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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
3. 燦然のヘリオドール
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58. 救世主

「おォ!? 何ィ上等カマしとんじゃぁ、こんガキャアァーッ!?」


 すぐさま、一人の黒服が流護へと歩み寄った。――迂闊にも、としか表現しようのない迂闊さで。

 流護は素早く、不用意に間合いへと入った男の顔面を右手で掴み上げる。


「……! ……!?」


 めきりと音を立て、吊り上げられたように男の両足が宙に浮いた。流護より遥かに背の高い男は、滑稽なほど両足をばたつかせる。


「あぁ? 何カマしてるって?」


 メキメキと、流護の指が男のこめかみへとめり込んでいく。


「そりゃ俺のセリフだろ」


 鼻で笑った流護は、そのまま男をすぐ脇の壁へと叩きつけた。

 ゴッ、と硬質の音が響く。男は下手糞なアートみたいに赤い軌跡を壁へ残しながら、ずるりと力なく崩れ落ちた。


「あっ、の……ガキは……!」


 最奥に控えたレドラックが驚愕の呻きを漏らす。


「ありゃあ……競売ん時のガキか……」

「は、たった一人で乗り込んできたってのか!? イカレてんなぁオイ!」


 奥のほうにいる黒服の巨漢と細身の男は、レドラックとは対照的にその口元を笑みの形に歪めた。柱に背を預けている、金髪で口布といった印象的な出で立ちの男も、わずかに視線を流護へと向ける。


 その、さらに奥。両手を拘束されて転がったミアのそばに佇む、赤髪の男。黒服を着ておらず、マフィアというよりは不良といった雰囲気の少年。流護とそう年齢は変わらないはずだ。


 互いの視線が、交差する。

 赤い少年は、嗤った。興味をひくオモチャを見つけたような眼差しで。

 間違いない。聞いていた特徴と一致する。

 あれが――ディノ・ゲイルローエン。ミアを二度もさらった『ペンタ』。

 待ってろよクソ野郎。すぐにそこまで行ってブン殴る。


 ディノが、軽薄な笑みを深くする。

 それは、流護の笑みを見たゆえか。


「くっだらねぇコト言ってんじゃねえ! ザウラ、ビゼンテ、おめえら! 殺っちまえぇ!」


 レドラックの号令の下、一斉に黒服たちが流護目がけて殺到した。

 その流護は素早くバックステップで下がり、廃工場の外へと一歩出る。

 我先にと押し寄せた男たちが、入り口の扉でつっかえた。


「さっすがゴキブリちゃん。脳が詰まってねえわ。入り口には詰まったけど」


 つっかえた数人の男たちに一瞬で詰め寄り、それぞれの顔面へと拳を見舞う。鼻を砕かれ、粘ついた赤い飛沫を撒き散らしながら、三人が折り重なって崩れ落ちた。

 それを見て怯んだ後続の男たちに素早く滑り寄り、うち一人の腕を掴む。そのまま足を払って浮かせた。回転してまっ逆さまになった男の脚を掴み、その身体を強引に振り回した。

『武器』として振り回された仲間に薙ぎ倒され、五人が血反吐を撒き散らして倒れ伏す。流護は振り回した男を遠心力のままに放り投げた。『大きさ約二メートルの回転する飛び道具』と化したマフィアは、離れた位置にいた二人を巻き込みながら吹き飛んでいった。


 時間にして、十秒。

 十秒間に、十二人が無力化されていた。


「マフィアたって銃なんてねえ世界だし……こんなモンだろ」


 流護はつまらなげに吐き捨てる。


「くっ……この、ガキ……!」

「に、人間をあんなにブン回すってどうなってんだ……! 身体強化か、こいつ……!?」


 さすがに異常を感じ取ったのか、少年を取り囲みながらも警戒し始める男たち。

 流護は全く意に介さず、廃工場の中を歩み進める。男たちはまるで反発する磁石のように、流護が一歩進むごとに一歩後退した。

 首をゴキリと鳴らしながら、流護は謡うように言う。


「びびってるびびってる。遅えって。俺がまず入り口のドアを蹴っ飛ばした時点で思わねえとなぁ? 『コ、コイツ強え! 俺たちみたいなクソゴキブリじゃ、一万匹束になっても敵わねぇズラ!』ってよー?」

