672. 切り込み隊長
『学院生の皆さん、こんにちは! 本対抗戦の広域通信を務めさせていただきます、宮廷詠術士のエフィ・ステートです! 本日は過去に例のない、国の垣根を越えた東西の学院同士の対抗戦ということで! そんな初の試みの解説を僭越ながら務めさせていただきます! 私もかつてはリズインティ学院を卒業した身ではありますが、本日は公平に務めさせていだだきますので、よろしくお願いいたします!』
観覧席の最下段にして最前列、東西でミディール学院とリズインティ学院の陣営に分かたれたその境界線となる中央部の席にて。
長い茶髪の活発そうな女性が、満面の笑顔ではきはきとした声を響かせた。
「あのお姉さん、初日のレヴィンさんの闘技場の時も解説してた人だね」
「宮廷詠術士だったんだね!」
歓声の中で彩花とミアがそんな会話をする間にも、そのエフィが聞き取りやすい声音で通信を続ける。
『そして本日は、特別な方々にお越しいただいております! まず、我が国の最高大臣にしてリズインティ学院特別顧問も務められるトネド・ルグド・ローヴィレタリア猊下! 本日はよろしくお願いいたします!』
『ホッホ。紹介に与りました、トネドでございます。過去になき、国を跨いだ学院生同士の対抗戦となりますが……史上初の試みとなるこの催しが二度三度と続き、今後の両国における永続的な架け橋となる。そんな行事となってゆくことを期待しております。本日は、最初の観客の一人として存分に楽しませていただきますぞ、ホッホ』
いつもの、『基面僧正』の名に恥じぬ完璧な表情。
(なーんか怖いんだよな、あの人の笑顔……ウラがありそうってか……)
どうも表面的というか、対外的に感じてしまう流護である。
『そしてもうお一方! バルクフォルト騎士団は総隊長、「白夜の騎士」ことレヴィン・レイフィー……わ、すんごい歓声!』
思わず耳を塞いだエフィの言葉が示す通り、爆発的な嬌声が巻き起こった。主にミディール学院の女子生徒たちを中心として。
「きゃあああぁぁレヴィン様ああああぁ!」
「あっ、お手を振ってくださったわ! 私に!」
「違うわ、私によ!」
「はぁ!? 私でしょ!? やんのか!?」
「あぁーん!? なら、その手を振れないように砕いてやろうか!」
「チッ、うっせーな女子ぃ! なんも聞こえねーよ!」
女子たちの荒々しい骨肉の争い、男子たちのやっかみも平常運転である。
『皆さんこんにちは! レヴィン・レイフィールドです。ミディール学院の皆様とは、三週間ほど前の夜以来となりますね。先のお二人のお言葉をなぞる形となってしまいますが、初めてとなる試み……その場に立ち会わせていただけることを光栄に思います。微力ながら、解説などを務めさせていただく所存ですので、よろしくお願いいたします』
挨拶の締めとともに、またしても巻き起こる黄色い声援。
見ればやはり、ミディール女子だけでなくリズインティ学院の女生徒たちも、彼に向けて熱い視線を注いでいるようだ。
「やっぱレヴィンさんって、向こうの学院でも人気なんだねー」
「そーだな」
予想通りといった彩花に相槌を打つ。
こちらの『白夜の騎士』の笑顔も対外的……なものかもしれないが、今や流護も知っている。この大陸随一の高名なイケメン騎士は、度が過ぎるほどのお人好しなのだと。
少なくともその表情、感情に偽りはない。
今回、初のイベントということもあり、自発的に顔を出しにきたのだろう。忙しい合間を縫って。
『そしてこちら、両学院の長たるお二方にもお越しいただいております。ミディール学院から、ナスタディオ学院長。そしてリズインティ学院からは、アンドリアン学長。本日はよろしくお願いします! いかがでしょう、お二方! この対抗戦、ずばり! 勝るのはどちらでしょうか!?』
『はーいナスタディオです! あんたたち、結果にこだわらない模擬戦だからって負けたら許さないわよ! アタシに恥かかせないようにね! ってコトで、アタシはミディール学院の学院長ですので! ここは、我が学院の勝利を予想しておきましょう! はい、アンドリアン学長からもどうぞ!』
