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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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89. 分岐点

 時間は昼休み。

 いつも通りの中庭、今日のメンツは流護とミアだけだった。


「うむっ」


 パンを頬張ったミアは何やら仰々しく頷き、


「リューゴくん、賭けをしよう」

「ミアは何で急に命を賭けたギャンブルに目覚めたんだよ」

「いや、今日は別に危なくないってば。普通の――」


 ミアが言いかけたところで、校舎のほうから小さな人影が走ってきた。頭の左側で結った長い髪が跳ねる様を見れば、遠目でも誰なのか一目で判別できる。


「ひ、ひぃ! クレアちゃんだ!」

「ビクついてるってことは、やっぱロクでもない賭け考えてたんだな……」

「やはり、ここでしたか」


 息を切らせたクレアリアが、流護たちの前で立ち止まった。


「ど、どしたのクレアちゃん。やっぱあたしたちとごはん食べる?」


 しかしクレアリアは、わずかに緊張した面持ちでかぶりを振る。


「いえ。私は急用ができたので、これから出かけます。午後の授業は休みますので、あとはお願いします」

「え、なに? なにかあったの?」


 クレアリアらしくない焦った様子に、ミアが好奇心を刺激されたようだ。小さな騎士はわずかに迷う素振りを見せたが、観念したように口を開いた。


「どうせすぐ皆の耳に入るでしょうし……構わないでしょう。王都で、美術館が占拠されました。賊の正体は不明。しかし、人質四十名ほどを取って立て篭もったそうです。その手際や規模から、国はこれをテロと判断しました」

「え、って、え!? テ、テロ!?」


 ミアが声を裏返した。流護も絶句する。


「私も対応のため、これから現場に向かいます」


 そう言って、クレアリアはちらりと流護に視線を向けた。


「……?」


 いつもの睨みつけるような鋭い目つきではない、どこか弱々しい――泣き出しそうにも見えるその表情に、流護は戸惑いを覚えた。


「な、何だクレア。どうかしたか?」

「……アリウミ殿。可能ならば貴方にも来てほしいと、陛下より要請がありました」

「ええぇ!?」


 驚いて飛び上がったのはミアだ。


「え、それって、王さま直々にリューゴくんの力を貸してほしいってこと……!?」

「そうなります。しかし強制ではありません。アリウミ殿も午後からの仕事があるでしょう? ならば、無理はなさらず――」


 どこかまくし立てるようなクレアリアに、ミアが慌てて口を挟む。


「いやいやいや! 仕事してる場合じゃないでしょ!? 王さまから直接力を貸してほしいって言われるなんて、普通じゃないし……! あっ、でもテロなんだもんね……やっぱ危ないし……うーん」


 ミアは自分のことみたいにあたふたしていた。その様子を見てなのか、クレアリアがどこか観念したように告げる。


「……褒賞も考えているそうです。……どうしますか?」

「む……褒賞とな」


 ちょうど防具の購入費用で悩んでいたところだ。これはホイホイと乗るべきなのかも――


(……?)


 そこで流護は、やはりクレアリアの様子が気にかかった。

 いつも毅然としている彼女が、どこか気弱そうにうつむいている。目を合わせようとしない。

 流護が王に頼られて気に食わないというような、そういった態度ではない。むしろ逆だ。何か困っているような。


「クレア……?」

「あ、いえ。どうしますか? すでに馬車も呼びました。これからすぐ着替えて、準備しないと……。時間がないので、早急に決めてください」


 クレアリアの様子も気になるが、流護としてはやはりベルグレッテのことも気にかかる。学院にいる妹がわざわざ召集されるということは当然、姉も出るはずだ。テロとなればやはり心配だった。


「んー……とりあえず、行くだけ行ってみるよ。つか、テロなんかに俺が何かできるとは思えないんだけどさ。必要なら手を貸す、みたいな感じでもいいんだよな?」

「……ええ」


 やはりクレアリアは、目を逸らしたままだった。






 馬車に揺られ、流護とクレアリアは王都へと向かう。


 しかしテロが起きようが何だろうが、王都まで四時間もの道のりであることに変わりはない。そんなに時間が経ってしまったら、着く頃にはどうなっているのか――と思う流護だったが、窓の外の景色がやたら早く流れていくことに気がついた。


