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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ
679/680

679. 二手三手

「は!?」

「は!?」


 流護とクレアリアの驚きが完全シンクロし、ベルグレッテも目を見開く。


『レノーレ選手、突如として糸が切れたかのようにその場に座り込んだぁ! そしてそのまま動かない! 特に攻撃を受けたようには見えませんでしたが、これは――』


 階下の試合場では、ふうと大きく安堵のような息をつくシロミエール。対し、ダウンを宣告されたレノーレは屈み込んだまま。


「一、二!」


 当然のようにカウントが進んでいく。


「え!? 何事だ!?」

「何だ、急にどうした? 立ち上がらないぞ……」


 困惑の生徒たち。


「え、なに!? レノーレ、どうしたの!?」

「攻撃されてないよね!? むしろ、逆に攻撃し返してたし!」


 ミアと彩花も顔を見合わせて絶賛パニック中。 


「……これは」


 ダイゴスが細い眼からわずかに瞳を覗かせ、事態を察したらしいベルグレッテが歓声に負けじと声を張った。


「っ、レノーレ! 『起きて』っ!」


 喝采の中でその声が届いた訳でもなかろうが、しゃがみ込んだレノーレの肩がピクンと震えた。そしてハッと顎を浮かせた彼女が、メガネの奥の青い瞳を左右へと巡らせる。


「五! 六!」


 降り注ぐ大歓声、試合場際から刻まれる審判の野太い秒読み。

 片膝をついている己の姿を見下ろしたレノーレは状況を解したか、かすかに瞠目しつつもすぐさまその場に屹立した。


「続行!」


 ドーワ判定員の宣告を受け、まずレノーレが大きく素早いバックステップで間を離した。シロミエールは追わない。様子を窺っている。


『レノーレ選手! 思い出したかのように、どうにか立ち上がりました! そしてすぐさま間合いを遠く設定! 突然の打倒ダウン宣告だったかと思いますが、動揺は見受けられません!』

『本人曰く、無表情のまんま驚いてることもあるみたいだけどね~。ンフフフ、今もそうだったんじゃないかしら?』


 一体何が起きたのか。

 実況席のナスタディオ学院長もその口ぶりから察しているようだが、状況を考えれば、流護でも推測することは容易だった。


「眠りの術、だよな……。人間……っつーか、知能の高い生き物には効かねーって話だったろ。え? レノーレって実は……その……意外と……バ、バ……」

「何を言おうとしているんですか、何をっ」


 試合前にその説を語ったクレアリアが般若の形相で遮った。

 どっしり座したダイゴスが唸る。


「じゃが、『効いた』。つまり……」

「つまり、バ……」

「アリウミ殿ッ!」

「すいません!」


 観客席でコントを繰り広げる間にも、試合場では展開が動く。

 火の粉にも似た赤い礫群を顕現させたシロミエールが、それらを一斉に解き放つ。

 レノーレは身を翻すも、攻撃の手数が多く完全回避は叶わない。細かな火種が尾を引いて灼熱の閃光となり、炙られた風雪の少女は熱さに目を細める。

 つい今しがた『眠っていた』レノーレは、当然ながらダウンカウントの最中に詠唱ができていないのだ。今すぐに術は使えない。ついでに、動きもやや鈍い。あの一瞬の間に、随分と深い眠りに落とされていたことが窺える。


「増幅か」

「ええ、おそらく……」


 ダイゴスとベルグレッテの間では答えが出ていたらしい。流護もその単語をなぞる。


「増幅、ってのは……あれか。あれだよな」

「ええ。言葉通り、神詠術オラクルの効果を高めるための補助術よ」


 それ単体では意味をなさず、他の術に対して強化作用を齎す特殊な技巧。扱う者も少なくない、むしろどちらかといえば一般的な部類の術である。


「それって……ベル子とクレアも使えるよな」


 その確認には、姉妹も揃って頷いた。

 かつてのファーヴナールとの死闘では、ベルグレッテがミアの術を増幅して放つ一幕があった。そしてそのベルグレッテも、天轟闘宴において兵士の少女ユヒミエから増幅の支援を受け、水の大剣グラム・リジルの能力を底上げし、あの『黒鬼』を斬ることに成功している。