『えー、アンドリアンでございます。あー、本日は大変お日柄も良く、絶好の模擬戦日和となりまして……それも今回は、一昔前の闘技場形式の規則ということでして。あー、決闘とは古来、ただ争うだけでない、様々な意味合いを持つ儀式のひとつでもありますな。えー、事の起こりは五百年前……』
『ちょっとちょっとアンドリアン学長~。お話が長いわよ~』
『おっと、これは失礼いたした。あー、そうですな、では私も……オホン。我らがリズインティ学院の諸君……健闘を祈る!』
それぞれの責任者が己の学院へとエールを送り、場を拍手が包み込む。
そんな中、前席のクレアリアがやや驚いた風に隣の姉へ目配せした。
「おや。たった今気がつきましたが……エルメラリア夫人がお越しになっていますよ」
「あら。本当ね」
ガーティルード姉妹の会話に釣られて目をやると、リズインティ学院側の観覧席――教員らが座る最前列の一角に、やたらと目立つな格好をした四十代ほどの女性が腰掛けていた。
髪の毛は斜塔みたいに盛り盛りで巻き上げられ、黒を基調としたドレスの襟元や袖口がキラキラと光を発している。よくよく見てみれば、宝石が散りばめられていてそれが反射しているらしい。まさに上流貴族という言葉をそのまま体現した豪奢な出で立ちである。
「こらまた派手っ派手な人だな。初めて見るけど……先生じゃないよな。ベル子たちの知り合いか?」
流護が姉妹の間に首を突っ込む形で尋ねると、姉が振り返って応じた。
「ええ。エルメラリア・ミシュ・ローヴィレタリア夫人。ローヴィレタリア卿の奥様、つまりリムちゃんのお母様よ」
「ローヴィレタリア卿の付き添いでいらっしゃったんでしょう」
こちらを横目にクレアリアがそう言い添える。
「はー、そうなんか。母親と娘で似てはないんだな……むしろ真逆っつうか」
例えばベルグレッテとクレアリアは、二人とも母親ことフォルティナリアの面影がある。
エルメラリアとリムについては、外見はもちろん性格も正反対そうな感じだ。
「他にも、ちらほらと見覚えのない大人の方々がいらっしゃいますね」
クレアリアの言葉を受け改めてリズインティ陣営の座席を眺めてみると、隅っこのほうに幾人か年齢も疎らそうな成人男性らが座っていた。いずれの人物も礼服をしっかりと着込んでおり、身分の高さが窺える。
「初の試みだからか、王城関係者のかたが見物にいらっしゃってるみたいね」
それだけ、修学旅行及びこのような催しが前例のない出来事ということなのだろう。果たして、これらがスタンダードとなる未来はやってくるのだろうか。
ベルグレッテが答えた直後、エフィの広域通信が場内に響き渡った。
『ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました! それではこれより、ミディール学院とリズインティ学院による対抗戦を開催いたします!』
その宣言を皮切りとして、生徒らによる爆発的な喝采が巻き起こる。軽く座席が震撼するほどだった。
「わ! すご、すご……」
相も変わらず未だノリについていけない彩花が、首を竦めてキョロキョロと周囲を見渡した。立ち上がる者、手を叩く者、雄叫びを上げる者と様々である。
流護も苦笑で応じた。
「基本的に陽の集団なんよ」
フランクで血気盛んで感受性豊かで愛国心が強い。そんな彼らにとって、今回みたいな催しは自らが出場せずとも大いに盛り上がれる娯楽となるのだ。
『では皆さんそれとなくご存じとは思いますが、まずは本対抗戦における規則を説明いたします! 両学院は模擬戦を行う任意の五名を選出。選ばれた方々は、初戦となる第一試合から最終戦となる第五試合まで、それぞれ一対一の模擬戦形式にて勝負していただきます! その結果、先に三勝した陣営が勝利となります! なお、最終戦までの間に三勝にて勝敗がついたとしても、五戦全ての試合を行うものとします!』
白黒つけることが目的ではない。あくまで試合を行い、観戦することそのものを楽しむ行事なのだ。
『一試合における制限時間は十分、時間内に決着がつかなかった場合は引き分けといたします! 相手方の攻撃によって直立の体勢が崩れた場合……即ち足の裏以外の部分を床についた場合は打倒と見なし、十秒の計測を始めます! この間に立ち上がることができなければ敗北となりますので、ご注意ください。ちなみにこの十秒間、追撃は禁止です。判定員による再開が宣告されるまで、攻撃は許可されません。この十秒も、試合時間の十分の中に含まれるものとします』
