73. 選ばれし者たち
食堂へ向かう道すがら、三人の会話は続く。
「けど、何であんな精神破壊兵器みたいな人が学院長なんだ。それこそ『銀黎部隊』にでも入ってりゃいいのに」
「だからこそ、よ。学院の長が生徒たちより弱いわけにはいかないからね。いざとなれば『ペンタ』を含む学院の誰を敵に回しても制圧できる。そこを最優先で選ばれたのが、ナスタディオ学院長なわけ」
「……俺、もうかかわりたくねえぞあの人……」
「あたしも……」
流護としては働かせてもらっている身ではあるものの、ついそんなことを言ってしまう。美人だしスタイルもいいが、遊びで廃人にさせられてしまいそうだ。
改めて、『ペンタ』の異常性というものを認識する。
強大な力を持っているがゆえ、向こうは冗談のつもりだったとしても、こちらは甚大な被害を受けてしまうのだ。遊びでじゃれついた虎が、簡単に相手を殺してしまうように。
「とはいえ、学院長も『ペンタ』の生徒も、学院にいることは少ないんだけどね……」
困ったような苦笑いを見せるベルグレッテ。
この学院というものも、元は『ペンタ』を保有・確保しておく施設だったと聞いている。それが今や、彼ら超越者が滞在していることのほうが少ないのだ。時の流れによる、目的の変遷というものだろうか。
「でもさー」
ミアが階段を上りながら、人差し指を顎に当てる。
「実際、どうなのかな。学院長、学院の『ペンタ』相手に勝てるのかな? とくに一位と二位とかさ。学院長もすごいけど、あいつらだって今までにないぐらいやばいって聞いたことあるよー?」
「ん……一位のレオスティオール、二位のドニオラか……」
ベルグレッテも、ミアと同じように思案する仕草を見せた。
「おー何だ、新キャラか。一位と二位ってことは、ディノの野郎より強いのか? そいつら」
仮にあのディノを上回るとなると、もはや想像がつかない。
「どうかなぁー。あくまで強い順じゃなくて、学院の順位だしね、いちおう。『ペンタ』の順位をつける場合、希少性が一番優先されるんだって」
ミアが階段の最後の段をぴょんと跳んで上がりながら、思い出すように言う。
なるほど、と流護は納得した。ディノが四位であるにもかかわらず最強だと豪語していたのは、そういう訳なのだ。
炎は最も使い手が多い属性なのだという。その希少性の低さこそ、ディノが四位に位置づけられた所以なのかもしれない。
それにディノは、『ペンタ』同士の戦闘は禁じられていると言っていた。
実際に『ペンタ』同士で闘い、明確に強さを競ってはいないということになる。裏を返せば、あの男の最強も自己申告にすぎないのだ。
しかし例えば、あのディノならば学院長の術が発動する瞬間の『揺らぎ』とやらを見逃したりしないのではなかろうか。
試しに闘ってみてくんねえかなあの二人。俺、安全なとこで観戦してるから。共倒れしてくれれば万々歳だ。
流護はついそんなことを思ってしまう。
むしろディノと学院長の性格上、顔を合わせればその場で衝突してもおかしくない気がする。一応……本当に一応、この二人は生徒と教師の関係になるはずだ。となれば、実際に顔を合わせたこともありそうなものだが……。
「一位と二位が特異なのは、その能力が不明なところなのよね」
「え? 不明?」
流護は思わずおうむ返しでベルグレッテに聞き返す。
「一位のレオスティオール・アレイロスは、二つ名『界離』。属性不明で、どんな力なのかも不明」
「いや待て、何でそれで一位になるんだ」
「正確には、私たちには知らされてないの。レオスティオールの力を知ってるのは、研究部門の一部の人間だけ。それも、厳密にどういう力なのかは分かってないらしくて。ただ……」
「ただ?」
「噂……あくまで噂よ? 私も同僚の騎士から聞いただけの話なんだけどね。国の任務に随伴したレオスティオールが部隊とはぐれて、一人で怨魔の群れと遭遇することになったらしいんだけど……部隊が合流したとき、その怨魔の群れは、跡形も痕跡もなく消えてたんだって」
「霊験あらたかな夏の怪談みたいだな」
いつぞやのミアの『アウズィ』の話ではないが、尾ひれがついているとしか思えない。あれも『仮面を被った男がリーダー』という点は結果として当たっていたが、『数百年を生きている怪人』という点は外れていた。いや、当たり前かもしれないが。
「あたし、レオスティオールって見たことないや。ベルちゃんは見たことあるの?」
「実は、私も……男子だってことぐらいしか知らないかも……」
「おいおい、実在してんのか? 怨魔を消すのはいいけど、本人も消えてんじゃねえのか」
いよいよ都市伝説めいてきたぞ、と流護は溜息をつく。
もっとも『カイリ』などという二つ名がある以上、そこから能力の予想もできそうだが……。
