583. 彼の役割
「レノーレは二号車、ダイゴスは三号車。クレアは四号車に再度、通信の術をお願い」
ベルグレッテの指示に従って、各々が走行中の全馬車にそれぞれ通信術を飛ばし、会話を繋ぐ。
「リーヴァー、こちらベルグレッテです。各位、応答願います」
『リーヴァー、こちら二号車だ! 怨魔の件だろ、待ってたぞ! 打って出るか!?』
『こっ、こっちは三号車よ! ど、どうするの!? ねえどうするの!?』
『四号車です。泥酔中の学院長に代わって対応します』
複数人での通信を安定させるため馬車をやや減速させ、各車両の皆を交えての作戦会議が始まった。
まずは先の御者の発言通り、間もなく遮蔽物の存在しない荒れ地の街道となる。
そこに差し掛かり次第馬車を停め、流護、ベルグレッテ、ダイゴス、エドヴィン、レノーレ、そして一部の教員らが外へ。怨魔との直接戦闘を担う。
残りの生徒たちの中で『解放』の系統を得意とする者が、馬車内から射撃で援護。これをクレアリアが指揮する。
近接戦闘を避けて飛び道具だけで応戦したほうが安全では? との意見も出たが、これはガーティルード姉妹が却下した。
その戦術で敵を一匹残らず殲滅できるのであれば可だが、怨魔の機動力と生徒らの攻撃精度を考えた場合、必ず撃ち漏らしが発生する。射程外から一方的に攻められ旗色の悪さを感じた『空賊』は、こちらの手が届かぬ街道外や上空へと退避するだろう。
しかし、そこは空の無法者。簡単に諦めはしない。
特にこのムシュバのしつこさというものは折り紙つきで、時間を置いて再び襲ってくるか、仲間を呼んで戻ってくるか……とにかく仕留め切れないと、いつまでもグダついた攻防を余儀なくされてしまう可能性が高い。
最悪、なまじ厄介な相手だと認識されて『石驟雨』を撃たれることもありうる。
一方で臆病な側面も持ち合わせている相手のため、力の差を誇示できれば撤退に追い込むことも可能。
ゆえにここで足を止めて、真っ向から迎撃する。相手の土俵で、正面から叩き潰す。
と、そのような方針で決定した。
『よし、そうと決まったら準備を頼む。あと十分そこそこで荒れ地の入り口だ』
伝声管から流れてくる御者の声に客員が応じ、あとは到着を待つのみとなった。
「それじゃあみんな、戦闘準備をお願いね」
ベルグレッテが神妙な顔でそう告げる。
「ま、ちょーどいいや。さすがに大人しく移動ばっかで、身体がなまっちまう。一応座りながら自主トレはしてるけど、大したことはできんしな……。んじゃ、久々に仕事しますかね」
首や肩を回す流護に対し、正気を疑うような目を向けてくるのは幼なじみである。
「流護……? 何する気なの……?」
「いや何って、倒してくるよ。それが俺の仕事だし……ってか、そういう話してたじゃねーか」
「……本気で言ってる……?」
「お前はいつまで俺を無職だと思ってんだ。こちとら、こういう仕事で飯食ってんすよ。ま、大人しく見とけって」
目的地が近づくにつれ、外から聞こえるムシュバの鳴き声が激しさを増していく。
そのけたたましさに威圧感を覚えたか、窓を覗く生徒たちがざわめき始めた。
「な、なあ。奴ら、どんどん増えてないか……?」
「だよな。何匹いるんだ……? おい誰か、ちょっと索敵してみろよ!」
「今してるわ! ……、……うそ、でしょ……? ……もう、四十匹を超えてる……」
間近の空がその黒影でひっきりなしに遮られる程度にはなってきている。全長一メートル近い大きさの飛行生物の群れ、それも明らかな害意を持った存在がこうも取り囲んでくれば、不安を駆り立てられるのも無理はないところか。
「ひっ、ひいいいぃぃ……!」
離れた席のアルヴェリスタは怯え顔で窓から目を背け、
「な、なあベル! いくら何でも数が多いぞ……! まずくないか!?」
中腰になったステラリオが、さすがに焦りを滲ませて学級のまとめ役たる少女騎士に伺いを立ててくる。
「問題ないわ。まだ『石驟雨』を仕掛けてくる様子もない。みんな自信を持って、手筈通りの対応を。全員無事にこの局面を切り抜け、ミディール学院生の力を示しましょう!」
中心的存在となる彼女があまりに堂々としているからだろう。
「……よっ、よーし! 腹括るぞ! こうなりゃもう、やるしかねぇ!」
「お、おうよ! へっ、何も起きなくて退屈してたとこだ! やってやらぁ!」
各々、無理矢理気味ではあるものの自分を奮い立たせる。
「だめだって……映画とかで犠牲者いっぱい出る流れじゃん……」
「アヤカちゃん、大丈夫だよ~」
一人頭を抱える彩花をミアが大丈夫だよbotとなって励ますうち、馬車が緩やかに減速を開始。しばしの時を経て、完全停止した。
周囲の景色は草木も疎らな荒涼とした土地に変わっている。
『よし、荒れ地の手前に着いたぞ。頼むぜ、奴らが石の雨を降らせてくる前にな』
御者の声に応じ、ベルグレッテが立ち上がった。
「さあ、作戦に移りましょう。みんな、準備はいい!?」
その確認に、級友たちが雄叫びをもって応じる。この熱量や一体感は、やはり陽気かつ勇猛なレインディール人ならではの気質というものだろう。
エドヴィンが我先にと出口へ駆けていき、レノーレやダイゴスも後に続く。
「んじゃやりますかね」
流護はといえばそこは現代っ子らしく冷めているものの、しかし躊躇もなく立ち上がった。随伴した遊撃兵としての仕事の時間。これまで幾度となく経験した流れ。
が、一歩踏み出そうとした足が引っ張られる形で止まる。
「流護、嘘でしょ? 引くに引けなくなってるんだよね? 笑ったりしないから、ここで一緒に大人しくしてよう……?」
腕にすがりついてくる幼なじみの少女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「彩花……」
真っ当な反応に違いない。
実際に彼女自身、怨魔という脅威を目の当たりにして。
そうなれば現代日本人の常識として当然、あんな怪物に生身の人間が敵うはずもないと理解している。
――だが。
「彩花。いい機会だし、そこで窓から見ててくれ」
「え?」
「俺がこの世界で、どうやって生き抜いてきたのか。それを、今から見せるからさ」
少年は優しく、壊れものを扱うように彼女の腕を引き剥がす。
「ミア、彩花を頼む」
「任されたよ!」
ここは、地球の常識など消し飛ばす世界。
「やだ、やだってば、ちょっと、流護……!」
子供のように不安がる彼女を残していくことに後ろ髪を引かれる思いもあったが、今は証明するだけだ。
その懸念が杞憂であることを。
自分の名を呼び続ける少女を残し、遊撃兵は人外の無法者たちが待ち構える馬車の外を目指す。
「だめだってばアヤカちゃん!」
「離してミアちゃん! いくら流護だって、あんな怪物に勝てるわけないじゃん!」
席を立って後を追おうとする彩花、全体重をかけてしがみつく形で引き止めるミア。
周囲の生徒たちが何事かと注目している。
「アヤカ殿。そういえば貴女は、まだ目にしたことがないのだそうですね」
すぐ脇の席。二人のやり取りを平然と眺めるクレアリアが、やはり落ち着き払った口ぶりで告げた。
「え……?」
「このグリムクロウズという世界における、リューゴ・アリウミという人物の闘いぶりを。――ほら、始まりますよ」




