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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ
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657. ガールズ・レゾナンス

「なにあれ!? うそ、いやー! き、きもすぎる!」


 彩花が絶叫して後ずさるのも無理はないところだった。

 動揺しているのは彼女だけではない。居合わせた屈強な海の男たちも、例外なく及び腰となっていた。


「ア、アバンナーだとぉ!? 馬鹿な、どうして奴らがこんな場所に……!?」


 ただし彼らの場合は別の世界からやってきた少女とは異なり、その存在の危険性を熟知しているゆえの驚き。


 暖かな昼神の恵みが惜しみなく降り注ぐ、平常日の昼下がり。

 ベルグレッテ、マリッセラ、ミア、彩花、そして合流してきたクレアリア、システィアナ、リム、シロミエール。それ以外に数人の漁師たちがいるだけの漁港は、決して小さくない混乱に包まれていた。


 二本足で直立する魚が、二匹。

 波の合間から現れ、砂浜へと上がってきたのだ。双方の距離は、三十マイレほどはあろうか。まだこちらには気付いていないようだが――


「……な、なんで……」

「こ、ここ、この浜に、ア、アバンナーが……!?」


 立ち尽くすリムとシロミエールの反応を見ても、異常事態の度合いを察することができる。

 そんな彼女らの驚愕をよそに、砂浜を堂々闊歩する二匹の魚の佇まいは、まるで普段からこの場でそうしているかのようだ。


「な、なにあれー!?」

「……成程。直接この目で見るのは初めてですが……なかなかに奇怪ですね」


 ミアが目をまん丸にする傍ら、怨魔を見慣れているクレアリアですら、わずか口の端を引きつらせていた。

 確かに、その風体はそれだけの異彩を放っていた。

 通常の生物とは一線を画す、怨魔という存在。常識の枠に収まらないその異常性を加味してなお、当たり前とばかりに二本の足で地上を歩き回る魚は他にいない(少なくとも今のところは)。


「……たしか……海のドラウトロー、とも呼ばれていたわね」


 ベルグレッテは重々しくその渾名を口にした。

 少女騎士自身、この怪物を目の当たりにしたのは初めてだが、何とも困惑するばかりだ。

 躯体は魚そのものにもかかわらず、虫に似た細くも硬質な脚部を備えている。そしてそれらは、外見の印象に反し陸上での俊敏な移動を可能としている。

 ラムヒーに警戒しつつやってきたシスティアナたちと何事もなく合流できたかと思えば、この事態である。


(どうして、こんなに次々と怨魔が……)


「……とにかく貴女たち、念のため今のうちに詠唱しておきなさい。可能な限り、交戦は避けるわよ。気付かれる前に、隠れ――」


 そんなマリッセラの指示は即座に無駄なものと化す。

 二匹のアバンナーはこちらへと胴体を巡らすや否や、揃って一瞬停止。直後、異常なまでに速い小走りでこの漁港へと向かってきた。


「うわぁぁ気付かれたぞ! に、逃げるんだ!」

「むっ、無理だ! 分かってるだろ、あいつら人間なんかよりよっぽど速ぇんだ! こんなだだっ広い場所で見つかったら、もう間に合わねぇよ!」


 そう叫びつつも泡食って退散する漁師たちの中、逆に前へと進み出る少女が一人。


「あーもう、やるしかないっ! 腹を括れ、私――っ!」


 リズインティ学院の勝ち気な学級長クラスリーダー、システィアナ。

 危難に見舞われた瞬間にこそ、その人物の本当の顔が現れる。彼女は、『立ち向かう者』だった。おそらくは、考えるよりも先に。

 そして――この少女はきっと、一人でも抗う。例え勝機がなかったとしても、戦う力を持たぬ人々のために。

 そんな詠術士メイジに対し、少女騎士がかける言葉はひとつしかない。


「シス、付き合うわ!」

「ベル……!」


 頷きを返し、腰に下げていた黒剣を抜き放つ。


(……、)


 とはいえ――ドラウトローに比する力を持つであろう、カテゴリーBが二体。

 正直、学院生だけでは手に余る相手……どころか、全滅の憂き目も十二分にありうる。

 せめてこの場に流護やダイゴスがいたなら、一匹を完全に任せることもできたのだが――


(ううん……なら、私が! っ!?)


