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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
14. 彩る季節、花々しく
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547. 安息日の出会い

 華美な装飾の施された石の噴水から、幾条もの放物線が放たれている。その飛沫が太陽の光を受け、煌びやかな七色を虚空へと描く。

 石畳を走り抜ける馬車は慌ただしく、ひっきりなしに途切れることなく行き交う。

 そこかしこに出店が軒を連ねており、多くの客で賑わっている。安息日と呼ばれる休日だからか、人の波が途切れることはなさそうだ。


「………………」


 公園のベンチに腰掛けた彩花は、それらファンタジー世界が織り成す風景に見入っていた。


(ほんと……異世界、なんだ……)


 何ひとつ取っても、日本とは違う。そんな、今さらの感慨が胸に去来する。目に映るもの全てが新鮮で、いつまでも飽きずに眺めていられそうだった。

 それら景色のひとつである前方の出店から、ミアがテテテと小走りで戻ってくる。


「はい、おまたせー! アヤカちゃんのぶんだよ!」


 と、小さな両手に一本ずつ握りしめたアイスキャンディーの片方を差し出してくれた。


「うん。ありがと、ミアちゃん」


 食後のデザートである。ミアが買ってきてくれるとのことで、お言葉に甘えて待っていたのだ。

 ちなみにマデリーナとエメリンは、少し離れたところにある別の出店で並んでいる。そちらの品のほうが好みだったらしい。


「それじゃ、いただきまーす。……っ、はわ、つめた」


 彩花は受け取ったキャンディーを口へ運んだ。

 きんと冷えた氷の食感と、舌に広がるほのかな甘み。こうした菓子類も、突飛な味付けでなく口に合うのはありがたい。ちなみに、昼食のパンも絶品だった。

 流護から食事関連のクオリティは心配しなくていいと聞いていたが、なるほど間違いなさそうだ。


「冷たくておいしいね!」

「……うんっ」


 隣でキャンディーを頬張るミアの笑顔に釣られ、彩花の頬も自然と綻ぶ。

 異世界で暮らすようになって一週間。

 どうにか慣れ始めて、少しずつだが心にも余裕が生まれてきた。


 という訳で、『本調子を取り戻しつつある蓮城彩花』として思うことがある。


(やー……ミアちゃんって、健気でかわいいなぁ……)


 流護がこの少女を娘代わりだと言い出したときは頭がおかしくなったのかと思ったし変態だしキモいしエッチだしドン引きだったが、こうして接していると少し理解できる。

 ちっちゃくて常に一生懸命な様子が微笑ましく、何というか保護欲を誘うのだ。


 彩花には自他ともに認める、『小さなもの好き』という嗜好がある。

 それは物品、動物、人間問わず――というより、彩花自身としても明確な区分けはない。「あ、かわいい」と直感的に思えばそうなのだ。なぜかそれに対して流護は昔から「お前やばいよ……」などと引き気味のトーンで言ってくるが、別にそこまで変な趣味ではないはずだ。小さなものは可愛い、正義。それだけの話。そして、ミアはその対象に含まれると彩花の本能が訴えている。


(でもちっちゃいとか言うと、ミアちゃんは嫌がっちゃうんだよね。そこがまた、背伸びしてる感じでかわいいんだ……)


「どしたのー? アヤカちゃん。すごく嬉しそうな顔してるけど……」

「へっ? い、いや、なんでもないよ」


 緩んだ表情で見つめてしまっていたらしく、慌てて目を逸らす。


(あれだ。昔、叶慧かなえ姉が飼ってたデストロイちゃんに似てるんだ……)


 ちなみにやや物騒だがハムスターの名前である。

 屈託のないキラキラした瞳で見上げてくるところや、ふんふんと鼻息が荒い様子などがそっくりなのだ。流護がミアを小動物呼ばわりしていたが、確かにそれも納得できる。


(落ち着け私……ミアちゃんはミアちゃん。デストロイちゃんではないのだ……、ん?)


