653. 海洋ファンタジア
「ウワー! すごいすごい! やっぱり水しか見えなーい!」
馬車で帝都内を西進すること小一時間ほど。車両から降りた一行は、見渡す限りの水平線が望める砂浜へとやってきた。
遠目の桟橋には小型の漁船らしきものが停まっており、浜辺を散策している市民らの姿もちらほらと垣間見える。
「あれなに!? なんか塔みたいのがある!」
「えっ!? あ、すーっ……あ、あれは、灯台です……」
興奮しきりなミアの隣にいたためか、いきなり袖を掴まれたシロミエールがおどおどしながら受け答える。
「とうだい! ってなに!?」
「あ、え、灯台というのはですね、ええと、海に出た船の、目印となるもので……」
二人のやり取りを微笑ましげに眺めながら、システィアナがぐぐっと身体を伸ばした。
「んー……まだ少し肌寒いけど、やっぱり潮風は気持ちいいわ……」
ちなみに、いつも彼女の肩に留まっている白フクロウのオレオールは今この場にいない。そうして時折気まぐれにどこかへ飛んでいくことがあるそうで、それもいずれしっかり戻ってくるのだとか。厳密には彼女が飼っている訳ではないのだそうだ。不思議な間柄である。
遥かな水平線を眺めながら、勝ち気な少女は隣に並んだエドヴィンへと話を振る。
「どうかしら? 近くで見る海は」
「……何つーかな……ホントによ、とんでもねーデカさだな……。……ところでよ、風がある訳でもねーのに何で水があんなに波打ってんだ?」
「深い海の底で、水竜ヴィルベィルとその眷属が活動することによって生まれる衝撃――その余波だと云われているわ。深潭の神々……その偉大な力の一端がここまで及んでいるというわけね」
ごく普通の穏やかな波打ち際を眺めて。不思議そうなエドヴィンに対し、リズインティ学院の委員長はどこか誇らしげに語った。
(この世界だとそんな風に解釈されてんのな)
話に耳を傾けつつ、流護は遥かな水平線に目を細めた。
「……なんかさ。海はおんなじだね。私らが知ってるのと」
隣で同じく目を薄めている彩花が、少し寂しげな声でしみじみと呟く。
「……ああ。海も、よくよく見てみれば雲も、空も。そこだけ切り取ってみりゃ、何も変わらん」
流護も茶化したりするでもなく、素直な気持ちを口にした。両手の親指と人差し指を組み合わせて作った四角、その枠内に風景を収めてみたりしながら。
そうして故郷との共通点を見つけると、何だか郷愁に駆られる……。
「リム殿は、海にはよく来るのですか?」
「……たまに、です」
「……初めて見る海はどう、ダイゴス」
「うむ。ただ水場が広がっているだけではない……力強さと広大さ……得も言われぬ厳粛な雰囲気を感じるの」
「さあ、海よ! どう、ベルグレッテ!?」
「うん。久しぶりに見たけど、やっぱり圧倒されるわね……」
皆もそれぞれ海原に視線を固定しながら、思い思いの会話に興じている。
一人だけ、海ではなく周囲の景観に目をやったリウチが、少しがっかりしたような面持ちで頭を掻いた。
「自分から誘っておいて何だが、やはりまだ海を楽しむには早い時期なのよな。もう少し暑くなれば、海辺で涼もうとやってきた女性たちの薄着姿が拝めるんだが……おっと」
何やら邪なことを呟いた彼は、遠目に何かを発見したらしい。
その視線を追うと、少し離れた岸辺の桟橋に小船が停泊しており、そこで作業をしているらしき人影がちらほらと見える。
「漁師っすかね」
「ああ。しかも、どうやら見知った顔だ。せっかくだ、挨拶でもしてくるとするか」
流護の問いかけに頷いたリウチが、砂地を踏んでそちらへと移動を開始した。
