659. 水を得た魚
「珍妙じゃの」
旋回させた雷節棍を構え直し、ダイゴスは不敵な笑みとともに敵を見据える。
中間距離。その視線の先には、口をパクパクさせながらこちらに無機的な視線を送る二足直立の魚。
「ったく、何だぁ? このおかしな魚野郎はよ……」
両者の後方で戦況を眺めるエドヴィンが、薄気味悪そうにそんな感想を漏らした。
場所は、すぐ脇に波が押し寄せる浜辺の一角。
澄み渡る青空の下、突如として聞こえてきた誰かの悲鳴。急遽駆けつけたダイゴスだったが、そこで巨大なカエルに追われている民を発見した。数は二体。ちょうど近くにいたらしいエドヴィンも合流、それぞれ一匹ずつを駆逐。
怨魔が現れるという事態を受け、ダイゴスはエドヴィンに民の避難を指示。
どうにか非戦闘民をこの場から遠ざけた直後、眼前の怪物が海から上陸してきたのだ。
「怨魔補完書で見た顔じゃ。確か、アバンナーと云うたかの」
海に棲息する怨魔とのことで、レフェ出身のダイゴスとしては初遭遇となる。もっともそれは、レインディール人のエドヴィンとしても同じであろう。
「シッ」
砂の大地を蹴ったダイゴスが、一直線に怨魔へと肉薄。
白光瞬く棍の中央を握り、傾ける所作によって両端部で打ち据える連撃。
が、奇異なるは魚面の怪。
外見からは想像もつかぬ俊敏さで、次々と迫り来る雷の軌道を躱し続ける。虫めいた細い両脚はしかし、その魚体を支えて余りあるものらしい。陸生の四足獣と比しても何ら劣らぬ機動力を誇っている。
「!」
わずか立ち位置が離れた合間を縫って、アバンナーは先の尖った口部を大きく開く。
そこから、水の閃光とでも表現すべき一撃を射出。
紙一重で翻ったダイゴスの真横を薙いだそれは、背後の穏やかな白波を割って豪快な水柱を打ち立てた。
「ウオッ、何つー真似しやがる……!」
遥か後方で戦況を見守るエドヴィンが思わず呻いていた。
「――ふむ」
びり、と肌に感じる風圧。伝播した余波の大きさが、その威力の高さを物語っている。
それに加えて、である。
「――フゥッ」
疎らに降り注ぐ海水の小雨を浴びながら、ダイゴスは息を吐き尽くしたまま新たに吸い込むことをやめた。
とてつもない悪臭。この魚怪に近づくだけで、腐ったヘドロような空気が鼻を突く。
呼吸を一時停止し、その間に仕留め切る心持ちで再接近。
一、二と雷節棍を突き伸ばす。が、わずかに届かず。相手の軽快な横っ跳びで躱される。
(む)
踏み込みが足りていないのだ。濡れた砂に足を取られ、想定より速度が出ていない。距離も進めていない。
一方でアバンナーはこの場こそ自らの領域とでも言いたげに、湿った浜をものともせず軽快な足捌きで突撃を仕掛けてくる。
だが。敵が足場に利を得るならば、己は純粋な近接戦闘に自負を抱く。
雷棍で体当たりを弾きいなしたダイゴスは、その余勢にて得物を旋回。躱す間も与えず、棍の側面で相手を回し打つ。
接近してきた敵を迎撃する、受けから返しの攻防一体。
間合い調節に気を割く必要もない零距離。二度、三度と的確に見舞うと、アバンナーは倒れ込んで砂の上を大仰に転がった。
ちょうどそこに小さな波が押し寄せ、横になった怨魔を飲み込んで覆い隠す。
「ケッ、魚の癖に妙にすばしっこい野郎だがよ……ダイゴスの敵じゃなかったな」
エドヴィンが笑った直後、波が一斉に引いていく。
水が染み込んで色濃く染まった砂の大地が露わとなる。
「あ?」
そしてエドヴィンの困惑。
そこから、倒れたアバンナーの姿が消えていた。
影も形もなく。
返す波に攫われたか。
「――」
否。あの大きさの生物が流されるような波ではない――
引っ掛かりを覚えた直後。
距離にして十マイレ前後か。ダイゴスから見て右側の海面が突如隆起し、水飛沫とともに何かが跳躍。池で跳ねる魚のように。
