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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
14. 彩る季節、花々しく
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556. 殺しの会議

「秘密裏に人を殺めるに際し、最も重要視すべきは何だと思う?」


 雲ひとつない、抜けるような青空。

 天頂に座す昼神の輝きは目に眩しく、冬も過ぎ去った今の時節となれば十二分に暖かい。

 平常日ながら王都市街は賑わいに満ち溢れ、その活気こそが国家の隆盛ぶりを象徴しているようにも感じられる。


 爽やかな昼下がり。

 通りに面する小洒落た喫茶店の屋外席にて、極めて物騒な先の問いが投げかけられていた。


「コッソリ殺る時に重視すること、ですかい」


 向かい席に大股で座る厳つい男の一人が、その質問を噛み砕いて反芻する。


「ああ。是非、『専門家』でもある君たちの……ガードンゼッファ兄弟の意見を聞いてみたい」


 洒落た装飾の円形テーブルに頬杖をつきながら、リチェル・ヴェーレは彼らの反応を窺った。


 対面に座る、二人の男。

 後方へ雑に撫でつけた金髪。角ばった造形の大きな顔、不釣り合いに小さな黒赤の瞳。歪な形の鷲鼻と、分厚い唇に浮かぶ自信に満ちた薄笑み。獰猛な大型犬を彷彿とさせる獣めいた容貌だった。猛犬ならぬ、猛人とでも表現すべきか。

 二人はともに似通った顔をしており、明確に違うのは身体の厚み。大きくがっちりした体格の兄と、一回り小さく細身の弟。


 オルケスター擁する暗殺者――ガードンゼッファ兄弟。

 大柄で理知的な兄、ロワド・ガードンゼッファ。細身で粗野な弟、ガファイ・ガードンゼッファ。

 表向きは運送商会などと名乗っているが、送るのは人。行き先はあの世(レーテシェオル)だ。


 一見してどこにでもいる粗暴な強面にしか見えないが、その手腕は業界屈指。

 リチェルの指令を受けた彼らは遠路遥々、この昼前に王都入りしてきたところだった。この場には居合わせないが、人手として他に兵隊を三名連れてきている。


「コッソリ殺る……ってぇなら、そいつぁやっぱり……どの瞬間に仕掛けるか、って点じゃぁないですかねぇ」

「ふむ」

「相手の行動を徹底的に調査して、邪魔が入らず一人になる瞬間を見極めて待つ。これがまた、時間掛かってシンドいんですわ」


 そう言って珈琲をすする兄・ロワドに続けて、同じ顔をしながら一回り以上も小さい弟・ガファイが口を開く。


「その点、山賊の頭を殺れみたいな依頼は楽なんよな。小難しいことなんざ考える必要もねぇ、ただ叩き潰しゃいいんだから」

「そそ、思い出したぜぇ。そういう悪党ブッ殺す方が楽なもんだから、いっそ正義の兵士になっちまおうかなぁなんて言い出しやがったことがあってぇ、この愚弟ときたら。笑っちゃうでしょ?」

「うるせぇよ兄貴、人の過去を笑うんじゃねぇ」


 この兄弟の戦闘能力は、国家お抱えの部隊と比較しても何ら引けを取るものではない。並の無法者程度なら容易く鏖殺できる。

 仮に兵となれば、間違いなく目覚ましい戦果を挙げることが可能だろう。無論、とても法の番人となれる人間性ではありえないが。むしろ正反対の存在だ。


「成程。とにかく、君としては瞬間の見極めを重視する訳だ。現場視点の意見だね」


 珈琲に口をつけながらリチェルは頷く。


「そういうアンタさんは何が重要と考えるんで?」


 その道の専門家である兄が問い返してくると、


「そうだね。僕は『動機』だと考えている」


 ある意味でやはり専門家となる白髪の青年は、迷うことなくそう答えた。


「なぜその人物は殺されたのか? そこを起点に、全てが蜘蛛の巣のように広がっていくんだ」


 何を隠そうリチェル・ヴェーレは、北方の小国で知る人ぞ知る『探偵』としての顔を持つ。幾度となく殺人事件の捜査にも協力し、解決に導いた実績がある。しかし、今は『加害側』として思考を巡らせた。