「相手方の攻撃で……って強調するよね。ってことは、自分から床に手とか膝とかをついたりした場合はセーフってこと?」
不思議そうな彩花に対し、流護は「ああ」と応じる。
「神詠術には、地面に手をついて発動するようなのもあるからな。飽くまで、攻撃食らって倒れたり手とか膝ついたりしたらダメってこった。まあその辺りの判断って割とむずくて、地球の格闘技でもよく物議醸したりすんだけど。これはもう、こっちの世界でも同じで審判の判断次第だろうな」
足を滑らせただけのスリップなのか、攻撃が効いての明確なダウンなのか。
目まぐるしい攻防の最中、状況によってはこれを正確に見極めることも難しい。そこを逆手に取って、本当はダメージを受けて倒れたにもかかわらず滑ったふりでやり過ごしたりするのもひとつの技術ではある。
流護たちがそんな話をする間にも、エフィによるルール説明が粛々と進められていく。
出場できるのは一人一回。
選手はそれぞれ、舞台の両端に立った状態から試合を開始する。
盤面の外に出て芝生を踏んだ時点で、場外落下となり即刻負け。
開始合図の前に詠唱を済ませておくことは禁止。
戦闘を続けられない場合は無理せず降参を宣告すること(つまりギブアップ)。
武器の持ち込みは当然禁止。
詠唱の間を稼ぐための格闘戦は許可されているが、目や喉などの急所を狙った攻撃はもちろん厳禁。
以上の規則を逸脱する行為があった場合は警告となり、二度の警告を受けた者はその時点で反則負け。あまりに重度の違反が認められた場合は、警告なしで即刻負け。
その他、基本的な判断は審判に一任される。
『そしてその審判には、公式闘技会を裁いて二十年! 現役時代のヴォルカティウス皇帝陛下の試合をも幾度となく取り仕切った経歴を持つ、ドーワ・リルベルト判定員を迎えております! 帝都生まれ帝都育ち、生粋のバルクフォルト国民ではありますが、偏りのない公平な判定には定評があります!』
エフィの紹介を受けて解説席の端に座っていた大柄な人物が立ち上がり、腰を折って頭を下げる。厳しい顔つきをした、禿頭でやや小太りな中年男性だった。
「わ、強そう……」
「格闘技あるある、選手より審判の方がゴツい」
彩花の感想に、格闘技少年は苦笑で頷いておく。どうやらファンタジー世界でも通用する法則だったらしい。
『説明は以上となります! ではこれより、第一試合を行います! さぁ、両学院の切り込み隊長はお決まりでしょうか!? 三分の制限時間を設けますので、初戦を闘う選手はそれまでに試合場へお越しください!』
待ちに待った瞬間の訪れに爆発する歓声の中、いつもの冷静さを保ったクレアリアが周囲の仲間たちを窺った。
「さて、始まりましたが……どうしましょうか、姉様」
「そうね……」
ベルグレッテも顎下に指を添えて考え込む。沈思する彼女の内面は流護にも推し量ることができた。
日本で表現するところの先鋒戦である。
まずは勝ち、勢いに乗って次へ繋げたい場面。ここを勝ってリードするか、負けて追う立場となるかでは心持ちにも差が生まれる。
それはこの異世界においても同じようで、クレアリアが神妙に続けた。
「まず一勝、確実に取りたいですね。私が行っても構いませんが……レノーレはどう思います?」
「……クレアなら、誰が相手でも心配はないと思う。……でも、最初に強すぎる札を切って、後半に巻き返されることは避けたい」
「うむ。クレアが出たとして、向こうがどう判断するかじゃな。いっそ初戦を捨て、戦力を温存してくる可能性もある」
ダイゴスが唸る。
クレアリアの出場を確認し、あえて勝てそうもない相手を宛がう。当然負けるが、分かっていてわざと勝てない選手を出したのでメイン戦力に影響はない。一方、クレアリアの出番はそこで終わり。次戦以降で彼女に頼ることはできなくなる。
そんな仮定には、当のクレアリアが眉をひそめた。
「互いの存亡が懸かった果たし合いじゃないんですから。そんな真似をすれば、この盛り上がりにも水を差すことになるでしょう」
「うむ、それもそうか。つい癖での」
「どんな癖……?」
彩花が囁く傍ら、ミアが首を伸ばしてリズインティ陣営を見やった。
