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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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81. 暴風黒拳

 以前立ち寄ったゲーテンドールほどではないが、それなりに大きく賑やかな酒場にて食事の時間となった。


「さて……食事を済ませたら宿を取って、明日の朝、病院へ向かいます。その後に少し店を見て回るなどして、学院へ戻りましょう」

「はーい」


 引率の先生のように予定を話すクレアリアと、生徒のように返事をするミア。レノーレもこくりと頷く。そこでミアがあっ、と声を漏らした。


「そうだ。もう暑くなってきたし、去年壊しちゃったから冷術器れいじゅつき買わないとだ」

「冷術器?」

「そっか、リューゴくんは知らないよね。暑くなるし、リューゴくんも買っておいたほうがいいよ。えっと、冷術器っていうのはね――」


 ミアの説明によれば、冷術器とは封じ込めた神詠術オラクルによって羽を回転させ、風を発生させる器具とのこと。

 それだけならば流護の知るところの扇風機のようだが、冷術器は氷の神詠術オラクルを込めることにより、常に冷たい風を吹かせることができるのだという。


「何だそのステキアイテムは……使い方間違えると腹壊しそうだけど……」


 ちなみに冷術器そのものは非常に安価で、定期的な神詠術オラクルの込め直しのほうで費用がかかるらしい。売り手側としては、そちらが収入源になるようだ。

 もうすぐ星遼せいりょうの月となる。十二の月のうち七番目の月で、すでに日の落ちた今ですらあまり涼しいとはいえず、流護も学ランの上を着ることはなくなっている。

 冷術器は買っておかないとだな……と現代日本の少年は心中で頷いた。


「ふう。ごちそうさまでしたー」


 ミアがトマトリゾットを平らげたのを最後に、全員の食事が終了した。


「さて。んじゃ宿に行――」


 言いかけたところで、流護はこちらへと近づいてくる人影に気がついた。


 ニヤニヤとした笑みを浮かべた、人相の悪い長身の男が二人。一人はボサボサに広がった黒のドレッドヘア。一人はほぼ坊主に近い短髪。

 物腰や身体つきからして、ただの一般人でないことが分かる。特に流護が気にかかったのは、彼らの服装だった。この暑い中、限りなく黒に近い紺色の長袖とマント、太めのズボン。ブーツまでも同じ色。あつらえたように単色で統一されたその出で立ちは、まるで――


「オウ、これは可愛らしいお嬢さんたちだ」


 ドレッドヘアの男が、値踏みするような目で言う。


 ガラの悪い男に絡まれても、少女たちに臆する様子はない。男たちになど気付いていないかのように無視して紅茶を注ぐクレアリア。変わらず無表情なレノーレ。彼女たちはただの町娘ではない。学院の生徒、詠術士メイジなのだ。……それも割と武闘派な。

 ミアがどこか期待に満ちた瞳を流護へ向けてくる。何と無垢な信頼か。

 仕方ない、追い払うか……と少年は溜息をつく。


 ドレッドヘアがククッと楽しそうに笑いながら、隣の坊主頭に問いかけた。


「よおダズ、お前ならどの子が好みよ?」


 ダズと呼ばれた坊主頭の男は、ペロリと不健康そうな茶色い舌を覗かせて――


「この子かな」


 ポンと、両肩に手を置いた。

 ……流護の、両肩に。


「……は?」


 流護は首をぐるりと回して、坊主頭を見上げる。ミアが口元を右手で覆い、「ひゃー」と声を漏らした。


「キュート。キュートだね」


 ポンポンと流護の両肩を馴れ馴れしく叩くダズだったが、


「……ん? でも女にしちゃ、ゴツいっていうか――」

「男なんすけど」


 流護はこめかみに青筋を浮かべてダズを睨みつけた。


「アァッ!? 男かよ!?」


 ダズが流護から飛び退いた。その様子を見ていたドレッドヘアの男が笑う。


「ハッハッ、お前のオンナを見る目の無さは相変わらずだよ。こないだの村でも、コナかけたと思ったら毛も生えてなさそうな男のガキだったじゃねーか」


 ドレッドヘアは、やれやれとキザったらしく肩を竦める。


「うるせぇぞダリミル。お前はどれがいいんだ? 何も知らなかったら、このオスガキ選ばなかった保証はねぇんじゃねえのか?」


 ダズは乱暴な手つきで流護の頭に手を置いた。

 少年のこめかみがひくっと痙攣する。


(……あー……、どうすっかな……)


