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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
14. 彩る季節、花々しく
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570. アガリアレプト

「では、ちょっとお待ちいただけますか。今さっき起きたばかりで、ちょうどこれから着替えるところでしたので」

「あぁ……お早めにお願いしますよ」


 ひとまず時間を稼いで、リチェル・ヴェーレは黙考する。


(僕の顔が兵士に認知されている……。しかし強行突入してこないところを見ると、お尋ね者になっている訳ではなさそうだ)


 寝台から立ち上がったリチェルは、部屋の片隅に置いていた荷物を担ぎ上げ、そのまま窓際へ。


(まだ退室まで時間もあるんだが……仕方ない)


 宿泊料金については前払いで済ませているので問題ない。常に即座に動けるよう、必要な荷物もまとめている。このような事態を想定してというよりも、性分だ。


 換気のために開け放っていたそこから、躊躇なく身を躍らせる。

 この部屋は二階。足裏に術を顕現し、衝撃を緩和しつつ芝生に着地する。同時、素早く辺りに視線を巡らせた。


(……他に兵士の姿はなし。包囲されている訳ではない。まだ僕を『黒』と断定できていない証拠だ)


 速やかに宿から離れたリチェルは、注意深く表通りの様子を窺いながら、街の雑踏に紛れる形で合流し歩き始めた。

 首元のマフラーを引き上げ、顔の下半分を覆い隠す。


(さしずめ、カヒネを連れて行った僕を参考人として公布した……といったところか)


 向こうの情報量を考えれば、そのあたりが妥当。しかし、


(だが実質、僕をオルケスターの人間と確信してのことだろう。となれば、拘束される訳にはいかない。逃げるしかない。そして逃げれば、やましいことがあると認めているようなもの……)


 やってくれる。

 これで、レインディールに留まる訳にはいかなくなった。


(まあ良い。せっかくだからこのまま、アジトへ戻るとしよう)


 そもそもガードンゼッファ兄弟が失敗したと分かったのであれば、もうこれ以上滞在する理由もない。

 即決したリチェルは、エッファールク最南端に位置するクィンドールの屋敷へと帰還すべく、国境を目指して歩き始めた。






「国境沿いには、可能な限り『銀黎部隊シルヴァリオス』の配備をお願いしたわ」

「……気合入ってるっすね」


 ベルグレッテの根回しに、流護も思わず唸る。

 一応はユウラ兄を参考人と称しているが、実質ほぼ『黒』と断定している。武力での拘束を前提としている。それゆえの対応だ。


「『銀黎部隊シルヴァリオス』が動いてくれるなら、もう安心だね!」


 満面の笑顔を咲かせたミアを見て、彩花が不思議そうに首を傾げる。


「えっと……何? その、しる何とかって……」


 これには流護が答えた。


「そういやお前は知らんか。簡単に言やあ、レインディール中から強い奴を集めて結成した、王様直属の私設軍隊みたいなもんだよ。実質、この国最強の戦闘集団って感じだな」

「へえー……! 何それバトル漫画みたい……すごそう……」


 実際、相手にしてみれば厳しい状況へ陥ったはず。

 アルディア王が自ら直々に選定したという『銀黎部隊シルヴァリオス』だが、その個性は千差万別。隊員同士でありながら、互いほとんど面識のない者も存在する。ただひとつの共通項は、『強い』ということ。その一点を最優先して集められた人材であるがゆえ、無法者めいた荒くれ者すらも含まれる。

 が、まさにこういう捕物や武力行使にはうってつけだ。


「これでこの白髪野郎が捕まれば、でかい進展になるんだけどな」


 流護は手にした似顔絵をヒラヒラと振った。


「ね、ねえ。その……ユウラちゃんは大丈夫だよね? あの子は、悪いことしてないし……」


 相も変わらずその少女に入れ込んでいる彩花には、


「全ては、話を聞いてからになるかしら」


 ベルグレッテが冷静に応じる。


「私たちは、オルケスターについてあまりにも知らなさすぎる。彼らの規模も、目的も……カヒネが何者で、彼女にどんな意味が秘められているのかも。できればここで、彼らから直接話を聞き出したいところだけど……」


 と、そこでやにわに少女騎士の表情に翳りが差す。


「……ひとつ、気になることがあるわ」

「何ぞ?」


 ここまで周到に事を進めておいて、今さら何が気がかりだというのか。


「カヒネがオルケスターにとって、極めて重要な存在であることはたしか。となれば……そのカヒネを迎えに来た人物は、果たして何者なのか……」

「うむ……」


 と、ダイゴスが渋い顔で唸る。


「確かにの。それほどの存在を迎えに来る人間が、並の兵であろうはずもない……か」


 ユウラの……カヒネの兄を自称したその青年は、オルケスターの中でどんな位置づけとなる人物なのか。


「…………」


 そう考えると、ベルグレッテが何を憂慮しているのか流護にも理解できた。


(もしこいつが……ミュッティとかメルコーシアみてえなレベルの奴だとしたら……)


