591. シャイニー・デルタ
ハネ気味の赤茶けた髪を首元の長さで短く揃えた、明るい印象の女子だった。
両耳には三角形がいくつも絡み合った造形の銀のイヤリングがあしらわれており、細首は黒いチョーカーに巻かれている。意志の強そうな鳶色の瞳はキラキラとした光を宿し、溢れんばかりの活力が満ちるよう。
そして――黒ローブを羽織ったその華奢な左肩には、一羽の小さく白いフクロウが居座っていた。まるで自らが身を預けている少女に倣うがごとく、彼(?)もまたキョロリとした視線をリウチへと向ける。
「うげっ、シス。うるさいのが来たな」
リウチが露骨に苦い顔を作ると、
「あなたが相変わらずだからでしょ。女子と見ればすぐに声をかけて!」
シスと呼ばれた少女――先刻の初顔合わせにて生徒代表の挨拶を務めたシスティアナが、ジトリとした視線を送った。
「おいおい、そいつは心外だ。今この場は、両校の生徒が交流するべき場だろうに。俺は意欲的に取り組んでいるだけさ」
「そう。なら何も、相手が女子である必要はないわよね。ほら、ちょうどあそこにあなたと似た髪型をした男子がいるけど。親睦を深めに行ってきなさいよ」
システィアナが手首を翻して示した先には、ミディール学院の『狂犬』ことエドヴィンの姿があった。ステラリオら数人の級友たちと立食中だが、離れたこの位置からでも分かるガラの悪さは健在だ。
リウチが苦笑する。
「うーむ……彼とは、あまりオリが合いそうにない気がするねぇ……」
「ったく、都合がいいんだから。あ、先ほどはどうもベルグレッテさん。素晴らしい挨拶で敬服したわ。代表としての熱意を感じたわね!」
「ああ、いえ……。それについては我が校のナスタディオ学院長から、堅いし長いと苦言を呈されてしまいまして……。システィアナさんのように要点を抑えた挨拶をすべき、との助言をいただきました」
そうなのと笑った彼女は、改めてといった様子で居住まいを正した。
「今一度名乗らせていただくわね。私はシスティアナ・オッド・ミルドレド。こう見えて、代々バルクフォルトで宮廷詠術士を輩出しているミルドレド家の長女よ。リズインティ学院では、三年生の代表を務めさせてもらっているわ。そして」
彼女は自分の左肩に留まるフクロウへ指先をチョンと向けて。
「こっちは、私の相棒で白羽梟のオレオール。こう見えて男の子よ。大人しい子だから、安心してね」
「……とても、慣れているのですね」
感心した溜息とともにベルグレッテが視線を注ぐと、フクロウ……オレオールはまるで自己紹介するように小首を傾げた。
「ふっふ。ともどもよろしくね、ベルグレッテさん!」
胸に手を当てて朗々と宣言するその仕草はいかにも勝ち気で、芯の強そうな彼女に似合っている。
「ご丁寧にありがとうございます。ええと、改めまして私は……」
「ベルグレッテ・フィズ・ガーティルードさん。レインディールの王女様のロイヤルガード候補よね。あ、ちなみに私はあなたと同い年だから。敬語でなくて構わないわ。気軽にお願いね」
はあ、と少女騎士が頷く間にも、システィアナは「ふんむ」と呟き周囲へ視線を配る。そして、
「ほーら、またシロったら。そんなところで背中向けて立ち聞きしてないで、せっかくの機会なんだから交ざりなさいって」
「ひゃぁっ!?」
先ほどから後ろ姿のままでいる背の高い少女……シロミエールに歩み寄ってその腕を掴み、強引にこの場へと連れてくる。
さらには、
「えーっと、あなたはどうかしたの? そんな怒り顔でご飯を食べて。ずっとこっちのほう見てるみたいだけど。ほら、よければ一緒にどうぞ。お付きのあなたたちも」
「もぐもぐ……もぐ?」
「お付きって俺ら?」
「みたい」
ミアと流護と彩花にも声をかけつつ、
「あの、大丈夫? そんな、この世の全てを呪うような顔しなくても……。美しい顔が台無しだわ。何があったのか知らないけど、一緒にどうかしら。せっかくの場だし、皆で美味しい食事をすれば気も晴れるというものよ」
「……は? はあ……」
ものすごい形相で佇むクレアリアに対しても、全く臆さず話しかけていく。
「やれやれ。出たぞ、シスの仕切り癖が」
「何よ、せっかくの交流の場でしょ。みんなで話せばいいじゃない」
リズインティ代表という肩書きは確かなようで、システィアナはあっさりと場をまとめてしまった。
そんなこんなで、シロミエール、ミア、流護、彩花、クレアリアを交えての八人の輪が形作られる。
それぞれ簡単な自己紹介を終えると、
「わー。すごいね、大人しい鳥さんだ!」
「おー、ちゃんと動いとる。やっぱぬいぐるみとかじゃねえんだな……」
「すごいね……使い魔でしょ、使い魔。かわいい」
やはりミアや流護らがまず物珍しげにシスティアナのオレオールに注目し、それも落ち着くとリズインティ学院の面々の視線が『その人物』へと集まった。
「しかしだ、君がかの遊撃兵なのか。ということは……」
リウチが呆けた様子で隣のシスティアナへ目配せする。
「ええ……。無術の身でファーヴナールを撃退して、レフェの天轟闘宴を制して……」
彼女は瞬きもしきりに口元を押さえ、
「げ、原初の溟渤への遠征を成功させて、固体化した魂心力を持ち帰る偉業に貢献した立役者……! ……ですよね……!」
目を丸くしたシロミエールが、彼――有海流護を高い上背から見下ろした。
「ふふーん、そうだよ! リューゴくんはすごいんだよ!」
「毎度のことながら、なぜ貴女が得意げなんですか。全く」