「あれ? この馬車速くね?」

「緊急用の馬車ですから。二時間少々で到着する予定です」


 聞けば特急専用の馬車で、専用に訓練した馬へ身体強化の神詠術オラクルを施し、通常の倍近い速さを実現しているとのこと。車輪や乗車部のクッションも特別製で、振動に配慮したものになっているようだ。


「こんな馬車があったのか……なぜ今まで使わなかったのか。今度からこれ使えばいいじゃないっすか」

「主に騎士たちの緊急移動用として、常に数台は馬車屋に待機しているんですが……それでも、借り切られていることが多いんです。それに、料金も高いですよ。通常の五倍です」

「ごっ……」


 おいそれと利用できそうになかった。

 そういえば、身体強化の効果時間というものはあまり長くない(ディノのような例外もいるが)。効果が切れるたびにかけ直したりするのだろうか。そこは馬車用にアレンジした専用の術があるのかもしれないが、高い料金を取るだけの手間というものがあるのだろう。とにかく馬も御者さんもお疲れ様です、と流護は心中で手を合わせた。


「そういえば姉様に聞きましたが、ミアを助けに行くときは出払っていて借りられなかったんだそうですね」

「そうだったのか」


 あのときはとにかくミアを助けることしか頭になかったので、気がつかなかった。


 クレアリアは憂鬱そうに、ふうと小さい溜息をつく。

 どうも先ほどから様子がおかしい。いつものように流護に対してツンツンしているとか、不機嫌そうとか、そういったものとは違う。テロを不安がっている……というのも違う気がする。


「クレア、どうかしたのか?」

「……アリウミ殿。行くだけ行く、などと仰ってましたが……結局、協力されるつもりなのでしょう?」

「え? んーと……まあ……テロってのは、具体的にどんな感じなんだ」


 そこはやはり重火器などのない世界だ。

 聞けば、トチ狂った詠術士メイジが暴れたり、人質を取って立て篭もったりするものだという。実際に現場へ行ってみなければ分からないが、場合によっては丸腰の流護でも充分に貢献できそうではある。アルディア王としても、使えそうだからこそ要請したのだろう。

 となれば、わざわざ王都まで行って野次馬もない。ベルグレッテに及ぶかもしれない危険は排除しておきたい。……などといえば聞こえはいいが、彼女に会えるかもしれないというよこしまな気持ちも大きい。


 そして、褒賞金が出るかもしれないというのも大きい。

 ちょうど防具の購入を考えていた矢先だ。

 それにこれから学院は『蒼雷鳥の休息(ラプターズレスト)』という長期休暇に入る。その間は仕事もないため、収入がなくなってしまうのだ。

 今の流護は、奴隷身分となったミアの『主』でもある。基本的にミアの成績が優秀なため今のところ問題はないが、彼女に学費がかかるようなことがあった場合、払うのは流護なのだ。

 こと金銭問題に関しては、備えておくに越したことはない。


 あれこれ考えていたところで、クレアリアがおもむろに口を開いた。


「――アリウミ殿。はっきり言わせていただきますが」


 その言葉に、流護はうっと怯む。

 いつもハッキリと言ってくるくせに、前置きまでするとなると一体どんな厳しいお言葉が飛び出すのか――と身構える少年だったが、クレアリアの口から出たのは、予想だにしない一言だった。



「陛下は……アルディア王は、貴方を利用するつもりです」



「…………え?」


 突然のことに、流護は唖然とした。意味を理解できないまま、次の言葉を待つ。


「怨魔の襲撃という未曾有みぞうの危機から学院を救い、『銀黎部隊シルヴァリオス』のデトレフをいとも容易く下し、レドラックファミリーを壊滅に追い込み、ついには『ペンタ』であるディノにまで勝利した。もはや貴方の活躍は民の間で語られる噂話などではなく、この国の騎士や貴族までもが知る、紛れもない事実として認識されつつあります」

