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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
15. 皓然のフロウ・ライン
626/667

626. 首脳会談

 贅沢に広い一室だった。

 おそらくは重要な会議などの際にのみ使用される部屋なのだろう、カーテンや棚、絨毯といった調度品の質が見るからに高い。


 同じく豪奢な横長のテーブルを囲んで、両国の一同が会する。

 向かい合わせに居並ぶは、見るからに品格溢れる身なりの貴人たちが六名。


 まず流護たちレインディール勢が先の謁見と同じように自己紹介を終えると(彩花は先ほどに増してガチガチだった)、ローヴィレタリア卿が自国の重鎮たちを見渡した。


「ホッホ。では、右端から順にレインディールの皆様へ自己紹介を」


 にこやかな最高大臣の言を受けて、最も右の席に座る人物がまず腰を浮かせた。

 痩せぎすの細身で、身長は二メートル前後。五十歳は超えているだろうか。伸ばした銀の髪はやや薄く頭皮が覗いており、手にしたハンカチでしきりに額や首筋を拭っている。いかにも苦労人といった雰囲気が滲み出るやつれた面持ちで、挙動もどこかせせこましいというか落ち着かない。


「ゴ、ゴホン。えー……レインディールの皆様、初めまして……。私は、オートゥス・レダ・ガンドショール。公爵として、南シェルドガード方面の領地を預かっております……。どうか、お見知り置きを……」


 外見の第一印象から想像できる通りの、気弱そうな語り口と声だった。というより、どこか覇気がないように感じられる。激務などで疲れているのだろうか。


(いや、ガンドショール……? ってことは、この人がリウチさんの親父さん……なんだよな? あと、公爵ってめちゃくちゃ偉いんじゃなかったっけ……)


 あの自信に満ち溢れた女好きの美青年が、この大人しそうな人物の息子とは。流護としては驚きを隠せない心境だった。


 遠慮がちに小さく頭を下げたオートゥス公爵が着席すると、入れ違う形でその隣の中年夫妻が二人揃って立ち上がった。

 外見年齢は四十代ほど。ともに似たような恰幅のいい体型で、男性は太い眉毛と目力強めなパッチリした二重の瞳が印象に残る丸顔。短い茶髪を後方へ撫でつけたオールバック。整髪料の量が多いのか、テカテカに濡れそぼっている。

 女性のほうも全体的にふくよかな容姿だが、やや童顔の愛らしさ漂う顔つきで、少し痩せればかなりの美女として目に留まりそうな貴婦人だった。


「ああどうも、レインディールの皆様。遠路遥々、よくぞお越しくださいました。私はクレインバース・ウェド・オードチェスター。貴族会理事長を任されております。して、こちらは家内のミカランダル・オルバ・オードチェスター。共々、よろしくお願いいたしますぞ」

「主人ともども、よろしくお願いいたしますわね」


 挨拶を終えるなり、支え合うように座る。ぴたりと寄り添うその様子は、おしどり夫婦の見本のよう。


(オードチェスター……ってことは、シロミエールさんの)


 スレンダーで高身長、モデルみたいな彼女とは対照的な両親である。まあ、必ずしも親子で似たような外見になるものでもあるまい。


 そして次に、白を基調とした神官服姿の老父が立ち上がる。

 オートゥスやオードチェスター夫妻より遥かに年上。白髪に染まった頭と顔に刻まれた皺が目立つ、七十歳前後と思われる人物だった。


「あー……皆様、お初にお目に掛かり申す。拙僧は、カジェス・オド・オブル・シェストルム。このバルクフォルトにおいて、ジェド・メティーウ神教会の支部総長を務めておりまする」


 その苗字から、今この場にいる『サーヴァイス』の若騎士エーランドの縁者だと分かる。それはさておいて、挨拶を受けたレインディール一同は若干戸惑っていた。というのも――


