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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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76. ダム

「……プ……ル! お前は、何ということをしたんだ……!」


 何って。遊んでただけだよ。


「いいか、お前は普通とは違うんだ! お前は、……なんだぞ! もっと、他の人のことを気遣って――」


 気遣ってって、何?

 普通と違うから、何?

 わたしは、友達と思いっきり遊んじゃダメなの?

 わたしは、――なの?

 だったら。

 だったら――


「……い」

「何だ? とにかく、早く――」



「友達なんて、いらない」



 誰か。友達に、なってください。






 どこまでも続く曇り空。


 昼の神たるインベレヌスは雲というシーツにくるまれて昼寝でもしているのか、その姿を見せる気配がない。代わりに水の神ウィーテリヴィアが雨でも降らせそうな様子だ。

 そんなパッとしない空の下であっても、久しぶりに訪れた王都レインディールの街並みは、以前と変わらず賑わっていた。


 それらを意にも介さず、靴音を高く響かせながら歩道を行く。

 道行く男たちが、ジロジロと値踏みするような目を向けてくる。

 かすかなウェーブを巻く長いブロンドヘアのせいなのか、自分でも整っていると思う顔の作りのせいなのか、起伏に富んだ肢体をさらけ出す露出多めな服のせいなのか、それともその全てのせいなのか。

 下心丸出しのその視線が腹立たしい――ということもない。

 昔はそんなことも思ったが、所詮は自分より遥かに格の劣る存在。羽虫が煩わしかろうが、いちいち気にしていたらキリがない。

 手を出そうとしてこない限りは、見逃してやることにしている。


 そこで、向かいから歩いてくる二人の少女が視界に入った。煌びやかな身なり、上品な言葉遣い。間違いなく貴族だった。

 ――明らかに、自分では何もできないタイプの。


「ええ。美術館の招待状が届きましたの」

「そうなのですか。そのようなこと、今まであったかしら……っと!」


 談笑とよそ見をしながら歩いていた少女たちの片方が、勢いよくぶつかってきた。


「いたっ……、ちょっと貴女、気をつけなさいよ!」


 予想通りの抗議に、ジロリと視線を向けてみる。彼女らより頭ひとつ分は背が高いため、自然と見下ろす形になった。


「なっ、何よその目は! この私を誰だと――」

「ッ、お、お待ちになって! このお方は……!」


 どうやら気付いたらしい。もう片方の少女が、食ってかかる少女を真っ青になって抑える。よほど動転しているのか、意味もない耳打ちで何事かを――間違いなくこちらの名前――を囁く。

 すると途端、強気になっていた少女が顔をこわばらせた。


「みっ、ミディール学院の……っ!? ひっ……ご、ごめんなさ……」


 その態度の変化があまりに面白くて、少女の首元にすっと指を伸ばす。


「ひっ、ゆ、許し……」

「――いいえ。わ・ざ・と・避けなかったこっちも悪いの。ごめんね」


 伸ばした爪で少女の細首をつーっと撫でて、『わざと』の部分を強調して微笑んでみせると、二人の少女はまさに脱兎のごとく逃げ出した。

 さすがは貴族の箱入りお嬢様たち。驚くほど足が遅い。同じお嬢様でも、騎士の家系とは大違いだ。わざとやっているのか、誘っているのかと思うほどだ。必死に逃げていくその様があまりに微笑ましくて、兎を追う虎の気持ちが分かってしまいそう――


「おー? オプトちゃんじゃないの。元気にしてるかー?」


 そこで唐突にかけられた声に、彼女――オプトは振り返った。

 自分に声をかけてくる人間など、心当たりは一人しかいない。

 想像通りの、親しげにウインクをしてくるその白衣姿を見て、オプトはポツリと呟いた。


「…………先生」

「ンフフ、久しぶりね。買い物?」


 雑に結った金髪を揺らしながら微笑みかけてくる。

 ナスタディオ・シグリス学院長。一応はミディール学院を統べている長であり、自分と同じ『ペンタ』。有能な人物なので、オプトとしても学院長のことだけは一目置いて……いないでもない。


「せっかく会ったんだし、どう? ちょいと一緒に昼メシでも食べない?」

「……構わないけど」


 オプトは軽く溜息をつきながらも同意し、二人で歩き出した。






 ミディール学院の三位である『ペンタ』、『源泉インテグル』のオプト。

 扱いとしては孤児だったため、苗字はない。正確にはきちんとあったうえに覚えてもいるが、そんなものは捨てた。


 結婚もしていない、刹那的な思考の若いカップルだった両親には、生まれたオプトを養っていけるだけの経済力も甲斐性もなかった。

 初めは何とか生活していくつもりだったようだが、あっさりと生活に困窮した彼らは、生まれて二ヶ月も経たないうちに、娘を犬猫のように孤児院の前へと捨てた。

『オプト』とは、古ラスタリッド語で『希望』を意味する。手違いで孕ませた馬鹿どもが何を知ったかぶったような名前をつけたのかと、後に意味を知った少女は笑ったものだ。


 孤児院に預けられて三年が過ぎた。

 通常、三歳ともなれば己の属性が司る現象をかすかに発現できるようになる。

 炎属性ならば、かすかな熱気。氷属性ならば冷気。風属性ならば微風――といった具合に。


 オプトに関していえば、何も発現できなかった。力を込めても、どれだけ集中しても、熱気も冷気も出ない。

 そこで検査にかけられた結果、『ペンタ』であることが発覚する。

『ペンタ』の特徴である、無尽蔵に近い魂心力プラルナ。少女はこれを備えていたのだ。

 検査を受けてなお、オプトの属性や術の詳細は不明のまま。しかし希少な超越者であることだけは間違いないと判明した。


 さて、どこから聞きつけたのか。

 両親が、手のひらを返したようにオプトを迎えに来た。

 それも無理はないだろう。自分の子供が『ペンタ』であるなど、親にしてみればこれ以上ない自慢のタネとなる。いずれ莫大な金をもたらすことも約束されているに等しい。ギャンブルで大当たりしたようなものだ。