「ってんだゴラアアァ!」


 取り囲んだ男たちの中から凶悪な面相の男が一人、猛獣のように流護へと飛びかかった。

 ブォン、と風が唸りを上げる。

 しかし男は猛獣などではなく、ただの虫だった。

 相手のほうを見もせずに振るわれた流護の裏拳が、みぢっと嫌な音を発し、その顎を削り飛ばす。

 竹トンボみたいに回転した男は、赤い飛沫を周囲に撒き散らしながら倒れ伏した。一拍遅れて、硬質の何かが床にパラパラと降り注ぐ。――砕け散った、歯の破片だった。


 屈強なはずのマフィアたちは、顎を圧壊させて痙攣する仲間の姿を見て息をのむ。

 取り囲みながらも狼狽する男たちを気にも留めず、流護は軽い足取りで一歩、また一歩と前進する。男たちは一歩、また一歩と後退する。

 しかしマフィアたちも、ただ流護の猛攻に怯んでいるだけではない。その隙を窺い、飛びかかる瞬間を見計らっていた。


 流護を取り囲むは、凶悪な黒の群れ。

 黒色の波に囲まれながら、少年は目を細めて宣言する。



「――この場にいる二百人。誰一人、逃がさねえ」



 空気が、凍りついた。

 二百ものマフィアたち。たった一人の少年。誰が誰を逃がさないと言ったのか。

 言葉の意味を噛み締めた男たちが、次第に怒気を孕んでゆく。


「舐めてんじゃねえぇぞクソガキがぁ! 野郎ども! ブッ殺せええぇ! 神詠術オラクルで穴だらけにしてや――」


 ――額に青筋を浮かせたレドラックが叫んだ瞬間。


 凄まじい爆音と地響きを轟かせて、廃工場を成す四方の壁の一画が砕け落ちた。

 マフィアたちが目を剥く。

 もうもうと立ち込める砂煙。バラバラと崩れ落ちる石の破片。

 神詠術オラクルの一斉砲撃によって風穴が空き、崩落した壁の向こうに広がる、緑の平原。

 そこに――銀色の鎧を纏った、総勢五十名にも及ぶ騎士たちの姿があった。


「なんッ……!?」


 もう何度目となるか分からない呻き声を漏らすレドラック。

 隊列を組んだ銀色の五十名、その先頭に立つ少女騎士の姿を見て、ミアが歓喜の嗚咽を漏らした。


「ベル……ぢゃ……! ……、あ、あぁ……!」


 その嗚咽が、一際大きくなる。

 ベルグレッテだけではない。彼女のすぐ後ろ。騎士たちの中に当然のように混じる、ミディール学院の制服を着た三人の姿。レノーレ、ダイゴス、エドヴィン。


 学院の生徒には、参戦権というものが存在する。

 秋になると一部地域でカテゴリーEクラスの怨魔が大量発生するのだが、兵士たちの代わりとして、学院の生徒が校外実戦授業との名目でこれの駆除に借り出されることとなる。参戦権は元々、そのために設けられたものだ。

 希望するならば、兵たちのかかわる戦闘に参加できる権利。

 授業の場合は別だが、これを行使して戦闘に参加した結果どうなろうと、それは自己責任となる。怨魔を相手取った場合などは回収した素材や金銭は自分のものとできるが、危険なうえ、それ以外に利点もほぼない。そのため、実際に参戦権を使おうという者は非常に少ない。そもそも機会も少ない。

 だがこの三人は、それを迷うことなく行使し、この場に駆けつけたのだ。


 ベルグレッテが、神詠術オラクルで増幅した声を朗々と響かせる。


『レドラックファミリーに警告する! 貴殿らがかどわかした少女、ミアを今すぐこちらに引き渡しなさい!』


 剣先を自分のほうへと突きつける五十の兵士たちの威容を見て、レドラックは潰れたヒキガエルのような呻き声を発した。


「兄貴……やっぱガーティルードの小娘が来ちまいましたね。どうします?」

「へへ、すっげぇ! ガーティルードの小娘来たよぉ、ホントによ!」

「う、うるせぇぞビゼンテ、ザウラ! ちっと黙ってろ!」


 巨漢と細身の男を叱りつけ、レドラックは震える手で通信の術を紡いだ。


『こ、これはこれは騎士殿……へへ、申し訳ねぇ。実は、下っ端がディノをけしかけて勝手にやったことなんでさぁ。このお嬢さんが、貴女の所有するモンだとは知らなかっ――』

