞こえる下卑た笑い声。すすり泣く女性の鳴咽。

 感情のない瞳で女性を見下ろしていたフェル・ダイは、やはり抑揚のない声で告げた。


「猿が一端に恥らうか。……いいだろう」


 その言葉に、女性は涙に濡れた瞳で恐々とフェル・ダイを見上げる。


「で、では……」

「では、死ね」


 フェル・ダイは微塵も躊躇せず、女性の頭に長剣を振り下ろした。

 ゴギンと重い金属音が反響し、わずかな火花が散る。

 剣撃を弾かれたフェル・ダイは余韻に痺れる右腕を一瞥し、割って入った影へと視線を向けた。


「……何のつもりだ。ディーマルド」


 巨大な甲虫にも似た黒装のガントレットを構えた男――ディーマルドは、剣を弾いた右腕を振り、フェル・ダイを睨みつけた。


「お前さんが何のつもりだ。人質の意味が理解できてねえのか?」

「南方猿が三十七匹、暑苦しくてかなわん。一匹減ったところで、支障はないだろうが」

「支障があるかねぇか、判断するのはお前さんじゃねえよ。相手はあのアルディアだ。慎重に事を運ぶ必要があるって散々言われてんだろ」

「フン……猿の群れの総大将が、どれほどのものか。怖気づいたか? 王者カンピルが聞いて呆れるな」

「いいから剣を引け。どうしても遊びてえなら――全部終わった後で、俺が遊んでやる」

「……全部終わった後、か。……フ、いいだろう」


 意味ありげに呟き、フェル・ダイは大人しく剣を引いた。

 ディーマルドは「いいだろう、じゃねぇよ」と舌を鳴らし、優しく人質の女性に語りかける。


「怖がらせたな。服を脱いでもらうのは、武装解除と逃走防止のためだ。裸は抵抗があるだろうから……下着で構わん。悪いが、頼む。上着を羽織ってもいい」


 殺されかけた貴族の女性は観念したのか、青くなって震えながらも指示に従った。ディーマルドが緩くその手を縛る。


「だ、大丈夫ですか、ディーマルドさん」


 坊主に近い短髪の男が、気遣わしそうに寄ってきて声をかけた。


「この俺があの程度でどうにかなると思ったか? ダズ」


 ディーマルドは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 ――と。その視界に、先ほど父親を倒されて泣きじゃくっていた少女の姿が入る。


「パパ……、うぅ」


 ぐったりとした父親が縛り上げられる様子を見て、幼い娘は小さく鼻をすすっていた。フェル・ダイに蹴られた頬が痛々しく腫れている。それでも自分のケガなど顧みず、ただ父親を気遣っていた。


「…………、父親……か」

「ディーマルドさん?」

「――い、や。何でもねえ」


 少女のほうへ歩み寄ろうとしたディーマルドだったが、何かを振り切るように踏みとどまる。


 そうしてケガをした者たちは強引に縛られ、無事な者たちは順番に服を脱がされていき、男性は全裸、女性は下着姿となっていく。

 全ての人質が拘束されたのを確認したところで、フェル・ダイが再び剣を構えた。


「足の腱を切るのが一番早いのではないか?」

「ダメだってんだよ。何回言や分かるんだ」

「チッ……」


 フェル・ダイは剣を引いた。

 ディーマルドは溜息を吐きながら、ソファに沈み込んだジンディムへと歩み寄る。


「……完了だ。頼むぜリーダー、簡単な指示もこなせねぇボウズのおりは勘弁だよ」

「ククッ……フェル・ダイも腕は立つんだ。ただ不器用なだけ、愛国心が強すぎるだけでな。大目に見てやってくれ」


 疲れたようなディーマルドに、主導者は頬の傷痕を撫でながらフッと笑う。

 そこで、ジンディムの耳元に通信の波紋が広がった。


「私だ」

『応答確認。こちらブランダルだ』

「うむ。そちらはどうなった? 彼女の調子はどうだ?」

『ああ……さすがは「ペンタ」だよ。能力は実に素晴らしいんだがね、しかし思った以上に制御が難しいようだ。すまないが、目標は取り逃がしてしまった。さらに現在、厄介なことに――……』