 勇んで黒剣を握り締めるベルグレッテだったが、早々に目を剥くこととなる。


「ひ――っ! は、速すぎ!」


 彩花の裏返った悲鳴が状況を示していた。

 駆けるアバンナーたちは漁港の階段を跳び上がり、あっという間に目と鼻の先の距離まで迫ってきた。気付かれてから十秒と経っていない。


(なら、剣で……!)


 詠唱が間に合わない。であれば、術なしの白兵戦でどうにか凌ぐしかない――


「――わたくしが時間を作るわ」


 静かな一声。そして、水の飛沫が作る煌めき。

 背中に白銀の翼を出現させたマリッセラが、一足飛びでアバンナーたちの頭上を通過。漁港施設の天井に触れぬ高さを維持し、連中の背後へと回り込む。

 二匹の怪物は、示し合わせたように振り返って注目した。そしてそのまま、彼女へ向けて一目散に突撃を開始する。


「そう、おいでなさいな! 間抜け面のお魚さんたち!」


 マリッセラはまたも白銀の翼を顕現し、中空を飛んでアバンナーとの距離を離す。アバンナーらは、馬鹿のひとつ覚えみたいに揃って彼女へ追従する。


「助かるわマリー……! アバンナーは動きのある相手に強く反応するわ! あの子がああやって引きつけてくれてる間に、みんな態勢を整えて!」


 システィアナが身構えながら声を張り、


「では皆さん、今のうちに避難を。こちらへ」

「おっ、おお」

「アヤカ殿も、私の後ろへ。ミアも」

「う、うんっ」

「わ、分かったよ!」


 クレアリアが、漁師たちや彩花、ミアを後方へと匿う。巻き添えを食わない漁港の奥へと誘導する。その動きを見守りながら、システィアナが苦い顔で呟いた。


「さて……とはいっても、相手はアバンナー……それも一匹ならまだしも、二匹……。どう立ち回ったものかしらね……。兵の到着を期待したいところだけど……」


 相手はカテゴリーB。王国の一般兵でも、三人一組での対応が必須とされるほどの脅威。ミディール学院と似た規則を設けていれば、おそらくリズインティ学院生の交戦は禁止されている。

 だがもちろん、そんなことを言っている場合ではない。ラムヒーの件で一報を入れてからしばらく経つが、兵士が来るまでには今しばらくの時間がかかるだろう。


「……シス。私が一匹を受け持つわ。その間にみんなで、もう一匹の討伐をお願い」

「……ベル。こんな時に、冗談は言いっこなしよ。いくらあなたでも、一人でどうにかなる相手じゃ……」

「議論する時間はないわ。私を信じて、任せて」


 こうして語る間にも、アバンナーは紙一重でマリッセラに追いすがっている。


「っ、あーっ、生臭い! しつこくてよ、この魚! 貴女たち、詠唱は終わっていて!?」


 白く輝く翼で飛び回り翻弄し続ける彼女だが、恐るべきはアバンナーの走力だ。もう、いつ捕まってもおかしくない。


「お願いね、シス!」


 返事を待たず、ベルグレッテは魚人の一匹へと的を定めて突っかけた。


「……っ、もう! やられたら承知しないからね! 戦うなら、そっちの砂浜で! 波打ち際は絶対にだめ! やつらは水場だとより厄介になるから! 約束! みんな、一匹をベルが引きつける! その間に、もう一匹を全力速攻で仕留めるわよ! 行ける!?」