砂浜にどっしりと座して海を眺めるダイゴス、隣で仁王立ちするエドヴィン、波打ち際におっかなびっくり近づいては楽しげに叫ぶミア、それに付き合うレノーレやシロミエール。ガーティルード姉妹も海辺を散歩し、リムやマリッセラがそれに随伴している。
すでに皆、それぞれ思い思いに行動を開始していた。歩き出したリウチの後を何となしに流護が追うと、彩花もついてくる。
「魚とか分けてもらえないっすかね?」
「あんた食べることばっかじゃん……」
こちらの接近に気付いた一人の壮年男性が、リウチの顔を見て笑みを零す。
「おっ? ガンドショール坊ちゃん!」
停泊している船から降りて、浅黒い腕を掲げてきた。
「わ……」
その相手の姿を目の当たりにして、彩花が少し怯えたように息をのむ。
無理もない。注目すべきは、その出で立ち。見るからに厳つい、日焼けした壮年男。ラフな半袖から覗く腕はもちろん、頬や額にも刺青をびっしりと入れている。
よくよく見れば、その場で作業している男たち全員が、細部こそ異なるもののそうした文様を素肌に刻んでいた。腕や胸の一部などに伝統的な入れ墨を施す民は少なくないが、こうまで派手な彩りは珍しい。どことなく威圧的にも見え、彩花が萎縮してしまうのも仕方ないところだろう。
(……海賊?)
流護としても真っ先にそう思ってしまった。
そんな彼らの容姿も当たり前のことなのか見慣れているのか、リウチは流護たちに接するのと変わらない様子で男に声をかける。
「ようラッヅのおやっさん、今戻ってきたところかい?」
「へえ! 仰るとおりでさぁ」
本格的な漁船ではないのだろう。積まれた樽や桶には、様々な形をした貝や海藻などが詰め込まれている。船体も小さい。浅瀬でこれらを収穫するのが役割のようだ。
「お、大漁じゃないか」
「へっへ、お陰様で……。ところで、そちらはお友達ですかい」
「ああ。友人だ」
視線を向けられ、恐縮したような彩花と一緒に「どうも」と頭を下げておく。しかしやはり、流護としては気になるのが――
「おっ、何だいボウズ。俺の顔に何かついてるかい」
何かついているも何も、
「いや、すげー刺青だなと……身体中にびっしりで……」
「ひーっ、流護!」
真っ青になる彩花とは対照的、ラッヅなる男はかっかっと豪快に笑った。
「おう、俺らのナリが珍しいか」
「まあ、そんなにガッツリ派手に模様入れてる人ってあんまり見たことないんで……」
(やめて! 言っちゃだめ! 絶対怖い人だって! 非合法! 密漁! 暴力! 裏金!)
(いやお前も大概失礼だろ……)
震え声で服を引っ張って囁いてくる彩花へ小声で返す合間に、応答したのはリウチだった。
「ああ、余所の国はどうだか知らんが……バルクフォルトの漁師ってのは、おおよそ皆こんなナリだぞ。このおやっさんも一見すれば賊と見分けがつかんかもしれんが、こう見えて魚捕りを生業とする真っ当な人間だ」
「ちょっとちょっと、ひでぇですよ坊ちゃん!」
抗議しつつ、ラッヅは気を悪くした風もなく笑った。リウチが一転、真面目な表情で口を開く。
「漁師ってのも過酷な仕事だ。海に出りゃ、何かと危険な目に遭う。もう少し船の安全性が高まればいいんだがね、漁業との兼ね合いを考えるとそれも難しい。年間通して、少なくない数の漁師が海で命を落とすんだ」
ラッヅが気難しい顔で頷く。
「海の天気ってのぁ急に変わるでな。さっきまで晴れてたと思ったらイキナリ大荒れ、高波に振り回されるなんてのもザラだ。俺らも、目の前で海に放り出されちまった奴を何人も見てきたよ」
「沖合いで死んだ者も、不思議と導かれるように波に乗って海岸へ流れつくことがあるが……水場で死んだ人間の末路は悲惨なものだ。変わり果て、性別や年齢すら判別できなくなっていることも珍しくない」
リウチが詩を詠むように補足した。