「てか、ダイゴスも使えるよな。あれもそうだろ。天轟闘宴の時の……」

雷舞抛擲らいぶほうてきじゃな」


 流護自身、彼の補佐を受けて、ただの投石を必中必殺の飛び道具へと昇華させ『黒鬼』の鎌を撃ち割った。レフェでは現在、その一撃が『神の槍』と呼ばれ語り草になっていると聞く。

 そしてダイゴスは流護との勝者決定戦において、自身の四肢にその雷舞抛擲らいぶほうてきを施すことで神速の右拳を打ち放った。結果、流護は躱すこともできず見事に直撃をもらいダウンを喫している。

 それほど広く普及しており、使用法も多岐に渡り、また極めれば強力な技術。


「ふうむ。増幅にしても、人に対し効果の薄い術を実用できる域まで高めているとは……」


 関心した風なクレアリアが唸るように、使い手の多い術であるがゆえその効果のほども使う者によって大きく左右される。

 シロミエールは、間違いなく優れた部類に属する使い手だ。流護も改めて再認識する。


「つーかさ……人間相手にも効くんであれば、このルールにはガチで相性いいよな……。相手眠らせて、それで十秒経てば勝ち確だろ? 普通にやべーぞ」


 となれば、あちらが迷わずシロミエールを出してきたのも頷ける。

 事前詠唱禁止、向かい合って用意スタート、という試合ならではの形式もその有利さを後押ししている。

 何でもありの実戦と違い、逃げも隠れもできない場所で行われる神詠術オラクルの応酬。不意打ちを受ける心配がない。シロミエールはその高い技量で相手の攻撃を正面から捌き、あとは有無を言わさず意識を落とす術を放つだけでいい。その一手は、今回の試合形式ならほとんど一撃必殺の『即死技』となるのだ。


「で、でも、レノーレは起きたよ!」


 ミアが鼻息を噴出すると、ベルグレッテが顎下に指を添えた。


「当たりが浅かったのよ。レノーレが膝をつく直前、あの子に接近してたシロミエールさんが飛び退く場面があったでしょ? あのとき、より深く踏み込まれていたら……」


 ふむ、とクレアリアが追従する。


「シロミエール殿がやたらと接近を試みたのはそのためですか。特殊な睡眠術といえど例に漏れず、対象との距離が近ければ近いほど効果を発揮する訳ですね」


 つまり零距離ならおそらく、ほぼ確定で相手を即座に眠らせることができる――。

 レノーレも実際にその身で受けて気付いた。だから、再開後にすぐさま大きく間合いを離したのだ。

 周囲からも生徒たちの考察の声が聞こえてきた。


「そうか、なるほど……近づけば最大限の効果を発揮できるんだな、あちらさんの眠りの術は……」

「だからあんなに強引に突っ込んでたのか」


 他の生徒たちもさすがは詠術士メイジの卵、すぐにロジックの理解に至ったらしい。


(シロミエールさんが自分から近づいたのは二回……それも、二回目の方が間合いは遠かったけど)


 おそらく一回目は、レノーレの優れた反応速度に面食らった。

 しかし二回目にて、それらを考慮したうえで睡眠の術の行使を試みた。補正の速さ、状況の見極めも見事と評するべきだろう。


(近づけば眠らせられる……か)


 だがそれは翻せば――


『あーっと、ここでレノーレ選手も詠唱が終わったか、反撃の氷嵐を一閃!

