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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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78. 初夏の日常

「ほい、お疲れ様。服着ていいよ~」

「ういっす」


 ロック博士の検診が終わり、流護は質素なチュニックに袖を通し始めた。


 有海流護がグリムクロウズへやってきてから、早二ヶ月。

 この世界の諸々が身体に何らかの影響を及ぼしたりしていないか、衰弱したりしていないか。そのあたりをロックウェーブ博士こと岩波輝に診てもらっていたところである。

 結果は、異常なし。

 とはいえ、ロック博士は白衣こそ着ていても医者ではない。検診といっても、ほとんど真似事のようなものだ。

 しかし、地球の知識があるのはロック博士だけ。この世界の医者に診てもらう訳にはいかず、気休めであってもこの男が診る以外にない。

 変な病気などに関しては、先駆者であるロック博士が十四年も無事に生活していることから、心配する必要はないのかもしれない。


「いやでも、頑張って鍛えてるね。筋肉に関しては、少し肥大してるほどだよ」

「それはよかったっす……」


 流護は安堵の溜息をつく。

 もしトレーニングをしても身体がしぼんでいく一方だとしたら、もはやどうしようもなかった。

 だが……この世界で鍛えても効果があると分かれば、鍛錬にも熱が入るというものだ。


「そんじゃ、そろそろ昼飯なんで行くっす。ありがとうございました」


 流護は晴れやかな気分で、研究棟を後にした。






「ふー……」


 流護が中庭を駆けていく様子を窓から見下ろしながら、ロック博士――岩波輝はタバコに火を点けた。


 異常なし。

 そう。この世界へやってきて二ヶ月もの時間が経過しても、有海流護には何の異常も見られなかった。


 それこそが、異常。


 博士は、自分の腕に視線を落とす。白衣の袖をめくってみた。

 この世界へやってきて十四年。元々インドア派だったこともあって、その腕は随分と細くなってしまっている。

 何もしなければ細くなるのは当然。鍛えれば太くなるのも当然。それは、この世界においても変わらない。

 では、有海流護の何が異常だったのか。


 骨の強度が、全く変わっていなかったのだ。


 骨というものは、圧力を受ければ太くなり、負荷が弱ければ細くなっていく。

 当然、重力そのものが弱いこの世界では、何をどうしようと骨は劣化していくことになる。トレーニングをしようがパワーリストを着けて生活しようが、のしかかる重力の違いからは逃れられない。

 それは、博士も例外ではなかった。この世界へやってきて、肉も骨も随分と弱くなってしまっている。


 決して抗えない骨の劣化。

 これは、ファーヴナールとの闘いで入院した当時の流護に告げられなかったことでもあった。鍛えてもきっと無駄だと、残酷な現実を突きつけることはできなかった。

 筋肉は辛うじて鍛えられたとして、骨はどうしても弱く脆くなってしまう。


『トレーニングに使う器具を思いっきりハードなものにしたとしても、トレーニングの量を増やしたとしても、二十四時間、常に受け続ける重力の影響が弱いことに変わりはないんだよねえ』


 かつてファーヴナールとの闘いで入院していた彼に対して、告げた言葉。

 やんわりと込めた、「鍛えても無駄かもしれないよ」という真意。しかし流護は気付いていないだろう。

 それでも、彼の手助けになるようトレーニング器具を作成した。鍛え続ければ、少しでも劣化を抑えられるかもしれないと願って。劣化しても、諦めがつくかもしれないと思って。


 が、そんな懸念は取り越し苦労だったとでもいうように。流護は二ヶ月が経過した今でも、やって来た当初と変わらぬ骨格を維持し続けている。


 喜ぶべきことではある。

 だがやはり、博士としてはなぜ違いが生じるのか気にかかる。

 同じ地球人でありながら、自分の骨格は劣化の一途をたどり、流護には何の変化も見られない。

 大気中の魂心力プラルナが関係しているのか。いや、それは博士も同じなはず。とすれば、運動量の違いが何か作用しているのか。それとも単純に、この世界へ滞在している年月の違いか。


(んー……ボクは来て二ヶ月ぐらいだと、どうだったかなぁ……? こんなことなら、こういう分野も勉強しておくべきだったねえ)


 そも、流護の身体能力は明らかに異常なのだ。


 重力が弱いから異常な身体能力を発揮できる?