 周囲の街並みに意識を逸らすことで欲望のクールダウンを図っていると、気になる光景が目に留まった。


 自分たちが座るベンチより少し前方、植え込み近くの木陰を一人とぼとぼ歩く少女の姿。

 地球換算で中学生ぐらいだろうか。髪は白灰色のボブカット、肌は薄い小麦色。背はミアよりも低い。黒を基調とした肩掛けや長めのスカートを着用しており、可愛げなそれらがよく似合っている。気になるのは、その衣服がややすり切れているように見えることだ。そのうえ、足取りもどこかおぼつかない。


(あの子、具合でも悪いのかな……? 一人みたいだけど……)


 などと思った矢先だった。

 少女が突然、力尽きたように膝から崩れ落ちる。そのままばったりと、石畳の上に倒れ込んでしまった。


「ちょっ!? だ、だいじょうぶ……!?」


 考えるより早く、彩花は咄嗟にベンチから立ち上がって彼女の下へ駆けつけた。


「し、しっかり!」


 抱き起こして支えると、驚くほど軽い。近くで見ればその小さな丸顔は羨ましいほど将来有望な造作だが、伏せられた瞳は長めの睫毛に閉ざされ、眉間には苦しげに眉が寄っている。

 加えて、やはり間違いない。少女の衣服は所々にほつれや穴、汚れが目立ち、肌にもかすかに土埃や泥のようなものが付着していた。


「ど、どうしちゃったんだろ……!」


 遅れてやってきたミアも覗き込んであわあわしている。


「う……」


 気を失ってはいないようで、少女がうっすらと目を開く。そこから覗く瞳の色は、淡く薄い紫色だった。どことなく、繊細そうな顔立ちと相俟って儚げな雰囲気を感じる。


「わ、たし…………? ……あ!」


 虚ろだった瞳の焦点が彩花に合うや否や、


「す、すみません……! だ、だいじょうぶです……!」


 慌てて身を起こそうとする彼女だが、まるで力が入っておらず、押さえつけている訳でもないのに彩花の腕の中でもがくだけだ。


「ちょっ、ちょっと落ち着いて……!」


 彩花も必死に少女をなだめる。

 倒れた理由も分からないのだ。今はとにかく安静に――

 ぐぎゅるるるるるる。

 地鳴りめいた凄まじい音が彩花の思考を寸断する。その発生源は少女の腹部。華奢な細身からは想像できないほどの。


「………………」

「………………」


 沈黙に包まれる一同。

 ともあれ、彼女が倒れた理由は判明した。






 串焼きを平らげたと思えば、すぐさま素揚げにかぶりつく。返す刀で、焼き芋の先端を噛み千切る。

 一見して可憐なその少女の食事ぶりは、凄まじいギャップというか鬼気迫るものがあった。

 一同は、半ば呆然とその様子を見守る。


「うっ、ぷ! …………し、失礼しました。ご、ごちそうさまでした……」


 やがて一通り平らげた彼女は、外見通りの清楚な声と仕草でお辞儀。ようやく印象と所作が一致した。


「えっと……お腹はいっぱいになった?」

「は、はい……ほんとうに、ありがとうございました。ごちそうさまでした……」


 戸惑い気味な彩花の問いを受け、少女は耳まで赤くして消え入りそうな声で頷く。


「う、うん。まあ、ならよかった」


 はは、と彩花も適当に笑っておいた。


 ――さて、場所は変わらず公園。

 空腹で倒れた少女を介抱し、近くの出店で食べ物をいくつか買ってきて与えたところだった。量的にはさほどでもないが、とにかく凄まじいまでの勢いを見せつけられ、皆それぞれ困惑している。