 シロミエール選手、飛びずさることで躱しましたが、やや反応が遅れたか! 大きく態勢を崩します!』


 開始直後に比べて、シロミエールの動きが明らかに鈍っている。自らに増幅を施した反作用によって、早くも消耗してきているのだ。加えて、ひとつの術を強化するという役割上、必然的に手数も減る。

 といえどシロミエールも巧みで、火の粉を撒き散らす術にて対抗している。が、それだけではレノーレを倒すどころか攻勢を阻むことも難しい。こうした『解放』系統の術の規模や威力では、明らかにレノーレが上回っている。


「盛り返してきてるな。ああなると、もうレノーレには近づけんと思うが」

「……そうね。私も幾度となく模擬戦で経験したから身に染みて理解しているわ。一度ひとたび風雪を纏ったあの子に近づくのは、本当に骨が折れるのよね……」


 ベルグレッテが目を細めてしみじみ言うと、試合場を見つめる彩花が呆と呟いた。


「……すご……きれいだなぁ……。レノーレさん、なんか雪の妖精みたいだね……」


 雪の妖精(スノーフェアリー)。バダルノイス人は往々にしてそう形容されることがあるそうだが、現代日本で育んだ感性を持つ少女も図らず同じ印象を抱いたらしい。

 舞い散る氷粉、そこへ反射し輝く光の煌めき。CGによるエフェクト加工などではなく、実際の現象としてそれが起きている。目を奪われるのも無理はない。


 鋭い一矢は直後だった。

 渦巻く吹雪が隠れ蓑となり、横殴りに飛んだ小さな氷弾のひとつがシロミエールの右肩を直撃。


「っ、かは……!」


 たまらず長躯を折った彼女は、被弾箇所を押さえつつ後退しその場に膝をついた。


「シロミエール、打倒ダウンッ!」

『こ、これは! 範囲の広いレノーレ選手の術によって、シロミエール選手たまらず被弾――!』


 割れんばかりの歓声が爆発する。


「やったあ! いやでもうーん! シロミエールさん痛そう! 大丈夫かな!? フクザツだよ!」


 親友のレノーレが巻き返して嬉しい反面、親睦も深まったシロミエールが心配らしいミアは感情がバグってあたふたしている。


「大したことはありませんよ。シロミエール殿、油断ならぬやり手ですね。直撃を避けたうえ、『あえて持ち堪えなかった』」


 クレアリアが目を光らせると、ベルグレッテも無言で顎を上下させた。


「ああ、わざとダウンしたってことか」


 戦況から察した流護が要約するなり、聞いていたミアと彩花が揃って目を丸める。


「え? わざとって!?」

「どういうこと!?」


 すぐにベルグレッテが補足を入れた。


「わざと、と言うと聞こえが悪いけど……そうね。シロミエールさんが痛撃を受けたことは間違いない。でも、あの一撃ならば倒れず耐え忍ぶこともできなくはなかったはず」

「でも倒れたよ!」


 ミアの主張に同意しつつ、流護は試合場を見下ろした。


「そーだな。倒れたから……倒れれば、試合が一旦止まるんだ――」


 これが実戦なら、被弾の辛苦に耐えつつ追撃を凌がなければならない危険な状況。膝などついている暇はない。だが――


「四!」


 階下の舞台袖では、ドーワ判定員が野太い声でカウントを刻んでいる。シロミエールはまだ立ち上がらない。肩を押さえつつも、落ち着き払って呼吸を整えているように見える。

 そんな様子を目にし、彩花がハッとした。


「そっか……。倒れればダウンになってカウントが始まるから、それ以上攻撃されない……」


 続けて、流護もしみじみと口にする。


「たった八、九秒だけど、休めるしな。これが案外バカにできん。試合の流れも止まるし、何よりみんな詠術士メイジだからな……その間に詠唱できる。ついでに言や、この模擬戦って時間内にケリつかないと引き分けだからな。何回ダウンしても、それでポイント取られて判定負けになる訳じゃない」

「で、でもそれだと、ちょっと攻撃されたらわざとダウンして休むー、みたいなこともできちゃわない?」


 そんな彩花の疑問には少女騎士が口を開く。


「そこは判定員の裁定に委ねられるわね。手痛い攻撃を受けたわけでもないのにあからさまに倒れるようなことを繰り返せば、さすがに遅延行為と見なされて警告を受けるでしょうし……」