 そうではない。

 流護は何となく納得しているようだが……。


 弱い重力下だから爆発的な能力を発揮できるのではない。この世界の人々では得られない頑強な肉体を持っているため、それが結果として爆発的な能力だと認識されるのだ。


 岩波輝としては専門外であるうえ、地球の現代知識などは十四年前の時点で止まってしまっている。もはや新しい知識を蓄えることもできないし、過去の知識を参照することもできない。もう若くないことも相俟って、これからは忘れる一方かもしれない。

 それでもやはり、あの少年の能力は重力だけで説明できるものではないと断言できる。


 この世界の人間が、身体能力的に地球人より劣るというのは確か。となれば、相対的に流護が強くなるのも間違いはない。大気中に漂う魂心力プラルナの影響を受け、流護の活力が地球にいるときより満ちているのも間違いない。

 だが、それだけであそこまでの能力を獲得できるはずもない。神詠術オラクルの使えないその身ひとつで、少年は次々と多大な成果を残してゆく。

 入院しても想定より遥かに落ちなかった筋力。全く劣化の兆しが見えない骨格。

 それを可能としているのは、一体何なのか。


 神詠術オラクルという奇跡を獲得し、直接的な『力』に頼る必要のなくなった世界。その代償のように、か弱く細い身体を持つ人間たち。

 そんな世界において、有海流護は真逆をいくかのように強くあり続けている。

 ある意味で神が定めた摂理に反逆するかのごときその在り方は、この世界における唯一の例外――『あれ』に酷似して――


(……馬鹿な、なぜそうなる。考えすぎだねえ)


 博士は弱々しくかぶりを振った。疲れているのかもしれない。

 ボリボリと頭を掻き、別の方面から思考を巡らせる。


(ん~、もういっそ、誰か新しい人が来たりしないかねえ?)


 比較対象が増えれば捗るかもしれない。

 ……などと考え、おっといけないと自分を戒める。こんな世界へと迷い込む『犠牲者』なんて、これ以上出ないほうがいいに決まっている。やはり疲れているのか。

 流護に関してはしばらく時間を置いて、また隅々まで検査させてもらうとしよう。


 さて。今は、とりあえず――


「――っと。掃除しないとねえ。掃除掃除」


 いつも通り散らかった部屋を見渡し、しかし弾んだ声で呟く。

 この部屋をきれいにしようと思ったら、どれだけの時間がかかることか。しかし、彼女が来るまでに片付けておかなくては。

 岩波輝――否、ロック博士はソワソワした様子で、部屋の掃除をするべく準備に取りかかるのだった。






 さて、そんな訳で。

 まるで自分の部屋のように落ち着くようになってきた、中庭のベンチにて。


「さあさあさあ、お昼ごはんの時間ですぞー!」


 元気一杯のミアが引っ張ってきたのは、


「…………」

「うわあ……」


 無言かつジト目で流護を睨むクレアリアさんだった。

 姫様付きへと戻ったベルグレッテに代わって、昨日ついに無事退院を果たし、満を持して学院へ来ることになったガーティルード家のお嬢様。その妹さんのほうである。


 クレアリアの制服姿を見るのは初めてだったが、言うまでもなく文句なしに可愛い……と流護は思う。

 しかも制服は制服でも、夏服。ブラウン色の長袖ブレザーではなく、清潔な印象の白い半袖ブラウスとなっている。


 ちなみにベルグレッテの夏服姿は、彼女が学院にいないこともあって、残念ながら未だお目にかかっていない。

 ミアやクレアリアは胸部を見ても売却中の土地みたいになっているが、ベルグレッテならさぞかし素晴らしい丘が臨めるはずだ。


 とはいえ、その妹たるクレアリアの容姿そのものは素晴らしい。

 ミアと同じぐらいちんまりとした身体に、さらさらのロングヘアーを左側で結わえたサイドテールの髪型。丈の短いスカートから覗く白く細い脚。

 ベルグレッテと大きく違うのは、その慎ましやかな胸と、制服姿であっても腰に提げている銀色の長剣。

 あとはいつも通り鋭い目つきと不機嫌そうな顔が、魅力を半減させている気がしないでもない。世の中にはこんな表情が好きな紳士諸君もいるかもしれないが、流護としては笑顔のほうが好みだった。例え、初めて会ったときのような営業スマイルであっても。


