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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
15. 皓然のフロウ・ライン
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579. 賑わいの道中

 翠緑の月、二十日。

 真円の姿をもって煌々と天空に座す昼神インベレヌス、その眩しく暖かな恵みが降り注ぐ春の日。


 地平まで続く広大な野原に延びる街道を、四台の馬車が一列に連なって西進していた。いずれも、ミディール学院の三年生が乗り込んだ車両である。


 学院を出て一時間ほどでディアレーを経由、西部の丘を横断。

 気候は穏やかでこの上なく、視界も良好。

 初の催しとなる修学旅行、その滑り出しは順調といえるだろう。


 定員二十五名の大型馬車が四台、その先頭の車両にて。

 有海流護と蓮城彩花を含む『いつものメンツ』が、それぞれの席で思い思いに過ごしていた。


「このままいけば、予定どおり夕方にはクロトガルに着きそうね」


 向かい席のベルグレッテ・フィズ・ガーティルードが、一同の顔を見渡しながら微笑む。


「クロトガルですか。久しぶりですね。大きな時計塔が印象的な街でしたが」


 右隣に腰掛けている妹のクレアリア・ロア・ガーティルードが、懐かしげな口ぶりで頷く。


「そうなんだ。楽しみだな〜」


 ベルグレッテの左隣でのびのび座っているミアが、期待に満ちた目を輝かせた。床に届かない両脚をパタパタさせながら。


「ふふ、ミアったら。さっきから、何に対しても『楽しみだー』としか言わないじゃないですか」

「うー、しょうがないじゃん! 初めてのことばっかりだから、楽しみなんだもん!」


 クレアリアが思わずといった様子で笑うと、ミアがぷくーっと頬を膨らませる。そんな感情表現豊かなハムスターを対面の席で眺め、恍惚となって心の声が漏れる少女が一人。


「かわいすぎない……?(小声)」

「よだれ出てんぞ、彩花(小声)」


 隣の流護が囁くと、ご満悦だった幼なじみは「出てませんけど!」と言いつつ口元を押さえるのだ。


「ケッ、いくら何でも浮かれ過ぎだろーよ。初めての異国だからって舞い上がってっと痛い目見んぞ、ミア公」


 鼻を鳴らすのは、通路を挟んだ座席でふんぞり返るエドヴィン・ガウルだった。


「何さー! エドヴィンのくせに、分かった風なこと言って!」


 シャーッと威嚇態勢になるミアだが、ここで唸るのは流護である。


「いや、エドヴィンも今や国外経験者だしな。さすが、ハルシュヴァルトに着いたその日のうちに七百円で指名手配された男。説得力が違う……」

「やめろアリウミ……思い出させんじゃねぇ……」


 苦々しく呻く悪童の青年ではあるが、まさしくそうした経験の賜物か、以前と比べるとその佇まいには余裕というか落ち着きが感じられる。


「……その節は、我らがバダルノイスがご迷惑をお掛けしました……」


 クレアリアの右隣に腰を落ち着けているレノーレ・シュネ・グロースヴィッツが、しずしずと丁寧に頭を下げた。


「やめろってんだよ、いつまで引きずってんだ。大体、お前のせいじゃねーだろーが……って何回言わせやがる。しおらしくなってんじゃねーよ、らしくもねぇ」


 吐き捨てて顔を背けるエドヴィンに対し、


「……うん」


 レノーレがかすかに微笑む。そうした仕草は大人しげな外見によく似合うのだが――


「……そうだった。……後に皆が手配された件はまだしも、ハルシュヴァルトでエドヴィンが捕まったのに関しては私はさすがに関係なかった。……知ったこっちゃなかった。……失礼しました」

「イヤ、その……だからって、イキナリ突き放すんじゃねーよ……」


 ちょっと寂しそうな『狂犬』の隣で、腕を組む巨漢ことダイゴス・アケローンが、「ニィ……」といつもの不敵な笑みを浮かべるのだった。


 こうした毎度の顔ぶれのみならず、周囲の生徒たちを見てもやはり普段より賑やかに盛り上がっている。


「バルクフォルトかぁ。何だよアルヴェ、まだ緊張してんのか?」

「そ、それはそうだよ……。だって、どんなところかも分からないじゃないか」

「へっへ、街道だって絶対安全って訳じゃないんだ。そもそも、無事たどり着けるかどうかも分からないけどな」

「やめてよ!」


 いたずら小僧といった雰囲気のステラリオと弱気な美少年アルヴェリスタは何かんだと興奮した様子で、


「うーん……さすがのあたしもー、未知の体験に眠れそうに……な……ぐー……」

「うそでしょ」


 ポヤポヤしたエメリンは、言葉の途中で意識を手放しかけ隣の級友に驚愕の眼差しを向けられている。ちなみに、エメリンの相棒的存在であるマデリーナは別の馬車に乗っている。