そしてその魚――滞空したアバンナーは、尖った口腔から水の一閃を撃ち放つ。
「――ぬっ」
間一髪。水の光条が、ダイゴスのこめかみ付近をすんでのところでかすめていく。
「ウオッ、あの野郎――」
そんなエドヴィンの驚愕より速かった。
水飛沫を上げ波間に飛び込み姿を消したアバンナーは、今度はダイゴスの左側の湖面から出現。同じく、水の照射を見舞ってくる。
「むっ……!」
バヂッ、と線が肩口をかすめる。ダイゴスの巨体が勢いに傾ぐほどの衝撃。
巨漢が千鳥足を踏むと同時、足首ほどの高さの小さな波が押し寄せてくる。
「――」
そして、ダイゴスの細い眼は視認した。
その低い波、海水の中に、猛烈な速度で泳ぎ迫ってくる怪魚の姿を。
ざぁん、と砂地にぶつかり弾かれる白い波。
そこから低空で飛び出してきたアバンナーの噛みつきを、ダイゴスは雷節棍を砂地へ突き立てての高跳びで回避した。ガチン、とベアトラップじみた凶悪な空転音が砂浜に響く。
ダイゴスが着地する間に身体をくねらせ方向転換したアバンナーは、引いていく波に交ざってまたも海中に姿を消した。
「あ、あの野郎……ッ、何つー速さだよ!?」
エドヴィンも顎が外れそうなほど大口を開けて驚きを露わにしている。
「水を得た魚……とは、まさにこのことよの」
「呑気に言ってる場合かよ……!」
だが、間合いが離れたおかげで心置きなく息が吸える。当たり前に呼吸できることのありがたさを噛み締めながら、ダイゴスは体勢を整えた。
肩をかすめた飛沫からも異臭が漂うが、面と向かい合うより幾分かマシだ。
(さて)
なるほど、この戦法こそがアバンナーの本領らしい。
わざわざ敵の有利な環境で続ける理由もない。この波打ち際からもっと陸側へ移動し、砂浜で迎え撃つのが定石だろう。
しかし、先ほど陸の戦闘で不利を悟ったアバンナーが乗ってくるかどうか。
最も憂慮すべきは、この怨魔が撤退してしまうことだ。
目につく範囲で避難こそさせたものの、現在の浜辺にどれだけの民がいるかも分からない。
アバンナーが交戦を放棄し海中に姿を消してしまえば、確実にどこか別の場所で他の誰かが襲われる羽目になる。この危険な手合いをここで野放しにする訳にはいかない。
……とそこまで考え、またも巨漢はハッとするのだ。
(……フ)
自らには関係ない。本来、他の誰かが襲われようと。そのはずだというのに――
「!」
そんな思いを抱く間にも、視界外の海面から飛び跳ねたアバンナーが水の放射を放ってくる。これが速い。
すんでのところで翻って回避するも、いつ貫かれてもおかしくない。そして魚人はすぐさま潜り、その姿を海の青に紛れさせてしまう。
(付き合うてみるかの。あまり得意ではないが)
つまり、飛び道具の撃ち合い。
勝るのはアバンナーの水射か、己の雷撃か。
しかし、条件は五分ではない。
どこからでも丸見えな陸地に佇むダイゴスと、一瞬だけ波間から姿を覗かせる神出鬼没のアバンナー。
狙い撃つ的としてどちらが容易かなど、比較するまでもない。
水は雷を通す。アバンナー本体に的を絞らず、いると思しき位置に当たりをつけ、適当に雷撃を見舞ってみるのもひとつの手段ではある。しかしそれで仕留め切れなかった場合、厄介と感じた敵が撤退してしまう要因となりかねない。
やはり確実なのは、相手そのものに命中させ一撃で仕留めることだ。
(根比べ開始、じゃな)
息を潜め、海面から飛び出すアバンナーを待つ。
基本的には撃ち合いとなる想定だが、定期的に押し寄せてくる波にも注意だ。先のように、紛れて突撃してくる可能性もある。加えて、
「エドヴィン。気を抜くなよ」
「わーってらぁ……!」
離れた砂浜で戦況を注視しているエドヴィンだが、いきなり彼が狙われる目も否定できない。
穏やかな昼神の恵みが降り注ぐ、静かな春先の浜辺。