「……全く……何で私が、アリウミ殿と同席で昼食を……」

「だってほら、あたしはクレアちゃんとご飯食べたいし、そしてあたしはリューゴくんともご飯が食べたいですよ?」

「ようはミアの都合じゃないですか」


 溜息をつくクレアリアだったが、渋々といった様子でベンチに腰を下ろした。

 流護とクレアリアに挟まれて座ったミアは、嬉しそうにもくもくとパンを頬張っている。冬眠に備えるリスみたいだ。


「ミアご機嫌だな。ベル子もしばらくいないのに」

「んふふ。それがねーほら、こないだちょっとリーフちゃんのこと話したでしょ? 四日後に、そのリーフちゃんが学院に来るんだけど、それに合わせてベルちゃんも来ることになったんだって。ね、クレアちゃん」

「ええ。昼休み前に、そう連絡がありました」

「おお! そうなのか」


 意外な吉報に、流護の声も明るくなった。しばらくベルグレッテの顔を見れないものだと思っていただけに、願ってもない知らせだ。……が。


「……嬉しそうですね、アリウミ殿」


 妹さんの鋭いチェックが入る。


「な、なんだよ」

「……いえ。ところで前から気になっていたのですが、アリウミ殿はなぜ姉様のことを『ベル子』と呼ぶのですか?」

「あ。あたしも気になってたんだよね。『子』ってなんだろうって思ってた。聞くタイミング逃しちゃった感じがして、そのままだったけどー」

「い、いやほら。ベルグレッテだと長いじゃん」

「それならば、皆と同じようにベルでいいはずです。まるで自分だけ特別に姉様を呼ぼうとしているようで、気に入りません」


 陰口を言われるよりはいいのかもしれないが、実にストレートだな……と流護は胃の辺りを押さえた。

 しかして有海流護とは、やられっぱなしで引き下がることをよしとしない人間である。

 ……相手が例え、愛しいベルグレッテの妹であってもだ。


「あたしもミア子って呼んでー!」

「いや、文字数長くなってるだろそれだと」


 流護は覚悟を決める。ゴクリ、と唾を飲み込み――


「……よし分かった。じゃあクレアリア、今度からお前もクレ子って呼んでや」


 ガタッ、と。クレアリアが水を纏いながら無言で立ち上がった。


「どわあああぁ、冗談、嘘、嘘だって!」


 ふー、と息を吐いたクレアリアは水を虚空へと散らし、顔を背けながら座り直す。


「それなら……馴れ馴れしくクレアと呼ばれた方がまだましです」

「そ、そうか。んじゃ今更だけどよろしくな、クレア」

「……、ふん」


 そのやり取りを見ていたミアが、おー……と感嘆の吐息を漏らした。


「ク、クレアちゃんがここまで男の人に心を開くとは……ッ」

「開いてません!」

「開いてるように見えないんだけど……」

「同じようなことを同じようなタイミングで喋らないでください!」

「えー」


 キッとクレアリアが流護を睨む。


「ほら、見たまえリューゴくん。一見ツンツンしてるように見えるがな……こう、睨みの度合いが甘いのだよ。あたしには分かる」


 ミアが熟練の評論家みたいな口調でのたまう。

 ベルグレッテも比較的つり目がちなほうだが、クレアリアはそれをさらに砥石で研磨したような鋭い目つきなのだ。度合いが甘いとか言われても分からなかった。


「いやさー、男子なのにクレアちゃんと会話が成立してる時点ですごいよ? クレア呼びを許された男子も他にいないし……あ、」


 ミアは思い出したように声を上げ、意外な名前を口にした。


「でも、ダイゴスだけはクレアって呼んでるよね」

「あの男は……アケローンですから。私個人の感情より、国の友好関係が優先されるというだけの話です」

「……アケローン? 国の友好関係?」


 そういえば、と。行方不明になったミアの情報を得ようと立ち寄ったディアレーのならず者の溜まり場で、アケローンがどうこうという話が出ていたのを流護は思い出す。


「あ、アケローンっていうのはダイゴスの苗字だよ。ダイゴス・アケローンっていうの。それでダイゴスはね、お隣のレフェ巫術ふじゅつ神国こうこくの王さまに仕える家系の人なんだよ」