 流護の怒りメーターがぐんぐんと上昇していく。『追い払う』という目的が『ぶちのめす』という選択肢に傾き始める。


「選ぶかよ、どう見ても男じゃねーか。そうだな、三人とも実に素晴らしいレディーではある。たった一人を選べってのは酷な話だが、俺だったら――」


 ダリミルと呼ばれたドレッドヘアの男は、テーブルを囲む流護たちをさらに囲むようにぐるりと一周して、我関せずとばかりに上品な仕草で紅茶を飲んでいるクレアリアの肩に手を伸ばし――


 バシュッ! と派手な音を響かせて、水の壁が吹き上がった。


 弓なりに吹き飛んだダリミルは、およそ三メートルも宙を舞い、大の字になって壁へと打ちつけられた。そのままガクリと力なく、床に崩れ落ちる。


「きゃああぁっ!?」

「お、なんだケンカか!?」


 店内が瞬時にして悲鳴と歓声に包まれた。


「て、てめぇこのガキャァ!」


 ダズが野太い声を響かせるが、クレアリアは全く聞こえていないかのように長い髪をかき上げて、涼しげな声音で言う。


「暑くなってきましたし、そろそろ煩わしい虫も飛ぶ頃合かと思い、自律防御を展開してましたが……案の定、ハエが一匹いたようで。食事の中に入ったりしなくて何よりでした」


 怒りメーターが上昇するどころか、男に対してはデフォルトで振り切れているお方がここにいた、と流護は苦笑する。

 基本的には高速で飛来した存在に対して反応する完全自律防御だが、その応用は多岐に渡る。腕や武器に付与して射程を伸ばすことや、今のように上限反応速度を落とし、ゆっくりと近づいた存在に対して反応させることも可能だという。

 恐ろしいまでのセクハラ完全防止機能だよ、と流護は苦笑いのまま頬を引きつらせた。


「ガキだからって大人しくしてりゃぁ、ナメんじゃねぇぞ!」


 ダズが腰から武器を抜き放った。木の葉状の剣身をした、全長四十センチほどの短剣。


(うお、あれは……カタールってヤツか。それより、こいつ――)


 特徴的な武器や、あることが気にかかる流護だったが、今はダズをなだめることが先決だろう。

 流護とて、見境のないケンカバカではない。

 場所も場所だ。派手に揉める訳にもいかない。すでに店内の客が、遠巻きに流護たちを囲んでいる。

 だが、戦闘開始を待っている者も多いようだ。「どっちに賭ける?」「あの小さい兄ちゃんとハゲだろ? そらハゲだわ」などといった会話も聞こえてくる。

 とにかくここは何とか、一本釣りされたタコみたいに飛んでいったドレッドヘアのことは忘れて、落ち着いてもらうしかない。

 流護は席を立ちながら両手を上げて、敵意がないことを示しつつ笑いかけた。


「えー……まあ落ち着いてくれよ。やっぱほら、いきなり女の子に触ろうとする方が悪いじゃん? 怖がっちゃうし」


 優雅に紅茶を飲むクレアリア(吹っ飛ばした張本人)、無表情のレノーレ(眠そう)、うんうんと頷くミア(偉そう)。誰一人として怖がる素振りも見せていないが、説得を試みる。


「うるせぇオスガキ! ケツの穴使いモンにならなくされてぇか!?」


 ダズの罵声を受けて、流護のこめかみにピシッと青筋が浮いた。


「……あ? 人が下手に出てりゃーよー、ジャガイモみてぇな頭しやがって。収穫されてえのか? ヒジキとジャガイモの収穫祭り開催すっぞ」


 少年は枷から解放されたかのように凶悪な笑みを浮かべる。


 ――基本、無理なのである。

 流護も過去に幾度となく経験していたことだが、この手の人間――不良、ヤンキー、チンピラ、ならず者、無法者。こういった暴力の雰囲気を前面に押し出した人種、それもいきり立った状態の彼らを言葉だけでなだめることは、非常に難しい。むしろ、ほぼ不可能に近い。