 とにかく、ほぼ全員が浮かれっぱなしだ。

 もっとも無理からぬ話で、これから先の何もかもが初体験となるのはミアだけではないのだ。

 そんな高揚し切った空気の中、改めて気を引き締めるようにクレアリアが馬車内の級友たちを見回した。


「それにしても『修学旅行』ですか。学院長らしい奇抜な試みと言えばそうなのですが……非常に大人数で動くことになりますから、個々が勝手に振る舞うことがあっては収集がつかなくなります。誰か一人の軽率な行為で全員が危険な目に遭うかもしれませんし、一人一人が自覚を持って行動しなければ」


 何とも『らしい』意見を口にしながら、彼女はその鋭い眦をより細める。


「それに……参戦権を行使している訳ですから。どうにも皆、いささか緊張感に欠けているように見えます」


 流護や彩花の知る修学旅行と決定的に異なるのは、やはりその部分。

 生き死には自己責任。

 今この場とて、何が起こるか分からない壁の外だ。身の安全など一切保証されない。


「でも、学院長も言ってたけど……大人数が乗ってるでっかい馬車が四台だよ。山賊とかだって、さすがに襲ってこないと思うよ」

「ええ。襲ってくる山賊や野盗は、おそらくいないでしょうね」


 ミアが意見すると、含みを持たせたようにクレアリアが答えた。そして、


「そうね。けれど相手が怨魔となれば、また話は別……」


 妹の真意を姉のベルグレッテが汲み取った。


「で、でも、バルクフォルトまではずっと街道なんだよね?」

「ん。それでも街道の魔除けが必ずしも絶対でないことは、ミアも知ってのとおりよ。それに……出立前に学院長がお話しされていたことが真実なら、百人近い集団だからといって安心することはできないわ。むしろ、大人数が仇となって被害者の数が増える恐れもある……」

「学院長の話だぁ? 何か言ってたっけか?」


 首だけをこちらへ向けたエドヴィンが眉をひそめる。


「ふむ。どこぞの街道にヴィゾフュールが現れた、との話じゃったの」


 ここまで聞き役に徹していたダイゴスが低い声を発すると、少女騎士は「ええ」と神妙な顔で頷いた。


「ヴィゾフュール? ってのはなんぞ?」


 流護の疑問を受けて、生き字引きたるレノーレが口を開く。いつもの無口ぶりから一転、音声案内のような饒舌さで。


「識別名、ヴィゾフュール。カテゴリーはA。巨大な鳥の姿をした飛行型の怨魔で、体長は三マイレ前後、両翼を広げた場合の横幅は十マイレ以上にも達する。気性は極めて残忍で狡猾。獲物の首を執拗に狙って仕留めようとすることから、『首刈』の異名を持つ。『北の地平線(ノースグランダリア)』の中心地にそびえる天頂聖樹エドン・エレファの枝葉に棲息するとの説があるが、真偽は不明。伝承では、『拾天彩禍じってんさいか』の一体、『残酷』のアクゼリュスが生み出した尖兵とされている」


 相変わらずの辞書いらずぶりだが、流護はその中から気になった単語を抽出した。


「じってんさいか? ってなんぞ?」

「少しはご自分で学ばれてはいかがですか」

「いやあ、すいません」


 クレアリアのジト目には素直に謝っておく他ない。


「かつて『終天を喰らう蟒蛇クチナワの王』ヴィントゥラシアに呼応して現れたとされる、十体の悪魔の総称ね」


 厳しい妹さんとは対照的、優しい姉のほうが説明してくれた。


「十体の悪魔ぁ? え、そんなん初耳なんすけど。ここに来て唐突にボス十体も追加しちゃ……ダメでしょ。豪勢なダウンロードコンテンツかよ」

「すご、いかにもファンタジーって感じだぁ。リアルでそういうのあるんだぁ……。インフレやばそう……」


 彩花も流護寄りのコメントを残している。はは、とベルグレッテが苦笑した。


「『拾天彩禍』については、あくまで空想の産物……伝説上の存在とされているわ。だから史実を元とした『竜滅書記』には登場していないし、どの文献を紐解いても実際に現れたという記録は残されていないの」

