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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
3. 燦然のヘリオドール
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64. 狂喜

 赤い尾を引いた二本の火柱が、容赦も躊躇もなく焼き払う。

 ――流護の頭上、何もない空間を。


「!」


 ディノが紅玉の瞳を見開いた。

 素早くしゃがみ込んだ流護は、軽く相手の足元を蹴り払う。バランスを崩して仰向けに倒れ込むディノ。炎の柱が消失する。

 流護は大の字に倒れたディノの顔の脇で片膝をつき、素早く下段突きの姿勢を取った。


「ハッ!」


 超越者が嗤う。流護の顔面へ向かって手のひらを突き出す――その手を、流護は左手で打ち払った。

 直後、ゴバッと音を立て、見当違いの方向へと放射される炎の奔流。


「お!?」


 驚いた表情を見せるディノ。

 そこに、流護の右下段突きが唸りを伴って迫る。砲弾のような着弾で、空手家の一撃は容赦なく叩き込まれていた。

 ――地面へ。


「……!?」


 驚愕したのは流護だ。

 大地を叩いた拳。首を捻って躱したディノ。

 ――『拳を、躱された』。その意味を噛み締めるより早く、仰向けのままのディノがヒュウと口笛を吹かす。同時、その赤い瞳が流護をギンと捉え、凶悪な光を帯びた。


 危険を感じた流護は、地面を転がるようにしながら横っ飛びで間合いを取る。

 直前まで流護がいた空間を、炎の旋風とでも表現すべき紅蓮の灼熱が突き抜けていった。


 転がった反動で流護は起き上がる。同時、ディノも素早く立ち上がった。

 二人はまたも十メートルほどの間を隔てて向かい合う。


「いいねぇー、当たったらヤベェかも、なんて思う攻撃は久々だぜ。しかもソレがタダの拳ときた」


 軽口を叩き返そうかと思った流護だったが、やめた。

 ――あれが偶然なのかそうでないのか。確かめる必要がある。

 もし、偶然でないのなら。


(…………ッ)


 冷や汗が伝う。ぞわりとした感覚が背中を這い上がる。その可能性が脳内を埋め尽くす。



 ――勝てないかもしれない。



 そう、思った瞬間。ディノが心底楽しそうに語りかける。


「どうしたよ、何だぁそのツラ」

「……、あ?」

「気付いてねェのか? バカみてえにニヤケてんぜ。オメーのツラ」


 言われて、流護は初めて気付いた。

 口角が吊り上がっている。自分が笑っていることに。


「ふ、は……」


 馬鹿げている。

 この世界へ来て、初めて。同じ人間で勝てないかもしれない相手に巡り合い、昂揚している――?

 ……ここにはミアを助けに来たんだ。そんなはずはない。

 浮かんだ考えを否定する。


「……冗談。そんな戦闘キャラじゃねえし」

「ウソつくのヘタだな、オメー」


 県大会の決勝戦を思い出す。桐畑良造との試合。

 悔しかった。

 負けたことが。

 あっという間に負け、試合を楽しめなかったことが。


 いや……今まで、そんなにも楽しめたことがあっただろうか。道場でも組手すら嫌がられていたのだ。

 元は幼なじみの少女を……彩花を守るために始めた空手。しかし十年も続けてこられたのは、当然ながら楽しかったからだ。相手に恵まれないながらも。


「オレは経過より結果だ。結果として最強であるなら、戦闘は楽しめなくても別に構わねェ。当然、楽しめるに越したこたねェがな」


 けど、とディノは楽しげに嗤う。


「オメーは逆だ。結果より経過。勝敗関係なく、戦闘を楽しむタイプ。イヤ、負けるかもしれねェとなりゃ余計に燃え上がるタイプだ。最初の一撃で目が覚めたか? 動きが格段に良くなったぜ」

「るせーよ、ねえって言ってんだろハゲ」


 目前の相手を睨み据える。

 全力を尽くしても勝てないかもしれない相手。油断をすれば、一瞬にして倒されるだろう相手。県大会と同じ轍は踏まない。ミアのためにも踏めない。無心で倒すだけだ。


 ディノが前傾気味の姿勢になり、重心を低く落とす。まさしく飛びかかる寸前の獣のよう。

 流護は腕を下ろし、完全にノーガードとなった。あんな威力の術を前に、防御など意味を成さない。

 ――全てを躱せ。できないなら、死ぬだけだ。

 そう理解してなお、恐怖や緊張を上回るその感情が背筋を這い上がってくる。

 それを無視し、アウトボクサーのようなリズムを足で刻み始めた。速さのみを追求したスタイルで、被弾せずに倒しきる――。






 動いたのはディノ・ゲイルローエン。

 炎を身に纏うと同時、円周状に広がった烈風が周囲を薙ぎ払う。この世界の人間であれば吹き飛ばされてしまうほどの風だが、流護は眼前に手をかざしたのみでやり過ごす。


 その隙に、ディノは素早く両腕に炎の柱を顕現する。と同時、間合いの外から流護目がけて右の炎柱を振るった。その先端から吐き出された炎の球が、弧を描いて流護へと迫る。

 エドヴィンのスキャッターボムより少し小さい程度の球。あの技ほどの脅威は感じない。だが――

 打ち落としても問題ないはずの一撃を、しかし流護は大きく飛び退いて躱した。自らの勘に従って。

 球が地面へと着弾した瞬間、それまで流護のいた地面が圧壊し、盛大な火柱を噴き上げた。柱の高さは十メートルにも達するだろう。少年は熱気を吸い込まないよう、さらに下がる。