「っ、……」

「そ、そんな……、い、いえ、分かりましたっ」


 無謀と言いたいのだろう。しかし、作戦を練る余裕すらない。惑い、迷いは死に繋がる。リムとシロミエールも覚悟を決めたか、もう一匹の怪物へと照準を絞る。


 水弾の直撃を受けたアバンナーの片割れが、何事もなかったかのようにベルグレッテへと向き直った。

 そして同じ瞬間に火弾を食らったもう一匹が、やはり平然とシスティアナへ顔を巡らせる。


 そして二体の怪物は、それぞれ正反対の方角へ。自分に攻撃を仕掛けてきた相手に向かって疾走を開始する。ありがたいことに、連携を組むという考えはないらしい。


「っ」


 ベルグレッテは猛然と突っ込んできたアバンナーの体当たりをすんでのところで回避。勢い余った魚人は、漁港の柵を突き破って砂浜へと転落していく。段差の高さは一マイレもない程度。残念だが、それで痛打は期待できない。


(でも、まずはよし……っ)


 システィアナの助言によれば、水際での戦闘は危険とのこと。そもそも魚の怨魔だ。海辺でより高い能力を発揮するであろうことは、容易に想像がつく。とりあえずは、どうにか砂浜の奥側へと誘導できた。

 ベルグレッテはすぐさま、転落していった怨魔を追って自らも下方へと身を躍らせる。


「ベル、どうにか持ち堪えて! すぐに手助けに行くから!」


 すぐ上から、システィアナの声のみが届く。


「任せて!」


 声を張って少女騎士が応じると、転落して砂まみれになったアバンナーが跳ね起き、こちらへと無感情な瞳を向けてくるところだった。


(さて……!)


 ひとまず、分断は成功。

 あとは、自分たちが生き残れるか否か。

 平和な昼下がりの漁港は一転、緊張渦巻く鉄火場へと変貌した。






「……っ!」


 システィアナは否が応にも自覚する。己が今、引きつった笑みを浮かべていることを。


(速……~~っ)


