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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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77. 不穏な昼下がり

 店内は女性層を狙いにしているのか小洒落た雰囲気で、食事の味も悪くない。これならたまに来てもいいかな、とオプトは考えた。


「……そういえば先生」

「ずずずー。ずず……く、くっそ! ……あん?」


 みっともなくフローズンジェルを限界まですすろうとしていた学院長が、邪魔すんなよといいたげな視線を向ける。


 ……言うべきか否か。

 オプトとて聞いたばかり。確証のない話だ。

 裏が取れるまでは――と自分に言い訳し、別の話を切り出した。


「……噂で聞いたんだけど。ディノが負けたって本当なの?」

「あーうん、そうそう。『竜滅』の勇者様が再来したー、なんて噂、アンタも聞いてるでしょ? 学院に来たファーヴナールをやっつけたっていう。そのコ、実は最近学院で働いてるんだけどさ。彼が、ボッコボコにしたみたいね」

「へー。新しい『ペンタ』? まさかの六人目――なわけないか。『ペンタ』同士の戦闘は禁じられてるし……」

「ええ。何か記憶喪失だとかで、『ペンタ』どころか神詠術オラクルが使えないんだって」

「はぁ?」


 オプトは思わず声を大きくして眉根を寄せた。

 闘ったこともないし、かといって闘ったとして負ける気もないが、それでもディノは間違いなく強いといっていい。そのディノが、何をどうしたら神詠術オラクルを使えない相手に負けるのか。

 ファーヴナールを倒したという話もどうかと思ったが、一体何者なのだろうか。

 そこで、学院長はぽつりと呟くように言う。


「アタシも興味があったから、ちょーっとからかってみたんだけど……鼻血を出させて泣かせる結果になってしまい……」

「仮にも教師のくせに、大人げなさすぎ」


 誰だか知らない勇者様に、オプトは心の中で同情してやった。いくら何でもナスタディオ・シグリスが相手では分が悪い。


「さーて。食った食ったー。そろそろ出ましょうか。オプトはこれからどうすんの?」

「……あー、私は、ちょっと行くとこがあって」

「ほうほう。珍しいじゃない。オトコ?」

「そう思う?」

「……悪い仕事?」


 流し目で尋ねてくる学院長の仕草に、わずかにドキリとした。


「……何もしてないよ。ちょっと前に、チーロファミリーのボスから娘の護衛をしてほしいって話があって、ちょっとそれ受けたぐらいで。娘ったって、たかだか五歳の子供だし……子守りみたいなもんだから」

「ンフフ、なーに焦ってんだか。そーいやさっきも、貴族のコたち苛めてたでしょ」

「見てたの……でもあれは、向こうからぶつかってきたんだから」


 頬杖をついた学院長は、フフと鼻息を漏らす。全てを知った顔で。


「後ろめたいなら、言い訳せず清く正しく生きればよろしい。んでも心の中で『先生、悪いことしてごめん』なんて思いながらも悪さをするオプトちゃんなのであーった。ん? あれか? アタシに叱ってほしいのか?」

「バカじゃないの。誤解から粛清対象なんかにされたくないだけだってば」

「ヒッヒヒヒヒ」

「……先生はさ……絶対、教師なんて向いてないよね」

「ヒデェこと言うなよー。アタシもそう思うけど」


 何だかんだで学院長が支払いを済ませ、店を後にした。






「よーっし。そんじゃ帰ってのんびりするかー!」


 伸びをしながら言うナスタディオ学院長に、オプトはわずか面食らった。


「……いい身分ね、先生。これから学院戻るの?」

「ん、ああいや。今は、二十番街の宿に泊まってるのよ」

「そうなんだ、珍しい。休みなの?」

「んー……休みっていうか、休みじゃないっていうか……」

「……?」


 要領を得ない返答。少し疑問に思ったが、追及するのも面倒だった。訊こうとしたところで、のらりくらりと躱すだろう。そういう人物だ。

 身体をポキポキと鳴らしながら、そんな彼女が言う。


「ま、近々また連絡でも入れるわよ。ここ最近、ちょっと物騒だしね」

「はぁ?」


 意味が分からず、オプトは眉を八の字に寄せる。


「それじゃね。あ、寂しくなったらいつでも連絡していいわよ? あと何かあったときも遠慮なくね」

「あーはいはい」


 オプトはしっしっ、と追い払う仕草を見せた。


「…………」


 遠ざかっていくナスタディオ学院長の背中を眺めながら、ふと思う。

 なぜ珍しく、こちらの身を案じるようなことを言ったのだろう。オプトの身におよそ『危険』と呼べるものが迫ることなど、そうはない。そんなことは『化物同士』、学院長もよく知っている。

