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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ

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691. 焦燥、導き

「ひえー! ク、クレアリアさんのキック、やばくない!?」


 ビビり散らかした彩花の反応に対し、流護は腕組みをしつつ朗らかに笑う。


「はっはっ、そうなんよ。クレアはああ見えて、中々エゲツない蹴り打てるんよ。ちゃんと腰が入ってるからな~」

「なんでそんな誇らしげなの!?」


 何せ、かつての決闘にて実際にあれを食らった少年である。当時も感心したものだった。


「……、なにがあったのかしら」


 そんな傍らで、試合場を注視するベルグレッテが訝しげに疑問を呈する。考え込むと主語を抜きがちな彼女だが、最近は察せるようになってきた流護が拾う。


「自律防御だろ? 間に合わないこたなかったと思うんだけどな」


 ローヴィレタリア卿が結果は見えていると断じ、流護もまた一番の格差マッチになると考えたこの試合。根拠はそこに尽きる。

 リムはクレアリアの完全自律防御を突破できない。であれば、まずは発動を阻止することが前提にして絶対となるが、それすら難しい。

 出の早い術や徒手格闘などで牽制して出鼻を挫こうにも、クレアリアはその程度で詠唱を切らしてしまうほど未熟ではないのだ。……が、


「……二人が接近したところで、あの子の口が動いたように見えた」


 変わらぬ無表情ながら、細部まで観察しているらしいレノーレがぽつりと指摘した。


「確かにの。接近し切ったあの間合いで、わずかにクレアが硬直したようじゃった」


 ダイゴスも追従する。

 二人の意見を合わせるとつまり、


「あのリムって子がクレアさんに何か言ったのか?」


 だが、そうだとしても不可解だ。

 リムとの対戦決定に驚き、乗り気でなさそうなクレアリアではあったが、いざ始まった試合対し気を抜くような性格ではない。何事か話しかけられた程度で隙を晒すほど甘くもない。


 にもかかわらず、明らかに初動が遅れた。

 直前、リムが観覧席の母親に向かって叫び返す一幕もあった(流護としても意外だったが、特にベルグレッテがかなり驚いていた)。クレアリアも同じように硬直してしまうほど驚いたのか。しかし百歩譲って、それで動きを止めてしまったとして――


「うーん。でもクレアちゃん、なんか嬉しそうだよ?」


 ミアが困惑顔で指摘する。


「そうなんだよな……」


 リムとの対戦が決まってしばらくは明らかに信じられない様子でいた彼女だが、今は目を細めて満面の笑顔を浮かべている。

 常日頃から憮然としている気難しい妹騎士があの表情。流護としては裏しかなさそうで恐ろしい限りだ。


「つってもよー。あのチビッコ、コケオドシで茶々入れただけだろ。クレアがあの程度で自律防御出せなくなる訳でもねー」

「いえ」


 ふんぞり返ったエドヴィンの評を、ベルグレッテが即座に否定する。


「クレアはもう、この試合中に自律防御を展開することは難しい」

「あ? 何でだよ?」


 眉をひそめた『狂犬』に対し、少女騎士は試合場を見下ろしたまま続ける。


「さっき、リムちゃんの牽制を浴びたクレアは頬を拭っていた……。おそらく、かすり傷程度は負っている。そうなると、もう……」

「んな程度で、あのクレアがまともに詠唱できなくなる訳じゃねーだろ?」

「それだけリムちゃんの技術が優れているのよ」


 懐疑的なエドヴィンに向けて、ベルグレッテは迷わず断言した。


「リムちゃんの痛覚増幅は、火傷にも似たひりつくような疼痛を生むわ。どうしても集中を阻害されるから、より深く長い詠唱を必要とするような規模の術は扱うことが難しくなる……。実用に耐える攻撃術や回復術も、ああなると……」

「だとすると、ちょっと話が変わってくるな」


 流護も腕を組みながら唸る。

 いかにクレアリアといえど、ろくに術を扱えないとなれば形勢はひっくり返る。


 神詠術オラクルを使えない者は、使える者に決して敵わない。

 このグリムクロウズなるファンタジーめいた異世界。この大原則があるからこそ、それを覆す流護やガイセリウスの存在に耳目が集まるのだ。


「……気概、ね」


 どんな逡巡があったのか。顎下に指を添えたベルグレッテが、殊更に真剣な表情で呟く。


「期せず、試されるのかもしれないわ。これからクレアが歩もうとしている道のり……それを往くことができるのか。あの子に、その気概があるのかを」






『おおーっと! リムお嬢……、いえリム選手、怒涛の攻勢を仕掛けます! 細かな火の散弾がクレアリア選手を襲うー! しっ、しかしクレアリア選手、前面にかざした両腕で防ぎながら足を止めない! 飛びずさり、そして右へ左への体捌き! 的を絞らせません!』


 エフィの広域通信が状況を的確に説明する。


(っ、うまく当てられない……!)