 凶相のディノは遠く離れた流護に対し、手にした火柱の先端を突きつけた。

 まっすぐに掃射される火線。流護が横っ飛びで避けると、赤い線は数百メートル後方の岩山へと激突した。岩山は瓦解、崩壊し、粉塵を巻き上げながら地形そのものを変える。


「シッ!」


 ディノは狂ったように腕を振り回し、炎を撒き散らした。

 荒れ狂う炎の連続掃射が大地を焼き、降り注ぐ数十の炎弾が岩盤を砕きながら、蒸気と砂礫されきを巻き上げる。まるで爆撃機の一斉掃射だ、と流護は目を細めた。そんな流護の姿は一瞬にして砂煙に呑まれてしまう。

 脅威は炎だけではない。吹き飛んだ石や岩が飛び交い、これもまた周囲を蹂躙する凶悪な砲弾と化していた。

 ただ目の前の敵を倒すのではなく、眼前の盤面ごと引っくり返し、その結果全てが倒れる。そんな暴威。

 十数秒程度ではあったが、常識の埒外にあるような嵐が過ぎ去り、静寂が訪れた。


「フウッ……フッ……、」


 もうもうと立ち込める熱気と砂煙。ディノは猛獣のような息を吐き、肩で息を整える。

 レドラックとミアは、遠く離れたところでしゃがんで頭を伏せていた。もはやほとんど、災害からの避難だった。


「解説してくれるギャラリーもいねえから自分で言うけどさ」


 風が吹く。土煙が払われる。

 現われたのは、炎と爆撃でボコボコに変形した大地。砂埃にまみれて、そこかしこにかすり傷を負ってはいるが、平然と佇む流護の姿。ディノが目を見開く。


「俺は……攻撃が当たらなくなるらしいぜ? 不思議だな? ちなみにいきなり飛んできた岩が一番怖かったぞ。お前、今度から岩使いな」


 嘲るような流護の声に、ディノは哄笑で答える。凄絶な凶笑を響かせながら、流護へ向かって駆け寄った。

 振り下ろされる二本の巨大な炎の牙。しかしそれは、派手に地面を叩き割るのみ。


(これも二回目、見せすぎなんだよ)


 流護は素早く身体を翻し――踏み込み――ディノの顔面へ、丁寧すぎるほど正確な動作で、右拳を繰り出した。

 豪快に打ち抜く拳ではない。速さ重視のリードブローに近い。

 ディノがその身にかすかな炎を纏っているため、隙間を縫うような――拳を瞬時に手元へと引き戻す、ボクサーのジャブのような素早い一撃。


「!」


 見開かれる超越者の瞳。

 びしゃ、という快音と共に、ディノの顔がかすかに弾けた。鼻から、口から、赤い鮮血が噴き出す。奇しくも、この男の象徴である炎を思わせるような赤。撃ち終わると同時、流護は反撃を警戒して後ろへと大きく下がった。

 反撃はない。ディノはかすかによろめき、喚び出していた炎柱、纏っていた炎の揺らぎが消える。


「……、ぶ……ッ」


(……こいつ……やっぱり)


 倒れない。後方に仰け反りながらも、『ペンタ』は持ちこたえる。

 今の一撃。ディノの攻撃を完全に読んだうえでの一撃。しかし鮮血こそ舞ったものの、直撃ではなかった。この男は明らかに、かすかに首を傾けて流護の拳を躱す素振りを見せていた。

 口と鼻から血を流しながら、流護を睨みつけるディノ。その口元には獰猛な笑み。迂闊にも、燃え盛る炎に油を注いでしまったかのような危うさを感じさせる。


「ッッラァ!」


 ディノが腕を振るい、無詠唱で生み出した炎の槍を飛ばす。それも槍と表現していいのか定かではない。全長十メートル近くはありそうな炎の直線が、空気をきながら迫る。

 流護は素早く身体を翻し、至近距離のこれを避けた。

 続く、二撃、三撃。

 爆音を伴って繰り出される炎の神詠術オラクルを、流護は確実に躱す。躱しながら間を詰めていく。

 拳の間合いに入った流護が左拳を放とうとする刹那、


「ッシイッェ!」


 ディノは大きく後ろに飛びずさり、滞空しながらバスケットボール大ほどもある炎球を右手に生み出して投げつけた。


「――っ、ぐっ!」


 凄まじい勢いで飛んできた炎球は、かすかな弧を描いて流護の頬をかすめ、百メートルほど後方にあった大木へ命中する。木は爆発炎上し、周囲の闇を明るく照らし出す巨大な松明と化した。

 流護はお返しとばかりに足元の石を掬い上げ、未だ滞空している敵へ投げつけた。空中にいるディノは、これを避けられない。

 爆発音と同時、ディノの眼前に炎の渦が現われ、石を瞬時にして弾き飛ばす。火の玉となった石は流星みたいに明後日の方向へと飛んでいき、中途で消滅した。

 着地した炎の男は、口元を笑みの形に歪めながらも殺気立った視線を流護へと向ける。


「あー? ついに神詠術オラクルでも使ったかと思ったら、何だ今のはよ。石?」

「投石ってのは立派な攻撃手段なんだぜ? ドラウトローなんかの頭も吹っ飛ばすし」

「ドラウトロー……? って何だっけか……ああ、あの小猿か。オイオイ、あんな虫みてぇなザコとオレを同列で考えてんのか? そりゃねェだろオイ」


 何度目か。十メートルほど――しかし互いに刹那で仕掛けられる間合いの中、二匹の獣が睨み合う。


 獣は二匹とも、嗤っていた。

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