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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
15. 皓然のフロウ・ライン
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613. 疑惑の視線

 こんな展開も想定通りと言いたげに、アンドリアン学長は数人の教師を伴って大広間の片隅へ移動していく。彼らが向かう先――その壁際には、大きな麻布を被せられた物体が安置されていた。

 すっぽりと下まで覆われているため、一見して何なのかは分からない。高さは成人男性の背丈と同じぐらいで、横幅も人ひとり分といった程度。台車に載せられているようだが、かなりの重量があるのか学長たちはやっとのことで流護の近くまで引っ張ってくる。


『だ、大丈夫すか?』

「ぜぇ、ぜぇ……、し、心配ご無用。お、お待たせいたしましたな」


 息も絶え絶えな学長が布を取っ払うと、その下にあったものの姿が明らかとなった。

 それは、訓練用の木人形。主に兵士が武器や術の練習に利用する、人間の上半身を模した代物だ。


『おお。でも、よくこんなものが』

「元々、ここは砦ですからの。兵士の訓練場として活用することもございますし、こういった器具は一通り揃っておるのです」

『なるほど……』


 内装の絢爛ぶりに失念してしまいそうになるが、そういえばこの建物はかつて軍事拠点だったという話だ。


「いかがでしょう。使えそうですかの?」

『そうですね。……攻撃力を見せてほしい、って話でしたけど……じゃあ、これをガツンとやっちゃっても?』

「ええ。物言わぬ木偶が相手ではありますが、その無手の技法をご披露いただければと」

『分かりました。で、えーと……これって、壊れちゃっても大丈夫すか?』


 木人形を横目に尋ねると、またも水を打ったような静けさが場を包む。

 数秒の後、まず硬直から復帰したのはアンドリアン学長だった。


「……そう、ですな。えー、うむ。それは構いませぬが……」


 そしてもはや何度目か、リズインティの生徒たちを中心に生まれるどよめき。

 流護自身、何が物議を醸しているのかは分かっている。

 訓練用の木人形とは、兵士が武器や攻撃術を叩きつけて研鑽するための器具だ。当然、ちょっとやそっとで壊れるほど脆くはない。むしろやろうと思ってそれができるのは、極めて強力な攻撃術を扱える超一流の詠術士メイジか『ペンタ』ぐらいのものだろう。

 言わずもがな、素手でどうにかなる代物ではないのだ。……この世界の常識に基づいて考えたなら。


『じゃ、やります。右の拳を打ち込みますね』


 とにかく、実際に見せるのみである。流護はさらりと宣言してその目前へ陣取った。

 間合いは数歩分。パンチングマシーンと対峙したような距離感、右斜め四十五度でオーソドックスの半身に構える。インパクトの瞬間に備え、学院長の展開していた拡声の波紋がふっと消失した。痒いところに手が届く気回しである。

 すっと息を吸った流護は、大股で左足を一歩前へ。その軸で大理石の床を踏み締め、


「――シュッ」


 短い呼気は、木材がへし折れる破砕音にかき消された。

 着弾点は木人形の顔部。振り抜いた右拳が、その勢いのまま器具の胸部から上を引き千切る形で分断。がん、ごろん、と木霊を響かせ床を転がったその残骸が、十メートルほど離れた壁際に激突することでようやく動きを止める。


 残心とともに流護が拳を引くと、これも何度目の再現か。生徒たちから歓声が一斉に爆発した。


「でえええぇ!? い、一発でぶっ壊れた!? どんな威力だよ!?」

「な、殴っただけであんな風になるか!? もげて飛んでったぞ!? 玩具じゃあるまいに!」


 困惑と驚愕に沸くリズインティ一同。


「…………、」


 流護に実演を要求した少年などは、ずり落ちたメガネもそのままに呆然となっている。


「ほおぉ〜……、この頑強な黒樫の人形を、これほど容易く……! いやはや凄まじい……!」

「いや、すいません……もげちゃったし、壁にぶつけちゃって」

「イヤイヤ、イヤイヤイヤ! お構いなく! いんや〜、とんでもない拳打の威力ですのぉ〜!」


 アンドリアン学長は破損した木人形に取りついて、鑑定するみたいに断面をじっくりと観察している。


「あ、あんな威力ありえるか? 拳打法ブラットゥーソの試合に出れば、敵なしなんてもんじゃないぞ……」

「いや死ぬって。現王者のデルダムですら、あんなもん貰ったら一発で身体に風穴が空くだろうよ……。もう、身体強化を使ってるかどうかなんて瑣末事かもな。どっちにしたって、並の人間にあんな拳打は放てない」