水死体というものは、見るも無残な状態となることが多いと聞く。彩花も想像してしまったのか、うつむきがちに押し黙る。
しかしそんな凄惨な死と隣り合わせであるはずの海の男は、歯を見せてサムズアップした。
「だから俺らは、こうしてカラダに刺青を入れてんのよ。この模様がありゃぁ、どんなひでぇナリになっちまってもどうにか見分けはつくからよ!」
つまりは、自らを証明する印。死して誰もが目を背けたくなるような姿となってしまっても、あるべき場所へ戻れるように……。
凄絶な理由を聞かされ、彩花がバツの悪そうな顔となった。
「そう……だったんですね。す、すみません……」
「? 何を謝ってんでぇ」
「にしても、そんなに危ないもんなんすか? 海って」
流護が質問すると、漁師はお手上げとでも言いたげに手のひらを上向けた。
「ああ、そりゃぁな。魚だけに気ぃ取られてたら、海から飛び出してきた怨魔にブスッとやられちまう。隙を見せたら連中に殺られるのは、陸と同じよ」
「あっ……そっか、海にも怨魔がいるのか……」
失念していた。人類にとって相容れぬ、絶対の敵性存在。
人の管理が及ばない大海原など、まさしく多種多様なあの怪物たちが跋扈する魔境でしかないはず。
でなくとも、地球に比べて技術の発展していないこの世界では、海洋などはまさに未知の領域だろう。このどこまでも広がる異世界の水面下に、果たしてどんな存在が潜んでいるのか……。
「船に魔除けを施して航行しちゃぁいるんだがね。引き揚げた網に魚と一緒に小型の怨魔が掛かってやがることもあるし、空から飛行型の奴が襲ってくることもある。逃げも隠れもできん海の上だ、片時も油断ならねえ。こっちも腕の立つ用心棒を雇って船に乗せはするんだが、海に出る度に命懸けさ」
「なるほど……道そのものに魔除けを処置したりできる陸とは違いそうっすもんね」
流護が感想を述べると、リウチが「一応、対策してない訳ではないんだがね」と親指で浅瀬の一方向を指し示した。桟橋から推定数十メートルほどの沖合い――その波間で、派手な黄色をしたバスケットボールのような球体がプカプカと漂っている。目を凝らせば同じものが一定範囲に渡って複数個、等間隔で設置されているらしかった。似たようなものは、普通に日本の海でも見かけた覚えがある。いわゆる浮標だ。
「あれは基本的には船の目印なんだが、ついでに魔除けも施術してある。とはいえ、この広大な海にあんなものをばら撒くにも限度があるしな。しかも、昔はあれが逆効果になってしまうことも多かったんだ。ちょっとした隙間から偶然内側へ入り込んできた怨魔が、あのせいで逆に外へ出られなくなって浅瀬をうろついたりしてな。最近はほぼないと聞くが、絶対ではない。それに何となく想像はつくと思うが……デカい個体ともなれば、あんな程度の魔除けなんぞ意にも介さない」
「全くもって、坊ちゃんの言う通りなんさ」
「色々課題が多そうっすね。そういや海の怨魔ってのは、どんな感じのがいるんすか?」
純粋な疑問から尋ねると、リウチは「そうだな」と腕を組んで傍らの大海原に目をやった。ここからでは垣間見えぬ、しかしその異形たちが確実に潜んでいるであろう紺碧の水面へと。
「まず代表的なのは、ミュークテルスだな。カテゴリーはDで大きさは三十から四十センタルほどだが、外見がそのまま魚で数も多いから厄介だ」
ラッヅが苦い顔で後を続ける。
「さっきも言ったがよ、よーく普通の魚と交じって網に掛かってきやがるんだ、コイツが。まぁ所詮は魚型だからな、船の上に揚げちまえば俺らでもどうにかなるが……獰猛で大暴れしやがるから、鬱陶しいったらねぇ。んでもせめて身が旨けりゃ構わねぇんだが、カタくてマズくて食えたもんじゃねぇと来た。何で怨魔ってのは、揃いも揃って腹の足しにすらならんのかねぇ」