 似顔絵に起こされた、線の細い無害そうな優男。草食系のイケメンというか、とても強そうには思えない。

銀黎部隊シルヴァリオス』は、間違いなくレインディールが擁する最強の武力集団だ。

 しかし、それでも。


「…………」


 今は、経過を待つ以外にできることはなかった。






 レインディール最北端に位置するリケ・エブルの街を抜け、北の街道へ。

 ここをしばし行けば、エッファールク王国へ到達する。

 空は澄み渡って青い。眼前には、草原を割ってどこまでも延びる道。何より存在感を主張するのは、東に広がる雄大なラインカダルの山並みだ。その峻険な山嶺には、白く映える雪が未だ端張っている。


「……」


 時折、目線のみで背後を確認する。尾けられている気配はない。

 昼神の恵光も麗らかな春の昼下がり、そうして一人黙々と進むリチェル・ヴェーレの前方。


 老朽化し崩れた石壁の残骸に、大股で腰掛ける男がいた。


 歳は二十代中盤ほどか。身長は二マイレ前後。赤茶けて波打った髪を肩まで垂らし、無精ひげを伸ばし放題にした、やや不衛生な印象の伴う痩せぎすな青年。暖かくなってきたというのに、丈長の大きな外套に身を包んでいる。

 張った頬骨に反し異常に細った顎先が目立つ面相は、およそ壮健や快活といった言葉から程遠く、最低限の栄養素すら取っているか疑わしい。少なくとも規則正しい生活を営んでいないことは窺える。

 一見すれば、宿なしの物乞いとも思える貧相な出で立ち。

 落ち窪んで垂れ目がちな青色の瞳は、彼自身が手にした一枚の紙切れへと注がれていた。その生気の失せた視線で凝視するそれに、一体何が記されているのか。

 その様子を尻目に、リチェルは男の前を通りかかって――


「あー、やっぱりそうだァ」


 酒焼けしたような、低くざらついた声だった。

 足を止めて視線だけを向けたリチェルに、男は自分が手にした紙を掲げてみせる。


「!」


 リチェルはにわかに目を見開いた。無理もない。

 そこに描かれているのが、精巧にすぎる自分の顔だったからだ。


『王都地下水路の一件について情報提供を求めています。この人物について知っている方(もしくは当人)はご一報を』との一文が添えられており、


(……成程)


 ここで、リチェルは宿に兵士がやってきた理由を察した。


「ホラ、こうして、こう! すると~、ホラァ」


 リチェルの納得をよそに、にたりと笑った男はその似顔絵を半分に折り畳む。描かれたリチェルの鼻の部分から、二つ折りに。すると、


「ほぉらァ。へっへへへへお兄さん~、そっくりじゃない」


 マフラーで顔下半分を隠したリチェル本人へ向け、その絵を掲げてみせた。

 ……こうなれば、「別人です」は通じそうにない。


「…………その件について、特に僕が知ることはないが」


 素直に事実を口にすると、


「そぉう。じゃ、何で逃げたの?」


 まるで動じず、むしろ楽しげに痩せた男は追及する。


「言った通りさ。僕は何も知らない。応じたところで、互いに益がない。つまり時間の無駄かと。兵士さんというのは総じて話が長いからね、その手間を省かせてもらっただけさ」

「あんれ? おっかしいなァ」


 リチェルの言葉尻に被せる形で、男は大げさに首を巡らす。


「一緒に連れてた娘っ子とかってのは、どこ行ったの?」

「……貴方に何か関係が? というより、何者です?」


 リチェルが兵士から逃れたことを知っている。手にした尋ね書き。たまたまこの場に居合わせた人間ではない。明らかに、待ち構えていた。


「……あー、申し遅れたね。おいらぁ、『銀黎部隊シルヴァリオス』のアーバン・バルレッドという者だ」


 名乗った男が、ゆらりと立ち上がる。たたらを踏みつつ両の足を地につければ、リチェルと目線の高さが揃った。


(……『銀黎部隊シルヴァリオス』……)


