84. 風の少女
流護はまず、学院前へと到着した馬車に圧倒された。
一般で利用されるものや、それより少し大きめな貴族ご用達のものとも違う。
馬車を牽引するのは、多少の怨魔など蹴散らしてしまいそうな、筋骨隆々の巨大馬が二頭。ちょっとした部屋ぐらいある乗車室部分は、頑丈そうな銀色のプレートで覆われている。矢でも弾き返しそうだ。
圧迫感すら与えてくるその威容は、馬車というより――
「……戦車?」
無論、大砲のついたアレではない。いわゆるチャリオットのほうだ。
「そこまでの武装はないけど、近いかも。戦地へ赴く場合にも使われる、特別仕様の武装馬車ね」
流護の呟きに、ベルグレッテが馬車のほうを見ながら答えた。どうやら戦車は戦車で存在するらしい。
「何でこんなモンに……」
「それだけ重要な人物が乗ってるってことね」
「人気のない道で待ち伏せしてる野盗なんかも、この馬車だけは襲わないっていうよね。返り討ちにあっちゃうから。これに乗るのって、すごく強い人か『ペンタ』ぐらいみたいだし」
ベルグレッテとミアの話に、流護はなるほどなーと頷く。
ちょうどそんな話を終えたタイミングで、馬車から人影が降りてきた。
似顔絵の少女――ではなく、白衣を着た女性が二人。さらに、重鎧と槍で武装した男性兵士が二人。研究者と護衛のようだ。
てっきりリーフィア一人だけだと思っていた流護は少し驚いたが、やはりそれだけの重要人物が乗っているということなのだろう。
そして――最後に降りてきたのは、黒いゴシックドレスに身を包んだ、小柄な少女。
「――――」
流護は思わず息をのんでしまった。
風にたなびく、流れるような栗色のロングヘア。その小さな肩にかけた漆黒のケープも、同じく風にひらりと揺れる。背は低く、ミアやクレアリアと大差ない。
風の属性を秘めると事前に聞いていたせいだろうか。
やわらかな風に抱かれて立つその少女は、風の妖精とでも表現すべき――幻想的な存在のように見えた。
「…………、」
「あー、リューゴくんがリーフちゃんに見とれてる~」
「は!? い、いや見とれてねーし!」
「ふーん」
「ふーん」
「ふーん」
三人の少女たちは申し合わせたように唱和した。冷たい。
少女と二、三言葉を交わし、白衣の研究者と兵士たちはまたすぐに武装馬車へと乗り込んだ。
走り去る馬車を見送ってこちらへ歩いてくる少女を、ベルグレッテが笑顔で迎える。
「こんにちは。久しぶりね、リーフィア。元気だった?」
「は、はい。お久しぶりですっ、ベルさん」
気の弱そうな微笑みを浮かべて、黒い衣装に身を包んだ少女――リーフィアがぺこりと挨拶を返す。
均整のとれた利発そうな顔立ちは、博士に見せてもらった似顔絵とそっくりだった。さすがにあの絵ほど日本人らしさはないが、驚くほど似ている。これならば、博士のあの入れ込みっぷりにも納得できよう。しかし似顔絵に比べると、どこか気の弱そうな印象だ。
「リーフちゃん、久しぶりー!」
「あ、お久しぶりですっ、ミアさん、クレアさん」
ぴょこんと跳びはねんばかりな勢いのミアと、その隣に立つクレアリアへ、リーフィアは同じく弱気な笑顔を向ける。……のだが。
「元気そうで何よりです、リーフィア。……ミア、前に出過ぎですよ」
「……?」
流護は、クレアリアのその言葉の意味が分からなかった。
離れている。
リーフィアと、彼女に向かい合うベルグレッテ。その二人からさらに三メートル近くも離れた位置に、ミアとクレアリアは立っている。再会した友人へと近寄ったにしては、どう考えても不自然な立ち位置だ。何でそんなに離れて――
と思った流護が何気なく視線をリーフィアに戻すと、思いっきり目が合った。
「おわっ」
「…………?」
無言でありながらも、明らかに「誰?」と問いかけてきている表情のリーフィアに、ベルグレッテが説明する。