「…………」


 先日、謎の外国人たちと酒場で揉めたときのことを流護は思い出した。

 場が落ち着き、それぞれの席へと戻っていく客たちの中の一人から、流護は「もしかして勇者殿か」などと声をかけられている。流護の存在は広まりつつあるのだ。


「そして今や、陛下もそのように認識しているのでしょう。……現在、『銀黎部隊シルヴァリオス』が壁外演習へ出ているため、王都の兵力は低下してる状態です。そこへきて、五年前のようなテロ。ことテロ行為に及ぶような輩は敵もろとも自爆しようとする厄介な手合いも多いため、国としては兵力を割きたくないというのが本音なんです」

「えーと……つまり王様としては、この国の人間じゃない俺を戦力として使いたいと。俺だったら仮にどうなろうと、国の痛手にはならないってことか」

「ほぼその通りです」


 即答し、クレアリアは続ける。


「しかし貴方はその程度でどうにかなる人間ではありませんし、おそらく陛下は……これを機に、貴方を遊撃兵ゆうげきへいとして迎え入れようとしているはず」

「ゆうげきへい?」

「兵士みたいなものです。騎士や兵士は純血のレインディール人でなければなりませんが、遊撃兵は誰でもなれます。それこそ記憶喪失であっても、規定上は問題ないはず」


 国の兵士。まさか自分にそんな話がくる……かもしれないとは、と流護は少し怯んだ。

 となれば、ここのところ金銭面で困っている貧乏少年としては、ある点が気にかかる。


「なるほど……兵士……遊撃兵か。そういうのって、処遇とかどうなんだ?」

「かなり良好と聞いてます。一般兵より給金は多かったかと。特別な任務を成功させた暁には、特別褒賞も出ます。少なくとも、学院の雑用とは比較になりません。生活に困るようなことはないでしょう。それどころか、それなりに裕福な暮らしを送れるはず」


 流護としては、学院の雑用に不満がある訳ではない。が、それよりさらに稼げる仕事に就けるのであれば、そちらを選ばない理由もない。

 借金持ち、さらには娘……否、ミア持ちの身でもある。防具も欲しい。


「でも仮に王様が俺を遊撃兵にしたがってる……としてさ。それが何で、王様が俺を利用しようとしてる、ってことになるんだ? お互い様じゃないのか?」


 アルディア王がタダで流護をこき使ったうえで、対テロ要員として使い捨てようとしているのなら、それは確かに『利用しようとしている』といえるだろう。

 が、褒賞を出したうえに遊撃兵として迎え入れるつもりなのであれば、それは流護にとっても旨味のある話だ。


「……いいえ。そう思えるかもしれませんが……違います」


 クレアリアは断言する。確信があるかのように。


「まず、遊撃兵についてですが……厳しい仕事です。市井の民が他国に移住する、もしくは他国の民がレインディールに住まう場合であれば、さして厳しい制限などはありません。……が、遊撃兵は事情が違います。遊撃兵になるということは、レインディールの人間になることと同義。遊撃兵となる場合、まず誓約書に忠誠の証となる手形を押すことになります。これを押した時点で、その者はレインディールの人間となります。何があろうと、兵としてレインディールに忠誠を誓う人間となるんです」

「なんか大変そうだな……」

「本来であれば、遊撃兵とはそういうものなのですが……ここで問題――いえ、陛下にとっては利点となるのが、貴方が記憶を失っているという点です」

「どういうことだ?」


 クレアリアは思案するように、探るように流護の目を見る。


「貴方は凄まじいまでの戦力を備えた人物です。記憶がない以上、確かなことは言えませんが……おそらく元々は、どこかの国か傭兵団に所属する優秀な戦士だったのではないでしょうか」