 教師としての社交辞令かもしれないが……何か、いつもと様子が違う気がした。

 そもそも。多忙な学院長が、こんな時期に王都で何をしてるんだろう――と少し気になった。のんびりするなどと言っていたが。普段が多忙だからこその、骨休めだろうか。


「…………さて」


 そういった雑多な思考を頭の隅へと追いやり、オプトは歩き出す。

 そろそろ、約束の時間だ。






 この業務に携わる人々は、言いしれぬ罪悪感でも感じているのだろうか。

 ここを訪れるたび、オプトはいつもそんなことを思う。罪の意識を抱くがゆえ、彼らは闇の中でひっそりとうごめいている。


 いつ来ようとも変わることのない、闇に覆われた広大な空間。

 地下洞窟を利用して建造された研究所。窓はなく、灯されている明かりも少ないため、常闇であるかのような錯覚を感じさせた。

 通路脇には得体の知れない設備や本が積まれている。

 ロック博士の研究棟にも似ているが、国営の施設などではない。人、器具、研究資料。全てが、法の目を掻い潜って存在していた。


 カッカッと、高いヒールの音が硬質の床に忙しなく反響する。

 オプトは、不覚にも滑稽なほどにいているのを自覚していた。

 当然だ。常識に一石を投じるどころではない。誰も疑うことすらなかった、人の序列。


 最底辺の『エクスペンド』や奴隷。

 市井しせいの平民。

 才能に恵まれた詠術士メイジ

 貴族や王族。

 選ばれし存在、『ペンタ』。


 そんな暗黙の序列を根底から覆しかねない話なのだ。

 彼女は逸る気持ちを抑えつつも、ようやく目的の人物を見つけた。区分けされた一角。何名かの研究者たちが忙しそうにしている中、デスクで何らかの資料に目を通している、白衣を羽織った小柄な老人。

 気持ちのたかぶりを悟られないよう、平静を装いつつ声をかける。


「来たわよ。キンゾル博士」


 白衣の老人は紙束から顔を上げ、オプトへ卑屈な笑みを向けた。


「ひっひっ……これはこれは。お久しぶりですな、お嬢さん」


 キンゾル老人。

 一緒に仕事をしたことはない。過去に何度か、高価な香水を安値で譲ってもらったことがある程度だ。その出所も怪しい。

 何者なのかも知らないが、確かなのは――ろくでもない人間だということ。自分と同じように。


 オプトはキンゾルに連絡を受け、ここへ呼び出されていた。

 連絡を受けた当初は気乗りしなかったが、あのような内容を聞かされては、黙っていられるはずもない。


「早速だけど……本当なの? 魂心力プラルナが内臓に宿ってるだとか、吸収できるだとか。どうしてもっと早く教えてくれなかったのかしら? もしかして……その技術を使って、私たちを……『ペンタ』を出し抜こうなんて考えてるとか?」


 優しい微笑みすらたたえて、女はキンゾルを見下ろす。


「ひっひっ……滅相もない。まだまだ不明瞭かつ不安定な技術ものでしてな。成功例も少ないため、お嬢さんの耳にわざわざ入れるまでもない話だと判断したのです。ところが今回、レドラックめに『簡単に力が手に入る』とうそぶいたところ、あっさり乗ってきましてな。これ幸いにと、実験がてら利用させてもらったのです。その結果が思いのほか良好で、お嬢さんの耳に入れることにもなったのですな」

「あの樽男、頭の中まで脂肪が詰まってるのかしら。普通に考えたらそんな怪しい話、乗らないと思うけど」


 オプトの言葉に、キンゾル博士は小さい身体を揺すって笑う。


「金も権力もある……しかし、神詠術オラクルの才能にはとんと恵まれなかった男ですからな」

「顔にも恵まれてないわよ。野豚の方がまだ可愛げのある顔してるわ」

「ひっひっ……己の醜い顔に怯える女子おなごの様子がまたそそる、などと申しておりましたぞ」

「最っ低」


 オプトは手近なテーブルに腰掛けて脚を組んだ。派手なスリットの間から白い膝が覗く。

 彼女が腰掛けたのは椅子ではない。テーブルである。が、『ペンタ』たる彼女にそんなことを指摘して、わざわざ寿命を縮めるような輩はここにはいない。


「でもこの件、国の方にもバレちゃった訳でしょ?」

「仕方ありませんな。まァ全く問題はありませんて。ひひ」


 会話に一段落ついたところで、二人へと近づく人影があった。

 オプトはチラリとそちらへ顔を向ける。

 さっぱりした短い金髪と白い肌が印象的な、長身の男だった。鋭く青い瞳に高い鼻、引き締まった口元。芸術の講義で参考にする、戦士の彫像のような顔立ちだった。その身体は黒の大きなマントによって覆われている。

 不健康そうな研究者たちがたむろするこの場所には不釣り合いな、研ぎ澄まされた刀剣。そんな雰囲気を漂わせた、中年の男。


「あら、いい男。どちら様かしら?」

「失礼。私は、キンゾル殿の旧き友人で……ブランダルと申します」


 そう名乗った男は、仰々しく一礼する。


「ひっひっ……このブランダル君はつまり……成功例でしてな」

「――へえ」


 オプトの形のいい唇が、にわかに口角を吊り上げる。

 ブランダルも、かすかな笑みをたたえて答えた。


「力の宿りし心の臓と、脳の一部を計六つ所有しております。……が、半端に力を所有したことにより、逆に『ペンタ』の凄まじさというものを痛感しておる次第ですよ。――ミディール学院三位、『源泉インテグル』のオプト殿」


『ペンタ』は、その慇懃無礼な挨拶を鼻で笑った。

 そんなオプトへ向けて、キンゾル博士が試すように言葉を投げかける。


「ところで……お嬢さん。面白い話があるのですが……聞いてみますかな?」

「何かしら。とりあえず聞くだけなら」


 オプトは不敵な笑みを浮かべたまま、スリットから覗く長い脚を組み直した。

 キンゾルはゆっくりと告げる。


「脳、心臓、脊髄。これらの部位に魂心力プラルナが宿っており、それを他の人間に移植することができる。ワシはそう申しましたが――実は、それだけではないのですよ」

「へえ?」

「というより、レドラックが無能ゆえに発現しなかっただけでしてな。実は、この『融合』の真髄というのは――」

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