 そして流護も決して気の長いほうではない。ひたすら下手に出る理由もない。


 騎士たるクレアリアに動く様子はない。

 そもそも、ケンカは名物みたいなお国柄なのだ。


 ……やっちゃっていいっすよね。


 流護は上げていた両手を下ろし、構えを取った。観客たちの一部から「いいぞ!」「そうこなきゃな!」と歓声が沸く。

 街中で男たちの殴り合いを目にしたときはどうかと思ったが、なるほど周囲の熱気もあってついエキサイトしてしまいそうだ。


「来いよ、イモ」

「こっ……の、ガキ……!」


 ――そこへ。

 流護とダズが一触即発となったところで、周囲の人垣をかき分けて、一人の男が歩み寄ってきた。

 歳は四十ほどか。頭は金髪のオールバック。彫りの深い面長の顔に、口元を覆う整えられたひげ。意志の強そうな青い瞳。マダムに人気が出そうな美丈夫だ、と流護は思った。

 服装はダリミルやダズと全く同じ、深い紺一色の上下衣服にマント。

 しかし彼らとは異なる点が一つ。

 その両腕をすっぽりと覆う、大きな手袋状の篭手――ガントレット。巨大な甲虫のように節くれ立った漆黒のそれは、防具というよりは武器に見える禍々しい形状をしていた。


「何の騒ぎだこりゃ……おい何してんだ、ダズ」

「ッ、ディーマルドさん……」


 怒り心頭だったはずのダズはビクリとして、ディーマルドと呼ばれた男に怯えたような目を向けた。

 その美丈夫はうつ伏せに倒れたダリミルを一瞥し、続いて流護へと視線を移す。


「……ふむ」


 一言そう呟いて、ディーマルドは流護に語りかけた。


「弱い者イジメは楽しいか? ボウズ」

「は?」

「おめえさん、とんでもなく強ぇよな。こいつらが自分より弱えのは、やる前から分かってたんだろ? そのうえでやったのか?」


 何か勘違いがあるようだった。

 相手の技量を見抜く目は確かなようだが――

 すっかり『その気』になっている流護は、弁解するでもなく首を左右に傾けてバキバキと鳴らす。


「自分より弱い相手に手は出しませーん、みてえな聖人じゃねえんだけど別に。大体、絡んできたのはそっちだぜ」

「そうなのか? ダズ」

「……さ、最初に手ぇ出してきたのは向こうですよ」

「このイモハゲ……」


 確かにある意味、間違ってはいない。

 ダリミルを吹き飛ばしたのはクレアリアの自律防御だ……が、あれは不可抗力みたいなものだ。そもそも床に伸びている汚いヒジキと不細工なジャガイモの二人がナンパなどしてこなければ、こんなことにはなっていない。


