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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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88. ヘテロシス

 ベルグレッテの読み通り、それは剣だった。

 何の変哲もない、神詠術オラクルで成した一本の長剣。


 少女騎士は振り下ろされたその一撃を、交差させたふたつの水剣で危なげなく受け止める。

 しかし眩いばかりの白い火花を散らす、その剣は――


「な、雷……!?」


 横から補佐に入ろうとしていた兵士が、棒立ちになって愕然とする。


「…………っ!」


 ベルグレッテもただ目を見開き、驚愕した。

 水剣と交じり合い、派手な蒸気を立ち上らせるのは――白光放つ雷剣。

 先ほどまで火炎弾を放っていた襲撃者は今、雷の剣を生み出していた。


 ――ありえないことだった。


 一人の人間が授かる属性は、必ず一つだけ。

 これは過去から現在に至るまで例外はない。正体不明の属性を扱う者も少なからず存在するが、それもまた、その者が内包する唯一の属性だ。

 複数の属性を扱える者など、存在しない。『ペンタ』ですら、扱える属性は一つだけだ。なのに、なぜ――


 ボッと派手な音を響かせて、水剣が蒸発した。


「あ……っ」


 ベルグレッテは動揺のあまり、集中を欠いてしまっていた。

 大きく体勢を崩し尻餅をつきそうになったベルグレッテの頭へ、雷の剣が振り下ろされる――その軌道に、銀色が割り込んだ。


「ハッ!」


 高らかな金属音が反響する。横から飛び込んだ兵士が、電光を纏わせた長剣の一撃で雷剣を打ち上げていた。

 襲撃者と兵士、双方が大きくバランスを崩す。

 体勢を立て直したベルグレッテは、靴裏で刺客の腹を蹴り飛ばした。

 直後、真横から吹いた突風が、仰け反って離れた襲撃者を大きく吹き飛ばす。十マイレ近く弾き飛ばされながらも、襲撃者はローブをはためかせて倒れずに着地した。


「ご無事ですか!」

「はっ、はい、助かりました……!」


 助力してくれた兵士に、ベルグレッテは敵を睨んだまま頷き返す。


「チッ……そのツラぐらいは拝めるかと思ったんだがな」


 すすだらけの顔になったアントニスが、右の手のひらを突き出したまま豪快な笑顔を見せる。


「何しろ火と雷を操るヤツなんて初めてだ。そんなありえねぇ真似するヤツが何者なのか、気になってしょうがねえぜ」


 ベルグレッテは襲撃者を見据え、思考を巡らせる。

 それだけではない。この敵は、どうしてこの武装馬車を襲ったのか。上位騎士か『ペンタ』ぐらいしか利用しないこの馬車を。リーフィアが乗っていると知っていて襲った? なら、どうしてリーフィアを――


 そこで、思考を断ち切るように雨が当たり始めた。数秒と経たないうちに、叩きつけるほどの土砂降りへと変わる。


(――……)


 この天候が、戦局にどう変化を及ぼすか。

 視界すら遮りかねない豪雨。火属性は当然、扱いづらくなる。雷属性については一長一短。水に乗った電撃が敵を撃ちやすくなる反面、神詠術オラクルの制御も離れやすくなり、術者自身に危険を及ぼす可能性が高くなる。

 この天候の中、最も有利なのは――水。

 ベルグレッテは敵をキッと睨み据えた。自分は、この天候の主――水の神、ウィーテリヴィアの信徒なのだ。仕える神に無様な姿は見せられない。


 襲撃者が動いた。

 素早い動作で、何かに命じるように右腕を横へ振るう。

 身構えたベルグレッテたちに、雨を巻き込んだ突風が吹きつけた。


「!?」


 風に煽られ、かすかに痛みすら伴うほどの雨が、勢いよく三人へと叩きつける。


「今度は風だと!?」


 兵士が顔を手で覆って呻く。

 怯んだ三人に向かって、敵は地を蹴って接近した。火、雷、風。次は一体、どんな属性の攻撃を仕掛けてくるのか。存在しないはずの、複数属性使い――。


 ベルグレッテはそんな思いに惑わされず、己が属性を解放する。


「水よ――我に、力を!」


 そうして、顕現した。

 白銀に輝く大蛇。渦巻く膨大な水の奔流――アクアストーム。


「!」


 間合いを詰めるべく走り寄っていた襲撃者は、その足を踏ん張り急停止した。が、遅い。濁流となって飛びかかった全長五マイレにも及ぶアクアストームが、牙を剥いて獲物に喰らいつく。