「父さ……支部総長。お客人は正面です」


 息子ことエーランドが、見かねたように指摘する。

 そうなのだ。カジェスは厳かに言葉を連ねながらも、相手を捜すように視線を彷徨わせていた。


「おっと、おお、うむ……これは失礼を……」

「申し訳ございません皆様。支部総長はこのところ、目を悪くしておりまして……。では、お次の方どうぞ」


 エーランドが言い添えると、その父はやや不服そうに口元をモゴモゴさせた。

 入れ代わり、いかにもインテリ然とした青年が起立する。


「皆様、お初にお目に掛かります。私は執政官を務めております、シガキンス・ヒルデアと申します。平民の生まれにごさいますが、ローヴィレタリア猊下よりこの職務を拝命いたしました。ご記憶の片隅に留め置きいただければ幸甚です」


 年の頃は二十歳ほど。ピシッとした黒ローブ姿が似合う、臙脂色の髪を七三分けに整えたメガネの男性だった。見るからに生真面目さが溢れている。有能な若手感だ。


(ステータスの割り振り、知性に全振りしてそう)


 流護が適当極まりない印象を抱く間に、最後の人物が立ち上がった。


「初めまして、レインディールの皆様。司法長官を務めるキュクレー・ミル・グロントと申します。本日はこの場に同席させていただきます」


 明るい赤髪を五分刈りに丸めた、四角メガネの中年男性だった。人懐っこそうな雰囲気で、年齢は二十代か三十代か。どちらとも思える。先のシガキンスと名乗った青年と似たような装飾の茶ローブを着込んでいた。


(……この人は平均的にステ振りしてそう。って、これであちらさんは『全員』か。やっぱ……)


 正直なところ、いきなりこれだけの人数が出てきても顔と名前が覚え切れない。もっとも、流護が把握しておく必要はないのだろうが。

 それよりも少し気になることがある少年だったが、もちろんそんな胸中など関係なしに時は進んでいく。


 まずは早速、ローヴィレタリア卿よりオルケスターについての説明が簡潔になされた。

 国家にとってすら脅威となりうる、高い技術力と武力を備えた闇の組織集団。高い秘匿性を誇り、人知れず国家の中枢へ根を伸ばす搦手も得意としている。

 傾聴していたバルクフォルトの要人らの反応はというと、


「……国家の脅威となるほどの無法者……ですか……?」


 困惑を隠せない様子のオートゥス(リウチ父)だったり、


「ははあ。話の規模が大きくて、にわかには信じがたい話ですね……」


 コメントしづらそうに角メガネの縁を触る司法長官キュクレー(ステ振り平均)だったり、


「ふぅむ。何やら高度な製造技術を有しておって? 強力げな詠術士メイジも抱えておると。とは言っても、所詮は地下組織でしょう。そのう……やや大げさに話が伝わっている、ということはございませんかな? のう、おまえ」

「ええ、あなた。なんだかゴーストロアを聞いているようだわ」


 比翼の鳥みたいに寄り添うクレインバースとミカランダルの夫妻(シロミエール両親)だったり。

 特に発言しない他の者たちからも、概ね同じような心象が見て取れる。


「……恐れながら、事実です」


 そんな補足を入れたのは、こちら側に座るレノーレだった。


「……バダルノイスは、彼らオルケスターの手によって危うく陥落させられるところでした」


 要人たちの注目を受け……むしろその視線が集まるのを待っていたかのように、続きを紡ぐ。


「……オームゾルフ祀神長ですら唆され、メルティナ・スノウですら危うく命を奪われかけています。……最悪の場合、我が国は潰えていたと愚考いたします」


 にわかなざわつきが起きる。殊更驚いて目をしばたたかせたのは、その眼力強めな小太り紳士クレインバースだった。


「バダルノイスの不穏な件については耳にしていたが……あ、あのメルティナ殿が!? して、彼女はご無事なのかね……?」

「……はい。……しかし、敵方の詠術士メイジを討ち取るには至らず……。……本人も、いたく悔やんでおりました」

「ぬぅ、あのメルティナ殿がか……」


 そう呻く紳士の隣では、ミカランダル夫人が口元を押さえている。なぜこの二人がそんなに動じるのかと訝る流護だったが、すぐに思い当たった。


(そういやシロミエールさんが子供の頃、バダルノイスでメルティナの姉ちゃんの世話になってるんだっけ)


