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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
15. 皓然のフロウ・ライン
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609. 講義依頼

「え? 講義? 俺が?」


 午前の部が終わり、昼食時。

 食堂の片隅で皿を積み上げていた流護にそんな提案を持ちかけてきたのは、ふらりとやってきたナスタディオ学院長だった。


「ええ。是非に、午後からの講義で噂の遊撃兵殿に一つ講話をお願いしたいとのことよ。せっかくの機会だし、どうかしら?」

「いや……需要あるんすか? それ」

「だって、あちらさんのご要望だもの。リズインティの子らも興味津々みたいよ〜」

「はあ……」


 空返事を漏らした流護に対し、


「いーじゃねーか。やってやれよ」


 かっかっと笑いかけてくるのは、同席しているエドヴィンだ。


「うむ。バルクフォルトでは拳打法ブラットゥーソも盛んじゃしの。あながち世辞でもなかろう」


 と、同じテーブルについているダイゴスも不敵な笑みをたたえる。

 ちょうど今は、この二人の男連中と食事中だったのだ。


「他人事だと思って適当に同意してねえか、おのれら」


 苦い顔を作る流護だが、学院長はニンマリと晴れやかに微笑む。


「いやいや、ダイゴスの言う通りお世辞なんかじゃないわよ〜。向こうのアンドリアン学長はね、古くから拳打法ブラットゥーソの愛好家なのよ。若い頃から、闘技場にも観戦しによーく足を運んでたんですって。だから是非に、『拳撃ラッケルス』のお話を聞きたいそうよ」

「え、あの人が? マジ?」


 ようは向こうサイドの学院長である。初日に挨拶をしていたが、いかにも優しげな老父で典型的な校長先生、といったイメージの人物だった。

 ちなみにベルグレッテたちから少し聞いた話だが――このアンドリアン学長、かつては凄まじいまでの雷術を扱う詠術士メイジとして名を馳せた強者で、戦場に立てばまるで敵を寄せつけなかったのだとか。二つ名を『雷釣瓶ヴィオレンティ』。いくつもの多大な功績を持つ、至大詠術士アークメイジとまで称される人物なのだそうだ。幼き日のレヴィンを指導したりもしたらしい。

 そんなバリッバリの完全魔法タイプおじいちゃんが実は拳闘大好きとは、世の中分からないものである。

 もっとも、むしろ畑がまるで違うからこそ趣味として没頭できる、という一面もあるのかもしれない。


「うーん……学院長、俺を騙そうとして適当言ってるとかないすよね?」

「ここでリューゴくんを騙してアタシに何の得があるのよっ。どーしてこんな疑り深いのかしら、この子ったらっ」


 自分の胸に聞いてみてくださいよこの幻術使い、と言いたい流護だったが、さすがに口に出すのは憚られた。幻覚を見せられたくはないので。


「実際、アンドリアン学長からも訊きたいことがたくさんあるそうよ。拳闘歴とか、素手で闘う場合の心得や駆け引きについてとか。あと、色々実演とかも見てみたいって」

「おお、そこはかとなくガチっぽいすね……」


 どうやら本当に『格闘マニア』ということらしい。


「えーと、分かりました。上手くやれるか分かんないっすけど、向こうさんがそう言うなら……」


 リズインティ側による遊撃兵への気遣いや建前など、大人の都合的なもので依頼されているのであれば遠慮しようと考えていた。内心で興味がない人に対し説明するのも精神的にしんどいからだ。どちらも幸せにならない。そうでないのであれば、頑として断る理由もない。


「ンフフ、アリガト。それじゃ快諾ってことで伝えておくわね。あちら様もお喜びになるわ。午後から一枠預けるコトになるだろうから、準備しておいてね。期待してるわよ~、リューゴ先生」


 軽い足取りで去っていく学院長の背中を見送りながら、格闘家の少年は大きな溜息をつく。


「うむ。現役遊撃兵の講話か。期せず貴重な場が設けられたの」

「おー。堅苦しい神詠術オラクルのハナシばっかで飽き飽きしてたとこだ。楽しみにしてんぜ」


 そんなダイゴスとエドヴィンの勝手な感想にジト目を送らざるを得ない少年である。


「俺が話下手なの知ってるだろ。……てか、こうなると内容考えておかないとな……」


 とてもではないが、アドリブで語れるような話術はない。しっかり筋道を立てて内容を練っておく必要があろう。

 思わぬ事態になったなあ、と息をつきながら目線を遠くへやった流護の視界に、ふとその光景が映る。


「…………つーかさ、本当に全然話変わるんだけど……」


 眉根を寄せつつ。


「……あの二人って、何で一緒にいるんだ……?」


 この席からはみっつ分ほどテーブルを隔てたその場所。

 そこで、女子の大所帯が姦しく昼食をとっていた。

 ベルグレッテたちミディール学院女子と、システィアナたちリズインティ学院女子。そこへ誘われた彩花も交ざって十人ほどが楽しそうに食事中なのだが、特に異質なのはそのうちの二人。