 襲撃者は右手をかざし、膨大な水の濁流を正面から受け止めた。


「……ッ」


 敵が息を吐く。その吐息だけでは男か女か判別できそうになかったが、問題ない。倒してしまえば分かることだ。

 右手でアクアストームを押さえつけた襲撃者だったが、ガリガリと大地に削ったような足跡を残しながら、荒れ狂う水蛇に押されていく。


 ――無駄。リューゴじゃあるまいし、片手でアクアストームを防ぐなんて真似、できるはず――


「……え?」


 そこでベルグレッテは異変に気付いた。

 アクアストームに押し込まれていたはずの襲撃者は、後退を止めていた。

 敵が辛うじて右手で押さえつけているアクアストーム。それがまるで――その右手に飲み込まれるように、少しずつその姿を小さくしていく。


「どう、なってんだ……? 何をしてやがる、あれは……?」

「馬鹿な……!?」


 アントニスと兵士も、攻撃することすら忘れ、呆然とその光景に釘付けとなった。

 そうして、十秒ほどで。

 アクアストームは、敵の右手によって完全に飲み込まれ、消失してしまっていた。


「う……そ」


 今まで、防いだ相手はいた。避けた相手もいた。

 しかし――これは一体、どうなったのか。荒れ狂う水の奔流は、刺客のかざした右手によって吸い込まれてしまったように見えた。まるで、吸収したみたいな――


「吸、収……?」


 ベルグレッテの脳裏に何かがよぎった瞬間だった。

 アクアストームを消滅させた襲撃者は、かざしたままだった右手をベルグレッテたちへと向けた。まるで照準を合わせるかのごとく。


「!」


 ベルグレッテは予測していた。予測していてなお、愕然と言葉を失った。

 襲撃者はその右手から、膨大な水の奔流を撃ち放つ。

 ベルグレッテたちへと押し寄せる、白銀に輝く水流の大蛇。それは紛れもない――アクアストーム。


「チィッ……!」

「くそ――!」


 アントニスが全力で腕を振るう。銀装の兵士が剣から雷撃を放つ。

 滑空した水蛇は三人の目前へと迫った直後、二人の術に正面から激突してその進撃を止めた。

 しかし、消失しない。風の塊を蹴散らすように、雷撃の楔を打ち払うように、その身をうねらせて荒れ狂う。まるで檻を食い破ろうとする獣。

 アントニスと兵士が、少しずつ押されていく。


「くっそ、重てぇぜ……!」

「こ、の……ままでは……!」


 呻く二人の間を駆け抜けたベルグレッテが、


「はああぁッ!」


 全力で水の双刃を巨大な蛇へと叩き込んだ。

 膨大な奔流は、そこでようやくただの水と化し、雨と一緒になって降り注ぐ。


「はっ、はぁっ……!」


 荒く息を吐き、眼前の襲撃者を見据える。


 一体、何者なのか。

 複数の属性を扱い、三人を相手に互角以上の立ち回りを見せ、さらにはアクアストームを受け止めてそのまま撃ち返すなどという芸当。何もかもが常識を外れている。

 常識外れ。そう、まるで『ペンタ』のような。

 いや。この敵の正体は――


「…………」


 ローブ姿の襲撃者は、顔が見えないながらもわずかに逡巡する素振りを見せた。

 往来が少ない道とはいえ、街道だ。時間をかけすぎたとでも判断したのかもしれない。


 次の瞬間。

 ベルグレッテたちに向かって、突風が吹きつけた。

 激しく叩きつける雨風に、思わず顔を庇う。

 慌てて敵へと目を向ければ、神詠術オラクルの逆噴射によって空を舞ったローブ姿が崖に上がり、素早く走り去っていくところだった。


「……は、随分な芸達者だったが……とりあえずは撃退成功ってとこか」


 アントニスが溜息と共に言葉を吐き出す。


「しかし……奴は一体……」


