82. 初めての学生食堂(昼)
そうして、翌日の昼休み。
数日ぶりに、ベルグレッテが学院へやってきた。
馬車を降り、校門を潜って敷地内へと入ってきた彼女に向かって、ミアとクレアリアが一直線に駆け寄っていく。
「ベルちゃーん!」
「姉様!」
わんぱくな子犬かきみたちは。
ベルグレッテの右腕に組みついたミアと、それを引き剥がそうとするクレアリア。
そんな二人に引っ張られながらやってきた少女騎士は、流護に満面の笑顔を見せた。
「こんにちは、リューゴ」
「あ、お、おう、はい。こんにちは」
まるで重力だ、と流護は思う。
会えなかった時間の分だけ、再会したときの胸の高鳴りが大きくなる。
何ヶ月も会えなかった後に再会したりしようものなら、ベルグレッテの笑顔を見ただけで胸が潰れてしまいそうだ。オオウ、イエー。
……などと恥ずかしいポエムを心中で綴った。
前回は二週間ぶりに再会したものの、ミアの件でごたごたしていたのでまた違ったが、今回はたかが数日会っていないだけでこの有様だった。
それにしてもベルグレッテは夏仕様のドレスを着ており、制服姿ではない。これも悪くはないのだが、早いところ制服夏ヴァージョンが見たいものだ、と思う流護であった。ああおっぱいおっぱい。
「ベルちゃん、ごはん食べた?」
「ん、まだよー」
「じゃあみんなで食べよー!」
団子みたいに連なっている女子三人と流護は、ベルグレッテが学生棟の部屋に荷物を置きにいくついでということで、たまには中庭でなく食堂で昼食をとることにした。
「………………」
そしてクレアリアさん、ぶち切れ寸前である。
流護も今まで何となく昼休みを中庭で過ごしていたので意識していなかったのだが、昼の食堂の混雑は、夕食時の比ではなかった。
席という席は埋まり、カウンターには長蛇の列。
考えてみれば当然だ。放課後の自由時間である夕食時とは違い、昼休みの時間は限られている。その限られた時間に生徒が殺到するのだから、混雑するに決まっていた。
しかし混んだからといって不機嫌になるような、大人げないクレアリアさんではない。
空いている席がなかったので、ダイゴスとアルヴェリスタ……つまり男と同席することになってしまった事実が、彼女を無表情ながら憤怒の化身へと変貌させていた。
そんなクレアリアの殺気に当てられたのか、流護の隣で気まずそうに下を向いているアルヴェリスタ。
その向こう隣、涼しげに不敵な笑みを浮かべて座っているダイゴス。動じた様子は微塵もない。やはりただ者ではない。
さらにクラスメイトの女子四人が加わり、九人もの大人数でテーブルを囲んでいた。
流護は、アルヴェリスタとダイゴスがいてくれて助かったと安堵していた。さすがに一人で大勢の女子と一緒なのはいくら何でもきつい。
ベルグレッテたちは、王都の小物店や服の話なんかで盛り上がっている。なんというガールズトーク。この空気……一人ならば死んでいた……。
よし、負けないぞ。親睦を深めるいい機会でもある。
流護は男子トークを繰り広げるべく、アルヴェリスタに話しかけた。
「アルヴェリスタは、食べ物とか何が好きなんだ?」
「えっ!?」
びくっとした彼は、弾けたように流護のほうを見た。ふわりといい匂いがする。いや何でいい匂いすんだこいつ。
ていうか今更ながら、顔がやばい。女にしか見えない。
「え、えっと……ケーキとか……」
「そうか」
「……」
「……」
アルヴェリスタを挟み、ダイゴスへと話しかけた。
「ダイゴスさん」
「何じゃ」
「食べ物は何がお好きで?」
「肉じゃな」
「あっ、俺も」
「そうか」
「……」
「……」
男子トーク終了。
盛り上がり続けるガールズトークを尻目に、流護はモニュモニュと食事を進める。
……と。
女子と同じリトルランチセット(流護なら三口ぐらいで食べ終わりそう)をちょびちょび食べているアルヴェリスタが、ちらちらと女性陣のほうへ視線を送っていることに流護は気付いた。
(……ほお)
視線の先を念入りに確認する。
――間違いない。アルヴェリスタは、ちらちらとミアを見ている。
そういえばミアが連れ去られたとき、アルヴェリスタはショックのあまり寝込んでしまったと聞いていた。ミアが無事に帰った際にも、ただひたすらに嬉し泣きを続けていたという。
(そうかそうか……そう、か……む、むむ?)