「…………」

「…………」


 向かい合って座りつつも無言、レノーレとシロミエールである。


 レノーレの性格は言わずもがな。

 一方のシロミエールは先日の昼食会で少し話した程度だが、正直流護ですら驚くほどの人見知りだった。すらりとしたモデルばりにスタイルのいい高長身にそぐわず、といっては失礼だろうか。


「つかあの二人、合同学習でも組んでたみたいだけど……」


 どちらも喋らないのは想定内。だがそもそもとして、そんなにも無口な二人がどういった経緯でコンビを結成するに至ったのか。

 その疑問に答えたのはダイゴスだった。


「うむ。聞くところによれば……あのシロミエールなる女子おなご、メルティナ・スノウに憧れとるらしい」

「え? メルティナの姉ちゃんに? そうなんか」


 まさかここでその名を聞くとは。しかしなるほど、そうと聞いたなら腑に落ちる。

 確かに互い沈黙こそ保っているものの、どちらかといえばシロミエールのほうがチラチラとレノーレの様子を窺っているように見えるのだ。


「あー。あのデカ女がレノーレに声かけたみてーだぜ」


 さして興味もなさげなエドヴィンもそう裏づける。


「なるほどなあ……」


 レノーレがメルティナの従者だと知り、色々聞きたくてどうにか声をかけ二人組になりはしたものの、なかなか話しかけることができない。そんなところだろうか。

 そして、気になるコンビはもう一組。


「あとあれさ、クレアさんと一緒にいるのは誰なん?」


 常日頃、(姉以外の)誰に対しても厳しめの態度で知られる妹騎士。そんな彼女は、隣に座る小さな少女に何やら優しげな雰囲気で語りかけている。ミアすら下回るミニマムさと灰色の髪のポニーテール、真っ赤な瞳が印象的な。小学校高学年か、高く見積もっても中学一年生ぐらいの年齢。

 思い返してみれば、先日の昼食会で見かけた覚えがあった。クレアリアを後ろから眺めていた少女だ。結局、流護の視線に気付くなり話しかけることなく走り去ってしまっていたのだ。

 二人の様子を見る限り、まるでクレアリアが姉のようにも思える。


「うむ。『喜面僧正』の娘子だそうじゃ。名は確か、リムというたかの」

「ああ、そういやこないだ何か言ってたっけ。すげー偉い人の娘さんがどうとか。あの子がそうなんか」


 確か、元々リズインティ学院に一人だけ顔見知りがいるという話だった。

 見るからに消極的なリムをリードするクレアリア、といった構図が珍しくも微笑ましい。

 周囲を見てみると、その他にもコンビとなった両学院の生徒同士で食事を楽しんでいるグループも少なくないようだった。ここから始まる合同学習に備え、少しでも親睦を深めようとしているのだろう。

 ……そうなると、である。


「ダイゴスは、組んだ相手どこ行ったん?」

「一緒にどうじゃ、と誘ってみたんじゃがの。やたらと申し訳なさげに断られてしもうた。友人と約束があったそうでの」


(ああ……このプレッシャーに耐えられなかったんやろなあ……)


 泰然と構えた物腰、常に浮かぶ不敵な笑み、まるで読めない内面。大人びた……どころか、達観した老練の雰囲気すら漂わせる巨漢だ。初対面のティーンエイジャーがサシで食事をするには厳しい相手かもしれない。


「……エドヴィンの相手は……」

「あ? 知らねー間にいなくなってたし、興味がねー」

「ですよね~」


 彼のパートナーは、女好きのニヒルな貴族青年リウチ。

 リーゼント気味の髪型が少し似ているぐらいのもので、見るからにこの『狂犬』とは馬の合わなさそうな人物だった。

 どうにでも誰かと組まされる以上、そうした互い無関心なタッグが生まれてしまうのも致し方ないところか。


「まあとにかくあれだ、講話のネタ考えるかー。どんな話したらいっかな」


 首を回しがてら天井を仰ぐと、エドヴィンが思いついたように尋ねてくる。


「そーいや、今まで特に聞いたこともなかったがよ。お前がカラテを始めた理由ってのは何かあんのか?」

「……」


『――俺は、彩花おまえを守りたくて空手を始めたんだ』


「そーいったのもよ、ちったぁ話のタネに――」

「うるせえ」

「はァ!? 何だこの野郎!?」


 とにもかくにも、食事を進めながら講話について考え始める遊撃兵の少年であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エドウィン、悪くないアドバイスだったが間が悪い男…
[良い点] 男子組の肩肘はらない距離感が好き [一言] 大勢の人の前で真面目な話をするのって緊張もそうだけど足元が不安定な気分になるからなぁ…流護もボロ出さないといいけど。
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