 襲撃者の消えていった崖の上を見ながら、兵士が呆然と呟く。


「ベルさんっ……!」


 馬車からリーフィアが飛び出してきた。泥が跳ねるのも構わず、ベルグレッテに駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!? っあ!」


 リーフィアはつんのめって前のめりに転びかけ、ベルグレッテが慌てて支える。


「わっと。大丈夫よ、ありがと。ほら、馬車に戻りましょう。濡れちゃうわよ」


 ベルグレッテはリーフィアの肩を抱きながら、雨に打たれる崖を見上げる。

 複数の属性を扱うことについては謎しか残らないものの、まるでアクアストームを『吸収』したかのような、あの力。

 実際に目にしたことはない。他に、同じような芸当ができる人間だっているかもしれない。

 それでも、その名が脳裏に浮かぶ。


 ――ミディール学院の三位。属性は吸収。『源泉インテグル』のオプト。


 ベルグレッテは崖を見上げたまま、胸中でその名を呟いた。






 襲撃者が去るとほぼ同時、雨が止んだ。雲間から、かすかにインベレヌスがその姿を覗かせる。


 敵を退けた一行は、再び馬車へと乗り込んで出発した。

 馬車内の片隅には、先ほどの襲撃で命を落としてしまった兵士の亡骸が、毛布にくるまれて横たえられている。

 研究員たちも、リーフィアも、一様に不安そうな顔をして押し黙っていた。


 ベルグレッテは濡れた身体を拭きながら、考えを巡らせる。

 襲撃を凌ぎはしたが、敵の正体も目的も不明のままだ。

 単純に考えるなら、武装馬車で護送されている人物の襲撃、ということになるのだが……。


 吸収という希少な属性。ベルグレッテは、その使い手を一人しか知らない。

 しかし仮に刺客の正体を彼女だと……オプトだと推測した場合、その目的が分からない。

 馬車で護送されている人物を……つまり、リーフィアを狙った? レインディールの『ペンタ』同士の場合、その戦闘は固く禁じられている。だからローブを身に纏って、正体を隠していた? では、何のためにそんなことを?

 過去、レインディールにおいて『ペンタ』同士が衝突した記録はない。それも今回は戦闘と呼べるようなものではなく、戦闘などできないリーフィアに対する一方的な襲撃だ。もし襲撃者が本当にオプトだったとするならば、これは前例のない大事となる。


 何より、複数の属性を扱うことができた理由も不明だ。オプトは確かに吸収という特異な属性を有しており、その詳細はベルグレッテも知らない。しかし当然ながら、複数の属性を同時に扱えるようなものではないはず。過去、そのような真似を実現した人間は存在しない。

 もっともこの点に関してはオプトに限らず、正体が誰であったとしても不可思議でしかないのだが……。


 会話もない暗い雰囲気のまま馬車は進み――ようやく王都が見えてくる頃、御者台のほうからアントニスのうろたえた声が上がった。


「な、なんだありゃぁ!?」


 今度は何事かと、ベルグレッテは用心しながら昇降部より身を乗り出し、前方を見る。


「なっ!?」


 少女騎士も思わず目を見開いた。


 見晴らしのいい街道の先、遠く見える王都。

 壁に囲まれた大きな街、その一角から、いくつもの黒煙が立ち上っていた。


「火事にしちゃあ、数が多いよなあ……!」


 アントニスが豪快に笑みを見せながらも、その頬を引きつらせる。

 ベルグレッテもただ愕然として声を漏らした。


「王都が……襲われてる……!?」

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