生まれも育ちもレフェ巫術神国のダイゴスにとっては真新しく目に鮮やかな光景だというのに、場に満ちるは致死の射線が飛び交う鉄火場の空気。
だが、それも乙で自分には似合いか。
刹那。海上で弾ける白波。
「――」
位置は右前方、目測距離は十マイレ。
「!」
しかし、ダイゴスはその細い眼をにわかに見開いた。
違う。
アバンナーではない。どうやら小魚の群れか何か。
その見極めを証明する形で、逆の左手側となる海面からアバンナーが飛び跳ねた。
(む)
わずかな遅れ。頬をかすめていく水の一閃。
頭を下に、波間へ潜っていく魚怪。
間に合わない。思った以上に姿を見せている時間が短く、わずかにでも反応が遅れると狙い撃つことができない。
二度、三度と似た展開が続く。ダイゴスの反応が追いつかず、間一髪で水の放射を辛くも避けるだけの状況が繰り返される。
「――」
手間取る要因はいくつかあった。
まず、ダイゴスが海という環境に慣れていないこと。そしてそんな状況下にて――どこから姿を現すか、どんな攻撃を仕掛けてくるか、誰が狙われるか分からない、といった選択肢に万遍なく注意を払っているため、ダイゴスといえど行動に刹那の遅延が生じてしまうこと。
なじみ見切るが先か。死が先か。
そんな局面で迎える、四度目。
足元へ寄せてくるさざ波。その中ほど、右側前方から怨魔が飛び跳ねた。
「!」
これまでと違うのは、距離が近いこと。近づいてくる波の勢いに乗りながらの一射。
至近からの一撃は当然ながら回避困難となり、翻ったダイゴスの側頭部を削る。
「ダイゴスッ!」
巨漢としては想定内。しかし、後方に控える悪友の叫びはなぜか深刻さを帯びる。その理由を示すように、思った以上に多い赤の飛沫が視界を遮った。遅れて目の脇に広がる灼熱感。衝撃に傾ぐ膝。
(む、思ったより深手か。それに)
血風の向こう。一撃を放ったアバンナーが、またも素早く波間へ着水しようとしている。機は掴めてきた。しかし損傷による体勢の崩れが大きく、反撃が間に合わない。
(あと二、三度は繰り返さねばならんか――)
吹き飛んだ。
今まさに、頭を下にして海中へ潜水しようとしていたアバンナー。その周囲から、水だけが消し飛んだ。
引き波が左右に割れる形となり、飛び込むべき水を失った怨魔は当然そのまま頭から濡れそぼった砂上に落下する。
「――」
何が起きたのか。周囲の海面にわずかささくれ立つ波紋、揃って奥側へ尾を引いて散る飛沫が、その答えを示している。
風だ。
凝縮された目に見えぬ塊が、アバンナーの潜ろうとしていた水場を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。
水面の揺れから判じてそれが飛んできた方向へ視線を投げると、離れた砂浜にいつしか現れた人影がひとつ。同じくそちらへ首を巡らせたエドヴィンが声を漏らした。
「てめぇは……!」
「ったく、波打ち際でアバンナーとやり合うなんて無謀が過ぎるぞ、あんたら……!」
エドヴィンと同じように整えられた髪型。下がりがちの目尻、左目の脇にほくろを張りつけた長身の美青年。自称リズインティ学院一の伊達男、リウチ。
「フ、礼を言う」
ダイゴスが目線を戻すと、潜水失敗したアバンナーは立ち上がり、また一時的に吹き飛ばされていた海水が寄せ集まる形で戻りつつあるところだった。
さて、この機を活かして当てられるか。
水は数瞬の後に元の状態へ戻る。でなくとも、アバンナーの敏捷性を思えば――
(伊達男には悪いが、間に合わぬか)
がきん、と甲高い音が浜に木霊した。
怨魔の魚体を支える、硬質な飛蝗じみた両脚。その真下に岩盤めいた氷の塊が出現、足を砂地へと縫いつけていた。
リウチの術によって一時的に吹き払われていた波が元の流れを取り戻す。