ちなみに『界離』と書くという。界を離す? 怨魔を『消した』という点から、まさか空間だの何だのを切り離してどうのこうの、という訳の分からない術でも使うのだろうか。
ディノの力を見た今となっては、そんな術者もありえるかもしれない――と思ってしまうのが困りものだ。
「二位はどんなヤツなんだ?」
「ドニオラ・ウルドね。二つ名は『神撃』」
そこでミアがまた嫌そうな声を出した。
「ディノもそうだけど、ドニオラも典型的な『おれさますごいんだぜタイプ』だよね。自分以外をゴミ呼ばわりするんだよ。あたし、あいつ大っ嫌いっ」
「けれど実際……凄まじい実力の持ち主よ。ドニオラも属性、詳細共に不明。ただ、これは噂じゃなくて実際にあったことなんだけど……空を飛ぶカテゴリーSの巨大な怨魔、ウィンギーブルを相手に、手をかざしただけで地面に叩き落とすということをやってるわ」
「ウィンギーブルってすっごく大きい鳥みたいなやつだよね。十マイレ近くあるやつ。王都の近くまで来て大騒ぎになったことあるよね」
エスパーかなんかか。今更かもしれないが、流護からしたらもう妖怪大戦争だった。
結局はディノに負けず劣らず怪物揃いのようだ。
「ドニオラ自身も自分の力がどんなものか分かってないまま、けれど自在に使いこなしてる。『神撃』の二つ名通り、本人は神の力だなんて大それたことを言ってるけど……」
「もうついてけないんですけど」
「や、私から見たらリューゴの身体能力だって……」
「はは……褒め言葉として受け取っておくよ。……あ、そういや」
そこで流護はふと思い出す。怪物揃いといえば、ベルグレッテに訊いてみようと思っていたのだ。
「ディノの野郎がさ、レーザー砲……っても分からんか。岩山をブッ壊すようなすげえ術とか使ったてたんだけど……あれ、街中でブッ放されたらどうなるんだ? 『ペンタ』が一人暴れたら、王都でも壊滅しちまうんじゃないのか?」
岩山を瓦解させた熱線の一撃。あんなものが直撃すれば、学院やレインディールの城ですら両断してしまうのではないか。
「街の建物や施設には基本的に、封印や防護の神詠術が施されてるわ。維持にお金もかかるから、それぞれの建物によって効果はまちまちだけど……」
「ああ……そっか、なるほど」
よく考えれば当然だった。そういった対応がされていなければ、例えば心ない炎属性の使い手がいた場合、簡単に放火などもできてしまう。遠距離から通り魔的に術を放って、建物を傷つけることだって可能だ。
しかしミアの故郷であるラドフ村のような貧しい農村では、防護系の施術がなされていないことも珍しくないそうだ。まさにミアの実家も施術の期限が切れているが、金がないためそのまま放っているらしい。
今回の件で攻め入った、レドラックファミリーの潜んでいた廃工場など、期限の切れている建物も多い。騎士たちは横合いから神詠術を放って壁をぶち抜いていたが、施術されていなくて助かったといえるかもしれない。
封印や防護の力以上の術をぶつければ破ることも可能らしいので、五十人もいた騎士たちの一斉射撃なら、どちらにせよ問題はなかったかもしれないが。
ちなみに学院やレインディールの城には、封印・防護を専門とする国属の『ペンタ』が定期的に施術しているそうで、これは全く心配無用とのこと。どちらかといえば実物の大砲による砲撃など、物理的なもののほうが脅威だという。
まあ、城にわざわざ大砲を引っ張ってきて撃ち込むようなチャレンジャーはそういないだろう。
余談だが、建物には通常、防護の術を用いるのだとか。
封印は文字通り封印。プラス効果の術をも打ち消してしまう。例えば家屋に施した場合、通信の術なども遮断されて使えなくなってしまうのだ。
逆にミアが監禁されていた部屋のような場所には、あえて封印の術が用いられる。
「なるほどな……ちょっと安心した。……あれ、何の話だっけ……『ペンタ』の話か。じゃあ、三位とか五位ってどうなんだ?」
「三位はオプト。属性は吸収。二つ名は『源泉』。一位と二位ほどではないって言われてるけど……私たちからすれば大差ないわね。『ペンタ』の能力は、あまりにかけ離れすぎてて……」
「って、属性が『吸収』ってなんだ。それ、属性っていうのかよ」
「研究部門がそう認定したの。彼女もまた、かなり特異な能力の持ち主ってことね」
彼女……ってことは、オプトってのは女なのか。
そこはやはり健全な男子である流護が、オプトって可愛いのかななどと思っていたところで、またまたミア先生の感想が入る。
「オプトは……くやしいけど、やっぱり春の模擬戦がすごかったよ」
「模擬戦?」
問い返すと、ベルグレッテが思い出すように説明した。
