685. 迅雷風烈
『うわぁ! エーランド選手、明らかに攻撃の質が重いっ! 上段から叩きつけるように弊絶風貫を振るいまくる――っ! しっ、しかしっ……』
『ふぅむ……しかし、見事なものですな』
興奮しきりなエフィに応じる形で零すアンドリアン学長だが、その賛辞は果敢な攻めに転じる自国の若き精鋭に対してのものではない。
「う、嘘だろ……。あのエーランドが……」
「ただの一撃も、浴びせられないなんて……」
愕然とした悲嘆が周囲から漏れ聞こえる。
それら級友たちの呻きを耳にしながら、システィアナもまた驚きを隠すことはできなかった。
「……、ダイゴスさん、途轍もないわね。強いと分かってはいたけど……まさか、これほどの使い手だったなんて……」
こと本対抗戦においてシスティアナが憂慮したのは、ダイゴス・アケローンの立ち位置である。
『十三部家』は矛の家系、『あの』ドゥエン・アケローンの実弟。
学院生に交ざって出場するにはあまりに桁外れ。しかしその一方で、きちんと学舎に籍を置く紛れもない一生徒である。
万一、彼が出場してくるならば問答無用で一敗を喫する。まさに切り札。
しかし幸い(?)、こちらにも似た境遇を持つエーランドがいた。
けれどそんな彼は、せっかく初の試みである合同学習が開催されたというのに、『サーヴァイス』としての職務に忙殺され顔を出す暇もない。
せめて最後にどうにか、と前もって都合をつけてもらったことで今日に至ったのだ。
ちなみにベルグレッテなら、実力の公平性を鑑みてダイゴスを出そうとはしなかっただろう。そしてダイゴスもまた、それを汲んで同意しただろう。二人とも、妙に大人なのである。
(でも、そんなのって寂しいじゃない)
せっかく皆で楽しむ催しなのだ。変な気など回さず、例外なんて作らず、全員で、全力で楽しめばいい。
こちらがエーランドを出せば、向こうはダイゴスを出さざるを得ない。
そんな狙いが的中した組み合わせではあるが、この一戦に限っては損得抜き。
リウチに言わせれば『いつものお節介』かもしれないが、学級長として、誰も蚊帳の外になることのない、皆が楽しめる祭りにしたかったのだ。
そしてもちろん、エーランドならば勝ってくれると信じて。
(おかげで、とんでもない試合になっているわ……)
威力に特化したエーランドの振り下ろし。並の者ならば風圧だけで薙ぎ倒されるそれを、ダイゴスは雷棍で受けて弾き『落とす』。上からの一撃を下へ逸らす、と表現できようか。
足下へ着弾した弊絶風貫はにわかな爆風を生み、相手の接近……つまり反撃を阻む。
ゆえにエーランドが延々と攻め続けることができているが、しかしダイゴスに焦りは見られない。余波の風に短い前髪をなぶられながらも、すっかり見慣れた不敵な笑みは崩れない。
「……ったく……。仮に同じ条件で天轟闘宴にもう一度参加したなら、最後まで残ることはできん……とか何とか言っていたな。謙遜が過ぎるぜ、大きな人よ」
リウチもすっかり舌を巻いており、マリッセラに至っては不快げにその柳眉をひそめる。
「……ダイゴス……ふんっ、気に入らないわね。ベルグレッテから聞きはしたけど……下手をすれば、『銀黎部隊』の上位にも引けを取らない腕前じゃなくって? これだけの実力を有していながら、なぜ凡夫を装ってミディール学院に入り込んできたのやら」
長い脚を組み替えて、彼女はふんと鼻を鳴らした。
マリッセラはミディール学院に入って間もなくこちらへやってきたため、隣国の留学生たるダイゴスについて詳しく知る機会もなかったという。
「それより拙くってよ。あの男、エーランドの強撃を雷節棍のみで捌いている……。つまり、防御術すら使わずにいなしている」
それは即ち、備えているということ。
得物を振るう裏で、別の攻撃術を。
「それなら……、おなじ」
少女の消え入りそうな声が意見を挟む。
物心ついた頃からエーランドとともに過ごしてきた彼女――リムが、確信しているかのように。
「エランだって、攻撃しながらべつの攻撃術を保持してる……!」
健気な少女に言われ、隣国の貴族令嬢は大きく溜息を零した。
「ええ、そうでしょうよ。普通なら相手の反撃に備えて守りを考えるべき場面だけれど……エーランドの悪い癖だわ。すぐ相手に張り合おうとする」
けれど、と彼女は長い金髪をかき上げて。
「その過ぎた対抗心で、ダイゴスの余裕ぶった薄笑みを消すぐらいはしてやりなさいな……!」
その言葉を聞いて、システィアナは思わず頬を綻ばせた。目ざとく気付いたマリッセラが睨みを利かせてくる。
「何よ。何かおかしくて?」
「ううん。マリーが『こっち側』としてエランを応援してくれてるのが、ちょっと嬉しいというか微笑ましいというかね?」