しかし当然、両脚を地面と固着されたアバンナーは泳ぐどころではない。下半身を波に浸したまま、身動きひとつ取れずもがく。
リウチとは反対側。そちらから、聞き慣れた静かな声が届いてきた。
「……これなら当てられる?」
普段と何ら変わりない口調で小首を傾げるレノーレへ、巨漢は笑みをもって応じる。
「フ、流石に当てよう」
光条。ダイゴスの伸ばした右腕を包み込むように、総計十二本の白く輝く閃光が出現する。
「アケローンが巫術、参之操――六王雷権現」
それらは一直線にアバンナーへと殺到、何事もなかったかのように突き抜けて水平に海面を削り、新たな波を立てながら沖合いへと消えていく。
それも一瞬の現象。
幾度目かのさざ波が何事もなかったかのようにゆっくり引いていくと、砂地に氷石の土台から伸びる二本の細い脚『だけ』が現れた。それも戻ってきた波に押し倒され、水没。いずこかへと流されていくのだろう。
「助けられた。礼を言う」
戦闘が終了したことを確認し、ダイゴスは改めてリウチとレノーレへ向き直る。
真っ先に渋面で口を開いたのは、地元の人間である前者だった。
「いやいや、凄まじい一撃は見事だったがね、大きな人よ……アバンナーと水際で交戦するなんぞ自死行為だ。『サーヴァイス』だってそんな真似はせん」
そう言ったリウチは、その目を合同学習上の相棒となるエドヴィンへ向ける。
「君も、なぜ何もせず傍観していた? 大きな人が窮地に立たされていたのは、見るからに明らかだったろうに」
しかし、悪童はその批難めいた発言を鼻で笑う。
「俺が出しゃばる必要なんざねーよ。あと二、三回同じこと繰り返してりゃ、見切ったダイゴスが仕留めてただろーからな」
「何だって?」
眉を寄せる伊達男だが、レノーレも静かに追従した。
「……ダイゴスならどうにでもしたと思うけど、来てみたらちょうど手伝えそうな場面だったので」
そんな二人の反応を受けて、リウチはやれやれと呆れたように肩を竦めた。
「そうかい。なら、終わったことだしとやかく言うまいが……」
「いや。お主のお陰で、これ以上の傷を負うことなく乗り切ることができた。かたじけない」
世辞ではない。寄せてくる波を周囲の海水ごと吹き飛ばしたリウチの一撃は、並の学生の技量を明らかに上回るものだった。これまでの合同講義の不真面目な様子から考えると、意外なほどの力を有しているといえる。
そしてそれが、潮目を変える要素となった。
そんな彼は、どこか推し量るようにダイゴスへと尋ねてくる。
「……確か君は、レフェ『十三武家』の人間なのだったな。あのレフェ最強戦士の血縁で、しかも昨年の天轟闘宴において遊撃兵殿と最後まで覇を競ったのだと……」
巨漢は偽らず飾らず受け答えた。
「その話は何の指標にもならぬ。仮に同じ条件……同じ面子で今一度武祭へ身を投じたなら、ワシは終盤まで残れんじゃろうからの」
とかく運や偶然に左右される催しだ。そしてあの時、己にこの上ない天運が舞い降りていたことはダイゴスとて重々自覚している。
例えば『黒鬼』の乱入という未曽有の事態は、言い換えればディノ・ゲイルローエンの脱落に繋がっていた。あれがなければ、勝ち残りにあと一歩の場までたどり着くことはできなかったろう。
「そうかい。なら、そういうことにしておこうか」
ふ、と笑ったリウチが一転し真剣な眼差しを海原へ向ける。
「しかし、何だってアバンナーなぞがこの浜に……。昔は弱い怨魔が迷い込んでくることもあったが、今の時代にこれはとんでもない事態だぞ」
「……あっちでは、カエルの怨魔に遭った」
レノーレが自分のやってきた方角を指差すと、エドヴィンも「おー」と相槌を打つ。
「カエルなら俺らも遭ったぜ。今の魚野郎が出てくるちっと前によ。おっさんが追っかけ回されてたから助けてやったぜ。ちょーど二匹、俺とダイゴスで片付けたがよ。なァ?」