何だろう。このモヤッとした気持ちは。
……ああ、これはあれだ。「娘を貴様なんぞにやれるか」的な。ミアは現在『流護の所有する奴隷』という扱いだし、間違いなかろう。
(オホン……ここはあれだ。アルヴェリスタ君がだな、どれだけちゃんとウチのミアのことを真剣に想っているかをだな、確かめる必要があってだな……つうか貴様なんぞにウチのミアをやる訳にはいかんってことでだな……)
流護は肘でつんつんとアルヴェリスタの脇腹をつつく。
「ぁんっ!」
なんて声出すんだよ。
「は、はい。な、なんですかリューゴさん……」
恥ずかしそうに顔を赤らめて脇腹を押さえるアルヴェリスタのことは気にせず、流護は声を潜めて耳打ちするように囁いた。
「アルヴェリスタ君は、その……ミアのことをどう思っとるのかね?」
びくんと跳ねたアルヴェリスタが、ガンッ! と膝でテーブルをカチ上げた。
「ぐ、あ、あぁぁ……っ」
くぐもった呻き声を上げて膝を抱える。
「…………」
クレアリアが無言でうっとおしそうな視線を向けてきた。
「な、な、なにを……いきな、り……言い出すんですか……っ、いたたぁ……」
目尻に涙を浮かべたアルヴェリスタが、膝をさすりながら声を絞り出す。
「あ、ああ……なんかごめん」
身体は正直ってこういうことを言うのかもしれない。いや違うか。
「……で、でも」
姿勢を正したアルヴェリスタは、流護のほうこそ見ないものの、ほっとしたような声音で言った。
「リューゴさん……今更かもしれませんが、本当に、ありがとうございました。あのまま、ミアちゃんが連れ戻されなかったらと思うと……」
「……ああ。っても、みんなが頑張ったおかげだよ」
連絡を取るため通信で活躍したエメリン。競売資金の半分を出してくれたベルグレッテ。情報網を活用し、レドラックたちの居場所を突き止めたエドヴィン。乗り込むにあたって加勢してくれたレノーレとダイゴス。
流護ひとりならば、何もできずに終わっていただろう。
「僕……自分が情けないです。何もできなくて……」
「そう思うなら、少しずつでもいい。強くなったらいい。強くなって損することはないからな」
「で、でも僕はリューゴさんみたいには、とても……」
「俺だって、最初から強かった訳じゃねえよ。アホみたいにコレだけに打ち込んでさ。えーとほら、記憶なくて神詠術も使えないし」
右手の指を握り込み、拳を作る。
「そ……そうですよね。『ペンタ』みたいな力もないし、それどころか……平均以下の能力しかない僕だけど……」
アルヴェリスタはそう言って、流護がしたのと同じように握り拳を作る。
流護に比べれば、あまりに小さく、か細い拳。
しかし男の拳だ。気になる女の子のために強くなりたいとか、そんなものでいいのだと流護は思う。いい決意だ。でもウチのミアはやらんぞ。
そんな流護たちのやり取りが聞こえていたのか、向こう隣に座っているダイゴスが「ニィ……」といつもの笑みを浮かべた。
――と。
聞こえていたのはダイゴスだけではなかったようで、
「今、アルヴェが『ペンタ』とか言ってたので思い出したけど……」
クラスメイトの女子の一人が言う。
「今日、あの子来るんだよね。リーフィア」
「うん」
ベルグレッテが頷く。
「ああ、ベルはそのために来たんだもんね」
「大変だよね~、『ペンタ』の付き添いなんてさー」
「ううん。好きでやってることだし――」
ベルグレッテが言い終わらないうちに、他の女生徒が被せた。
「リーフィアはさ、悪い子じゃないのは分かるんだけど……でもやっぱり『ペンタ』って、私たちとは違うもんね~」
「だよねー。基本、性格最悪だし。前に王都行ったとき、服買おうと思って店に入ったらさ、後からオプトが入ってきたことあって。もう最悪。何も買わないで店出ちゃった」
「うへー怖っ。目ぇ合っただけで殺されかねないもんねー。やっぱ『ペンタ』はねぇ……。リーフィアだってさ……その……危ないじゃん?」
「だよね。『ペンタ』なんていなければいいのに」
「アハハハ、それだと国が困るんじゃない?」
「じゃあせめて隔離してほしいよね。あっははは!」
ゴーン……と、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
それを合図に、生徒たちが思い思いに散っていく。
「姉様はこれからロック博士のところですか?」
クレアリアはいつも通りの無愛想な表情で姉へ尋ねる。
「ん……そうね。リーフィアが来るのは夕方だけど、準備しておかなきゃ」
「……うん、授業終わったらあたしも行くよっ」
ベルグレッテとミアの表情はどこか、少し悲しそうな笑顔だった。