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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
15. 皓然のフロウ・ライン
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597. 剣舞

 開始五分前。集まってきた生徒らによって、客席が少しずつ賑わい始めた頃。


「あーと? つまり、予定が被ったってことか……」


 合流したベルグレッテとクレアリアからそれぞれ話を聞いた流護は、その状況を要約して二人の顔を見比べた。


 ベルグレッテはレヴィンとばったり遭遇、そのまま流れでこのイベント終了後に近くの店へ行くと約束。

 一方、クレアリアもローヴィレタリア卿と同じような約束を交わしていた。

 互い、姉(妹)に話しておくと伝えて。妙なところで息ぴったりの姉妹である。


「ええ、そういうことになってしまって……。今さら、どちらかのお誘いを反故にするのも申し訳ないし……」


 律儀で真面目なベルグレッテが困り顔で首を傾ける。


「聞いた感じだと……そのローヴィレタリアさんもレヴィンも、最初から個人的にどっか寄って帰るつもりで、それぞれベル子とクレアに会ったから誘ってみたって感じだよな」


 流護が思ったことを口にすると、クレアリアが憂鬱そうな溜息を零しつつ答えた。


「事実そうでしょう。歓待する姿勢を見せておくことも、貴族間の付き合いには必要なことですから。……とはいえ、今回はこのようなことになってしまいましたが」


 彼女は不機嫌そうなむくれ顔で、下方に広がる円状の競技スペースを睨む。ちなみに観客席の最前列には女子たちが陣取っており、まだ誰の姿もない土くれの闘技場を期待に満ちた眼差しで眺めている。


「ま、誰が悪い訳でもないよなあ。被っちまったもんはしょうがないんじゃね」


 なぜか妙におかんむりなクレアリアを刺激しないようやんわりと言ってみる流護だったが、残念ながら無意味だったらしく冷たい視線が飛んでくる。


「呑気ですね、アリウミ殿」

「そう言われても……」

「ええ、それでですね。どちらかをお断りするのも気まずいので、両方をお受けすることにしました。お誘いそのまま……私はローヴィレタリア卿とそのご家族と。そして、姉様はレヴィン殿とという形で」

「……ん?」


 ここでようやく少年の思考に引っ掛かりが生じる。


「お気付きになりましたか。姉様はこの催しが終了した後、レヴィン殿とお出かけすることになります。『お二人だけ』で」

「ちょ、ちょっとクレア、言いかた……!」


 ベルグレッテ当人が慌てて口を挟んでくるが、やっと流護も何が起きようとしているのかを察した。


(ベル子が……この後、レヴィンと二人きりで……?)


 ゆえに、妹さんはこれほどまでに不機嫌なのだ。


「だからリューゴ、そういうことになっちゃったんだけど……その……」

「…………おう……」

「……ええ……」

「……」

「……」


 そして訪れる微妙な沈黙。


「なになに? 何かあったの?」


 そこに何を嗅ぎ取ったか、すぐ脇の席に座っていた彩花が野次馬根性丸出しで首を突っ込んでくる。


「うわっ、何だお前引っ込んでろ」

「何よー。のけ者にすることないじゃんー」

「うるせー。つーかそれさ……ほら、逆じゃダメなん? クレアがレヴィンとこ行って、ベル子がローヴィレタリアさんって人の家族とー、みたいな……」


 彩花と肘でつつき合いをしながら適当な思いつきを口にすると、クレアリアが実に平坦な目で睨んでくる。


「私を身代わりにするかのような物言いが引っ掛かりますが、それができるのであればそうしたいぐらいです。しかしながら……レヴィン殿と約束をしたのは姉様なのに、そこで私だけが行ってはおかしいでしょう。ローヴィレタリア卿のお誘いについても然り」