『所有、というのを撤回してもらっていいかしら? 彼女はモノじゃない。私の、大事な大事な親友なの』

『こ、これは失礼……、で……このミアさんを引き渡せば、この場は大人しく引き下がってもらえるんで……?』

『――そうね。私としては、彼女が戻りさえすれば問題ないわ』






 レドラックは思考を巡らせる。


 ――まさか来るとは思わなかった。たかが平民……いや、今は奴隷扱いにすぎない小娘のために、これほどの兵を引き連れて。

 しかしよく見れば、兵はどれも面構えが若い。咄嗟のことに都合がつかず、ひとまずかき集めた程度の連中だろう。


 まだ余裕がある。自分に言い聞かせるように、喉の奥で嘲笑わらう。


 ――儂をナメるなよ小娘。もはやこの際だ。例えロイヤルガードの家系だろうが、儂を侮ったらどうなるか、その身体に嫌というほど叩き込んで思い知らせてやる。

 向こうは若い兵がせいぜい五十人。こちらは二百人。今、この場でまともにぶつかっても負ける気はしないが、犠牲が出ることに違いはない。ひとまずは、このミアとかいう小娘を素直に返す。

 後日、全てが終わったと油断しているところをまとめてさらってやる。

 この小娘共々、『エクスペンド』より手酷く扱ってくれる。ガーティルードの小娘も、強力な魂心力プラルナを持っているはずだ。脳か? 心臓か? 脊髄か? 飽きるほど嬲った後、生きたまま引きずり出して――


「おーう! 誰かと思ったら、ベル子じゃねえか!」


 レドラックの思考が中断した。

 何事かと、顔を上げる。


『あら? まあ、そこにいるのはリューゴじゃない。奇遇ねー。どうしたの、こんなところで』

「聞いてくれよー。今日の昼下がりにさー、俺は気持ちよく王都を散歩してたんですよ。そしたらさー、いきなり刺されたんですよ。ブスッて。ひでー話だと思わねえ?」

『まあ、刺されたですって? それはひどい話ねえ』


 ――何だこれは。

 乗り込んできた黒髪の小僧とガーティルードの小娘が、唐突に下手な演劇のようなやり取りを始めている。


「そんで、調べてみたんだけどー、俺を刺したのって、このレドラックファミリーって人たちみたいでさー」

『まあ、本当なの? その話』


 何のつもりだ。何を意図して、こんな茶番を始めたのか。

 答えは、すぐだった。


『レドラック殿、ご存知ですか? そこにいる少年は、ミディール学院の危機を救った英雄殿なのです。陛下から、直に褒賞を賜るほどの。残念ですが、そのような人物に対する傷害行為を見逃すことはできません。大人しく、城までご同行願えますでしょうか? それとも、「専売」の件についてのお話でもしましょうか。英雄殿にケガをさせたあなたの優秀な部下殿は、色々と興味深いお話を聞かせてくれました。話題に尽きることはなさそうです』


 マフィアの頭は絶句した。

 全て、掴まれている。もう、どの罪がどうこうという話ではない。

 ――言っているのだ。最初から。『絶対に逃がさない』と。『この場で潰す』と。


「クッ……フフ、は、はははは」


 ディノが肩を揺すって笑う。


「くっだらねェなーオイ。ハハ、ま、嫌いじゃねェけどな」

「ぐふ、ぐふへへへ」


 レドラックも笑い声を漏らした。

 交渉の手段として、考えてはいた。ミアというこの小娘を使えば、人質にでも取れば、もう少し優位に事を運べるかもしれない。

 ――しかし。もうそんなことでは、気が済まなかった。


 すぐさま、息を吸い込む。


「野郎ども! 相手は大した数じゃねえ! ブッ潰せえええぇッ!」


 それを受けて、ベルグレッテが毅然と号令を轟かせる。


『総員、突撃――ッ!』






「アルマ、やるよ!」


 プリシラが腰の鞘から剣を抜き放ち、同僚の見習い騎士に声をかける。


「う、うん……!」


 一斉に押し寄せてくる黒の波、一斉に駆けていく銀の奔流に気圧されながらも、アルマは剣を抜く。


「ハッ、久々だぜええぇこの感じ! この規模の抗争に堂々と参加できるなんてよォ! まとめて火葬してやんぞ、クッソヤローどもがよォオオォッ!」


 凶悪な哄笑を轟かせたエドヴィンが、炎を帯びながらまさに狂犬のごとく疾駆する。

 対照的に、無言で吹雪を現界させたレノーレが、ネコのようなしなやかさで敵へ向かって駆けていく。

 長大な雷の棍を生み出したダイゴスが、向かい来る敵を悠然と待ち構え笑みを見せる。

 ベルグレッテが一直線に、ミアへ向かって駆け出す。

 流護が、近くにいた黒服の腕を無造作に掴む。


「俺のこと忘れてない?」


 五十対二百。

 法の番人対黒き悪徳。

 重厚な銀をよろう兵士たちと、闇の漆黒を纏う無法者たち。

 

 遥か天空、昼の神インベレヌスと夜の女神イシュ・マーニが入れ替わるこの時間。

 見守る神が不在となったこの瞬間に、相反する二つの勢力が、当然のように激突した。

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