「あ、リーフィア。こっちはアリウミリューゴ。少し前、学院が襲われた話は聞いてるでしょ? そこを救ってくれた人で……」
リーフィアがはっとする。
「しっ、知ってます! りっ、『竜滅』の勇者さまですね! すごいですっ!」
明らかな尊敬の眼差し。驚いた反応が素直で可愛いな、と少し照れる流護。いやまいったな。
「あ、あのっ、わたし、リーフィア・ウィンドフォールといいますっ。ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ」
とことこと流護の前に進み出たリーフィアは、慌てて頭をべこりと下げた。
「あっ」という、クレアリアの声。
そして響き渡る、ゴウッ! という凄まじい轟音。
瞬間。
流護は、高々と宙を舞っていた。
「――――――――え?」
じたばたする。手足が空を切る。
「ひゃっ……!」
「ウワー!」
ベルグレッテとミアの悲鳴も聞こえた。
何だ、何が起きた――
流護はぐるりと首を巡らせる。
「おわああぁぁ!?」
急速に接近する芝生が、目の前へと迫っていた。
「げっ、ごばはあぁッッ」
大地に激突した。何とか受け身を取り、ゴロゴロと転がりながらも、スチャッと起き上がる。よし大丈夫。芝生だし。重力軽いし。
しかし見れば、流護は十メートル近くも吹き飛ばされていた。
さらには、膝をついたベルグレッテ。仰向けに倒れているミア。クレアリアは変わらず佇んでいるが……。
「あ、わ、あぁ……ご、ごめんなさいぃ……」
そして、泣きそうな顔のリーフィア。
――まさか。今のは……
「……全く、相変わらずですねリーフィア。飛んだのがアリウミ殿だからよかったものの……」
「ごっ、ごめんなさ」
「はいストップ! 頭を下げない!」
ビシッと言ったクレアリアに、リーフィアはびくっと身を竦めて硬直する。
「ご、ごめんなさいっ……」
あわあわと両手を左右に振るリーフィア。
しゃかしゃか振るその手から、小さなつむじ風が巻き起こっていた。
しゅんとしてソファに腰掛けるリーフィアへ、ロック博士がコーヒーを手渡しながら言う。
「ははは、そんなことがあったのかぁ~。でも気にすることないよぉ、リーフィアちゅわ~ん。少しずつ、少しずつ慣れていけばいいんだからねぇ~」
おい。何だこの目の前にいるおぞましい生物は。本当にロック博士なのか。怨魔の類じゃないのか。
「ほ、本当にごめんなさいっ……」
リーフィアは謝ってばかりだった。
「いや、博士は正直まじ気持ち悪いけど、言う通りだぞ。気にすんなって」
「はっ、はい……」
「え、気持ち悪いって……」
こんなやり取りも三回目だ。
申し訳なさそうに小さくなっているリーフィアと、横並びでソファに腰掛ける流護、ベルグレッテ。全員にコーヒーを渡し終えた博士が対面へ座る。
ちなみにミアとクレアリアは、研究棟には来ていない。リーフィアが滞在する部屋へ一足先に向かっている。この風の少女は一泊して、明日帰る予定だという。
――さて。絶大な力を持つ『ペンタ』。
その一人、ミディール学院の五位であるリーフィアは、自分の力を制御しきれていないのだという。
通常、神詠術というものは、詠唱することで集中力を高め、魂心力という内なる力を消費することで、その現象を発現させている。ちなみにごく簡易な術であれば、詠唱は――集中力は必要としない。『ペンタ』であれば、そもそも詠唱を必要としない(以上、博士談)。
リーフィアの場合、強大な力を秘めるあまり、ともすれば溢れ出すように無意識で術が発動してしまう。詠唱を必要としないどころか、油断すれば風が生ずる。普段は、それを意識して抑え込んでいるとのことだった。リーフィアが肩にかけているケープも、彼女の力を抑え込むための特注品らしい。
そんな訳で、先ほど流護が『竜滅』の勇者だと知った際には、驚いたことで気が緩み、神詠術を発動させて吹き飛ばしてしまったのだ。ちなみに、つい術を発動させてしまい、それによって動揺し、さらに術を発動させてしまうという悪循環が定着しているらしい。