「レインディールの治安維持力ならば事が発覚次第、素早く捜査に取り掛かるだろう。そこで調べ進められていった先に、我々の存在が浮かび上がることがあってはならない」


 今回の標的はアヤカ・レンジョーなる少女。

 聞けば何の力も持たぬ平民。仮に腕の立つ詠術士メイジだったとしても、所詮は一個人。ただ始末するだけならば造作もない。

 しかし。


「そもそも、カヒネから話を聞いた時点で少しばかり手間だと感じてね。だから、わざわざ君たちガードンゼッファ兄弟を呼び寄せた」


 二人の到着を待つ間、リチェルは独自に調べを済ませていた。

 対象はミディール学院に住み込みで勤務。生徒ではない。詳細は不明だが、最近まで昏睡状態に陥っていたらしく、一部の間には『眠り姫』として知られる存在であるようだ。

 そしてつい先日『信盤』で連絡した折に知ったことだが、リンドアーネはこの『眠り姫』の存在を早い段階で認知しており、レインディールに近づくための足がかりとして利用できないか模索していた。

 しかしそうこうしている間に、相手は眠りから覚めてしまったということになるらしい。


「ただの小娘じゃぁないんですかい?」

「彼女自身は取り立てて特筆すべきこともない平民のようだ。問題は、彼女が住まうミディール学院という環境さ。学び舎とはいうが、元は城だったらしくてね。今でも防備は十二分。食事場と寝床も完備されていて、生徒や教員、関係者は基本的にここで生活を完結している。原則、外に出る必要がないんだ」


 頑強な壁に守られており、見慣れない部外者がいれば目立つ……というより、まず怪しまれる。いかにオルケスターとて、違和感なく潜り込むことは難しい。


「対象とカヒネはこの王都で接触したってぇ話でしたねぇ。なら、また出てくるのを待つってのはどうなんでさ?」

「頻繁に外出するのであればそれでもいいんだけど……カヒネの話を聞いた限り、そうという訳でもなさそうだ」


 相手は初めて王都へやってきたような話をしていたと聞いている。

 待てばいずれは出てくるだろうが、それがいつになるかも分からない。少なくとも、この週末は学院を出ていないようだった。残念ながら、その時をのんびりと悠長に待っていられるほど暇でもない。


「んなら、手っ取り早く外から吹っ飛ばしちまいてぇなぁ。こんなことなら持ってくりゃよかったぜ、アーミック」


 面倒を嫌いがちな弟ガファイのほうが、残念そうに天を仰いだ。


 オルケスター秘蔵の広域破壊兵器、その名称をアーミック。最新型はBA‐49。

 大陸南部の超巨大都市国家、ザッカバール大帝国によって生み出されたそれは、これまでの兵器とは桁違いの性能を誇っていた。

 射出される火線は、地を裂き割り山を切り崩す。その暴威たるや、数秒で周囲の景観を荒れ地へと変えてしまうほどだ。直近では、モワダラーリ砂漠を根城としていた無法者集団、魔闘術士メイガスの住処を文字通りの意味で潰している。

 攻撃特化の『ペンタ』すら凌駕する殲滅力に加え、神詠術オラクルでないゆえに防護術の類に阻まれることもない。

 多少の砦や小城であれば、外壁ごと吹き飛ばせる代物だ。


 兄弟に使用許可が下りているのは型落ちの軽量機だが、それでもミディール学院を瓦礫の山に変える程度は容易い。狙い撃てば、レインディールにひとつしかない神詠術オラクルの専門校はその歴史に幕を下ろすことになる。建物の崩壊と、多くの生徒の死をもって。

 雑で乱暴なガファイの意見だが、標的が誰だったのかを絞らせない意味では、充分に有効な選択肢といえる。

 唯一にして最大の欠点は、運用に際して莫大な費用がかかることだ。一度持ち出すだけで、並の貴族が数人首を吊る程度の金が失われる。


「確かにあれを使えば手っ取り早いかと。けど、そうなるとさっき言った『動機』の話になる訳だ」


 アーミックは南方特有の進んだ工業技術によって開発された最新鋭兵器。交流が皆無に等しい大陸中央部や北部では未だ認知すらされていない。オルケスターとて、ザッカバールの高名な騎士であるテオドシウスの協力あってこそ所有できたものだ。


 やれば確実に成功する。

 が、問題はその後。


 ミディール学院はどんな手段によって破壊されたのか? そうなるに至った理由は?