 噂には聞いている。

 レインディール王国が擁する、総勢六十名ほどで構成された最強の精鋭集団。


「平服姿だから気付かなかった。まさか兵士さんとは」

「非番だったんだって。ひどいよな、担ぎ出されちゃってさ」


 ぼさついた頭をガリガリと掻きながら、アーバンは眉間に皺を寄せた。


「ってことでさ、話聞かして?」

「話すことは何もないと言ったはずだが――」

「トボけんなって。オルケスターとかっての、詳しく聞かせろって言ってんのよ」

「何の話をしているのか、分からないな」


 一瞬の間。


「あっそ。ほんじゃ、それならそれでいいや」


 あまりにもあっさりと。

 面倒げに言い捨てたアーバンは、手にしていた尋ね書きを放り捨てた。その紙切れはひらりと春風に乗ってどこかへ飛んでいく――ことなく、その場で千々に霧散する。


「!」


 発現したのは、神詠術オラクルの奔流。渦巻くその色彩は白。リチェルの下に吹きつけてくる風はあまりに冷たく、春先に相応しくない怖気を誘う。

 氷属性の使い手。


「……何をする気かな」


 誰でも察せる戦闘態勢を――敵意を前にしながら、リチェル・ヴェーレはあえて問う。

 アーバンはのんびりと言い放った。


「お兄さん、あんたさっき言ったねぇ。時間の無駄、手間を省いた、とかってさ。その点についちゃぁ、おいらも全く同意でね。くそどうでもいい問答なんぞ無駄でしかないんよ。省いちまおうよ」

「で、少なくとも現時点では何の瑕疵かしもない僕を手にかけようと?」

「話聞かしてって言ってるのに応じない時点で十分でしょ。第一よ、」


 アーバンが嗤う。裡に秘められた本性を露わにするがごとく。

 とても、治安を預かる精鋭とは思えない凶悪な様相で。


「――おいらの術を前にしてぇ……今から攻撃されようってのに顔色ひとつ変えん奴が、怪しくねえ訳ねぇっしょ」


 男を中心に渦巻くのは、圧倒的なまでの暴風。乱舞する氷片の刃。

 このアーバンが春先に似つかわしくない外套を羽織っている理由が、ここに至って理解できた。周囲を席巻するこの冷気から身を守るためだ。己が巻き起こした攻撃術、その余波から。それほどの能力。

 ふ、とリチェルは鼻で笑って応じた。


「……ま、それは仕方ないかと。僕は役者じゃないんだ。怖くもないのに、怖がるような真似はできない」

「言うねぇ~~」

「……しかし、成程」


 眼前で巻き起こる現象を前に、リチェルは相手の力量を推し量る。


(これが『銀黎部隊シルヴァリオス』か……)


 展開、範囲、維持……全て申し分なし。高い技量なくしては実現し得ない攻撃術。

 断言できる。


 ――少なくともこの男は、強い。


「あんたァ間違えたんだよ、兄さぁん」


 吹雪の中心に居座るアーバンが……その強者が、悲哀すら滲ませて首を振る。


「レインディールってぇ獅子の国にちょっかいをかけた。あんたが今いるのは、獅子の腹ん中だ。獅子に一度食われた獲物が、胃袋の中から逃げられる訳ゃぁない」


 落ち窪んだ瞳を街道の先……すぐ目前の国境へと向け、視線を飛ばしつつ。


「あんたぁ、こっから先にゃ行けねんだ。残念だがね」


 事実、ある。

 アーバンと名乗るこの男には、それを大口で終わらせないだけの力が。

 だが、しかし。


(悪いが、僕は……僕たちは、すでにそんな領域にはいないんだ)


 あくまでそれは、世の尺度から見た場合の話。彼の対峙している相手が、『ただの強者』だった場合の話。

 オルケスターは……何より自分たち殲滅部隊オスティナトは、すでにそんな次元など通り越している。


「……やれやれだね。これも時間の無駄かと。ならお望み通り、さっさと終わらせよう」


 致し方なし、とリチェルもここでようやく相手を見据える。排除すべき、明確な障害としてアーバンを認識する。


「申し遅れたね。僕はリチェル・ヴェーレ、組織内での二つ名は『胡粉ゴフン斬鏖ザンオウ』。オルケスターの中では殲滅部隊オスティナトと呼ばれる枠組みに所属している。こう見えて、表の顔は探偵でね。本来、君らのような兵職とも近しい仕事を生業としているんだが」

「おいおいおぉい……大盤振る舞いだねぇ。いいのかい、その情報。おいら特別報酬出ちゃうよ、そんな話持ち帰ったら」

「問題ないかと」


 リチェルは淡々と、これから訪れる未来を言い放った。


「悪いけど……君が特別報酬にありつくことは――この情報ネタを持ち帰ることは、無い」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リチェルさん、頭脳派の割に結構詰めが甘いというか、思ってたほど手強くなさそうだなって感じが逆に不気味ですね…… 戦闘能力に関して桁違いなのは間違いないでしょうし、どんな使い手なのかも気…
[一言] そろそろ一泡ふかせてやりたいけどなー 精鋭六十名の一人。その実力は如何に!
[良い点] 改めて強いひとが多くてとんでもねぇ世界ですねぇグリムクロウズってところは
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