「漁師泣かせといえば、まず思い浮かぶのは奴らよな」
「坊ちゃんの言う通りでさ。満杯になった網引き上げて、おーし大漁! と思ったら大半が奴らだった時の脱力感ったらねぇよ」
いわゆるハズレ枠ということか。
引き続きリウチが思い出すように唸る。
「あとはこの辺りだとラムヒーか。カテゴリーはC、ミュークテルスより一回り大きく、尻尾の残った蛙みたいな外見をしている。浅瀬を生息域にしていて、この帝都を出た南北の海岸沿いなんかは広くこいつの縄張りになっている。魔除けが上手く処置できていなかった頃は、この浜に現れたこともあったって話だ」
「そうなんよ。このクソガエルがいやがるから、俺らは傭兵を雇って船に乗せなきゃならんのよ。ミュークテルスと違って、陸でも当たり前のように行動できるからなコイツは。船に這い上がってくることもあるんだ」
「はー、なるほど」
つい海岸線を見やるが、もちろんそんな巨大ガエルの姿はない。浜辺を散歩している民もいるのだから、そのような怪物が現れれば大事だ。
「ひーっ、海にもカエルがいるなんていやすぎる。しかも、そんなおっきいの……」
引き気味になった彩花が、若干海から距離を取るように縮こまった。
「そして、この近海で遭遇する可能性のある相手の中でおよそ最悪なのがアバンナーだ。七十センタル前後の長い魚の胴体に脚が二本生えていて直立歩行する、通称『魚人』。カテゴリーはB、『海のドラウトロー』とも呼ばれるな。速い、強い、生臭いの三重苦で、水場はもちろん、陸上でも手に負えない、近づきたくもない相手だ。というより、学院生は交戦を禁じられている」
「海のドラウトロー、すか……」
その異名だけで、さぞ厄介な相手であろうことが容易に想像できる。
そもそもカテゴリーBという時点で、すでに一般兵では太刀打ちできない難敵。学院生が闘うことを禁じられているのは当然の処置といえる。
「うわわわ、そんなのリアルでいるんだ……想像しただけでもきもすぎる……」
おそらく彩花は、いかにも『海のモンスター』といった半魚人のような怪物を思い浮かべたのだろう。そしてきっと、そのイメージはさほど間違っていない。
「幸い、アバンナーの野郎は船に上がり込んでくるこたぁねぇから……そこだけは救いかね。もし、何かの間違いで船に入られたら……まぁ、そらもう仕方ねぇよ」
ラッヅは溜息交じりに首を振った。その諦念は、抗いようのない自然災害に対するそれと同様のレベルで割り切られているように思えた。
「あとは眉唾ものの話となるが……この海域に伝わる『朧島嶼』の噂とかな」
「まぁた坊ちゃん、そんな胡散臭い話をなさってぇ」
「なんすかそれ?」
ニヤリと笑うリウチに問うと、代返するように漁師ラッヅが厳めしい顔つきで水平線へと目を向けた。
「俺らがガキの頃の話だがね……。遥か沖合い……北西の海で、とある漁船がそれまで確認されてなかった複数の小島を見つけたなんて話があってな。目撃証言を元に、国が調査団をその海域へと送ったんさ」
この近海の島は概ね調査済みでバルクフォルトの国土となっていたため、新しい島の発見に当時は世間も沸いたらしい。
リウチがヒラリと手のひらを上向ける。
「だが、よくよく考えてみればおかしな話なのさ。ここ百年もの時間を掛けて、我が国は近隣の海やカーティルリッジ方面に関しての航路を開拓し切っている。少しばかり北に外れた位置とはいえ、今さらそんな場所に新しい群島が見つかるなんてのはいささか妙だったんだ」
「はあ……」
「いざその海域にたどり着いた調査団だったが、何も見つけられなかったそうだ。そこには、群島どころか小島の一つも存在してはいなかった」
「場所を間違えてる、とかじゃなくてですか?」