「少なくとも今回は、正当な打倒ダウンとして判断されたということじゃの」


 ダイゴスがそう締め括った。

 喝采を渦巻かせる観客席、議論を交える流護たちをよそに、当の選手二人は静かなものだ。

 レノーレは相も変わらず無表情で待ち、そしてシロミエールも焦ることなくカウントを八まで聞いて身構え直した。


「続行!」

『さあ再開です! ……しかし両者、すぐには動きません! 目まぐるしい動からの、息が止まるような静! 互いに様子を探るかのように向かい合う!』


 一定の遠い間合いを保ったまま、双方動きはなし。

 じりじりと過ぎ去る時間。対峙するは大人しげな少女二人。

 しかしその様は、一刀の下に斬って捨てることを期する侍同士の立ち合いのようだ。


「き、緊張感っ」


 固唾を飲んでも見守る彩花だが、流護は予見する。


「まあ、これぞ詠術士メイジ同士の闘いってやつよ。っても、こっから優位なのはレノーレだ。シロミエールさんはやり過ごしたつっても今のダメージあるし、何より眠りの術効かせるには近づかんきゃならん訳で」


 レノーレもそうした点にはとっくに気付いている。となればみすみすそれを許すはずもない。


「…………」

「どうかしたか、ベル子さん」


 何か言いたげな彼女の横顔に問う。


「眠りの術の増幅、試合の規則を最大限に利用した立ち回り……。シスが自信を持ってシロミエールさんを送り出したのも頷けるけど、果たして……」


 これで終わりなのか。このまま何事もなくレノーレが巻き返して勝利を掴むのか。果たして、そんなにすんなりと上手くいくのか。少女騎士はそう懸念している。

 人には効果が薄いはずの睡眠術を最大限に増幅して放つ。ノックダウンのルールを逆手に取って休む。

 確かに、シロミエールの戦術には予想以上の巧妙さが光る。


 だが、それらはレノーレが巻き起こす吹雪に呑まれて消える程度のものなのか。

 この二つ名持ちのコミュ症長身美少女詠術士(メイジ)は、対戦相手の確認すらせずに宛がわれている。それはつまり、相手がクレアリアだろうとレノーレだろうと、そしてベルグレッテだろうと、誰が来ても勝てるだけの公算があったということなのではないか。