「ええ。リューゴが来る一ヶ月ぐらい前だったかな。オプトが博士のところへ検査に来たとき、偶然、学院長もいたらしくて。学院長とオプトは比較的懇意みたいなんだけど……学院長の提案で、オプトと他の生徒が模擬戦をやることになったんだって」
戦闘に自信のある生徒四人対、オプト一人の模擬戦。
学生とはいえ、戦闘に秀でた者が四人ともなれば、王宮の騎士にも匹敵する。
しかしやはり、相手は『ペンタ』。勝負の結果は最初から見えている。
それでも傷の一つも負わせることができれば評価も上がると、対戦する生徒らは乗り気だったという。あまり印象のよくない学院『ペンタ』に一泡吹かせてやろう、という気持ちもあったのかもしれない。
「まぁ結局、オプトがその場から一歩も動かないで、さくーっと四人を倒しちゃったんだけどねー……」
どこかガックリとしたミアの声。話の流れ的にまあそうだろうな、と流護は頷く。
ミアはその模擬戦を見ていたそうだが、オプトは透明な泡のようなものを駆使していたらしい。泡を飛ばして攻撃し、泡を展開して防御する。それだけで対峙した四人を圧倒した。
それでも一度、一人の放った火球が絶妙のタイミングでオプトに迫った場面があったという。
直撃コース、回避も術も間に合わない。防御されるだろうが、手傷を負わせることぐらいはできるかもしれない。しかしその瞬間、オプトは右手で火球を受け止め――
「ぐももーって火の球が小さくなって。そしたら、オプトの左手から火の球がぼーん! って。いやーびっくりしちゃった」
つまるところ――オプトは右手で火球を吸収し、全く同じものを左手から撃ち返した。
「はー、なるほど。それで『吸収』なのか」
しかし聞く限りでは、吸収というよりは反射とでもいったほうが正しいような気もする。
何にせよ、本来の属性である吸収の力をそこまで使わずに四人を圧倒していたというのだから、やはりオプトの実力も桁外れなのだろう。
「でもなんだか、それだけじゃなくてさ……」
模擬戦は生徒四人の惨敗で幕を閉じたのだが、ある異常があった。
負けた生徒らは当初、あまりに言い訳じみた理由のため黙っていたのだという。しかし四人が四人とも、同じ状態に陥っていた。
オプトと対峙した四人全員が、戦闘中に気分の悪さを感じていたというのだ。
だるいような……身体が重いような感覚。倦怠感。
「『ペンタ』と対峙したせいで緊張してたんじゃ、なんて言われてるけど……」
どこか腑に落ちないというようにベルグレッテが呟く。
「ベル子は闘わなかったのか?」
「私、そのとき学院にいなかったから……模擬戦も見てないのよね」
「でもあんなの、ベルちゃんとクレアちゃんとエドヴィンとダイゴスとレノーレとステラリオとマリッセラの七人がかりなら、きっと勝てるよ! エドヴィンがやられてる間に、みんなでばーって!」
「はは……無理じゃないかなあ」
ベルグレッテが困ったように苦笑する。
とりあえずエドヴィンはやられること前提なのな。ていうか七人がかりて。
もっともディノと対峙した感触では、学院の生徒が数十人いても『ペンタ』に対抗するのは難しいだろう。
「だいたいオプトもさ! 模擬戦終わったら、髪をファサーってかき上げて『もう帰ってもいい? 先生』とかつまんなそーに言っちゃって! きー! あんたなんかベルちゃんのアクアストームならぶしゃあああぁって……、あぁ……もういいや。あたし、あの人たち苦手だけど、陰口ばっかり言うのもなんか違う気がするし……」
ミアは何だかしゅんとしてしまった。……かと思いきや、続きを話したのもミアだった。
「そうそう。でも五位っていえばさ、リーフちゃんそろそろ学院に来るんだよね?」
「うん。久々だから、私も顔見たいんだけどね」
「リーフちゃん?」
疑問を投げかけた流護に、これまでとは打って変わってミアが明るく答える。
「うん。五位の子。あたし、基本的に『ペンタ』は苦手だけど……リーフちゃんだけは例外。すっごくいい子なんだよ」
「へえ……」
「リューゴも、何度か聞き覚えあるんじゃない?」
「え? いや?」
ベルグレッテの意外な言葉に、流護はきょとんとした。
リーフちゃん? 誰だ?
「学院五位、二つ名は『吹花擘柳』」
吹花擘柳。思いっきりコテコテに日本語ではなかろうか。意味はよく分からないが、少なくともこの世界の言葉とは思えない。
「言葉の意味は分かんないけど、その『すいかはくりゅう』って響き、あたし結構好きかも。リーフちゃんにぴったりだよね。博士、意外とやるなー! って思っちゃった」
「博士? ってロック博士か?」
「そうよ。この二つ名をつけたのは、ロック博士だから」
謡うように、どこか優しげな声音でベルグレッテが言う。
「学院五位は、リーフィア。リーフィア・ウィンドフォール。属性は風。リューゴ……覚えてる? ロック博士が娘さんの影を重ねて、贔屓にしてる子よ」