「あっちは、誰が出てくるのかな!?」
その忙しない視線を追って試合場を挟んだ向こう側ことリズインティ観覧席を見やるが、まだ誰かが試合場に向かう気配はない。
こちらと同じく、システィアナたちも皆で顔を突き合わせている。やはり決めあぐねているのか、それともこちら側の出場者を見てから動くつもりか。
すでに勝負の駆け引きは始まっているのだ。
「こちらとしては、おそらく出てくるであろう要警戒人物……オルバフ殿をどうにか確実に討ち取りたいところですが。初戦で出てきたりはしませんかね」
そう語るクレアリアや実力者レノーレの勝ちをも脅かしかねない、リズインティ側の実力者ことオルバフ・ドレッグ。
対抗戦が決まって以降、皆は彼が出場することを念頭に置いて警戒している。
が、
(……オルバフさん、出ねえって話なんだよな~)
本人から直接聞いたのだ。
今回の対抗戦に関して、流護は一応中立の立場を取るつもりでいる。ゆえに、これは誰にも話していない。
この件とて、流護がミディール学院側に肩入れするかもしれないと踏んだ彼が流した虚偽情報の可能性もなくはない。
ともあれ、互いの思惑や読み合いが複雑に交錯する一幕といえよう。
そうして皆が顔を合わせる中、溜息とともにその男が席を立つ。
「あんまウダウダ迷っててもしょーがねーだろ。決まりそーにねーなら、俺が出んぜ?」
らしい直情さ、というべきか。痺れを切らしたのは、おなじみ『狂犬』ことエドヴィン・ガウルだった。
「また貴方は、勝手に――、……」
「あ? 何だよ、クレア」
「……いえ。いつものように逸ってそんなことを言い出したのかと思いましたが、そうでもないようでしたので」
そんな彼女が言うように。面倒臭い、我慢できないといった雑な様子ではなかった。エドヴィンの表情には、戦意以上の冷静さが同居しているように見える。
「向こうの人選も分かんねー、クレアとレノーレは温存してー、残りの一人も決まってねーってんなら、とりあえず俺が出るのがいーんじゃねーか」
その言はもっともだった。
ベルグレッテは最終戦でシスティアナとの対決が実質確定している。他の人選についてはエドヴィンが語った通り。であれば、この開幕は彼こそが適任とも思える。
「どーするよ? ベル」
当人から判断を求められた少女騎士は、わずかな間の後にはっきりと首肯した。
「……そうね。じゃあお願いできるかしら、エドヴィン。みんなも異論はない?」
見渡す彼女に対し、一同は示し合わせたように頷いた。
「仕方ありませんね。負けたら承知しませんよ」
「……いいと思う。……頑張って」
「うおー! やるからには勝ってよ! エドヴィン!」
クレアリア、レノーレ、ミアそれぞれの激励を受けたミディール学院の『狂犬』は、
「オウ。そんじゃ依頼成立だな。行ってくるぜ」
その異名にそぐわぬ落ち着きぶりで、試合場へと向かって歩き出した。
(……『依頼』?)
流護が不思議に思って彼の背中を見送る間にも、級友たちの歓声が飛ぶ。
「おおー、先陣はエドヴィンか! いいねぇ、頼んだぞ!」
「ヒョーウ! 来た来たぁ! 模擬戦といえばこの男だよなぁ!?」
その盛り上がりは、『狂犬』と呼ばれる青年をよく知るがゆえ。模擬戦における彼への期待値の大きさを表している。
「まずはエドヴィン、と。ダイゴス先生はどう見る?」
「ふむ。相手次第、といったところじゃろうの。勢いに乗って押し切るか、翻弄されて空回りに終わるか。いずれにせよ、向こうもそれなりの者を選ばねばなるまい」
「やっぱそうよな」
流護も同意見だった。エドヴィンといえば攻撃的な立ち回りに特筆すべきものがあり、並の学生ではまず相手にならない。
その一方で技術面においては未熟な部分も多く、細かな調整などは苦手で、巧みな相手やそもそも術の力が強い相手には完封されてしまう懸念もある。
裏を返せば、リズインティ側がここで一勝を得るには、出し惜しみすることなくしっかりと強い選手を宛がう必要があるのだ。
(リズインティ学院の方が強力な術者は少ない……。だからって戦力の温存とか考えてるようだと、初戦を落とすことになる)
さて、そんな一筋縄ではいかない『狂犬』の出撃を受けて西の神詠術学院はどう動くか。いざお手並み拝見である。