 確かにその通りだ。いくら姉妹とはいえ、誘った相手でなくその姉(妹)だけがやってくるのは不自然すぎる。


「も、もう! クレアもリューゴも、変に考えないで。レヴィン殿は紳士の鑑のような素晴らしいおかたよ。心配するようなことなんてないんだから」


 少女騎士としては安心させようとしているのかもしれないが、流護からすれば想い人が『そんな素晴らしい相手』と出かけるのである。心穏やかでいられるはずもない。


「それさ、ほら……皆一緒じゃだめなん? そのレヴィンとローヴィレタリアさんと、ベル子とクレアで全員で行けばさ」

「レヴィン様とローヴィレタリア卿でそれぞれお店の都合などもあるでしょうし、各々のご予定もあるでしょうし……難しいでしょうね」

「……うーん……つーかさ……、……」


 無慈悲な妹さんに食い下がろうとする流護だったが、しかしそれ以上具体的な言葉も出てこない。

 俺がいるのに。そのセリフも妙だ。付き合ってはいないのだから。俺たち、キスまでした間柄なのに。いや待てそれを今ここで口にしてみろ、まさにこの妹にぶっ殺される。

 けれどとにかく、「行かないでくれ」と言いたい。だが、そんなことを言えばベルグレッテを困らせてしまう。あと大方の事情を察したのだろう、隣でニヤニヤしている彩花がうっとおしい。

 そうこうしていると、


「みんな、どうしたの〜」

「オウ、何こんなとこで突っ立ってんだよお前ら」


 ポップコーンのような食べ物の袋を抱えたミアや大股歩きのエドヴィン、不敵な笑みを浮かべた無言のダイゴスといったいつもの面子がゾロゾロと入ってきた。

 と同時、ゴーンと重い鐘の音が会場に響き渡る。


「……始まりますね。席に着きましょう」


 クレアリアが気乗りしなさそうに呟き、皆もすぐ近くの椅子に座っていく。これ以上この話を続けられる状況でもなくなってしまった。

 釈然としない思いを抱えたまま、流護も近場の席に腰を下ろすのだった。






『ミディール学院の皆様、今宵は闘技場サスクレイストへようこそお越しくださいました! ではこれより、バルクフォルト帝国は騎士団「サーヴァイス」総隊長、「白極星ポリデゥケス」レヴィン・レイフィールドによる公式演舞を開始いたします! 私は本日の広域通信を務めさせていただきます、エフィ・ステートと申します! よろしくお願いいたします!』


 エフィと名乗った女性のよく通る声が、エコーを伴って会場内に響く。

 今さらだが、結構な広さを誇る闘技場である。聞くところによれば、観覧席の最大収容人数は三百名前後だそうだ。総勢九十人近い学院生たちが全員座っても、椅子は全体の三分の一程度しか埋まっていない(最前列はすでに女子陣で満席だが)。基本的には、皆それぞれ好きな場所に腰掛けている。ちなみに流護たちは前すぎず後ろすぎず、中腹ほどの位置に陣取っていた。


 競技が行われる円状の舞台は土を敷き詰められた地面で、半径は二十メートルほど。流護が知る格闘技のリングやケージと比較して倍以上の面積がある。人のみならず、獣が放たれることもあると考えれば妥当な広さか。

 そしてその両端には、巨大な水竜の顔だけが口を開けて鎮座していた。もちろん本物……などではなく、青黒い金属で象られた像である。高さは五、六メートル前後、横幅は三メートル程度。口腔は人が悠々と通れるほどの大きさのトンネルとなっており、その奥は暗闇に包まれている。なかなか派手なオブジェだが、横幅や高さからして選手の入退場口だ。


 と、黄色い歓声が爆発した。

 一方のトンネル――大きく開かれた水竜の口の中から、一人の美青年が姿を現したのだ。

 金髪碧眼の眉目秀麗。スラリとした体躯、所作の端々から漂う気品。銀の胸当てを巻いて同色の剣を腰に下げた騎士の佇まい。

 美青年という言葉を率直に表現したらこうなるのでは――そうだとしたらむしろ安直すぎるのでは、と思うほどの。


「ピャー! いいいいいらっしゃったわ!」

「きゃあああぁぁ! ぽやああああぁ!」

「本で見たのと違う。本よりずっといい。おふっ」

「ウーン(白目)」

「くっそうっせーぞ女子ぃ!」


 オルケスターの音使いミュッティにも対抗できるのでは、と思うような大騒乱である。


「うわやば……いけめそすぎない……? もうCGでしょ。完全に二・五次元でしょ」


 男性アイドルやら美形アーティストやらを見慣れている面食い彩花さんも、左隣の席で目を白黒させている。

 皆の反応や今このタイミングで出てきたことを考えれば、この美青年が誰であるかなど推測するまでもない。


(こいつがレヴィンか……。前世で何したらそんな顔でこの世に生まれるんだよふざけてんのか? つーか、この絵に描いたみてーなイケメンが……これからベル子と……?)