 ここぞとばかり炎の散弾をばら撒くリムだが、クレアリアは少しずつ後退し被弾を最小限に抑え始める。

 これ以上離れると狙い撃って当てることはおろか、痛覚増幅の効果も弱まってしまう。むしろそれが目的か。


(っ、させない!)


 業を煮やしたリムが数マイレ分の間を小走りで詰め、


(……これで!)


 より威力の高い火球を放とうとした瞬間だった。


「っ!?」


 まるで引き合う磁鉄さながら、クレアリアが大きく踏み込んできた。全くの同時に、互いの距離が急接近する。


 逃げるどころか、向こうから近づいてきた。

 想定外の動きをされたことで、リムはわずかに集中を欠いた。自覚はなかったが、痛覚増幅の維持に綻びが生じたのだろう。


 間隙を縫う。

 まさにそんな表現が的確なほど、クレアリアの右手に素早く収束する水の奔流。

 そして撃ち放たれる一矢。鋭い水の噴出が、リムの頬の際をかすめていく。

 咄嗟の一撃ゆえ、さすがに命中精度を欠いている。直撃は免れた。そして間断なく左。数瞬の後に、ほぼ同様の一撃が飛んでくる――


「……っ……!」


 ここで持ち堪えたリムは、先んじて至近から相手に向かって右手をかざし直す。外しようのない距離からの痛覚増幅。クレアリアはまるで表情ひとつ変えなかったが、しかし左手に集まりつつあった水の飛沫が霧散した。痛みにより詠唱を中断させられたか、それとも自らこれ以上は無理だと判じ放棄したか。

 とにかく――好機。


「はあぁっ!」


 リムは先ほど放とうとしていた火球を、今度こそ至近距離から全力で投擲する。

 躱せない。

 この間合い、この速度で繰り出される練り上げた飛び道具。どんな身体機能を有していようと、人の反応では見てから動いても間に合わない。

 しかしそんな燃え盛る球体を、クレアリアは膝を曲げてしゃがむことで完全に躱し切った。渾身の一投は、屈み込んだ彼女の頭頂部よりわずか上を薙いでいく。


「…………!」


 紙一重。


『うおぉーっとぉ!? クレアリア選手、被弾確定かと思われた一撃を大胆に身を屈めることで回避っ! 迷いのない体捌きです! 見ている方がヒヤッとするぅ!』


 エフィも驚愕の声音を響かせる。

 リムの胸中にも、惜しい、といった類の悔しさは湧いてこなかった。

 むしろ、どうしてそんな避け方ができるのか。

 見てからでは間に合わない。つまり博打にも等しい、一か八かの判断。怖くないのか。危ないとは思わないのか。

 いかにクレアリアとて、顔面に直撃すれば昏倒するだけでは済まない。それだけの力を込めた一撃だった。


「肝を冷やしましたよ」


 即座に立ち上がり、とてもそうとは思えない表情で。薄笑みすら浮かべつつ、彼女は言い放つ。

 その不敵極まりない表情が、


(っ、ばかに……してっ……!)


 リムの怒りを駆り立てた。

 さすがに偶然だ。足下へ向かって投げていれば直撃だったのだ。たまたま避けることができただけなのに、余裕ぶって。


 だが、落ち着かなければ。

 少しでも油断すれば――こちらの痛覚増幅に綻びが生じれば、彼女は即座に術を行使してくる。さすがに自律防御や回復を許すほどの詠唱時間など絶対に与えはしないが、決して気を抜くことはできない。


『クレアリア選手、おそらくはリムお嬢……、選手の力によりかなり詠唱を阻害されているのかと思われますが……本来はどのような術を使うのでしょう?』

『そーねー。やっぱりあの子といえば、完全自律防御。本人の意思とは無関係に、あらゆる方向からの攻撃を自ずと防ぐ鉄壁の術ね』

『なんと!? 希少な技術として耳にしたことはありますが……クレアリア選手がその使い手とは! ……となると……』


 ナスタディオ学院長からの説明を受けたエフィが、誰かの顔色を窺うように言葉尻をすぼませる。


『ホッホ。故に、結果は見えていると申したのですな』


 その『誰か』は、ただ普段通りの声を響かせた。

 立場上、同意し切ることも憚られるのだろう。エフィが気遣ったように応じる。


『で、ですが痛覚を刺激されては、さすがに自律防御のような強力な術は扱えませんよね! であれば、まずはリム選手が見事に機先を制した形となったのではと……!』

『一芸を封じられただけで無力化されるようであれば、とても王女付きの護衛騎士候補になぞ任ぜられまいて。例えば、今しがたの攻防。クレアリアお嬢様は、至近からの一撃を大胆に伏せることで回避された。自律防御に頼り切り、その能力に胡座を掻いておるならばできぬ所業よ。決して偶然ではない。躱すべくして躱されたのじゃ』


 解説席に座る父は、上等な美術品を評するかのようにそう語った。


(……なんで……)


 どうして。

 わたしのことは、そんな風にほめてくれないのに。


(――っ……!)