 粘性の光沢を帯びた、一切の表情が存在しない魚面。鈍重な印象を受ける外見に反し、陸に上がれば獣にも引けを取らない躍動的な身のこなしを発揮する。

 妙にちぐはぐなそれら性質が、見る者の怖気を誘う。そしてその悪寒が全身を駆け巡るより、アバンナーの接近のほうが速かった。


「っ!」


 まずは防御だ。迷ういとますらない。

 決断の瞬間にも目と鼻の先まで迫ってきた怨魔――、その動きが急激に減じた。路傍の石にでも躓いたみたいに、虫に似たその細い両脚を傾がせる。


「いっ、今です!」


 声の主はシロミエール。横合いからアバンナーに向かい、両手をかざして叫んでいた。


「助かるわ、シロ……! ほんっと頼りになる……っ!」


 これぞ彼女が得意とする技能。

 属性は炎。生み出す熱を心地よい暖気へと変換し、対象を眠りへといざなう。

 アバンナーは急激な睡魔に襲われ、その動きと思考を鈍らされたのだ。


「――ふっ」


 大きく二歩分、後方へ飛びずさったシスティアナは左腕を振ってその手のひらに弓を顕現。そして右手には灼熱に輝く矢を創出。


燐焔宝弓シンティエラルクス……! 行けぇっ!」


 着地と同時に片膝立ちとなりながら、渾身の一射を撃ち放った。

 しかし、驚くべきは怨魔。

 ふらつきながらも、紙一重で赤熱の直線を回避。厳密にはかすめたようで、アバンナーの横っ面からわずかな血飛沫が舞う。


 しかし、これがよくなかった。

 痛みが眠気を凌駕したか、元の俊敏さを取り戻したアバンナーがシャカシャカと横移動。その挙動は、まさしくうたた寝から覚醒しハッとしているかのよう。

 そして遠間から、システィアナを真正面に見据えてくる。尖った口腔が、かすかに開いて――

 それこそ何か思う間もなく、システィアナは全力で防御術を展開した。


 直後、衝撃。

 そんな経験などありはしないが、きっと馬車に撥ねられたらこんな感じなのでは、と思うほどの。


「がっ――……、く、あぁっ!」


 踏ん張りきれず後方に倒れ込んだシスティアナは、二転三転と大きく吹き飛ばされた。

 がしゃ、がらんと何かを弾き飛ばす反響。積んであった桶やら箱やらに突っ込んだらしい。

 誰かが名前を叫ぶ声が聞こえたが、とにかく「大丈夫!」とだけ声を張った。自分でも本当にそうなのか分からないまま。


(いっ、…………たぁ〜〜……っ……!)


 背中の激痛に息が止まりそうだ。

 視認すらできなかったが、何が起きたのかは分かる。

 アバンナーの最も危険な攻撃手段、口から放たれる水の掃射だ。

 この海沿いの国に暮らす詠術士メイジ候補生として知っていたし、かつて実際に目の当たりにしたこともあった。

 それゆえ、どうにか反応できた。


(し、死ぬかと……思った、けどね……)


 実際に受けたのはさすがに初めてだったが。防御術で受けてなお、身体ごと弾き飛ばされる威力。

 漁港の冷たい石床に這いつくばりながら、何とか顔を起こす。霞む視界の中、ほうほうの体で敵の姿を探す。


「……てやっ!」


 すると、こちらに再接近しようとしていたアバンナーに対し、遠い間合いから手をかざすリムの姿があった。

 彼女の伸ばす小さく細い腕や指先からは、一見何も放たれていない。

が、怨魔は急激にビクリとその身を震わせた。表情がなくとも、困惑している様子が見て取れる。


「は、は……、いいわよリム、もっとやっちゃって……!」


 彼女が授かりし属性も、また炎。現バルクフォルト帝国の最高大臣にして『灼蛇弾正デフュライア』の二つ名を冠する詠術士メイジ、ローヴィレタリアから受け継がれたであろう才覚。しかし決してその恵みに甘んじた訳ではなく、弛まぬ努力の果てに磨き上げた能力。

 痛覚操作、と呼ばれている。

 ラムヒーに噛まれた民の傷を処置する際には、痛みを軽減するために。そして今は、システィアナがアバンナーに刻んだ微細な傷の感覚を増幅するために。


「シロ、もっとあいつにふかい傷を……!」


 普段は物静かで引っ込み思案なリムが、はっきりと力強く叫ぶ。


「は、はい!」


 同じく気弱で大人しいシロミエールが、はっきりと決行の意思を表明する。


 彼女らの最も得意とする『痛み』と『眠り』は、どうにも相性が悪い。

 激しい痛みを与えれば、眠気を吹き飛ばしてしまう。

 だが。それで崩れるほど、彼女ら二人の連係は脆くない。


「はぁっ……! 来たれ、火神クル・アトの因子たちよ……!」


 シロミエールが腕を振る所作に応えて、彼女の周囲に疎らな炎の光弾が出現する。


「行って!」


 それらは想定外の痛みに戸惑っているアバンナーに殺到、全弾命中。赤い光の群れが、魚人の表皮へと疎らに突き刺さる。

 このアバンナー、実は見た目以上に打たれ強い。粘性の体液を帯びた鱗は熟練の剣士の刃すら逸らし、神詠術オラクルの威力をも軽減する。正味な話、学院生の実力では一撃で致命傷を与えることは極めて難しい。