 流護としては思わずしかめっ面になるばかりだ。

 黄色い歓声が鳴り止まぬ中、舞台の中央までやってきた青年騎士が優雅に一礼。

 軽やかに振った右手の軌跡をなぞるように波紋が出現。ただ通信術を行使しようとしているだけだが、そうした一連の動きすらも観客を意識した『魅せる』演出なのだろう。

 増幅された騎士の声が競技場に木霊する。


『ミディール学院の皆様、ようこそバルクフォルト帝国並びに闘技場サスクレイストへお越しくださいました。お初にお目にかかります。今宵の催しを務めさせていただきます、レヴィン・レイフィールドと申します』


 最前列の女子生徒たちはもはや、喜びのあまり阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「レヴィン様ぁ……絵よりかっこいい……本物ぉ……声もかっこいい……」

「ま”っ……」


 咽び泣く者、白目を剥く者、放心する者と様々である。

 周辺に散らばって座っている男子たちが面白くなさそうなのは、まあ致し方ないところであろう。

 こちらの面子の反応はというと、


「ふぁー、声もイケボ。声優さんみたい」


 イケメン要素盛りすぎでお腹いっぱい、といったような様子の彩花と、その向こう隣では売店で買ってきたおやつをもりもり頬張るミア。一列前の席でケッと鼻を鳴らしてふんぞり返るエドヴィンと、おなじみ不敵な笑みを浮かべどっしり構えるダイゴス。眠そうなレノーレ。そして流護の右隣では、ガーティルード姉妹が行儀よくレヴィンの挨拶に耳を傾けている。

 まあ、人気絶大な美青年騎士様を前にしても平常運転といったところか。


『……では、語りはここまでと致しまして。まずは古の時代より我が国に伝わりしスラヴィアックの剣舞にて、歓迎の意を示させていただきます――』


 口上を終えたレヴィンが、腰へ差した銀剣をゆるりと抜き放つ。

 そして、上段から中段。中段から下段へと構えを変じ、剣を薙ぎながらゆっくり身を翻す。


「ハァン……かっこいい……」


 最前列の乙女たちはその優雅な所作に見惚れ、


「へっ、どんなもんかと思えば……随分と遅い動きじゃないかよ」


 男子の一部はそんな風に囁き合う。


(……む)


 流護はというと、そのキレに注目した。

 レヴィンによって繰り出される緩慢な横薙ぎ、あるいは斬り下ろし。その剣先はいずれも、何もない虚空でピタリと静止する。一切のぶれも震えもない、時間が停止したような『静』。

 かと思えば、再び流れるような滑らかさで剣をる『動』へと移行。

 明瞭な静と動の対比からなる、メリハリの効いた体捌き。強靭な体幹を有していなければなし得ない所作。

 そして淀みない連綿たる舞いは、この挙動を幾度も繰り返すことで練磨している証。


 いつしか、場には静寂が満ちて。時折、レヴィンが大地を踏み鳴らす音のみが響く。その足音もどこか規則的で耳心地よく、剣舞の完成度と演者の技量の高さを窺わせる。

 囃し立てていた女子も、やっかんでいた男子も。等しく言葉を発することを忘れ、その一挙一動に注目して――


 きん、と金属音が静謐な空間に響く。

 片膝立ちとなったレヴィンが剣を鞘に収めた音だった。


 ゆっくりと立ち上がった彼が全方位に向けて腰を折ると、割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。最前列の女子陣はもちろん、男子たちも渋々ながら手を叩いている。