「はぁ? べ、別にそんなつもりではないわよ。勘違いしないで頂戴!」
お決まりのセリフをいただいた。もうじきこれが聞けなくなるのかと思うと、少し寂しい気もする。ともあれ、今は――
「さぁさぁ、みんな応援してるわよエラン! あんたなら行ける!」
拳を振り上げて、全力で級友を応援する。
……のだが。その脇で、シロミエールだけが訝しげに眉を寄せていた。その視線は試合場で交錯する精鋭二人――ではなく、そのやや上部。何もない虚空を凝視しているように見える。
「どうかした? シロ」
尋ねると、彼女は視線を動かなさないまま口だけを開いた。
「……いえ、気のせい……でしょうか。……なんだか……風が、渦を巻いている……ような……?」
「ふむ。差は歴然ですね。どちらが勝るのか興味はありましたが……ダイゴスが一枚上手のようで」
ご意見番さながら腕を組んだクレアリアが評すると、座席にふんぞり返ったエドヴィンが犬歯を剥いて「ケッ」と鼻を鳴らした。相棒の活躍ぶりに満足げである。
そうしている間にもエーランドが上段から大振りの一撃を放ち、ダイゴスはそれを受け流す。しばし続いているこの構図だが、それでもダイゴスが劣勢と見る詠術士はいまい。
「えっ、でもダイゴスさん防戦一方じゃない!? 押されてない!?」
いや、ここにいた。まあ彩花は詠術士ではないし、攻防を見極める知識もない。仕方ないので、流護は解説を添えてやる。
「何も押されてねーよ。攻撃されてはいるけど、一発ももらってねえ。さすがに上手ぇわ、ここまで危なげがねえとマススパーやってるみたいに見えるんだよな。ゲームっぽく言えば、全部パリィしてる。完全ノーダメだ」
「い、言われてみればそうかも……?」
と、幼なじみは目をパチパチさせる。
「ダイゴスはとにかく、自分の間合いで闘うのが巧い。ここまでに二回……エーランドが左足を踏み込んで強い一撃を打とうとした瞬間があったけど、ダイゴスは二回とも絶妙なタイミングで妨害した。これで、エーランドはカウンターを警戒して迂闊に踏み込めなくなってる。で、今みたいにちょっと遠間からバンバン叩くだけになってる」
長柄と風属性、双方の長所による叩きつけを見舞うが、しかしそんな苦し紛れとでも呼ぶべき攻撃ではダイゴスには通じない。
「じゃあ、もうダイゴスの勝ち!?」
話を聞いていたミアが興奮気味に目を輝かせるが、流護は「いや」と前置きした。
「今、ああ見えて二人は攻防してる訳じゃない。まず間違いなく、裏で別の術を保持してる。ブッ放す隙を窺ってる。普通の詠術士なら睨み合って相手の出方を見たりする場面なんだけど……あの二人レベルになると、ああしてバチバチやり合いながら止まらずにそれができるってこったな」
術の複数保持は当たり前。おそらく互いに、目の前の相手の『揺らぎ』がまざまざと見えているはず。そしてこの局面で、備えているのが防御術ということもあるまい。そんな消極的な両者ではない。
「とりあえず確実なのは、エーランドが風属性だから、ダイゴスとしては雷燐が使えねーってことかな」
「ええ、そうね」
聞いていたベルグレッテが傍らで同意する。
ダイゴスの持ち技のひとつ、雷の浮遊球を周囲に多数散布し漂わせる術。触れれば弾けるそれは、かつて流護も対処に手こずった厄介な技だ。
しかし、風属性を相手取るにはすこぶる相性が悪い。簡単に吹き散らされてしまうからだ、とかつて本人が語っていた。
そうなると、保持している技は絞られる――
「……、……始まるわ」
息をのむみたいに呟いたのはベルグレッテ。そしてその目線は、得物を交える試合場の両者――ではなく、そのやや上。一見何もない虚空を見つめている。
「……ああ」
しかし、流護も同意した。同じものを注視しながら。
渦だ。眼下の闘技場で鎬を削るダイゴスとエーランド――その上部にて、緩やかな風が渦を巻いている。
(……ダイゴス、『ガチ』じゃん)
気流の向きは時計回り。かすかに舞い上がった塵が、回転方向を明示している。それはどこか、穏やかなつむじ風のようにも見えた。
「!? 埃が舞って……、風!? ってことは、あれがエーランドさんの用意してる術ってこと!? な、なんかすごそう!」
神詠術のことなど何も分からない彩花でも予感するのだろう。それが、これから巻き起こる事象の前触れであると。
だが、少し違う。
「……いや」
流護は――かつて『あれ』と相見えた経験のある少年は、思わず口にしていた。どちらにも肩入れしない中立でいると決めていたにもかかわらず、つい無意識のうちに。
「……あれは、ダイゴスが起こしてる余波だ。――――気張れよ、エーランド」