 であれば、格上の術者にただ押し切られてしまうとは――


 動いたのは炎を携えし長身の少女だった。

 燃える菱。大きさはピンポン球ほど、総数は二十ほどにも及ぶか、鋭角な火礫の群れが中空に出現するや否や、レノーレに向かって一挙殺到する。

 そのレノーレは吹雪を顕現、迫り来たそれらを余さず薙ぎ払う。

 火と氷の相殺が蒸気を生み出し、試合場をにわかな霞で彩っていく。そう認識する間にも、放つシロミエール、迎撃するレノーレの構図で飛び道具の応酬が重ねられていく。


『互角の凌ぎ合い――! 炎と氷が生み出す蒸気によって、試合場が少しずつ白靄に飲まれていく――っ!』


 エフィの通信が反響する間にも、両者の撃ち合いによる白の余波が試合場を包み込む。


「み、見えづらくなってきたぞっ」


 最前列の生徒の幾人かが、身を乗り出すようにして試合場を覗き込んだ。そうした様子を眺めつつ流護は眉をひそめた。


「……なあ。これ、シロミエールさんが仕掛けてはいるけど……」


 誰かに明確な反応を求めた訳ではない。ふと口を突いて出ただけだ。その不可解さが気になって。

 即ち、『この火弾の乱射に何の意味があるのか』。

 こんなことを繰り返しても、レノーレには捌かれて届かず、ダメージを与えられない。

 ならば、その意図は。


「ウワー! もくもくで、もう何も見えなくなってきたよ!」


 そんなミアの言葉尻に被せて、クレアリアが呟く。


「目的はやはり目眩しですか。シロミエール殿は時間を稼ぎたいようですね」


 いよいよ煙幕に閉ざされようとしているこの視界。やがて、双方ともに互いの位置も認知できなくなる。

 つまり攻撃を仕掛け、命中させることが難しくなる。

 であれば、時間稼ぎを狙っている可能性が高い。そして詠術士メイジが時間を欲する理由など、たったひとつしかない。


『おおーっと、ここで訪れる水を打ったような静けさ! 攻撃術の衝突音が鳴り止みました……!』


 気付けば、眼下の試合場は局所的に発生した霧によってこんもりと覆われていた。選手二人の姿すらまるで確認できない。この状況で攻撃を続けるなら手当たり次第に術を乱射するしかないが、その気配はない。


「攻撃が止まった……ってことは、やっぱ目的は時間稼ぎか」


 時間を費やしての詠唱。

 即ち、大技の準備。


「霧やば……。これ、審判の人からも見えてなさそう……」

「だろうな。ってことは何でもアリの反則も仕掛け放題なんだけど、そもそもお互い何も見えねーだろうし」


 彩花の囁きに応じる流護に対し、クレアリアが平坦な目を寄越してくる。


「仮にそれが可能だったとて、あの二人はそんなことしませんよ。エドヴィンたちじゃないんですから」


 まあそうなのだろう。

 そしてこの白霧は神詠術オラクルの副産物。術の衝突が起きていない以上、すぐに立ち消える。


「霧が晴れた瞬間、何が飛び出すのか。注視しておくべきじゃろうの」


「ニィ……」と、ダイゴスがいつもの笑みを滲ませた。

 観客席の生徒らも、その時が勝負の分かれ目となることを解しているのだろう。見逃すまいとするかのように、ただ静かに……緊張した面持ちで、霧に包まれた試合場へと視線を注ぐ。






「…………」


 一面の白に塗り潰された世界。

 瞬間的な蒸気によって生まれたその淡い空間は、粉雪渦巻く故郷の冬を彷彿させた。

 しかし、芯から身が凍えるそれとは異なる。今この場に漂う霧は、心地よい温さを振り撒いていた。

 そんな中、レノーレは集中を高めていく。


(何も見えない)


 視線を落とすも、自らの手元すら視認できない。ただ濃密な白がたゆたうだけだ。ただ、手のひらにじっとりとした汗が浮かんでいることは自覚できる。


「……」


 シロミエールが撒いた炎菱の雨。打ち消されようともお構いなしに乱射したその意図は、この煙幕を張ることに他ならない。

 むしろ、迎撃相殺されることを目的としたものだ。

 そうして発生した靄を隠れ蓑に接近してくるつもりかとも考えたが、ここまで視界が悪くては彼女自身とて何も見えないだろう。


(眠りの術は……増幅したうえで近づかないと、効果を発揮できない)


 あの瞬間は本当に驚いた。

 文字通り、唐突に意識が断絶した。

 執拗に接近を試みてきたことが不可解だったが、その答えはそれ。

 二度目の接近では直前にシロミエールが退いたことで術の効果が薄れたため助かったが、より深く踏み込まれていたら……あと一秒でも長く仕掛けられていたなら、十秒以内に復帰することはできなかったろう。


(……そうなると……)


 遠からず晴れるこの霧の中、彼女は何を備えているのか。

 ただの火術なら通すつもりはない。増幅をかけていようが関係ない。こちらも存分な詠唱時間を確保できる。


「…………、」


 それはつまり。全身全霊の一撃を放てるということ。

 このまま霧が晴れた後、互いに渾身の術を撃ち合う。己が最も信を置く、存分な詠唱の果てに放つ最大の一手を。

 温かい靄の中で、集中を高める。

 じっとりとした手汗やらが少し不快だが、詠唱を阻害するほどでは――


(――――、温かい……手汗が滲むぐらい……。最大の、一手……。)


 その推測に至れたのは、積み重ねてきた実戦から得た感覚によるものか。

 レノーレは咄嗟に覚悟を決め、その『痛み』を受け入れ、そ し   て

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