 少女は皮肉にも、まさに『希望オプト』という名に相応しい存在となった。


「オプトを返せ」と主張する両親だったが、しかし孤児院側も「勝手なことを言うな」と突っぱねた。そもそも、この両親が本物である証拠もない。


 ここで醜い引っ張り合いが生じる。

 孤児院側としても、みすみす『ペンタ』を手放すつもりはない。きちんと育て、国に貢献できるような人材とすることができれば、孤児院の評判も上がるのだ。

 自称両親のあまりのしつこさに「大金を支払うので諦めろ」と譲歩する孤児院だったが、彼らも譲らない。

 余談だが、五位のリーフィア・ウィンドフォールは全く逆のケースで、『ペンタ』として強大な力を宿すがゆえ、親に疎まれたという。国が大金を支払うことを対価に、親は喜んでリーフィアを引き渡している。

 ともかく孤児院と両親は、醜い綱引きを四年間も続けた。


 ある冬の日。寒く薄暗い路地裏にて。

 父親(と名乗る男)が、ほとんど拉致に近い形で強引にオプトを連れ去った。少女にしてみれば、本当の親かどうかすら分からない男だ。住み慣れた孤児院を離れることも嫌だった。抵抗し、逆に殴り飛ばされた。

 それは才覚だったのだろう。このときオプトが感じた感情は、恐怖ではなく――怒り。とはいえ、少女は炎も氷も出せない。七歳になってなお、オプトの属性や詳細は依然として不明のままだった。

 ただ、父親を名乗る男を、自分を殴った男を憎み、強く睨み据えて――


 その瞬間、男は糸が切れたみたいに崩れ落ちた。


 死んでいた。

 幼い少女にも理解できるほど呆気なく、男は死んでいた。なぜか、木乃伊ミイラのようにカサカサとなって。

 異変に気付いたのか、そこへ母親と名乗っていた女が駆けつけた。

 倒れた男と傍らに佇む少女を見比べて、女は意味の分からない罵声を撒き散らしながら――


 気付けば、死体は二つになっていた。

 殴られてボロボロになった自分と、ひどくガサガサになった肉塊――いや、肉塊と表現していいのか分からないほどに朽ち果てた残骸が二つ。

 散々に殴打され、身体中が痛みを訴えているはずなのに、なぜか心地よかった。身体の奥底から活力が――魂心力プラルナが溢れてくる感覚。

 ここでようやくに認識した。自分は選ばれた存在。超越者なのだと。


 幼かったオプトは、自分の力をこう認識した。

『睨むだけで人を殺せる能力』。


 当時七歳。幼くも愛らしい容姿をしていたオプトは、幾度となく小児性愛の嗜好を持った男に襲われたこともあった。

 力の使い方を感覚的に理解した少女は、そのたびに、睨むだけで殺害した。


 やがていくつも発見される、生気をなくして干からびた遺体。

 死体が転がっていることも珍しくはない、薄汚い路地。そういう街の一角。小汚い醜男がしぼんで転がっていたところで、誰も気になんてしない。

 しかし、国の――否、『彼女』の対応は迅速だった。

 同類の仕業だと気付いたのだろう。


 当時、オプトを阻止するべくやってきたのが――


「ねえねえ。何食べる? いやそれより、久々なんだしオゴってくれない?」


 十歳以上も年下の人間にみっともなくたかろうとしている、ナスタディオ学院長その人である。


「……はぁ。先生、お金あるでしょ。何か食べたいものは?」

「なぁーにかったるそうな溜息なんてついてんのよーオプトちゃんよー。ほんとはアタシのこと大好きなくせによー」

「……うっとおしいったら」


 目の前にいる人物には、自分の力など通用しなかった。睨んでも殺せなかった。

『うっわダルっ。何コレ』

 オプトの眼力を受けた彼女の感想は、ただそれだけだった。


 未だに忘れられない。父親や母親と名乗っていた人間たちが振るっていた暴力など児戯にすら等しい、圧倒的な痛み。初めて感じた恐怖。

 相手が七歳の子供だということに対する躊躇も何もなかった。ただ、虫を優しく摘み殺すようなひどく優しい瞳と、真紅の唇から覗く蛇のような舌――。


『――この場で懲罰判定しちゃおうか、化物。貴女が選びなさいな。ここで死ぬか、国の……いいえ、アタシのモノになるか』


 ただ、怖かった。

 ただ、死にたくなかった。

 訳も分からずオプトが発した答えに対して、


『よしよし。そんじゃアタシら、今から友達な! 化物同士、仲良くやろうぜー!』


 ……もっともあのおかげで、今の自分があるのかもしれないけど……とオプトは胸中で独りごちる。


「おっ、あそこに新しい店できてんじゃん。入ってみよっか。いえ、拒否権限はありません。入るぞ小娘」


 返答するまでもなく学院長が腕を引き、二人はなだれ込むようにその店の中へと入っていった。

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