「うむ」
「カエル……ということはラムヒーか。何が起きてる……? 魔除けに不具合が発生しているのか……?」
「お主は遭遇せんかったのか」
「ああ。まさか、するとも思わんしな……ただ、急に人の姿を見かけなくなったとは感じていた。それでようやく君らを発見したと思ったら、まさかのアバンナーと交戦中だ。目を疑ったさ」
と、首を振った伊達男は広い海原へと目を細める。
「今ここから見える範囲に増援はいないようだが……もしかすれば、シスたちの方にも現れている可能性があるな。……ラムヒーはまだしも、こちらと同じようにアバンナーが現れていたら事だぞ……」
深刻に眉根を寄せるリウチに対して、レノーレが静かに告げた。
「……ベルとリューゴがいるから大丈夫」
あまりにも当然とばかりに言うからか、伊達男は面食らったらしい。
「……、そうか。だといいが。何にせよ、兵舎に一報を入れておかねばならんな――」
「……それも大丈夫。……ここに来る前、遠くの街並みから分隊がやってくるのが見えた」
「む、そうか。すでに誰かが知らせていたんだな。ならいい」
通信術を行使する素振りを見せたリウチだったが、安堵した様子でその動作を中断した。
そしてふと思い出したように、「おっと」と手を打つ。
「一応、我が国の騎士団の名誉のために補足しておこう。先程、『サーヴァイス』ですらアバンナー相手に水際で闘うような真似はしない、と言ったが……勝てない訳ではないからな。上位四人であれば悠々と討伐するだろうし、……エーランドの奴も、その気になればやり遂げるはずだ」
「……エーランドさん」
レノーレが小首を傾げれば、そうか、とリウチは目を丸くした。
「そういえば先日の『封魔』の一件で、君はエーランドと面識があるのだったな、レノーレ嬢」
「……うん。……味方の補佐があったけど、オーグストルスを討伐していた。……私と同じ歳なのに、すごいと思う」
「……うむ……奴は、我らが『白夜の騎士』を支えていく男だからな。……いやしかしそれよりもだ、先程アバンナーを足止めした君の手腕も実に見事だった。俺の風術もそこそこのものと自負しているがね……どうだろう、もしよければ二人で術の扱い方について議論しないか? お互い詠術士として高め合う、有意義な時間になると思うのだが」
「……いえ、いいです」
「そ、そうか」
大人しげな外見に反し、あまりに即断。表情ひとつ変化なし。
取りつく島もないと判断したか、さしもの伊達男もそれ以上粘ることはなかった。
「ケッ。一人でベラベラ喋くったかと思えば、すぐ女にコナ掛けやがる。いい加減な野郎だぜ」
と、エドヴィンが蔑むような目を向ける。
リウチはというと、その視線を受け流すように肩をそびやかした。
「肩の力を抜いて楽しく気ままに生きる、というのが俺の信条なのでね。……しかしあれだ。そう言う君は、人のことを言えるほど立派に生きているのかい?」
若干の苛立ちを感じたのかもしれない。リウチが軽薄に言い放つ。
控えめな挑発に対し、エドヴィンは――ただ、大空を仰いだ。天に輝く昼神へ目を細めて。
「――あぁ。これから、そーする予定だよ」
独り言のように呟き、砂浜を歩き出す。気勢を削がれたか、リウチは拍子抜けしたみたいに両手を上向ける。
(……ふむ……?)
以前のエドヴィンであれば、ケンカを売っているのかと食ってかかったろう。
しかしこのところ、妙に落ち着いているように思える。精神的に成長したことは確かなのだろうが、それ以外に何か思うところがあるような印象。
「……?」
レノーレも同じように感じたのか、やや小首を傾げて、大股で歩いていく『狂犬』の背中を見送っていた。
そうこうしているうちに、銀色の鎧を着込んだ兵士たちの姿が砂浜に見え始めた。