そんなときは頭を下げれば突風が吹き、手を振ればつむじ風が巻き起こり、ドジッ子のように転べば周囲の全てが衝撃波で吹き飛ぶ――とのことだった。
久々に再会しようものなら、嬉しさいっぱいのリーフィアに吹き飛ばされることも珍しくないのだとか。それで先ほど、クレアリアたちは距離を取っていたのだ。……ミアは結果として倒れていたが。
……ちなみに博士は吹き飛ばされてケガをしても本望だそうです。変態だ。
『ペンタ』と呼ばれる、神に選ばれし者たち。
これまでに聞いていた話や、実際目にしたディノ、ナスタディオ学院長といった人物から、流護はその存在を『凄まじい力を振るう傍若無人な超越者』だと認識していた。
しかし、リーフィアは違う。
多少の教育は受けているものの、実際の戦闘を経験したこともない。
凄まじい力を内包した、普通の女の子。それが、リーフィア・ウィンドフォールと呼ばれる『ペンタ』だった。
「……はぁ……」
可愛いらしい溜息をつくリーフィアに、
「んも~リーフィアちゃん、気にしない気にしない。流護クンは吹っ飛ばしたぐらいじゃ何ともないからねえ~。試しに二階から落としてみる?」
猫なで声で何か言っている犯罪者。
「でもわたしっ……どうして、こんな……」
小さな自分の手のひらを見て、悲しそうに呟くリーフィア。
「でもリーフィア。それだけのすごい力があるなら、使いかたさえ間違えなければ、誰かを助けることだってできるのよ?」
やわらかく諭すようにベルグレッテが言う。
「だ、誰かを助けるなんて、わたしにはっ……とても、……っ」
リーフィアは口ごもって小さくなってしまった。
流護はふと思う。
この少女の、異常なまでの自信のなさは何なのだろう。それだけの力がありながら。制御ができないから自信がないのか、自信がないから制御ができないのか。
そこからしばし、何気ない談笑と、ロック博士のリーフィア愛溢れた気持ち悪い主張が続き――
「ではロック博士。検査のほう、よろしくお願いします」
一段落したところで、ベルグレッテが話を切り上げて一礼する。
「それじゃ行きましょうか、リューゴ」
「お、おう……」
「リーフィア、またあとでね」
「は、はいっ」
リーフィアと博士を二人きりにして大丈夫なのかと思う流護だったが、仕方ない。ベルグレッテと二人、研究棟を出ることにした。
薄赤く染まる空。
どこか郷愁を誘う緋色に照らされ、二人並んで中庭を歩く。
そういえば最近はあの不気味なうろこ雲を見てないな……と流護が思っていると、ベルグレッテが気遣わしげに声をかけてきた。
「リューゴ、ケガとかはしてない?」
「いや、大丈夫だって。もう何回言ったか分からんぞ。この俺の受け身技術は中々のものでな、『地面は凶器』とか意味不明の供述をする妖怪ジジイに叩きつけられまくったおかげで、受け身はかなり自信があったりなかったり」
「う、うん? そっか。ならいいんだけど……リーフィアに気を使ってるのかなと思って。……ん、大丈夫そうね」
覗き込むようにしながら言うベルグレッテ。さらりと揺れる髪と、鼻腔をくすぐる甘い香りに、流護はドキリとしてしまった。
「リ、リーフィアもだけど、気にしすぎだろ。俺がそんなヤワに見えるか?」
「はは……でも、リューゴはともかくとして」
ベルグレッテは、少し悲しそうな顔を見せる。
「リーフィアはね、小さい頃……友達に、大ケガをさせちゃったことがあるんだって」
ハッとする。つい今しがた、自分で言った通りなのだ。
「俺がそんなヤワに見えるか?」と。それは、流護だから言えるセリフなのだ。
肉体的に流護より大きく劣るグリムクロウズの人間ならば、より激しく吹き飛ばされ、大ケガをしていた可能性もある。
「リーフィアの力が発現したのは、通常より少し遅くて……五歳のときだったそうよ。風属性を内包してるなら通常、幼少期であれば微風を起こす程度なんだけど……」