 悲しさと怒りに突き動かされるまま、リムはより一層力を振るう。

 もう、これが模擬戦であることも忘れて。






「……システィアナ。今のローヴィレタリア卿のお言葉は……」


 右隣で腕を組んで試合を見守るマリッセラが、わずかにその柳眉を動かして視線を送ってくる。

 その言わんとすることを察したシスティアナは、「ええ」と迷わず肯定を返した。


「んもう! 猊下ったら、もっと素直になられたらいいのに……。あれじゃあ、リムには伝わらないわよっ」


 じれったい思いでぼやくと、左隣に居座る包帯まみれのリウチが訝しげな目を向けてくる。


「何の話だい」

「今の猊下のご発言! クレアを褒めているようだけど、本当に仰りたいのはそこじゃない。さっきのリムの一撃……避けられたのは偶然じゃないってこと。自律防御が使えなくても、クレアは簡単に崩せる相手じゃないってこと」


 リムは痛覚増幅の操作に気を取られるあまり、攻撃が単調になってしまっている。クレアリアにしてみれば予測することは造作もないだろう。


「ああ、成程な。しかしそれは仕方がないだろ。まさかトネさんも、『避けられたのは偶然じゃないから気をつけろ娘よ』と大っぴらに助言する訳にもいくまいし」

「それはそうだけどっ」


 分かっていても、もどかしさを抑えきれないシスティアナである。


「この際だから言っちゃうけど、猊下はもっと素直にリムを褒めてあげるべきよ! 立場上、難しいことも分かってはいるけど……」


 妻のエルメラリアは元より、ローヴィレタリアもリムを溺愛している。それは間違いない。のだが、常に公正な立ち振る舞いを心がける『喜面僧正』は、あからさまに子を甘やかすような真似はしない。

 そしてリムも、そうした事情は理解している。しかし、理解と納得は必ずしも一致しない。


「リムは……あの子は……もっと、褒めてほしいだけなのよ」


 ローヴィレタリア夫妻は、ともに国内でも最高位に位置する貴人。社交の手段として、我が子をへりくだって語ることも多い。

 しかし、それがリムにとっては自信のなさに繋がっている。


「で……でも実際、リムさんは凄いですよ……! あっ、あの年齢で神詠術オラクルに対する理解も深いし、技術も下地がしっかりしていて、応用もこなしてるし……」

「そうね。でもあの子は、それを両親から言ってほしいのよね……」


 成績上の数字でも、教師でも、友人でもなく。

 誰より、自分を生んでくれた……大好きな父と母から。


 今回、対抗戦を提案したシスティアナだったが、リムが乗ってきたことには驚いた。

 しかし、よくよく考えてみれば腑に落ちる。

 母たるエルメラリアは傍から見ても明らかにリムを溺愛しているが、それでも対外的な場面では謙遜する。

 当の娘にしてみれば釈然としないはずだ。普段は優しいのに、なぜ人前では自分を悪く言うのか。そんなに自分より余所の子のほうがすごいのか、と。

 そして父親としてのローヴィレタリアは言わずもがな。


(リム……)


 システィアナにも痛いほど理解できる。

 没落した家名を復活させるため懸命に邁進してきた自分自身、何より両親から努力を認めてもらえることが嬉しかった。それが継続する気力に繋がっていた。

 それが得られないとなれば、どれほど悲しいことか。


 だから今回、少女は一歩踏み出した。

 受け身となって認められるのを待つのではない。

 自ら行動を起こし、認めさせるのだ、と。

 この催しを、比較対象だったクレアリアに挑める絶好の機会と気付いて。


 それでもリムのこと、なかなか覚悟は決まらなかったはずだ。


 例えば二戦目にて、こちらは先に迷わずシロミエールを選出している。それに対し、あちらがクレアリアをぶつけてくる可能性も充分考えられた。そうなれば、この対戦は実現しなかった。

 当たらなかったから仕方ない、と。

 諦められる逃げ道もあった。


 だが、そうはならず。

 機は、巡ってきた。

 だったら、これは神の導き。

 前へ進め。掴み取れ。主はそう仰っているのだ。


(がんばれ……がんばれリム! あんたならやれる……!)


 内気な彼女の一大決心。その成就を願い、システィアナはただ拳を握った。

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― 新着の感想 ―
勝手に想っているだけの想いなど、子供に伝わるわけがないだろう!?というやつですね。
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