652. 初夏の誘い
翌日。
すっかりおなじみとなった、両校の生徒が集う大広間で。
「ようっ。海に行かないか?」
自称リズインティ学院一の伊達男ことリウチ・ミルダ・ガンドショールが爽やかに提案してきたのは、講義が始まる前。朝一番のことだった。
「海、ですか……?」
唐突な提案に面食らうミディール学院のいつもの顔ぶれを代表するみたいに、ベルグレッテがその言葉をなぞる。
「ああ。今日の講義は午前で終わりなことだしな。天気にも恵まれてるし、午後から皆で浜辺にでも繰り出してみないかと思ったんだ。レインディールではできない体験だろう?」
「ええ、まあ……」
「ちょっとリウチ! また突拍子もないことを言い出して!」
すぐさま、リズインティ側の委員長ことシスティアナが飛んでくる。
「いいじゃないかシス。海といえば我が国自慢の特色だ。この機に見ておいてもらうのも悪くないだろう」
「それは……でも、みんなにも都合があるでしょ」
「うーん、海を近くで見られるの? ちょっと興味あるかも……」
好奇心旺盛なミアがぽつりと呟く。となると、真っ先に呼応する人物が一人。
「海かぁ。そっか、ミアちゃんは一回も行ったことないんだもんね」
ミアに対しては全肯定マシーンと化す彩花である。
「うん! 来る途中、馬車から見たのが初めてだよ〜」
「そっかそっかぁ。じゃあ行ってみたいよね! ……。……」
「急に黙って俺を見てくんのやめろ」
苦面とならざるを得ない流護である。しかし彩花の無言の圧はともかくとして、娘が行きたがっているのであればもちろん否定する理由はない。とそこで、意外な人物からの後押しが入る。
「でしたら、私もお供しますよ。土地勘のないお二人だけを行かせる訳にもいきませんので」
彩花にはなぜか妙に優しいと評判のクレアリアだった。
「レノーレもいかがです?」
「……別に構わない」
と、流れるように物静かなメガネ少女の参加も決定する。
「ベルちゃんも行くよね!?」
「そう、ね。せっかくバルクフォルトまで来たんだし、みんなで行くのもいい思い出になりそうね」
そしてミアの懇願により少女騎士の参戦が確定的になると、システィアナも観念したように唸り始めた。
「ふんむ……確かにみんなの場合、この機を逃すと次はないかもだし……」
「ええ。シスも一緒に来てくれる?」
「ん……分かったわ。そう言われたら断れないわね!」
とそこで、待ちかねたようにその少女が声を張った。
「ふん、仕方ないわねベルグレッテ! せっかくだからこのわたくしが直々に案内してあげてよ!」
「あはは。ありがとう、マリッセラ。それじゃあ、遠慮なくお願いしようかな」
「べ!? べ、別に貴女のためじゃないわ! 勘違いしないで!」
もはや支離滅裂な貴族少女である。
そうしたマリッセラの反応もベルグレッテにとっては茶飯事なようで、ごく普通に受け止めつつ視線を転じる(ちなみにミアはがるるる、と唸り声を漏らしているが)。
「あなたたちはどう?」
薄氷色の瞳が向いた先にいたのは、間近の壁際に寄りかかっていたダイゴスとエドヴィンの男子二人組だった。
「ふむ、海か。せっかくの機会じゃ、一度は訪れておくべきかの」
己に言い聞かせる風に言って、巨漢は「ニィ……」といつもの不敵な笑みを覗かせる。
「海ったって、よーはデケェ水溜まりだろ? わざわざ見に行くよーなもんかよ?」
一方で面倒そうに難色を示す『狂犬』に対し、ミアが頬を膨らませた。
「エドヴィンだって、馬車から海を見て感動してたくせに〜」
「あー? 別に感動なんざしちゃいねーよ。デカさに呆れただけでよ」
いつものようにいがみ合うハムスターと不良犬の構図。流護たちとしては見慣れた光景だが、システィアナが見かねたように「まあまあ」と間へ入った。
「間近で海を見てみれば、また違う感想が出てくるんじゃないかしら。湖とは全然違うんだから! もちろん、無理にとは言わないけどね」
エドヴィンが肩を竦める。
「イヤ、俺も別に頑として行きたくねー訳じゃねー。どーせ残っても暇だしな、まー付き合うぜ」
彼とて、わざわざ場の雰囲気を悪くしたい訳ではないだろう。意地を張るでもなく同意する。……もしかすると以前の『狂犬』ならば、周囲の空気などお構いなしに横柄に振る舞ったかもしれないが。
(やっぱエドヴィン、バダルノイスの件で変わったよな)
ちょっとだけ偉そうに感慨深くなる流護である。ミアは「結局行くんじゃん!」とプンスコしているが。
「よし! それじゃあ、講義が終わったら皆で海へ行きましょう! アリウミ遊撃兵とアヤカも大丈夫なのよね?」
「ええよ」
「うん!」
「よーし! それじゃああとは、リムとシロにも声をかけておくわね!」
「提案したのは俺なんだが、当たり前のように仕切るじゃないかシスよ」
そんな訳で、午後からは帝都西の海岸へと繰り出すことになった両学院の面々だった。