彼女は違った。
五歳にして――初めて力が顕現した時点で、宮廷の詠術士を上回る能力を備えていたという。
年齢に見合わぬ強大な力。それは容易に、悲劇を引き起こす要因となった。
些細なケンカだったらしい。
本来であれば子供同士の、微笑ましくも思えるような。しかしリーフィアには、大人顔負けの力が備わっていた。そして、友人を吹き飛ばしてしまい――
その出来事は、リーフィアの心にも大きな傷を残した。
彼女の異常なまでの自信のなさは、これが原因なのかもしれない。
自信を喪失し、力の制御が上手くできなくなったリーフィアは、その力で周囲を巻き込んでいく。巻き込むことで、さらに自信をなくす。自分の力を嫌悪して目を背けるようになり、さらに制御ができなくなっていく。悪循環だ。
「それでね。力の制御がまったくできなくなったリーフィアは……実の両親に捨てられたの。厄災を齎す、悪魔の子だって」
「……実の、親に……」
『ペンタ』を崇める集団もいれば、恐れる人々もいる。
神に選ばれし存在か、忌むべき悪魔か。
実害を受けた人間にしてみれば、後者となるだろう。彼女の実の両親ですら、そうだったということだ。
「国がリーフィアを買い取った。両親には、一生遊んでも使いきれないほどの大金が支払われた。両親は……厄介払いができたうえに大金が手に入った、って喜んでいたそうよ」
ベルグレッテの声は、静かな……やり場のない怒りを含んでいるようにも聞こえた。
「国が買い取った……か。ん? ってことは、リーフィアは国に所属してる『ペンタ』ってことになるのか? 学院所属の五人は、将来国に所属するかもしれないっていう扱いじゃなかったっけ」
国属の『ペンタ』は八人。
学院所属の『ペンタ』は五人で、将来国に所属するかどうかは個々の意思で保留している状態。国としてはこの五人を迎え入れ、国属を十三人としたい。
そんな感じの事情だったはず……と流護は思い出すように記憶をたどる。
「ん、本来であればそうなるんだけど……リーフィアは自分の力を制御できないし……そこで意見を唱えたのが、ロック博士だったの」
「え?」
「リーフィアのことは、ちゃんと彼女自身に決めさせましょうって。国に所属するか否かは、きちんと学院に入れたうえで、自分の力を制御できるように努力してもらって、いずれ本人に判断させましょうって」
ロック博士は、あまり自分の意見を主張しないタイプなのだという。
その博士の珍しい意見、しかも研究者として多大な実績を残している権威の主張ということで、例外的に聞き入れられたのだそうだ。
……恐るべしロリコンパワー。
もっとも、学院所属の『ペンタ』に認められる特例――多少の罪すら見逃される――という点も、リーフィアにとっては有利に作用するからという考えもあったらしい。
未熟な彼女の風が、周囲のものを傷つけてしまうかもしれないからだ。まさしく出会い頭に吹き飛ばされた流護のように。
確かに、今のままではリーフィアが国に貢献できるとは思えない。現在の状態ですら、少しずつ制御ができるようになってきているほうなのだという。
「『ペンタ』は、そのあまりに規格外の能力から疎まれ、妬まれ、孤立していくことも多いわ。そして彼らは次第に、自分の力だけを信じるようになっていく。並び立つ者のいない現実が、異常な自信を抱かせて、傲慢に育んでいく」
流護はディノ・ゲイルローエンという男を思い出す。
今のベルグレッテの話は、そのままあの男に当てはまるのではないか。
全てを見下していたようなあの瞳。圧倒的にすぎるあの力。
何やらそれだけでなく事情もありそうたったが、あの赤き青年の大雑把な半生というものは、ベルグレッテが語った内容とそう大差ないのではないだろうか。