「いやいや! 術の強化なしでこれだったら、完全にガイセリウスの再来じゃないか!」


 総じて、リズインティの生徒たち(教師陣も含めて)は信じられないといった面持ち。一方でミディール学院の面々は「そうなるだろうな」と言いたげな空気だった。


「えーとまあ、とりあえずこんな感じ……ですかね?」


 ひとまず場を締め括るべく言った流護へ、アンドリアン学長が満面の笑みで拍手を送った。それに倣ってか、生徒たちもそれぞれに手を叩いて喝采を響かせる。

 ざっと一同を見渡しつつ軽く頭を下げた流護は、しかしすぐに気付いた。


(……ん)


 ただ一人。周囲の熱狂に飲まれることなく、手を叩くこともなく、静かな視線を送ってきている女生徒の姿に。

 隣で笑顔を咲かせて拍手するミアとはあまりに対照的な落ち着きぶり。あまりに冷めたその様子からは、敵意にも似た雰囲気が漏出している。


(……はは。『こういうの』も懐かしいっていうか)


 ともあれ場が収まるのを待つと、またもナスタディオ学院長が拡声の波紋を口元へ展開してくれた。


『えーと、実演はこんな感じすかね。他に何かある人とかいますか……?』


 おずおず呼びかけると、『やはり』と言うべきだろうか。

 ただ一人、一貫して冷め切った佇まいの彼女が――マリッセラが、


「お上手。ええ、お上手ですわ」


 パチ、パチと。先ほど手を叩かなかった貴族少女は、今さらのようにその音を響かせた。


「実にお上手ですこと」


 どこか白々しい言葉とともに。当然、皆の注目が彼女に集中する。それを待っていたかのように、腕を組んだマリッセラは朗々と句を紡いだ。


「遊撃兵殿があまりにお上手で、いつしか論点がずれているのですわ。『本当に無手無術で噂に聞くような活躍が可能なのか?』といった当初の疑問が、『仮に無術でなかったとしても十二分に強者だ』……と。大元の疑念を有耶無耶にしてしまうその手腕、実にお見事ですこと」

「ふふん! マリッセラも、リューゴくんのすごさが分かったでしょ!」


 いや、違うぞミア。その人、俺を褒めてない。むしろめっちゃ煽ってるぞ。

 そう思う流護だったが、まあひとまず苦笑しておく。


『いやあ……自分は、そんなに器用じゃないですよ』

「あら、ご謙遜を。けれど、よくあるお話ですわ。店の外に大仰な看板を掲げておきながら、いざ入ってみれば表記と異なる品が出てくる。もっとも、提供された側が気にならないのであれば問題ないのでしょうけれど」

「マリッセラ殿」


 と、呼びかける声。

 若干の呆れを含んだその出所は――似た仕草で腕を組んだクレアリアだった。 


「そのご発言、大丈夫ですか? ともすれば、アリウミ殿を引き入れた陛下を侮辱しているとも受け取れる弁じようですが」

「あら? ということは、わたくしの隠喩は的を射ているということかしら? であれば、そちらのほうが遥かに大問題よね。無手無術を喧伝しておきながら、実際は『ただの強者』なんですもの。大丈夫なのかしら。そんな誤った印象を意図的に植えつけようとする外様を遊撃兵などに据えていて」


 その言葉を受けて。

 真顔でしばし黙したクレアリアは、


「……ふっ。ふ、ふふふふ。あはははは、ははははは!」


 珍しくも、ころころと鈴のような笑い声を響かせた。

 この気難しい少女がここまで喜を表現するなど稀である。その証拠にすぐ隣のリムは驚き顔で目を丸くしているし、離れた席のベルグレッテもややぽかんとしている。ついでに、他の生徒たちも何事かと注目している。


「あー……。なるほど……、アリウミ殿」

『! はい』


 いきなり名前を呼ばれた少年はというと、背筋せすじを正して謹直に返事をしてしまった。だって何で笑っているかも分からないし怖いので。

 しかし当の彼女は、棘も毒気もない柔らかな笑顔を綻ばせながら。


「いえ……かつての私は、貴方の目から見ればこんな風に映っていたのでしょうね。いえ、お恥ずかしい。なるほど……狭い見識で得意げに語ることの愚かしさ、今更ながら痛感しました。改めて以前よりの非礼の数々、何卒お許しください」