「よくは分かんないけど、いけめそがかっこいい動きをするとなんか絵になるなぁって思いました」

「いい加減だなーお前」


 彩花の感想は実に適当だが、きっと娯楽としてはそれで正解なのだろう。


「だってそうでしょ。ねっ、ミアちゃん的にはどうだった?」

「うん? おいしかったよ!」


 おやつの食べかすをたくさん頬に引っつけたミアが、満面の笑顔で空になった袋を見せてくる。

 うん、アホの子でもいい。いっぱい食べて、元気にすくすくと育ってほしい。あと、顔がいいだけの男に引っ掛かったりはしなさそうで安心です。


「ケッ、あんなナヨナヨした動きで闘えっかよ」

「飽くまで魅せるための演舞じゃからの。レフェでもああいった剣舞は見世物として披露されるが……専門の演者と比較しても何ら劣らぬ動きじゃった」


 すぐ前の席では、エドヴィンとダイゴスがそれぞれ寸評を口にしている。


「流石はレヴィン殿、といったところですね。以前より磨きがかかって……ん? 何でしょうか」

「あら?」


 と、右隣のガーティルード姉妹が揃って真っ先に気付いた。

 横側の席の一角で、何やら軽く人垣ができているのだ。教師数名が詰めかけており、その中にはナスタディオ学院長の姿も含まれている。その当人がちょうどこちらを振り返って、


「おっと学級長クラスリーダーベルグレッテ、ちょうどいいとこにいるじゃなーい。ちょっと来てくれるー?」

「あ、はい」


 呼ばれて席を立った彼女が訝しそうに近づいていくと、残ったクレアリアが呆れたような溜息をつく。


「何事かと思いましたが……なるほど」


 人垣の合間からチラリと見えた光景で、流護も察した。

 客席に、一人の女生徒が横たえられている。赤ら顔で目を閉じ、しかしなぜか口元は緩んでいた。この上なく幸せそうな寝顔、とも表現できるだろう。

 つまり。興奮と感激のあまり失神したのだ。


「ったくもー。刺激が強すぎたかしらねーウチの子たちには……」

「あははは……」


 やれやれとばかりに頭を掻くナスタディオ学院長と苦笑いする少女騎士。


「とりあえず運び出して外で休ませましょーか。悪いんだけどベルグレッテ、軽めに気つけ処置してやってくれる?」

「承知しました」


 まあ、深刻な事態ではないようで何よりだ。

 学院長を始めとした教師らとベルグレッテによって、眠れる女生徒は観客席の外へと担ぎ出されていった。


「入れ込みすぎて気絶するとか、ちょっと俺には分からんな……」

「クールぶっちゃって」


 彼らの背中を見送りつつぼやいた流護へ、すかさず彩花が煽りを入れてくる。


「実際クールなんだよ。そういやお前も昔、フレイジのライブ映像だかで泣いてたことあったよな。俺には理解できん感情だわ」

「は? だってかっこいいじゃん。推しがすごいライブしてたら感動するじゃん。ふんだ、あんたみたいな無感動格闘マシーンには分かりませんよーだ」

「浜辺に産卵しに来たウミガメみてーにポロッポロ涙流してたよな」

「誰がウミガメじゃい!」


 そうこうしていると、またもエフィの広域通信が響き渡った。


『皆様いかがでしたでしょうか! まずは歓待の意を込めまして、バルクフォルトの伝統技能であるスラヴィアックの剣舞を披露させていただきました! ……しかしながら……今ほどの演目は、飽くまで舞踏。騎士としての本領ではございません。という訳でここからは、レヴィン・レイフィールド本来の姿……戦士としての一面をご覧いただきましょう! ということで、客席最前列にお集まりの淑女の皆様! これより危険ですので、前方の柵から身を乗り出したりすることのないようお願いいたしますっ!』


 やや緊迫した注意喚起、その直後。

 ギョオオオッッ、と恐ろしげな雄叫びらしきものが闘技場内に大きく木霊した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通の女子学生が興奮で失神するレベル…いったいどんなビジュアルなのか生で見てみたいですね()
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