 前代未聞となるに違いないこの派手な惨事は、大きな注目と謎を生むことになる。様々な憶測を呼ぶのは避けられず、


(何より……その憶測が、真相に直撃する)


 それに遠方からの掃射となる以上、アーミックといえど撃ち漏らす懸念は払拭し切れない。万が一にも本命が生き残るようなことがあれば本末転倒だ。


「ちなみに僕も調べて知ったことだが、この学院には奇しくもあのリューゴ・アリウミとベルグレッテ・フィズ・ガーティルードが滞在している」

「……へぇ?」


 兄弟の眼光に危険な色が混ざる。

 粛々と任務をこなす暗殺者としてのそれではない。強者との交錯を渇望する、戦士としての気質。

 その年端もいかぬ少年少女がバダルノイスでの計画失敗の大きな要因となったことは、既に組織内の誰もが知る事実となっている。討ち取れれば名が上がることは言うまでもない。

 そんな野心を承知しつつ、リチェルは説明を続ける。


「例えばアーミックを使ってこの二人も一緒に始末した場合、別の問題が発生する。既に彼らによって、オルケスターの存在はレインディール中枢にも伝わっていることだろう。バダルノイスの一件からさして時間も経っていない。そんな今の状況で彼ら二人が殺害されたなら、それこそ我々の凶行を疑われてしまう可能性があるかと」

「? つまり……どういうこってぇ?」


 あまり頭の回らないガファイが間抜け面で首を傾げる。同じ顔をしつつも知恵の働くロワドが、面倒げに血縁を見やった。


「纏めて吹っ飛ばした場合、標的のお嬢ちゃんについては明るみに出ねぇで済むだろうが、そのせいでむしろリューゴ・アリウミとベルグレッテ何ちゃらを狙ったオルケスターの襲撃だと『勘違い』されるってこったよ。バダルノイスでの一件から、そう推測する奴は少なくねぇはずだからな。つまりこれに限っては、その勘違いがむしろ真犯人に繋がっちまう。面倒臭ぇ話だ」

「その通り。だから今回、この二人に手を出すことは容認できない……というより、アーミックがあったとしても使うのは悪手かと。ただ学院が破壊されただけでも、やはり同様の『勘違い』がなされるはずさ」


 先ほど沈思したことだ。

 今はまだその時ではない。

 あくまでカヒネの保護とその事後処理のみが目的。

 本来なら、現段階でレインディールに接触するつもりなどなかった。

 リチェルらが今こうして現地にいるという状況だけでも、心配性なリンドアーネなどは不本意に感じているはずだ。

 未だよく分かってなさそうな弟に反し、兄は大仰に頷く。


「なーるほどねぇ。事情は理解しやぁしたよ。外からハデにブチかます訳にゃいかねぇ。遊撃兵の小僧と騎士の小娘に手出しも出来ねぇ。そういった制約を踏まえながらも標的だけを確実に仕留めるために、俺らを呼んだってぇ訳ですかい」

「そういうことだね」


 それら事情に加え、リチェルは標的とその周囲の者たちに顔を見られている。単独での遂行は避けたいところだった。ゆえに慎重を期すべく、七日もこの王都で協力者の到着を待ったのだ。

 兄がただただ獰猛に笑う。


「へっへ。嬉しいじゃぁないですかい、リチェルの旦那ぁ。『蛇野郎』より、俺たちを買ってくれたってぇ訳だ」

「単にこの任務を達成するに当たっては、『ラハブの毒蛇』よりも君たちの方が適任だと判断しただけだよ」

「チィッ。あんな白目野郎がどんだけのモンだってんだ」

「まぁ~そう言うな弟よ。今後の仕事も俺らに振ってもらえるように、ここはご期待に添えようじゃねぇの。っても思ったんですがねぇ旦那、標的の小娘がバカ正直にカヒネの名前を周りに喋ってねぇ保証もありゃぁせんぜ。所詮はガキの口約束だ。まして、接触から日も経ってると来た」