 当然ながら違うのだが、それを言う訳にもいかない。流護は大人しく続きを促す。


「つまり陛下は……本来であれば余所の強大な戦力であるはずの貴方を、自国の戦力として取り込もうとしているんです。貴方が今現在、記憶喪失であるうちに」

「そう、なのか……」


 彼女はどこか沈んだ面持ちで、「仮に貴方が遊撃兵になったとしましょう」と続ける。


「今後、貴方の記憶が戻ることがあったとして……祖国に帰りたいと訴えた場合、すんなり帰してもらえるかもしれませんし、帰してもらえないかもしれません。誓約書もありますし……何分なにぶん過去に例がないので、その点は何とも言えません。けれどどちらにせよ、少なくとも貴方が記憶喪失の間は、兵として使い倒すことができるんです」

「なるほどな……。それで利用しようとしてる、って言ったのか」


 小さく頷き、少女は足元へ視線を落とす。


 つまり、目をつけられたということなのだろう。

 学院の件で褒賞を受けたとき、ベルグレッテが言っていた。

「陛下も姫さまも、リューゴの力を本気で信じてるわけじゃないんだと思う」と。

 あれから約一ヶ月。ようやく、国王という存在が流護の実力を認識したのだ。誇張された噂話などではなく、現実のものとして。

 そしてアルディア王は、それだけの実力があるのなら、記憶が戻るまでの間だけでも兵として使おう――と考えた。


「確かに待遇などは良好と思います。しかし……遊撃兵などといえば聞こえはいいですが……ようは体のいい駒です。純血のレインディール人ではない余所者であるため、遠慮なく扱える。使い捨ててしまうこともできる。またそうしたところで、貴族たちからもまず文句は出ない」


 クレアリアは視線を落としたまま、呟くように続けた。


「……これらを聞いたうえで……遊撃兵になろうと思いますか?」

「…………」


 流護は他国の戦士などではない。記憶喪失でもない。祖国に戻れなくなる云々といった部分に関しては気にする必要もない。

 その待遇の良さは、クレアリアの言う通り学院の雑用とは比較にもならないのだろう。

 厳しいとは言うが、直接的な戦闘ならば自信だってある。

 そして何より……話を聞く限り、遊撃兵とは国に仕える兵士のようなものだ。ベルグレッテのそばにいられる機会も増えるかもしれない。


「……ふむ。遊撃兵となると、ベル子やクレアとは同僚みたいなもんになるのかな」

「まあ……そうなりますね」

「なるほど……」

「よく考えることです。後悔してからでは遅いですから」


 そう言うクレアリアの声は、やはりいつもより弱々しく感じた。


「何度となく……見てきましたから。待遇やこの国の居心地の良さに惑わされ、祖国を捨てる羽目になった人たちを」

「…………あ」


 そこで流護はようやく気付いた。

 クレアリアがどことなく元気がないように見えていた理由。


「……そうか。何だかんだでいい奴だよな、クレア。心配してくれてサンキュな」

「は? 別に貴方の心配などしてません。貴方が遊撃兵になることで、面倒が起きたりするのが嫌なだけです。姉様も気にするでしょうし……」


 そんなことを言いつつジロリと睨みつけてくるが、その視線には照れが混じって……、いるように見えない。

 あれ? 本当に心配なんかされてない? 主人公モテモテ系の作品なら、「あ、貴方の心配なんかしてません! プイッ!」って照れてる場面じゃないの?

 そんなことを思った流護が微妙にヘコみそうになっていると、


「貴方は、姉様のことをどう思ってるんですか」

「ん? いや、まあ、俺は……、って何で全然関係ない話になってんだよ!」


 ぬるっと話題が方向転換されていた。

 危ねえ。さらっと答えてしまうところだった。


「関係なくありません。むしろ核心といっても良い部分です。つまり、貴方に遊撃兵となる覚悟や必要があるのか。記憶のない……悪い言い方になりますが――何もない貴方に、この国の遊撃兵となる理由があるのか。たった今、『姉様と同僚になるのか』などと訊いてきましたよね。姉様の近くにいられるかもしれない。そんな理由で、遊撃兵になろうとしていないか」