 迷子になっていたところを助けられ、両親……つまりこのオードチェスター夫妻も大層感謝していたという話だ。

 そんな名高い北方の英雄ですら窮地に立たされた――その報告は、この夫妻のみならずバルクフォルトの要職を揺さぶるに充分なものだったのだろう。彼らの顔から、余裕の色は消えかけていた。


 やや乗り気でなかったものの、そこで一押ししておこうと流護は口を開く。


「えっと、発言いいですか。自分も、その敵と闘いました。最初は、メルティナの姉ちゃ……メルティナ殿と一緒に二人掛かりで闘ったんですけど、それでも返り討ちに遭っちゃって。もしあの時、一人で闘ってたらと思うと……あんまり考えたくはないですね」


 今再戦すれば、タイマンでもやり返す自信はある。が、ここでその個人的な負けん気は必要ない。

 ひとまず起きた事実のみを伝えると、六人の要人たちのみならずレヴィンやローヴィレタリア、エーランド、ヴォルカティウス帝もが驚きの眼差しを注いできた。特に皇帝にしてみれば、先ほど流護と拳を交えたばかりだ。遊撃兵の実力というものは肌で感じたはず。

 その相手――ミュッティ・ニベリエの特徴などを説明しつつ、


「――とまあ、そんな感じの奴が何人もいるみたいですし、オルケスターは相当な戦力を持ってるんだと思います」


 ううむ……と重い溜息が重なり合う中、「それに補足させていただきますと」とナスタディオ学院長がよく通る声を上げた。


「彼らはその技術力によって、封術道具の域を超えた危険な武器を多数生み出しています。中には人と人との力関係を容易にひっくり返しかねない、兵器と呼ぶべき域に達している代物も存在します」


 こうした説明はベルグレッテが受け負ってもよかっただろう。

 しかし、社会的立場のある大人……それも神詠術オラクル学院を預かる責任者が発したことで説得力を感じたらしく、今やバルクフォルトの中枢たちは例外なく渋面となっていた。


「つまるところ、我らにとっても決して侮ってよい手合いではないということだ。諸君らには、この危ぶむべき事態を共有すべく集まってもらったという次第よ」


 喜面ながら、細められたまぶたの合間より覗く鋭い瞳孔。鈍い黄土色に輝く双眸は、獲物を睨む大蛇のそれを彷彿とさせる。そんなローヴィレタリア卿の放つ眼力に射竦められたか、西国の精鋭六人は居住まいを正していた。


「猊下。先のご説明で、気に掛かったことが……」

「申してみい、シガキンスよ」


 恐る恐るといった丁寧さで挙手したのは、平民出だという若き執政官。全員の反応を窺いつつ。


「国家の要職に就く者が、オルケスターに与している可能性がある……とのことでしたが……つまり、我々の中にそうした者が紛れていてもおかしくないと……?」


 その疑問提起で、バルクフォルトの要人らは不安げに互いの顔を見合わせる。


「これ、滅多なことを言うでない! 栄えある我らの中に、そのような不届き者なぞ……!」


 神官のカジェスが皺だらけの顔により線を寄せて一喝すると、ローヴィレタリア卿がざっと一同の顔を見渡しつつ切り出した。


「シガキンスの言には一理ありましょうぞ、カジェス支部総長。バダルノイスの事例がありながら、根拠もなく我らの中に裏切り者がおらんと断ずることはできぬ。しかして、無闇矢鱈と訝しんで疑心暗鬼に陥ってしまっては元も子もない。現状、諸君らに関してはとある理由から『白』だと判じておる。今この場も、その前提で設けておる」


 学院長の幻覚で確認したことについて、本人たちには話していないと聞く。まあ、知らぬが華かもしれない。


「正直なところ……宮仕えの者、一人一人の潔白を証明することは現実的ではない。砂糖壺の中に紛れた塩粒を探すに等しい行いであろうよ。レインディールも同様の状況と伺っておる。一先ず諸君らにはこれまで通り励み、常と異なる怪しげな動きを見せる者がおらんか目を光らせてもらいたい」