「そうなんか。…………」


 流護が兵士として基礎知識を身につけるために読み漁った本は、その目的上からも史実がメインのものばかりだった。それゆえフィクション味が強いらしき『拾天彩禍』の名を知ることはなかったのだろう。


 ……そう、聞いたことはない。

『拾天彩禍』などという名称は。

 だが、


(アクゼリュス……って……? なんか、どっかで聞いたことあるような……)


 流護が心の中で引っ掛かりを覚える間にも、クレアリアが「ですが」と言葉を挟む。


「『拾天彩禍』の尖兵かどうかはともかくとして、ヴィゾフュール自体は実在する怨魔です。遭遇例は極めて少ないそうですが……正直、こんな怪物が街道まで出てくるだなんて話は、にわかには信じられません」

「確かにの。昨今、各地で過去に現れた例のない怨魔が出没しとるとの話は聞くが……。……その例に則るならば、天轟闘宴に現れた『黒鬼』も同様か」


 ダイゴスのその発言を受けて、流護、ベルグレッテ、レノーレの三人がそれぞれ視線を交わし合った。

 言わんとすることは間違いなく三人一緒だ。その確信を抱いた流護が言及する。


「……そういや、バダルノイスでもあったよな? 何か北の方にありえん怨魔が現れたとかで、『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』が討伐に駆り出されてたろ」


 当初、その怨魔出現の時期や状況があまりにもオルケスター側にとって都合よく作用したことから、連中が意図的にそうなるよう仕向けたのではとの見方もあった。

 結局のところ、その部分の真偽は不明瞭なまま。現状、そのように怨魔を人間の思惑通りに動かすといった所業は不可能と考えられている。


「城の研究者によれば、何らかの影響で怨魔の棲息域が変化しつつあるのではとの話でしたが」


 自分で言いつつ、クレアリアは釈然としない面持ちで腕を組んだ。


「山にいた熊が餌を探して街まで下りてくるみたいな話?」


 彩花が例え話を出すと、流護は「かもなあ」と雑に同意した。

 原因はどうあれ、そのように怨魔の生物としての生活圏が遷移しつつあるのだとしたら、人の手でどうこうするのは難しい。もはや自然の摂理といった領域の話になってくる。


(でもこれ……遡ってみりゃ、学院にファーヴナールが来たのだって……?)


 この異世界へやってきた流護が、早々に体験した出来事。もう一年近くも前の話になる。

 六十年に一度。邪竜の年とも謳われる、不気味なうろこ雲に覆われた空模様が目立った一年。世間的にも不吉な時期という話だった。


「そのあたりの事情については、せっかくの機会だからバルクフォルト側とも意見交換したいわね」


 真面目さんなベルグレッテらしい発言だった。


「ヴィゾフュール……っていうのは、怖い怨魔なの?」


 続く彩花の問いかけには、ベルグレッテとクレアリアがそれぞれ息を揃えて首肯する。


「手練の詠術士メイジですら、戦闘は極力回避すべき……そんな相手であることは間違いないわね……」

「十数人規模の傭兵部隊であっても、よほどの精鋭でない限り全滅は免れないかと思われます」


 ガーティルード姉妹の評を聞いて、彩花の顔がこわばった。

 彼女自身、グイヴルなる怨魔を目の前にした経験がある。下級にカテゴライズされる程度のそれですら十二分な脅威だったろうに、その比ではないヴィゾフュールの詳細を聞かされては無理もない話か。


「ま、そういうのが出てきた時のために俺が同行してる訳だしな」


 あくびを噛み殺して背もたれに身を預けた流護が言うと、彩花が「また言ってる……」とジト目を送ってくる。どうもビッグマウスを疑われている節があるらしい。


 ともあれ初の修学旅行、否が応にも盛り上がることは確か。

 話題のヴィゾフュールが襲ってきたりすることもなく、一行は順調に西を目指して進んでいく。

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― 新着の感想 ―
[一言] こないんかい‼️("⌒∇⌒")
[一言] 久しぶりの更新ありがとうごさいます。 今日から更新再開ですか!! なんかまた彩花が死にそうな目にあいそうだな
[一言] そういえば彩花ちゃんは自主トレとかは見てるけど実際にバトってる流護って見たこと無かったか…
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