「だから……性格の穏やかなリーフィアは、国にとって扱いやすい貴重な存在なの。あの子は、王都の郊外にある屋敷に一人で住んでるんだけど……敷地内にある別館には研究者たちが詰めていて、常にリーフィアを監視してる。実質、隔離されて見張られてるようなものよ。リューゴも見たでしょ? あの武装馬車。外出するときも、常にああやって研究員と兵士が同行するの。優しい人たちでは、あるんだけどね」
体のいいモルモット、という嫌な言葉が流護の脳裏に浮かんだ。
ロック博士の意見こそあれど、結局はほとんど国に所属しているようなものだろう。リーフィア自身の気弱な性格や、国に金を出してもらっているという事実もある。
「生活費や研究費用は国の……国民の税金から出てる。近づくだけで人にケガをさせるかもしれない。特権によって罪に問われないこともありえる。そんな『ペンタ』という存在に、近づこうとする人は少ない」
ベルグレッテは足を止めた。
流護も、つられて立ち止まる。
「……はは。こんなこと言うと、クレアに怒られそうだけど」
泣き笑いの顔で、彼女は言う。
「ほんっと神さまは、平等じゃないよね。リーフィアは『ペンタ』の力を疎ましく思ってる。でも私は……その力が、ほしかった」
「な……なんだベル子、意外と力を欲するタイプだったのか。『ペンタ』に生まれて、ヒャッハーとか言いながら水を撒き散らしたかったのか」
「な、なによそれっ。……ただ、私がもっと強ければ……きっと、もっと多くの救える命があったはずだから」
悲しそうな横顔。その救えるはずだった命を――人々を、思い起こしているのだろうか。
どこまでも優等生さんめ、と流護は思う。しかし。
「俺は嫌だな」
「え?」
昼休みのこと。ベルグレッテのクラスメイトたちの会話を思い出す。
気に入らない芸能人の悪口に花を咲かせるような、『ペンタ』を罵倒する内容だった彼女たちの会話。
「仮にベル子が『ペンタ』で、今より多くの命を救えてても……それでも『ペンタ』に対する偏見ってのは、簡単にはなくならないだろ。ベル子が頑張って人を救う陰で、あいつは『ペンタ』だし、みたいに言われたりすんのは嫌だなって思ってさ」
ぽかんとしていたベルグレッテが、笑顔になった。
「ふふ。ありがと」
リーフィアですらそんな扱いなのだ。この少女が『ペンタ』だったら……などと、考えたくもなかった。
「でも『ペンタ』だからって、悪い扱いとは限らないわよ。ほら、ラティアス隊長やナスタディオ学院長もそうなんだし」
「いや、どっちにもいいイメージないんだけど俺。特に後者。特に、後、者」
「あ、あはは」
また学院長の幻覚の悪夢を思い出してしまった。
「え~そうそう、西のお隣にバルクフォルト帝国っていう大きな国があるんだけどね。そこの騎士隊長の方が『ペンタ』で、人当たりもよくて頭脳明晰の容姿端麗で、もう大人気なのよ。うちの騎士たちの間にもファンが多くて、年に一回の公式演舞にはみんな押しかけていっちゃうんだから。私も何回かお呼ばれして行ったしね。そんな人もいるんだし」
「そ、そうか」
まくし立てるベルグレッテの勢いに、つい流護は一歩後ろへ下がった。
大人気の騎士、ねえ……。
「その騎士って男? 女?」
「男性よ。名前はレヴィン・レイフィールド。若干十八にして騎士隊長。『白夜の騎士』って呼ばれる、凄腕の……って、リューゴなんて顔してるの!?」
「え? なにさ」
おっといけねえ。「ちっ、なんだ男か」って思ったのが顔に出てしまっていたようだ。
「すっごい『ちっ、なんだ男か』って顔してる」
ベルグレッテさん大正解。
「……ふーん。レヴィン殿が女の人だったらよかったんだ。きれいな女の人なら、見たかったと」
急にのっぺりした声でベルグレッテが言う。
「え? そりゃあな。よく考えてみろよベル子。お前が『隣の国にかっこいい騎士がいるんだよ』って言って、そこで俺が『うほっ! そりゃ見てみたいッス!』って言ったらやばいだろ」