 そう言い含めたうえで、ローヴィレタリア卿は改めて声を張った。


「バルクフォルトの中核たる諸君の働きに期待する。この件に関しては以上だ」


 その宣言が呼び水だったように、バルクフォルトの要職らの表情が引き締まる。オルケスターの話題が出て以降、驚きや困惑が目立っていて頼りない印象の彼ら六名だったが、別人のごとく鋭い面立ちとなっていた。その理解と切り替えの早さは、さすが最高大臣によって選び抜かれた精鋭陣ということだろう。


 それからも会議は続き、両国の近況報告、情報交換などが進む。

 流護にとってはやや退屈な時間となるが、国家首脳の間では必要なやり取りだ。


「やはり、こちらでも怨魔の行動が活発化しているのですね……」

「はい。主だった記録としては昨年の暮れ、ディリッツダム海岸付近にてフォゥントが出現しています。過去、そのような事例は一度たりとてありませんでした。幸いにして、近隣の街に滞在していた『サーヴァイス』隊員が現場へ急行できたため、事なきを得ま――」

「ぐがっ」


 ベルグレッテとシガキンスの会話は、突如として聞こえた珍妙な声音によって遮られた。

 場の全員が反射的に視線を飛ばす。

 その発生源――つまり、


「……フー……、……ぐごっ」


 凄まじい寝息を立て始めた、バルクフォルトの王たるヴォルカティウス帝に。

 貫禄漂う佇まいで堂々と座しながら。しかしその巨躯は明らかに舟を漕ぎ、長いまつ毛に覆われた両の瞳は確かに閉じられている。


(……え、寝て……る?)


 流護は思わず二度見した。だが間違いない。

 皇帝ヴォルカティウスは、両国の主要人物が一堂に会すこの場で居眠りを始めている――。


「……、陛下」


 どこか悔しげな呼びかけは、ローヴィレタリア卿の口から発せられた。


「……レインディールの皆様、申し訳ござらぬ。陛下もご多忙な身ゆえ、お疲れのようでして……。……シガキンスよ。頼む」

「……仰せのままに」


 命じられた若き執政官が速やかに立ち上がり、音もなく皇帝の傍らへ。その行動には躊躇や動揺がない。つまり、慣れている。初めてではない。珍しい事態ではないのだ。


「陛下、陛下」

「……ん、む……?」

「お部屋へご案内いたします」

「……余は……?」

「ささ、どうか」

「……そうか……余は、またもや……」


 目覚めるも、その瞳は虚ろ。弛緩した……というよりは無気力な表情。自分の置かれた状況を瞬間的に見失い、ハッとしているようでもある。右手のひらで自らの顔を覆うが、その腕はかすかに震えていた。


「お気になさらず。ささ、参りましょう」


 結局、ヴォルカティウス帝は己より遥か小柄で華奢なシガキンスに支えられ、二人三脚のような形で退室することとなってしまった。

 歩行すらおぼつかないその様子は、つい数十分前にあれほど激しい攻勢を繰り出してきた拳士と同一人物には思えない。自信と活力に満ち溢れていたあの表情や立ち振る舞いが嘘のようだ。


「……、」


 一体何事なのか。呆気に取られる流護の耳に、バルクフォルト要人らの囁きが届いてくる。


「うむう……本日は快調そうであられたが……」

「致し方ないのでしょう……」

「もう十年も経つというに……。何故に戦神は、未だ陛下を解放してくださらぬのか……」


 そこで少年も遅まきながら思い当たる。


(そっか、そういやそういう話だったよな。様子がおかしくなって、神に魅入られてるとか何とか……。…………いや、つーか……今の、ただの居眠りとかじゃないな。あの人、もしかして……)


 流護がひとつの疑惑を抱く間にも、会議の時間は過ぎ去っていった。

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[一言] 王様、眠り病とかですかね? もしくは昔のダメージでパンチドランカーとか? 麻雀放浪記の阿佐田哲也さんも眠り病で雀ゴロが出来なくなって(麻雀打ってると予兆無く突然寝るから、そこで起こしてや…
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