「……ったく。仲間やられちゃ、黙ってられんわな」


 ディーマルドはニッと笑い、ガントレットに包まれた右腕でマントを払う。


「やんのかオッサン? 俺が強えのは分かってんだろ?」

「問題ねえさ。実はな、俺も強いんだ」


 ディーマルドが流護へ向かって一歩、足を進める。

 距離にして一メートルもない。双方、手の届く間合いで向かい合う。

 ディーマルドがにやりと笑う。流護も、答えるように口の端を吊り上げる。


 爆発した。


 刹那の一撃。

 暴悪な風切り音を唸らせたディーマルドの右拳が、流護の鼻先で寸止めされていた。

 屋内の灯りを照り返す、無骨な黒のガントレット。直撃すれば人間の頭など果実のように割ってしまうのではないかと思わせる、金属の拳。


 ダズが息をのみ、ミアが目を見開き、周囲の客たちが呼吸を止めていた。ギャラリーを黙らせるほどの一撃。クレアリアは目つきをにわかに鋭くし、「む」とだけ呟く。


「ん~……まさか、反応されるとはなぁ」


 ディーマルドは美酒に舌鼓を打つかのごとく、満足そうな笑みを深める。


 流護の鼻先で寸止めされた黒の塊。

 そして――ディーマルドの脇腹へと宛がわれた、流護の右拳。


「けどよボウズ、素手で腹を狙うのは愚策じゃねえかい? 腹への拳打なんてのは、すぐ効くモンでもなし。それに残念ながら俺は、服の下に腹当てを巻いてんだ」

「いや、関係ねえよ。俺の拳はそんなモン軽くブチ抜く。ついでに……腹一発で、人も殺せる」


 流護のその言葉を信じたのか否か、ディーマルドはフッと笑って拳を引いた。

 身を翻し、ダズへと訝しそうな視線を向ける。


「おいダズ。おめえ、何か隠してねえか」


 その言葉に、ダズはビクリとした。


「いや俺もほんの今気付いたんだけどよ、そこのテーブルにいる嬢ちゃんたち、ボウズの連れだろ。このボウズが、女連れで粋がってケンカ吹っかけるような奴には見えねえんだよ。ダズ、おめえらが絡んだんじゃねえのか?」