「う……ん? そうなのかな? 論点がずれてるような……」
「それを言ったらベル子だって、その……カッコイイ騎士に呼ばれて……何だって?」
公式演舞にお呼ばれしてどうのこうのと言っていた。親しい間柄なのだろうか。
「え? うん。毎年、家族で呼ばれるの。騎士家系同士の付き合いとかもあるからね。毎年毎年、露骨に嫌な顔をするクレアを引っ張っていくのが大変で……ふふっ」
「あ、ああ。家族でか。そうか」
「?」
小首を傾げるその仕草が可愛い。あざといとはこういうことか、と流護は少し悔しくも思う。
「フン……大体な、イケメンなんぞ爆発してしまえと俺は常々思ってるんだ」
「いけめん……ってなに?」
「無駄に顔とか色々いい野郎のことだ。小学校の文集の『将来の夢』のコーナーで、『大人になったらイケメンが入ったとたんに爆発する箱を作りたいです』って書いてリテイク食らった俺をナメるなよ」
「あはは。よく分からないけど、変なことしたんだろうなーっていうのは分かる」
いやむしろ、神詠術の力があれば本当に作れるんじゃないか……? とどうでもいいことを考え始めたところで、とことこと寄ってくる小さな人影。
「あれ、二人ともなにしてるんですか?」
声に顔を向ければ、そこには風に髪をなびかせる小柄な少女の姿があった。
「あ。早かったのね、リーフィア」
「はいっ。博士が、早く終わらせてくれました。みんなと遊んでおいで、って」
「ま、まじか」
博士のことだから、必要以上にリーフィアを引き止めたうえに、場合によっては通報しなければならない事態に発展するかもと思っていた。今度は別の検査をしようね~みたいな。ごめん博士。
「それじゃ、リーフィアの泊まる部屋に行きましょうか。ミアとクレアが、おやつ買って待ってるわよ」
「はいっ……ご迷惑をおかけして、すみません。お世話になります……」
「もう、そんなふうに気にしないの。友達なんだからね」
恐縮してぺこりと頭を下げるリーフィアに、ベルグレッテが優しい笑顔を向ける。
……友達、か。
流護は思う。
周囲の人に疎まれて、実の親に捨てられて。
それでもディノやナスタディオ学院長のような性格の人間ならば、それらを意にも介さず生きていけるのかもしれない。
いや。ベルグレッテが言ったように――皆に拒絶されるからこそ、自分だけで生きていくために、『ペンタ』という存在は変質していくのかもしれない。孤高に、強く、傲慢に。
しかし今……流護の目の前にいるのは、ただの女の子だ。
望まずに凄まじい力を生まれ持ってしまった、普通の少女。
「なあ、リーフィア」
「は、はいっ」
「俺と友達になってくれ」
「え、えっ!? いや、あの」
「嫌か?」
「い、いえ! そんなことはないですけどっ……」
「じゃあ友達な」
「で、でもっ、わたし……」
「よろしくな!」
流護は右手を差し出す。
「は、はいぃ……」
リーフィアはおずおずと、差し出された手を握った。
小さい。やわらかく小さい、本当に普通の……女の子の手。空手の修練でゴツゴツに膨れ上がった流護の手とは大違いだ。
自分からやっておきながら手を握り続けるのが恥ずかしくなった少年は、もう一度「よろしくな」と言って手を離す。
会ったばかりだが、リーフィアの性格は流護も充分すぎるほどに理解していた。強く出れば、押しの弱い彼女は断れない。
「リーフィア、ちゃんと断るときは断らないとダメだからね? お友達になりましょう、なんて言ってくる男の人は、下心持ってたりするんだから」
いたずらっぽいジト目を向けてくるベルグレッテ。
そのセリフにびくっとしたリーフィアは、少し怯えたような瞳を流護に向けた。
「ああ、警戒心はしっかりしてるようで何よりだ……」
「そ、そういうわけじゃ……すっ、すみませんすみませんっ」
ぺこぺこと頭を下げる少女から、心地よい風が吹いた。
何となく笑い合いながら、三人でリーフィアの部屋へ向かうのだった。