「いやぁ、すっごい食べっぷりだったねぇ~……。そんなにお腹空いてたのかい?」


 呆れたように話しかけるのは、先ほど騒ぎに気付いて戻ってきたマデリーナである。


「は、はい。お金を使い切ってしまって、一昨日からずっとなにも食べてなくて……。す、すみません」


 と、少女は申し訳なさそうに縮こまる。


「あんた、この辺の子じゃないね」

「……はい。えっと、旅をしていたんですけど……」

「まさか一人で? じゃないよねぇ、いくら何でもその若い身空で」

「あっ、はい……その……道中で、兄……と、はぐれてしまって」


 どこか、罪を告白するかのような口調だった。

 聞けば、服がほつれたり肌が汚れたりしているのも、何日か野宿で夜を明かしていたためらしい。

 年齢は十三歳だそうだが、自分より年下の少女までもがそんな風にたくましく生活しているという事実に、彩花としては驚くばかりだ。


「名前は?」

「あっ、申し遅れました……、ユウラ、です」


 マデリーナに尋ねられて、彼女――ユウラはたどたどしく、申し訳なさそうにそう名乗った。


「兵舎には相談してみたー?」


 そんな確認をするのは、マデリーナと一緒に戻ってきたエメリンだ。


「あ、いえ……」

「なら、連絡したげようかー?」


 エメリンはそう提案しつつ、ピッと人差し指を構える。以前ミアにも見せてもらった通信の術とやらで、携帯電話のようにこの場から通報できるのだろう。


「あっ、いえ、ご心配には及びません……。兄とは、何かあればこの街で落ち合う予定……に、なっていまして。あと何日かすれば、来てくれると……」

「そっかー。でも、お金ないんでしょー? 大丈夫なのー?」

「それは……ってああ! お金!? そうです……私、お金持ってないのに! あんなに飲み食いしてしまって! お支払いが!」


 今さら大慌てとなったユウラの困り顔が面白くて、彩花はつい吹き出してしまった。


「ふふ。そんなの気にしないで。困ったときはお互いさまだし」


 自分の初めての稼ぎで行き倒れていた人を助けられたなら、彩花としては少し誇らしいぐらいだった。


「す、すみません。ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「ふーむ。そんじゃユウラ嬢、ちょっとこれから、あたいらに付き合いなよ」


 と、マデリーナがおもむろにそんな提案を持ちかけた。


「は、はい?」


 及び腰となるユウラへ、彼女はニッと悪戯っぽい笑みを送る。


「あんた、泊まるお金もないならまた野宿でしょ? いくら王都が治安いいっても、いたいけな女子が何日も外で寝泊まりするのは危なすぎるって。だからこれから、宿泊券を獲得しに行こうじゃないの」

「宿泊券? 獲得?」


 その単語を拾うのは彩花だ。


「そっ。王都の店は、買い物するとおトクな券を付けてくれるところが結構あるんだ。割引券だったり宿泊券だったり、色々とね。あたいらどうせ、ブラブラ買い物する予定だったじゃん? だからそれで宿泊券もらったら、ユウラ嬢に進呈してあげようってことさ」


 聞けば、ようはリピーター狙いでそういった券を配布している店がかなりあるらしい。彩花たちとしては学院へ日帰りする予定なので、確かに宿泊券を手に入れても当分使い道はない。であれば、今日の寝床にも困っているユウラに譲ってあげられれば最良だ。


「おー、いいねー。マデリーナ、やるじゃんー」

「うん! いいと思うよ!」


 エメリンとミアが秒で同意する。彩花も異論はない。「私もいいと思います」と、すぐに頷いた。


「きひひ。そいじゃ決定ーっと。こうして出会ったのも何かの縁さ。あたいらと一緒に街をブラブラしようじゃないか、ユウラ嬢」

「え……で、でも、そんな……お世話になりっぱなしで、悪いです……。私、なにもお返しできませんし……」

「いいからいいから! 誰も損しないんだ、気にすることないって。ブラつくなら人数多ければ多いほど楽しいし。ほら、行くよ!」


 半ば強引なマデリーナに引っ張られる形ではあったが、ユウラが少し嬉しそうな表情になったのを、彩花は見逃さなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 正体はカヒネで兄はリチェルのことかな?
[気になる点] だ、大丈夫か?この新キャラ本当に無害なんか…(警戒)
[一言] 「…頭がおかしくなったのかと思ったし変態だしキモいしエッチだしドン引きだったが…」 彼が聞いたらこう言いますね。 「どんたけだよ!紳士であるおじさまな気持ちに酷くね?」
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