「そ、それは……」

「やっぱりそうか。アホウが」


 言葉に窮した男の頬を、ディーマルドが軽く弾いた。軽い一撃だが、重々しいガントレットによるものゆえか、ダズがフラリとよろめく。


「悪かったな、ボウズに嬢ちゃんたち。ったくよ、女と見りゃすぐコレだよ、ウチの連中は」


 ディーマルドはスマンと謝り、床に倒れたままのダリミルを担ぎ上げた。うっ、とその端正な顔をしかめる。


「うお、コイツ何で濡れてんだ……まさか漏らしたんじゃねえよな」


 ディーマルドは「邪魔したな、すまなかった」ともう一度謝って、肩に担いだダリミル、しょぼくれたダズと共に店を出ていった。


「なんだ、終わりかぁ?」

「それでいいの。揉め事は勘弁よ」


 店内に期待外れ半分、安堵半分といった空気が流れる。


「兄ちゃんもしかして、あれだろ? 噂の勇者様だろ? いつ拳出したのか、全然見えなかったよ! かー、さっすがだぜぇ」

「え? あ、いや、ども」


 見知らぬ中年男性が流護の肩を叩き、席へと戻っていく。

 ざわめきながらも客たちは各々の席へ戻り、何事もなかったかのように食事や談笑を再開し始めた。

 これが日本だったら、警察が飛んできて客たちは逃げてもう色々面倒なことになってるだろうに、文化の違いだよなぁ……と流護はしみじみ思う。

 そして騒ぎの間中、一貫して優雅に紅茶を嗜んでいたクレアリアさんが流護の視界に入った。……そもそも警察に相当するこのお方が、全く関知せずにくつろいでいる。


「騎士のクレアリアさーん、もう少しで殴られるところだったぞ。大体、ジャガイモなんか武器抜いてたしさ。助けてくださいよ」


 席に座り直しながら冗談めかして言う流護に、クレアリアは紅茶を一口すすって答えた。


「あら。助けが必要でしたか?」

「いやまあ、いらんけどさ」


 と、クレアリアは思いのほか真剣な面持ちで続けた。


「……正直、迷ってたんです」

「迷ってた? 何を?」

「あの男とアリウミ殿が本格的な戦闘に発展するまで待ち、双方を傷害罪・迷惑罪ということで拘束すれば、アリウミ殿を合法的に牢へ入れられたのではないかと……」

「牢屋に入れたいほど俺が嫌いですか。泣いてもいいすか?」

「……冗談です」

「冗談に聞こえないからさ……」

「――それにしても」


 クレアリアは紅茶のおかわりを注ぎながら、ディーマルドたちが出ていった店の出入り口へと視線を向ける。


「どこかの傭兵団でしょうか。この国の人間ではないようですが」


 その言葉に、ミアが「え、さっきの人たち外国の人?」と目を丸くする。


「ああ、やっぱそうだったのか」

「え、リューゴくんもそう思ったの? レノーレは?」


 レノーレもこくりと頷いた。


「なにーっ。なんでみんなそう思っ……、あ、そっか」


 ミアも言いかけて気付いたようだ。


 この店へ来る前にもクレアリアが絡まれていたが、あのとき、絡んできた男たちはクレアリアが騎士だということに気付いて逃げている。


 流護はダズがカタールを抜き放ったときに違和感を覚えたが、これだったのだ。ダリミルとダズは、クレアリアが騎士であることに全く気付く様子がなかった。

 ディーマルドも含めて、彼らは最後までクレアリアが騎士だと気付かないまま帰っていった。

 この国の人間ならば知っている騎士の紋章にも気付かないということは、流護のようにこの国の知識がない人間、つまり外国人だと考えられる。

 ……まあ外国人などとはいっても、言葉も通じるうえ、顔の区別的にはクレアリアたちも今の連中も流護には『外国人』に見えるのだ。特別、ディーマルドたちに異質さは感じなかったのだが。


「それこそ五年前のテロの件もありますし……あのように素行の悪い外国人がいると、つい勘繰ってしまいますね」

「素行悪いって……あのヒジキ頭を問答無用で吹っ飛ばしたクレアリアさんも中々……、いや何でもないです」


 流護はクレアリアのジト目から顔を背けた。


「私は何もしていません。……本当に、そのままの意味の虫除けのつもりで自律防御を展開してたんですが……まさか人間が掛かるとは思わないでしょう」


 生真面目な少女はかすかに視線を泳がせて、バツの悪そうな顔になった。


「くっ、ははは。それ聞いたら、あいつら余計に切れそうだな。まさか虫除けに吹っ飛ばされて、気絶までさせられたとは思わんだろ。ま、ヒジキざまあってとこだな」


 散らした虫がひらりと料理に入ることも考えて、『かなり強めに設定』していたそうだ。

 絶対に本人には言えないが、流護はクレアリアをハリネズミと例えた自分のセンスを称賛せずにはいられなかった。迂闊に触れようとすればケガをする。まさにぴったりじゃないか。


「……でもたしかに、クレアちゃんの言うとおりかも。五年前のテロも、どこか外国の人たちだったんだよね?」

「ええ。陛下のやり方に反抗する外国の勢力でした。学院長のおかげで、被害は最小限に食い止められましたが」


 クレアリアがカチャリとカップを置いて呟く。――と、思い出したかのように声を弾ませて流護を見た。


「外国人といえば。アリウミ殿も、どう見てもレインディール人ではありませんよね。名前も珍しいですし。名前と苗字を逆に名乗るのも気になります。どこの国の方なのでしょうね」

「む……」


 探るような、疑うような目つきに、流護は思わずたじろぐ。


「も、もークレアちゃん! それが思い出せなくて一番困ってるのはーリューゴくんなんだからー、そっそういうこと言わなーい!」


 ひどい棒読みだった。クレアリアも疑わしそうに目を細めている。ていうかミア、あの演技の上手さをここで発揮しなくてどうする。まあ、嘘がつけない子なのかもしれない。

 そこで、ここまで一言も発していないレノーレがピッと立候補するみたいに右手を上げた。


「……はい、私も外国人」

「あ、ええ。そうですね」


 気圧されたように、クレアリアはこくりと頷いた。






 翌朝。

 流護たちは、朝一番で王都の病院を訪れた。


 ファーヴナールとの闘いで入院、クレアリアの見舞い……何だかんだで、流護も訪れる機会が多い。

 クレアリアが入院中の同僚であるアルマのところへ見舞いに行っている間、流護たちは一階のロビーで待機していた。


「うー、暇だなあ」


 ロビーの中央に設置されたソファに深く腰掛けながら、ミアが足をブラブラさせた。

 レノーレはソファ脇に備え付けられていた本棚から取り出した、『冥王プルートーの実在』という本を読んでいる。落ち着きのないミアとは対照的に、ピクリとも動かない。


「そだ!」


 頭の上に電球でも光ったのか、ミアがぴょこんと立ち上がった。


「賭けをしよう」

「……賭けぇ……? 何だ唐突に」


 嫌な予感しかしないその提案に、流護は眉根を寄せて渋い顔になる。


「うん。クレアちゃんが戻ったらさ、あたしとリューゴくんが、同時にあることを言うの。クレアちゃんには、どちらか片方を必ず選ばなければならないという条件をつける。そのうえで同時に言うのだよ。『お姉さんをあたし(俺)にください』って」