 もっともな懸念をロワドが指摘すると、ガファイが「おぉっと、皆殺しかぁ~?」とそれを望むように口角を上げる。が、


「ああ。それについてはあくまで予想になるけど……少なくとも現時点で、アヤカ氏は約束を破っていないと踏んでいる」


 リチェルは仮定ながらも自信を滲ませて答えた。


「そりゃまた、どうしてそう思うんでさ?」

「ミュッティの報告から察するに、おそらくリューゴ・アリウミとベルグレッテ・フィズ・ガーティルードはカヒネの名を認知している。我々に迫るための、数少ない情報として共有しているはずだ。で、リューゴ・アリウミとアヤカ氏は旧知の間柄らしいことが分かっている。アヤカ氏がカヒネの名を漏らせば、まずリューゴ・アリウミの耳にも入るかと。そして彼がカヒネの名を聞いたなら、ベルグレッテや王宮に伝えないはずがない。そうなれば当然、レインディールは血眼になってカヒネを捜すはず。しかし今のところ、そういった動きは見られない」


 通りの向こうへ目をやれば、巡回の兵士が退屈そうにだらだらと歩いている。その様子は、リチェルの考えの正しさを裏付ける証とも思えた。

 カヒネから聞いた標的の性格からしても、軽々に約束を破ってしまう相手ではないと判断している。


「へえぇ~、よう考えなさらぁ。流石、本職は探偵ってなもんですなぁ、リチェルの旦那」

「しかしもちろん、今後も大丈夫だという保証はない。本人に喋るつもりがなくとも、何かの拍子に口を滑らせてしまうこともあり得る」


 今この瞬間にそうなっていないとも限らないのだ。


「それに、限りなく可能性は低いが……それこそヴァルゾールカと同じ能力を持つ人間に『覗き見』られることがあれば、本人の意思とは関係なく情報が漏出してしまうしね」

「そらぁご尤も。ほんで、どうしやす?」

「手段に関しては奇をてらう必要もない。まず僕が偽の依頼を用意して、例の二人を学院から引き離す。その隙にお前たちは兵士を装って目標へ接触、学院から連れ出して始末するんだ。必要なものはこちらで用意する」

「成程、堅実な手で。兵士に化けるのは構わんのですが、標的の小娘を連れ出す理由はどうしまっか」

「カヒネと二人で王都の地下水路に落ちたと聞く。その件で確認したいことがあるとでも言えば、違和感なく連れ出せるかと。他に質問は?」

「標的の小娘以外にも、カヒネと一緒にいたガキどもがいるってぇ話でしたが。そっちは殺らんでいいんで?」

「カヒネと一緒にいた者が全員死んでしまえば、事件の規模が大きくなることで無用な注目を集める羽目になる。露店の販売員を始め、彼女たちが共に行動している様子を見ていたものは少なからずいるだろうからね。その者たちに気付きを与えることは避けたい」

「ふぅむ、了解。あとはそうですな……邪魔が入りそうになったら?」

「一緒に始末して構わない」


 ……同じなのだ。

 敵も味方も、そしてリチェル自身も……皆、最終的に行き着く先は『彼女』の下。たどる過程が少し違うだけの話。

 しかし導かれるその前に、すべきことを完遂せねばならない。

 でなけば、人は――全ては、滅んでしまう。


(……せっかくレインディールにいるんだ。ダーミーにも協力を取り付けるとしようか)


 リンドアーネが知れば顔をしかめそうだが、リチェルは切れる手札があるなら惜しまない。使えるものは何でも使う。


「了解でさ。ほんじゃま、準備に取り掛かりまっか」


 思い巡らすリチェルの内心をよそに。気晴らしに出かけるような軽さで、暗殺者の兄弟はのんびりと席を立った。

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[一言] アヤカ、覚醒の時。
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