「え、まじか。それってロイヤルガードみたいなもんか?」

「そうそう。それで……十三のなんとかがあって、ダイゴスはそこの……えーと……なんだあ……」


 泥沼へ突っ込んだみたいに失速したミアの説明を、クレアリアが引き継ぐ。


「『十三武家』。レフェにはその名の通り、王家に仕える十三もの家系があります。アケローン一族はそのうちの一つ。ダイゴスはアケローン家の三男で、両国の友好関係を保つための懸け橋の一環として、この学院に留学してます。……表向きは」

「表向き?」

「実際は、レインディールの内情や神詠術オラクル理論についての情報を探るために入り込んでいる諜報員……とでも言うのが正しいでしょう」


 冷たく言い放つクレアリアに、ミアがぶーぶーと抗議の声を上げた。


「まーたクレアちゃんったらそういうこと言うー。ダイゴスはいい人だよ? 木にひっかかったボール取ってあげてるのよく見かけるし。あたしもよく、高い棚の上にあって届かないもの取ってもらうしー」


 荒廃した大地で、人間の少女に一輪の花を手渡す巨大ゴーレム。流護は思わずそんな想像をしてしまった。


「私は……気に入りません。ただでさえ、神詠術オラクルを『枷』だなどと捉える国の人間。それにあの男は、可もなく不可もなくを敢えて装っている……そんな空気を感じます」

「もう! クレアちゃん! ミアお義姉さんはクレアちゃんのそういうところ、いけないと思うな!」

「誰が義姉さんかっ!」


 流護はそんな二人の漫才を眺めながら、クレアリアの意見にも一理あるな、と思っていた。


 ダイゴスが戦闘しているところを直接見たのは、学院が怨魔に襲われたあのときだけだが、雷の棍を巧みに使い、ドラウトローを容易く吹き飛ばしたり、窓から叩き落としたりしていた。

 絶妙なタイミングでファーヴナールの飛翔を阻止するきっかけを作ったのも、あの男だ。

 先日のミア奪還作戦にも参加し、ほぼ無傷で帰還したと聞いている。

 佇まいや物腰を見ても分かる。ダイゴスは、かなりの使い手だ。


 それでいて――力を抑え、あえて凡庸を装っているのだとしたら。流護にすら、それを悟らせていないのだとしたら。

 その真の実力は、一体どれほどのものなのか。


「そういえばさ。明後日、オルティの午睡じゃん? せっかくだから王都まで遊び行って、ついでにベルちゃんに会えないかな?」

「んー……、遊びに行くのは構いませんが、姉様に会うのは難しいと思います。ちょうど今日から、『銀黎部隊シルヴァリオス』の壁外演習ですし。姉様も忙しくなるはずです」

「うー、そっか」


 ゴーン……と、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。


「よっし! じゃあいこ、クレアちゃん。またあとでね、リューゴくん!」

「おう」


 ぶんぶん手を振るミアと、こちらを見もしないクレアリアを見送り、流護も午後からの仕事をこなすべく仕事場へ向かって歩き出した。






 夕方。

 現行のトレーニングにも随分と慣れてきたため、使用する黒牢石の量を増やそうと考えた流護は、石の手配をしてもらうべくロック博士の研究棟を訪れた。


「――――って、え!?」


 そして階段を上りきったところで、思わず固まってしまった。


「お、流護クンか。ちょっと待ってねえ~」


 ピカピカだ。

 いつも煩雑に散らかって紙束やら本やらアナログチックな機械やらが転がっている博士の部屋は、全く別の部屋のように整理整頓され、置かれている調度品もピカピカに磨き上げられていた。