 ゆえに、今のシロミエールによる掃射も打倒には程遠い。どころか、アバンナーも小虫に噛まれた程度としか感じていないだろう。


 しかし、それはただの火弾ではなかった。

 小粒な火、その形状は真円ではなく菱形。尖ったそれらは、ほんのわずかに怨魔の表皮に突き刺さっていた。小虫に噛まれた程度。されど、それで充分。

 時間にして、数秒後。

 それこそ陸揚げされた魚のように、アバンナーがのたうち回った。


「やや、やりましたリムさん! 効いてますよ!」


 小虫に噛まれた程度の感覚は、獰猛な蜂に刺された以上のものに変じているはず。

 魚人は倒れ込んでその身を躍らせ、苦悶に身をよじる。

 むしろそうした様相こそが、地上にその身を置いた水棲生物としての正しい姿にも思えた。


 ――だが。それでもやはりその『魚』は、怨魔と呼ばれる枠組みに属す存在だった。

 痛みに狂う怪魚の口腔から、水の掃射が放たれる。それも、システィアナに照準を定めて放たれた先ほどの一撃とは違う。

 身悶えしながら噴射されたその水閃は、不規則に波打って漁港の天井や柱へ直撃した。

 整然と並べられていた木箱が吹き飛び、桶が散乱する。


「あっぶ……!」


 まだ寝転がったままのシスティアナは、どうにか防御術を展開し万一の被弾を避けようと試みる。


「ひゃあぁっ!?」

「きゃっ……!」


 危うく直撃を受けそうになったシロミエールとリムが、身を屈めながら物陰へと転がり込んだ。

 そしてそれら咄嗟の行動は、術の制御を手放してしまったことを意味していた。


 自らを苛んでいた激痛が消えたことに気付いたか、アバンナーが跳ね起きる。

 そして、怨魔なる存在は時に想像以上の賢さを発揮する。

 持ち直した魚人はその身体を巡らし、柱の陰から覗くリムにその無機的な視線を合わせた。

 直後、地上の獣も顔負けの速度で床を蹴る。

 認識、理解したのだ。リムこそが、自分に激痛を与える切っ掛けとなった存在だと。


「――――っ」


 あまりにも速い。

 秒を三つ数える間もなく、駆けた怨魔は小さな少女へと肉薄。尖った口腔が上下に開かれ、残酷な処刑器具にも似た牙の群れが閃く――


「リムっ――!」


 名を叫んでも状況は好転しない。しかし未だ立ち上がれず、痛みから次の詠唱を完遂できていないシスティアナにできることは、それしかなかった。


 ――吹き上がる水柱。

 否、それはどちらかといえば壁と表現するほうが正しい。

 突如として屹立した透明の壁に阻まれたアバンナーは、盛大に後方へとその身をのけ反らせて後退した。


「ご無事ですか」


 噛みつかれる寸前だったリムと怨魔の間に割って入った人物が――水を纏いし藍色の騎士が、平然と言葉を紡ぐ。


「クレアリア、さま……!」


 漁師や彩花らを安全な位置まで退避させた彼女が、敢然と参戦した。

 たどたどしいリムの呼びかけに頼もしい笑顔を返した騎士見習いの少女は、素早く右手を振って水弾を掃射。それらがアバンナーの表皮――正確には疎らに穿たれた傷口へと命中。


「リム殿! 今です!」

「っ、は、はいっ!」


 クレアリアの指示に応じ、リムが痛覚操作を発動。

 アバンナーはまたもビクンとその身を痙攣させる。そしてやはり、それがリムの仕業によるものだと理解し、彼女へ攻撃を仕掛けるべく接近しようとする。だが。


「貴様のような異形を近づけるとでも?」


 激突、反発。

 間に入ったクレアリアが、完全自律防御によりそれを許さない。


「というより、近づくな。鼻が曲がりそうです」


 まさしく身を挺して盾そのものとなり、背後のリムには指一本触れさせない。

 そして。

 アバンナーとクレアリア。睨み合う両者の脇に、白光の放物線が舞い降りる。


「――凌いだわね。褒めて差し上げてよ」


 輝かしいばかりの白銀の翼を背負ったマリッセラが、文字通り降臨。

 着地するなり、手にした光の槍を閃かせる。

 ともすれば雷や光属性と見紛うほどの煌めきを放つその長柄は、しかし間違いなく水のみで構成された代物だ。超高速で躍動する水流が真白の飛沫を放ち続け、舞い散るそれらに光が反射している。