 無駄な鋭さに、流護は思わずぎくりとしてしまった。


「で、どうなんです? 貴方はあまり金銭に執着があるようには見えませんし……そのうえで危険だと忠告した遊撃兵になることを考えているとしたら、理由は姉様ではないですか?」

「い、いやいや! 俺、守銭奴かもよ? 金大好きかもよ?」

「受け取った褒賞金を忘れて帰るような貴方が? いくらミアのためとはいえ、躊躇なく全財産を賭けるような貴方が?」

「ぬっ……いや、ほら、防具買う金も欲しいしさ……ミアだって今やウチの子だしさ。そもそもほら、遊撃兵になろうなんて全然考えてないかもしれないだろ」

「先程、思いっきり考え込んでるように見えましたが」

「いや……えーと……」

「……好きなのでしょう? 姉様のことが」

「…………っ」


 何とも強引だ。

 しかしクレアリアの瞳は真剣で、ふざけたりはぐらかしたりすることは許されないように思えた。嘘をつかれることが嫌いだという彼女。きっと、自分が嘘をつくことも嫌いなのだ。だからこんな率直な物言いになる。

 流護は――クレアリアが斬りかかってくることを半ば本気で覚悟しながら、慎重に言葉を紡ぎ出した。


「……いや、まあ、……ベル子のことは…………その、好きだよ」


 沈黙が生まれた。わずか数秒。しかし流護には途方もなく長い沈黙。

 クレアリアが襲いかかってくる気配はない。が、次の彼女の動向を見逃すまいと、緊張しながら唾を飲み込む。

 ふーっと、クレアリアが息を吐いた。


「……でしょうね。念のための確認でしたが、見てれば分かることですし」

「お、怒らないのか?」

「なぜ怒るんですか。第一、姉様は素敵な女性です。アリウミ殿に限らず、誰にでも好かれるのは当然のことです」


 心からそう思っているのだろう。クレアリアはどこか誇らしげに頷く。


「学院の中だけでも、姉様に想いを寄せている方は両手の指では数え切れないほどいますし。城の騎士にだって、心当たりが何人もいます」

「な、なんだと……」


 いや、あれだけの美貌に性格におっぱいだ。ベルグレッテがモテるのは当然かもしれないが、流護はもやもやした焦燥感を覚えてしまう。


「誰が姉様に好意を抱こうと、それは個人の自由ですしね」


 意外だ、と流護は驚いた。クレアリアならもっとこう、怒り狂うものかと思っていた。


 ――そこで。

 彼女は凍りつくほど冷たい声で、「しかし」と呟く。


「姉様と『誰か』がお付き合いをする――などということなれば、それはまた別の話ですが」


 人形のような――レノーレをも遥かに上回る、恐ろしいまでの無表情。

 ……馬車内の気温が下がった気がした。


「……は、は、あっ、なるほど、うん」


 流護は目の前の少女から必死で視線を逸らした。これは目を合わせてはいけない。死ぬ。呪いとかで。


「ま、まあとにかくさ。まだ俺が遊撃兵に誘われるとは決まってないだろ」

「過去二回、褒賞を授けるほどの実績を踏まえたうえでの、陛下直々の救援要請ですから。ほぼ間違いないと思います。過去にも、似たような形で遊撃兵となった方は何人もいますので」

「あ、そうか。今までに遊撃兵になった人だって当然いるんだよな。そういう人は今、どうしてるんだ? やっぱそれなりにいい暮らししてたりすんのか?」


 やはりそこは現代日本人の流護である。右にならえではないが、他に自分と同じような境遇の人がいれば安心感が生まれるというものだ。

 先輩の遊撃兵に、参考として話も聞いておきたい。

 ――が。


「いませんよ」


 クレアリアは、ただぽつりと答えた。


「え? いや、だって今まで……」


 過去に遊撃兵となった人間がいる。けれど今はいない。それはつまり――

 ある考えから意図的に意識を逸らしている自分に気付きながら、流護はクレアリアの言葉を待つ。


「今現在、遊撃兵はいません。皆――亡くなりましたので」


 ……だから、クレアリアは否定的なのだ。


「先程申し上げた通り、遊撃兵は都合のいい駒として扱われるんです。元々が祖国を捨てるという誓約の下に任命される職務であるため、人数も極端に少なかったのですが……。危険度の高い任務や……時には無謀としか思えない命令を下され、次々とその命を落としていきました。中には任務に嫌気がさし、逃げ出そうとした方もいます」