 それは賭けじゃない。ただの自殺だ。


「殺されてしまいます」

「リューゴくんのベルちゃんに対する想いはその程度だっていうの!? これは義妹にどちらが選ばれるかという重要な意味合いを持つ儀式であると同時に、『クレアちゃんまだ戻ってこないなあ』という退屈な時間も、『もうすぐクレアちゃん戻ってくるかも!?』というドキドキへと変化するという……」


 ミアが熱を込めて語り始めたところで、コツコツと誰かの階段を下りてくる靴音が聞こえた。


「わひゃっ!?」


 びくっとしたミアが階段のほうを見る。

 下りてきたのは、銀色の軽装鎧に身を包んだ、すらっと背の高い少女騎士――


「あれ、プリシラか?」


 流護に声をかけられたことで気付いたのか、プリシラがこちらへと顔を向ける。


「お、リューゴくんじゃん!」


 ポニーテールを揺らしてタタッと寄ってきたプリシラは、ミアたちを見て「お友達?」と言いかけ、


「あっ。あなた、こないだのさらわれた子ね?」


 と笑顔を見せた。


「あ、はい……」


 先ほどまでの勢いはどこへいったのか、ミアは借りてきたネコみたいに控えめな返事をして頭を下げる。レノーレも本から顔を上げて、かすかにぺこりとお辞儀をした。

 ミアはもう一度、今度は深々と頭を下げた。


「えっと……あなたも、あの場にいた騎士さんですよね。その、ありがとうございましたっ」

「え!? いえいえ、お気になさらず! 国民のみんなを守るのは我々の務めですので!」


 プリシラも緊張したみたいにあわあわする。


「ははは、クレアと同じようなこと言ってるな」

「へへ、でもお礼言われちゃうと嬉しいもんだね。まあ騎士たるもの、街の巡回と酔っ払いの相手だけじゃ腕が鈍っちゃうし、今回はいい経験になったよ!」


 プリシラは運動して一汗かいたみたいな、気持ちのいい笑顔を見せる。


「……とはいっても、あたしは隅っこで弱そうな奴をふん縛ってただけなんだけどね……なんか、ヤバイ奴に殺されそうになったし……」

「こ、殺されそうになった!?」


 流護は声を裏返しかけた。


「あ、うん。でも大丈夫だよ。危ないところで、きみたちの学院の人に助けてもらって……いやー、かたじけない」

「学院の人?」


 あのとき参戦していたレノーレはここにいる。エドヴィンは……なぜだろう、プリシラを颯爽と助ける絵が浮かばない。となれば――


「うん。ほら、あのアケローンの」

「やっぱダイゴスか」


 ダイゴスなら、颯爽とプリシラを助けるぐらいやってのけそうだ。いつもの不敵な笑みを浮かべながら。


「いやー、まだまだ未熟者で申し訳ないというか……まあ、実際に見習いなんだけど……あ、彼にもよろしくね。それじゃあたし、もう行かないと!」

「おう、お疲れ」


 プリシラを見送ったタイミングで、今度はクレアリアが階段を下りてきた。


「お待たせしました。それでは、街で買い物でもしましょうか」

「…………」

「…………」


 流護とミアは、無言でクレアリアを見つめる。


「……? 何ですか二人とも。そんな真面目な顔をして」


 キリッとした切れ長の瞳で見返してくるクレアリア。


「……ミア。さっきの賭け、どうすんだ?」

「リューゴくん。あたしね、やっぱりまだ……死にたくないなって」

「俺もだ」

「?」


 クレアリアは訝しげな顔で、少しだけ首を傾ける。

 そこで、ここまで一言も発していないレノーレが唐突に喋り出した。


「……クレア。……さっき、ミアたちが賭けをしようと言い出した。……内容は、お姉さ」

「オワアアァァア!」


 慌てたミアがぴょこんとレノーレに飛びかかり、手で口を押さえつけた。

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