 アバンナーが口腔から射出する水の一閃――それをも凌駕する高速の一突きが、身を翻そうとした怨魔の胴体を斜め下から貫く。


「うおー! やったあああぁぁ!」


 遠く、避難場所とした作業台の陰から聞こえてくるミアの喝采。

 機動力と攻撃力に特化したマリッセラの一撃は、すでに練達の宮廷詠術士(メイジ)と比べても遜色のない域へ達している。

 さしものアバンナーも反応できず、血流を散らしながら大きくその身を傾がせた。だが、惜しい。すんでのところで致命傷には至っていない。

 直後、マリッセラはこの機を逃さず追撃――ではなく、大きく飛びずさって後退。紙一重の差で、猛り狂ったアバンナーの振り回した尻尾がその場を空転する。


(さすがね、マリー……!)


 迂闊に追撃を仕掛けていれば、この反撃をもろに受けていただろう。

 あれほどの一撃を当てているにもかかわらず深追いしない。激しく荒ぶる水を携えながらも、その思考は一片の波風すら立たない静かな水面のごとし。

 つい後先を考えず熱くなってしまうシスティアナとしては見習わなければならない部分だ。


「ま、まだ倒れないのっ!?」


 そんな攻防の合間、ミアの隣で観戦する彩花の悲痛な声が響く。


 彼女が叫ぶのも無理はない。いざ対峙して心底実感する、厄介極まる打たれ強さ。

 だが。

 そのアバンナーがガクンと膝をつく。

 クレアリアの背後から手をかざす少女が二人。追加で火の菱を放ち怨魔の表皮にわずかな傷をまぶすシロミエールと、その傷の感覚を増幅するリム。今しがたのマリッセラの一撃もあり、効果は絶大だ。

 吼えたアバンナーが片膝立ちになりながらも、その尖った口腔をガパリと開く。

 水流の放射が来る。

 察したクレアリアが、表情を引き締めて両脚を踏ん張った。果たして矢面に立つ彼女の完全自律防御は、あれを完璧に防ぎ切れるのか否か。


 ――だが。

 もう、そんな検証をする必要もない。


「そろそろ……私も交ぜなさいよっ!」


 跳ね起きて片膝立ちとなったシスティアナは、今一度左手に煌々と輝く弓を創出。右手に生み出した紅蓮の炎矢をつがえ、怨魔へと狙いを定める。

 無駄に寝そべっていた訳ではない。奮闘してくれた皆のおかげで、全力の一撃を放てるだけの詠唱が完了している。


「――我が手に来たれ紅蓮の一矢! 燐焔宝弓シンティエラルクス、最大出力! いっ……けええぇ――――っ!」


 全身全霊。ありったけの魂心力プラルナを注ぎ込んだシスティアナ渾身の一射が、紅の光条となってアバンナーへと肉薄。


 しかし恐るべきは、人知を超える怨魔の反応速度か。

 迫る赤光にすぐさま気付いたアバンナーは、クレアリアたちに放つつもりでいた口腔からの水の照射をこちらへと向けて吐出。


 中空で激突する朱と白の直線、奇しくも似たような軌道を描く一撃同士。

 轟音が狭い漁港内に鳴り渡り、その大音声に場の全員が思わず顔をしかめる。

 明滅する水と火の正面衝突、拮抗は刹那。


 水閃を霧散させ突き抜けた炎の軌跡が、そのままアバンナーの口部に命中。一直線に魚体を貫き、尻尾から飛び出して虚空の彼方へと飛び去っていく。


 遅まいて口と尻から白煙を噴き上げた怨魔は、数秒の後に力なく崩れて横倒しとなった。

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― 新着の感想 ―
「凡戦」の前話との落差よ 触るのきもかっただけっていう
そうだよね…普通このくらい苦戦するんだよね…
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