 通信に雑音が混ざる。しかし当事者同士には聞こえていたようで、問題なく会話を続けていた。


「――ふむ、そうか。ではしばし、様子見――いや、待て」


 思いついたようにジンディムが声を潜める。


「そのまま待機だ。その案件、こちらで少々利用させてもらう。用件が済み次第、引き続き任務続行を願いたい。概要はまた後ほど告げる」

『む……了解した。ではこちらも、今のうちにやれることを済ませておくとしようか』


 通信を終える。ディーマルドが訝しげな視線を投げた。


「……裏で何かやってんのかい、リーダー」

「いや、この作戦とは関係のない話だ。貴様の邪魔にはならんよ」

「そうかい。……それにしても……上手く、行くのかね」


 明後日の方角に顔を向けながら、ディーマルドがぼやく。


「不安か? ディーマルド」

「リーダーを信用してねぇ訳じゃねえ。が、相手はあのアルディアだ。どれだけ考えたって、安心なんてできやしねえさ。でもよ――」


 男は祈るように天を仰いだ。

 天井から下がる豪奢なシャンデリアを睨みながら呟く。


「ようやく……ここまで来たんだ。長かったぜ。この機会、絶対に逃しはしねえ」


 ディーマルドは目を閉じ、祈りを捧げた。神は祝福などしないと分かっていながら、祈らずにいられなかった。


「――創造神よ。我ら、ノルスタシオンに勝利を――」






 アルディア王や騎士たちは、食事の準備のため慌しく動いていた。


 この非常事態だ。かなりの長期戦になることも予想される。

 となると、城が賊に襲われる可能性も考慮しておくべきだろう。例えばこの美術館占拠は囮で、城への襲撃が本命――というセンがないとは言い切れない。

 ベルグレッテは、リリアーヌ姫の部屋へ通信を飛ばしてみることにした。


『はい、リリアーヌです!』


 何やら鼻息が聞こえてきそうなほど気合の入った応答だった。

 聞けば、城は百五十名の兵たちによる厳戒態勢を敷いているという。万が一にも突破されることはありえない。

 仮に敵が城を襲撃するつもりだったとしても、諦めるのではないかと思うほどの防備といえる。


『こちらは大丈夫です! オルエッタもいますので!』


 今回の壁外演習だが、副隊長たるオルエッタは参加していない。五年前の教訓から、隊長と副隊長は必ずどちらか一人が残留することにしている。

 今回は隊長であるラティアスが演習に参加しているため、オルエッタが残ることになっていた。

 彼女がリリアーヌ姫のそばについているならば、まさに百人力だ。心配はいらない。


『あら?』

「……? どうかした? リリアーヌ」

『そのオルエッタがいません……!』

「って、えー」


 不安になったところで、通信の向こう側からやり取りが聞こえてきた。


『ジゼル、オルエッタはどちらへ?』

『え、ええと、先ほどケーキを取りに行かれると』

『そうですか! それは楽しみですね!』


 ……大丈夫そうだ。

 いささか緊張感に欠ける気もするが、ベルグレッテが心配する必要はないだろう。この場は自分たちで片付ける。リリアーヌ姫が気を揉むことはない。いつも通りでいてくれればいいのだ。