 博士は博士で、陽気に鼻歌などを歌いながら棚を拭いている。


「……何してんすか? 博士」

「見ての通り掃除だよ?」

「いや、そうじゃなくて……」


 昼間に訪れたときは、いつもの散らかった部屋だった。何で急に掃除なんか――


「あ」


 そこで気付いた。

 昼休みに、ミアから聞いた話。

 明々後日、『ペンタ』にして博士のお気に入りである、リーフィアという女子生徒が来るのだと。


「うわあ……」

「な、何かなその目は。部屋を掃除してるだけで、そんな目で見られるいわれはないよ?」


 何が引くって。

 その子が学院に来るとして。

 博士が部屋をきれいにしているということは、つまりこの部屋に連れ込む気マンマンだということだ。


「博士……キャラ作りの一環として言ってるうちはまだよかったのに……ガチだったのか……」

「な、何の話をしてるのかね!?」

「博士。今の日本なら、確実に逮捕ですよ?」

「今の日本は、部屋の掃除をしただけで逮捕されるのかい……?」

「えーいとぼけるな岩波輝よ。娘さんの面影を重ねているリーフィアちゃんなる女子生徒をこの部屋に連れ込もうとしていることは分かっている。大人しく投降せよ」

「な、何てことを言うのかねキミはッッ!」


 ……掃除をやめてコーヒーを淹れてきた岩波輝の話では、そもそも授業を受けていない『ペンタ』が学院へ来ることイコール、博士の下へ検査をしに来るということなのだという。


「それにしたって、ソワソワしながら一生懸命に部屋の掃除をしてること自体、そのリーフィアちゃんを過剰に意識してる訳で、性犯罪者一歩手前なんじゃないかと流護は思ったのである」

「流護クン、声に出てるよ……」


 出されたコーヒーを一口すすり、流護は疑問に思っていたことを訊いてみることにした。


「そうだ博士。何でそのリーフィアって子に娘さんを重ねて見てるんすか? 博士は……生まれたばっかの娘さんしか知らないんすよね?」


 娘が生まれてすぐ、ロック博士――岩波輝はこのグリムクロウズへ来たのだと聞いている。

 それから十四年。娘がどんな風に育っているかは分からないはずだ。最悪、博士そっくりの顔になっているという悪夢も考えられる。


「テレビなんかで見たことないかい? 一枚の写真から、将来こんな顔になってるって予想図を描ける人」

「ああ……指名手配のモンタージュなんかで」

「そうそう。王都に一人、まさにその仕事をしてる知人がいるんだ。それはもうすごい絵を描く人でね、それこそ写真と見間違うぐらいの。この学院で生徒たちを見てたらさ、ある日、ふと思ったんだ。娘が皆ぐらいの年齢になったら、どんな感じになるんだろう……ってね。それでその人に頼んで、ボクがここに来たときに持ってた写真を見せて、想像図の似顔絵を描いてもらったんだよ」


 そう言って博士は立ち上がり、先ほど磨いていた棚のほうへと向かった。


「え、写真なんか見せちゃって大丈夫だったんすか?」


 この世界にはカメラなんてものはないのだ。ベルグレッテたちに携帯電話を見せた流護が言うことでもない気がするが、そこは置いておく。


「はは。驚いてたけどね、絵だと言い張ったよ。なにせ彼自身が写真みたいな絵を描くんだ、問題ないさ」


 博士は棚の引き出しからそれを取り出して戻り、テーブルの上に並べた。


「おお……!」


 流護は思わず感嘆の息を漏らしていた。

 一見して、二枚の写真。しかし正確には、一枚の写真と一枚の絵だ。


 一枚は、家族の写真。今より遥かに若く白髪しらがも少ないロック博士……否、岩波輝が、赤ん坊を抱いて立っている写真。今と同じような白衣を着ている。隣には、セミロングの黒髪と知的な顔立ちが印象的な、美しい女性の姿。


「奥さんですか?」

「まあね。いい女だろう?」

「これほどの奥さんがいて、なぜロリコンの道へ堕ちたんですか?」

「いや堕ちてないからね」


 そして、もう一枚。

 こちらは絵だ。もはや凄まじいまでの完成度を誇る、一つの絵画といっていいだろう。

 写真の女性の特徴を含んだ、流護と同年代らしき少女の絵。

 セミロングの黒髪に、ぱっちりとした二重まぶた。すっと通った小さな鼻。ちょこんとした桜色の唇。知的な雰囲気の、整った面立ち。日本人ライクな――というか完全に日本人だが、学校のクラスにいれば注目を集めるだろう、美しい……というよりは可憐な少女。


「これが娘さんの想像図……で、そのリーフィアって子が、この絵にそっくりだと」

「リーフィアちゃんに初めて会ったときは驚いたもんさ。妻の子供の頃にそっくりでね。いや、現在進行形で驚いてると言うべきかな。どんどん、その絵に似ていくんだから」


 世界には、同じ顔をした人間が三人いるという――。

 ……などと思いながらコーヒーをすする流護だったが、その世界自体が違うんだからそれは当てはまらないか、と考えを改めるのだった。

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