 流護に対し露骨な反感を抱くマリッセラを見て、まるで昔の自分のようだと。

 そう思い、そしてそれが心からおかしかったのだろう。ゆえの、屈託ないクレアリアの笑顔。

 しかし、である。


「……………………は?」


 含みを理解したマリッセラのその眼光には、殺気に近い怒りが灯る。


「クレアリア。貴女はどちらかといえば、わたくしに近い現実志向の考え方をする人物だと思っていたけれど……どうやら、見込み違いだったようね」

「いえ。違ってはいませんよ。少なくともある知識の面において、今は私のほうが貴女の数歩先を行っているというだけの話。しかしそれは貴女が私より劣るという意味ではありませんので、ご安心を」

「……ああ、参ったわね。まさかあのクレアリアが壊れてしまうだなんて。いざこうなると、存外に気の毒だわ」


 そんな煽りにも、クレアリアはニコリと満面の笑みを返すのみ。


「アンドリアン学長」


 と、埒が明かない風にマリッセラが学院の長を呼ぶ。


「学長の目からご覧になっても、遊撃兵殿は一切の神詠術オラクルを使ってはいないとお見えになりましたか?」


 問われたその道の達人は、愉快げに首を縦へと動かした。


「ふぉっふぉっ、そうじゃの。少なくともこの老いぼれの目には、そう映ったかのう」


 マリッセラは次に、その青い瞳をもう一人の責任者へ転じて。


「ナスタディオ学院長も、同様に思われますでしょうか?」


 訊かれた金髪メガネの美女は、うんうんと目を閉じる。


「ンフフ。気持ちは分かるわよ~、マリッセラ」


 返答を受けた貴族の少女は、ふぅと重い溜息をひとつ。


「……承知しましたわ。では、遊撃兵殿。今度はこのわたくしと立ち会っていただけるかしら?」


 おお、と生徒たちがざわつく。


「ちょ、ちょっとマリッセラ……!」


 やはりというべきか。こうなると真っ先に止めにかかるのはこの少女騎士、ベルグレッテである。


「貴女は下がっておいでなさい」


 しかし、マリッセラはピシャリと鋭く断じる。


「……っ!」


 静かながらも、有無を言わさぬ迫力。珍しくもあの少女騎士が出鼻を挫かれたように怯む。好敵手にして親友同士と聞く二人だが、対等の間柄ゆえ説得も容易ではない、ということか。

 心なしか、ややピリッとした雰囲気は感じていたのだろう。マリッセラの隣で眉を若干吊り上げ気味にしていたミアが、ガーティルード姉妹や周囲の生徒たちの顔をキョロキョロと見比べて。


「あれ!? マリッセラ! もしかして、リューゴくんが術を使ってないのを信じてないの!?」


 ようやくに貴族少女の真意に気付いたらしく、ぷくーっとおかんむりになる。


「おだまり」


 そんな周回遅れハムスターを軽くいなし、マリッセラはしっかと流護の瞳を見つめてきた。


「ところで、まだお返事を聞いておりませんでしたわね、遊撃兵殿。改めまして、ご相手願ってもよろしいでしょうか? ……ほら。ここには、バナナの皮も落ちていないようですし?」


 ニコリ、と彼女は優雅な笑みを咲かせる。実に挑発的に。

 それを受けて流護も、真っ向から笑顔を返した。


『分かりました。確かにバナナの皮もその辺にはないみたいなんで、安心してお受けしますよ』


 おおお、と会場が沸き立った。挑発の一部を切り取っての返しに、マリッセラはややイラッとしたか睨みをきかせてくる。


「申し遅れました、遊撃兵殿。わたくし、レインディールよりリズインティ学院へ留学しているマリッセラ・アムト・ミーシェレッツと申します。お見知り置きを」

『あ、ご丁寧にどうもっす。聞いてますよ。改めて、リューゴ・アリウミです。よろしくお願いしまっす』


 無難に返したつもりだったが、彼女は苛立ちも隠さず目を細めた。自席から離れて、つかつかとこちらへ進み出てくる。怒り心頭の様子ながらも、歩き方にはお嬢様然とした優雅さが溢れていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後のマリッセラの名乗り口上に若干の誤字がありますのでご確認を(「へ」と「留学」が多分逆) [一言] 流護、警戒してない相手のいなし方とかすごく得意そう
[一言] ここまで見せて納得できないのは、どういうことなんですかねー オラクルを使えなくするアクセサリーみたいなのでもつけて立ち会わないと満足しないんですかね それに立ち会い希望とか自分がこの世界の強…
[一言] やるのは良いけどお嬢様は「パワーはあるけど実戦で当たるわきゃねー」と思ってるみたいだから防御の術とかかけないで来そう。 その状態で直撃弾とか食らったら「ライダーパンチ食らった一般人」みたい…
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