胸を反らすミアと呆れ気味なクレアリアの反応は普段通り。
話題に上った当の少年はというと、どこか居心地悪そうに頭を掻く。
「えー……バルクフォルトにまでそんな話来てんすか」
そんな彼に対し、複雑そうに唸るのはリウチだ。
「ううむ、いやしかし……無手で暴れ回る剛の者と聞いていたからな。どれほどの豪傑かと思っていたが」
「ははは。地味なチビで意外だった、すか?」
「そうまで悪し様には言わんが……思った以上に小柄で若いし、大人しげな顔をしているなと。想像とまるで違っていたことは否定できんかな」
傍らで、システィアナもうんうんと頷いた。
「ふんむ、そうね。活躍ぶりだけを聞くと、ガイセリウスのような偉丈夫を想像してしまうもの。いえ、そのガイセリウスも実際の姿は定かではないんだけど」
その意見に追従するように、シロミエールもこくこくと小刻みに首を縦に振っている。
「まあ、俺の話はいいじゃないすか。今回の俺はただの護衛として来てるだけだし、主役は学生の皆さんなんで……」
「ふんむ、並ならぬ功績を残してるのに謙虚で頭が下がるわ。目立ちたがりのあなたは見習うべきね、リウチ」
「おっとそいつは誤解だ、俺は否応なく目立ってしまうだけだよ。うーむ……しかし、本当に君が噂に聞くような活躍を? とてもではないが、俺よりも遥かに小さいその身で……」
「ちょっと、失礼でしょリウチ。けれどそうね、そのお手前を一度拝見してみたいことは確かね。滞在している間に、機会があればお願いできますでしょうか? リューゴ・アリウミ遊撃兵」
「まあ、そっすね。機会があれば……」
ひとしきり流護の話題が終わると、システィアナが改めてといった様子で少女騎士に微笑みかけた。
「それにしても、ベルグレッテさんはベルグレッテさんで想像以上よね」
「……と、言いますと……」
「あ、ほら。もっと気さくに話してってば。んー……それじゃあ、これからはベルって呼ばせてもらうから。私のことはシスって呼んで。お互い長めの名前してるし。はい、今からね!」
「分かり……分かったわ、シス」
「ええ。よろしくね、ベル。あ! みんなも! 私のことは、シスでいいからね!」
強引ではあるが不快ではない。これがシスティアナなりの距離の縮め方なのだろう。
満足そうに笑った彼女が続きを口にする。
「ベルのことは話に聞いてたけど、これほど容姿端麗だとはね。これで文武両道、清廉潔白で性格も優しく真面目ってわけ? 非の打ち所がないじゃないの。お見それするわ」
「うむ。ガサツなシスは大いに見習うべきだな」
キッとシスティアナが素早く睨めば、発言したリウチは全く同じ速さで顔を明後日の方角へと向けた。仲がいいというか、普段からこんなやり取りをしているのだろうと予想がつく。
……そして、予想がつくといえばもうひとつ。
「あの。私のことを話に聞いていた、というのは……」
先ほどからそうだった。
リウチは、自己紹介の時点でベルグレッテについて「話に聞いた通り真面目だ」と言っていた。そしてシスティアナも具体的に、リリアーヌ姫のロイヤルガード候補であることや年齢までをも把握していた。
いかに交流の盛んな友好国といえど、普通であれば異国の神詠術学院生がそのような詳細まで認知しているはずはない。
「ええ。お察しの通り、マリー……マリッセラから聞いてたってわけ」
「…………、」
やはり、と納得する。
「あれでしょ? ベルってば、マリッセラの好敵手なんでしょ?」
ええ、とベルグレッテが肯定するより早く。
「好敵手なんかじゃありません。あの方が一人で姉様に対抗意識を燃やしているだけです」
不満げに腕を組んだクレアリアが憮然と言い放つと、システィアナがいたずらっぽく笑った。
「ふふふっ。あなたのこともマリッセラから聞いてるわよ、妹さん。ベルのことになると、何かと突っ掛かってくるって」
「突っ掛かっているのはあの方です。姉様に勝てたことなど一度としてないのに、さも互角であるかのように喧伝して」
ひたすら不服そうな妹に対しては、ベルグレッテ自身が諭すように告げた。
「けど実際、座学も実習も……全てにおいて拮抗していたわ。明確な差と呼べるほどの違いはなかったもの」
まあまあと笑ったシスティアナが肩をそびやかす。
「あのマリッセラと互角以上というだけで、ベルの優秀さは推し量るまでもないわね。何せ彼女がいるおかげで、私は延々とリズインティの二番手に甘んじてるわけだし」
「ところで、そのマリッセラ殿はどこに? 今この場にはいらしてないようですが」
どうでもよさげなクレアリアのぼやき通り。ベルグレッテとしてはおよそ二年ぶりとなる再会を心待ちにしていたのだが、その姿が見当たらない。
先ほど学院長と話した折にも、現時点で会場に来ていないようだと言っていた。
システィアナが困ったように眉根を寄せる。相棒のオレオールに鶏肉の欠片を差し出してやりながら。
「それが彼女、集合時間になっても現れなかったのよ。捜したけど見つからないし。本人は認めたがらないけど、明らかに今日この日を楽しみにしてたのに」
そんな言を受けて、リウチもかぶりを振った。
「ううむ……マリッセラは自由に過ぎるきらいがあるからな。正直、彼女の行動なぞとても予測できん」
確かに、ベルグレッテが知る限りでも昔からそうだった。
派手好きで型破り。突飛で強引、周りを振り回すこともしばしば。そして何よりも――
ドバーン! と凄まじい勢いで大広間の扉が開け放たれたのは、その瞬間だった。