「……逃げようとした人は、どうなったんだ……?」

「『銀黎部隊シルヴァリオス』の中に、粛清を担当とするメンバーがいますので……」


 クレアリアは明言を避けた。


「陛下としては、忠誠心を試していたのかもしれません。本当に信用できる人間なのかどうか。けれど……」

「……けどさ。アルディア王って……そんな、こう……厳しい人なのか?」


 上手く言えなかった。

 ミアの件のとき、ロック博士からも少し聞いている。場合によっては、恐ろしく冷酷な判断を下す人物ではあると。


「国民や仲間思いの素晴らしいお方です。溺愛されている姫様の『アドューレ』への妨害に対しても、度が過ぎなければ笑ってお許しになるようなお方ですから。……けれど、本当に恐ろしいお方でもある。私は、そう思います」


 クレアリアはわずかに、その小さな身体を竦める素振りを見せた。

 いつも強気なこの少女の怯えたような顔を見るのは、これが初めてだった。流護も思わず、雰囲気に飲まれてしまいそうになる。


「牙を剥いた者に対しては、一切の容赦をしない。先のデトレフがいい例です。しかし仲間に危機が迫れば、その身を挺して救おうとする。一人の子供を救うため、悪漢の前に飛び出したこともあります。ですが……より多くの人々を救うために、十人の子供たちを犠牲にしてしまったこともあります。『ラインカダルの惨劇』と呼ばれる、忌まわしい出来事でした」


 クレアリアは複雑そうな顔で続ける。


「陛下は大か小かを選ばねばならない場合、迷わず大を取る。どちらかを切り捨てねばならない場合、迷わず小を捨てる。自分には、全てを救うような力はないからだ……と。かつて、そんな風に仰っていました」


 そこでクレアリアはジトリと試すような視線を流護へ向けて、


「迂闊に遊撃兵などになってしまったら……貴方も、都合のいいように使い捨てられてしまうかもしれませんよ? それこそ記憶が戻って祖国へ帰りたいなどと訴えれば、消されてしまうかもしれない」


 いたずらっぽく笑い、「冗談です」と締め括った。冗談とは思えない口調で。


「……はは、いいのか? そんな発言しちゃって」


 暗に王を批判しているようにすら聞こえる物言いだった。


「あのお方は私の性格など、よーく把握しておられますので」


 悪びれもせず、嫌そうな顔をして言ってのける。

 クレアリアの男嫌いというものは、相手がアルディア王であっても例外ではないらしい。


「……とにかく。随分と話が長くなってしまいましたが……もし遊撃兵になることをお考えでしたら、そういう人物へ仕えることになるのだという点を踏まえて、熟考に熟考を重ねることをお勧めします。姉様の傍にいられるかもしれない、などという邪な理由で選ぶには、過酷にすぎる職務ですから」

「……なるほど、な」


 流護はこれまでのアルディア王について思い起こす。


 利益を鑑みた結果、一つの村を見捨ててしまうという非情さ。多くの人々を救うため、子供たちを見捨ててしまう冷酷さ。デトレフの処断を五分で決め、それを実際に通してしまう容赦のなさ。

 対して、リリアーヌ姫の『アドューレ』妨害を笑って許す寛容さ。その場の思いつきでベルグレッテにも褒賞を出してしまう豪快さ。一人の子供を助けるために飛び出していく優しさ。何より流護自身が今まで接して感じていた、親しみやすさ。


 どうなのだろう。

 次々と流れゆく外の風景を眺め、流護は真剣に考えを巡らせる。


 アルディア王に仕えて……遊撃兵として、働いていくことができるのだろうか――と。

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