「ああ。疑わしい海域を隈なく探索した調査団だったが、結局何も見つけることはできなかった。だが……」
「だが?」
「数年後のある日、またも沖に出ていた漁船が群島を発見した。先の目撃証言があった海域とは、全く別の場所でな。それまで、島なんて確実になかったはずの場所で」
「えぇ……どういうことなんすか」
「情報が少ないゆえ詳しい調査がされた訳でもなかったが、学者団の結論はこうだ。それらは――島に擬態した何らかの生物である、と」
だから移動する。あったはずの場所から消え、なかったはずの場所に現れる。
「ちなみに目撃した漁師らの話によれば、小島の大きさは一つにつき六十から八十マイレ前後。実際に上陸した訳ではないようだが……岩場や樹木も見えていたらしい。間違いなく、『島』にしか見えなかったと。それが十数も密集していたというんだな」
「……いや島にしては小さいかもだけど、生き物だったらデカすぎっしょ。しかも、木が生えてるとか……」
現在の地球上で一番大きいとされるクジラの体長が確か三十メートル前後だったはず。その倍を優に超える巨体が十数頭も集まり、しかも島を装っているという絵面はあまりにも常軌を逸している。
が、リウチが楽しそうに目を輝かせた。
「ふ、デカさでいえばもっと上が存在するぞ。通称『深淵の奏者』。我が国は海での危険を少しでも減らすため、定期的に沖で海洋調査を実施していてね。魔除けで囲んだ比較的安全な領域を作り、そこに縄で結んだ機械を沈めるんだが」
その中には記録晶石などを始めとした様々な物品が満載され、一定期間を過ぎた後に引き揚げられるという。
そうして蔵されていた器具の状態を海に投入する前と比較することで、海中の環境を推し量ろうとする試みだ。
例えば記録晶石であれば、海中の物音を記録できる。
「でな、ある記録晶石には『歌』が記録されていた。もちろん、人のそれとは違う。何らかの生物の発した声と思われるが……これがやたらと高低差に富んでいて、まるで歌っているように聞こえるということでそう名付けられたんだな」
「へー」
「わ、ちょっとすてき。歌ってことは……人魚とか……!?」
乙女を装っている彩花ではないが、何だかちょっとロマンのある話だな――などと流護も思った矢先だった。
「問題は、その『歌手』の正体だな。結論からいえば、未だにその声の主は分かっていない。だが、調査の結果判明したことがある。歌の主は遥か北海からこの声を響かせていて、おそらくその距離は推定七千キーキル。そしてこれが生物の発する声であるなら、その者の体長は六百マイレを超えるだろうと」
「……は?」
確か、日本列島の長さが三千キロに満たない程度だったはず。七千キーキルとなれば、その倍を優に超える。
そして、それほど遠くから声を発する何者か――その身体の大きさが、推定六百メートル……。
「…………」
「…………」
思わず、無言ですぐそばの大海に目を向ける。彩花も一緒に。そこには、快晴の下で煌めいて穏やかな波を立てる青碧が存在するのみだ。その奥底に、人知を超えた巨大な何かが蠢いているのか。
無論、この異世界における文明レベルを思えば、海洋調査の技術もそこまで信頼性の高いものではないだろう。しかし異世界だからこそ、人知を超えたような怪物が潜んでいても何ら不思議はない。何しろ、空飛ぶドラゴンが実在する環境なのだ。
「一説によれば、その『深淵の奏者』こそが水竜ヴィルベィルなのではないか、なんて話もあるな。当然ながら、本当のところは誰にも分からんがね」
と、リウチはなぜだか満足そうに締め括った。
つまり海は海で、陸地の危険地帯にも劣らぬ魔境ということだ。
「…………海、こわいね……」
呆然と呟かれた彩花の感想が、端的に全てを要約していた。