『ベル、気をつけて。……なんだか、胸騒ぎがしますので』

「はい。お任せを」


 通信を終えて一息つくと、忙しげに通り過ぎていく兵士たちの会話が聞こえてきた。


「なあ、テントに置いてた俺の兜、知らないか?」

「兜? お前の兜って、あのゴテゴテしたやつか? 知らないぞ。それより急げ。薬の調達、全然足りないそうだぞ」


 勤勉な兵士たちに負けぬよう、生真面目な少女騎士は自分にもできることがないかと思案し――


「そうだ、リーフィアの……」


 彼女の屋敷に詰めている研究員たちは、現在の事情を知らないはず。通信で伝えて、リーフィアはしばらくこちらにいると知らせておくべきだろう。

 ベルグレッテは屋敷へ向かって通信の術式を紡ぎ始めた。






 要求から一時間。きっちり時間でも計っているのかと思うほどの正確さで、巨大な波紋が上空に展開された。ジンディムの声が響き渡る。


『さて……食事と薬は用意していただけたかな?』

『おう。用意はしたが……どうやって渡しゃいい?』

『兵を一人だけ使って、荷車ごと中に運び込んでもらおうか。妙な真似をしようとは考えないことだ』

『へいへい。それで、こちらからも要求があるんだが』

『要求だと?』

『なぁに、ただの公正な取引だよ。俺らはブツを差し入れる。お前さんがたは人質を一人開放する。どうだ?』


 アルディア王の提案に、集まった人々から歓声が上がった。


『……そちらが、そんな条件を出せる立場にあるとでも?』

『おいおい、お互いに信頼関係を築こうなんて言ったのはそっちだぜぇ? いいじゃねぇか、人質の一人や二人、減るもんじゃねえだろ? ん? お前さんがたにしてみりゃ減ってるか。まあいい、どうだ?』


 しばし、考えるような間が空き――


『了解した。荷車を置きにきた兵士へ、一人を引き渡そう』


 ジンディムの声に、集まった民衆が沸く。


『おう。譲り合いの精神は大事だねぇ』


 アルディア王も、満足そうに言葉を響かせた。


『では交換に入るとしようか。交換終了から三十分後、次の通信を入れる』


 ジンディムが一方的に告げ、上空の波紋が消失する。


「おーし、じゃあ物品の運搬に取り掛かれぇーい」


 アルディア王の号令の下、兵たちが作業を開始した。


「…………」


 その様子を見ながら顎の下に手を当てていたベルグレッテに、アルディア王がからかうような声を投げかける。


「何か気に掛かることがあったか? 少女よ」

「あ、いえ。賊の……ジンディムという男。陛下の提案をすんなり了承したなぁ、と……」

「ふむ。まァ、ここで折れておけば、本命を通しやすくなると考えたのかもしれんな。あと意外と、早く飯が食いたかったのかもしれんぞ? がははは!」


 豪快に笑う王を横目に、ベルグレッテは逡巡する。


 ――本命、か。

 これほどの真似をする敵の目的とは、一体何だろうか。

 ジンデイムの様子からして、五年前のテロとは質が違う。自棄になって立て篭もったのではない。おそらくは綿密な計画を練り、最初から美術館に立て篭もることを想定したうえで、実行に移している。

 その彼らが狙う、本命の要求。何かとてつもないものを要求してくるはず。そしてこちらとしては、そんなものに答える訳にはいかない。

 となれば、こちらに無理矢理でも要求を飲ませるため、何らかの仕掛けを施してくる可能性も――


(……仕掛け……、あ)


 人質を一人解放しろという、アルディア王の提案をあっさりと受け入れたジンディム。本命と引き換えにしたいはずの人質という存在を、あっさりと解放するその理由。


(……もしかして、)


「おう、ベル。解放されたらすぐ頼むぜ。念のため、な」

「あ、は、はい……!」


 アルディア王が耳打ちするように告げる。

 ベルグレッテが思い至ったことに、王も気付いていたようだった。当然といえば当然か。


「……ベルさん?」


 傍らにいたリーフィアが、不安そうに見上げてくる。


「あ、……なんでもないわ、リーフィア。大丈夫よ」


 ベルグレッテは心配させないように、風の少女へ優しく微笑み返した。

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