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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
14. 彩る季節、花々しく
545/668

545. 王都への路

 流護と彩花が校門前へ赴くと、すでに同行者の三人が待っていた。

 おなじみのミアの他に、


「あー。二人とも、おはよー」


 ハネた銀色の癖っ毛が目立つ、大人しげな雰囲気の女子生徒。間延びした喋り方から少しポヤポヤした印象を受けるが、通信術の腕前には定評があり、その技量はベルグレッテをも凌ぐ少女ことエメリン。


「お、来た来た。よろしくねー、二人とも」


 そしてこちらは、長くカールした赤毛と褐色気味の肌が特徴的な、ギャル風の女子生徒。流護としてはあまり面識がないが、ベルグレッテやミアの級友で、マデリーナという名前だけは知っている。


「うーっす。ちょっとお邪魔するっす。ってか、今日はこいつをよろしくお願いしまーす」


 ぽん、と彩花の肩を叩いて前に押しやる。


「え、えっと。今日は急にすみません。よろしくお願いします……」

「きひひひ。そんな畏まらなくていーから。肩の力抜いてよ~」


 マデリーナが井戸端会議の婦人ばりに片手を振って笑う。

 休日ということでテンション高めな女子生徒三人と、慣れない面子を前に借りてきたネコ化している彩花が実に対照的だ。

 ちなみに、彩花はベルグレッテから借りた簡素な春物のワンピースを着用している。

 そうこうしているうち、一台の馬車が校門前にやってきた。


「来た来た。そいじゃ行きましょーか」


 マデリーナを筆頭に、ミアとエメリンも続く。

 子供の頃からこの移動手段に慣れ親しんでいる異世界の少女らとは正反対に、彩花の足が止まる。


「うわ……」


 ブルルと鼻を鳴らす立派な馬と、彼(もしくは彼女)によって牽引される乗車室。それらを前に圧倒される、現代日本の少女。


「あ。そいやお前、馬車初めてか。まあいいや、さっさと乗れ」

「わっ、分かったから押さないでっ。ひゃ、どこ触ってるのっ」

「お前の脇腹に当たってる存在のことなら、それは手すりだぞ」

「え? あっ」

「手すり君、役目果たしてるのに文句言われてかわいそう」


 おっかなびっくりな彩花を押し込みつつ、王都まで片道四時間の旅路が始まるのだった。






 向かい合う形で五人座って、ガタゴトと揺られる。


「し、振動やば……。流護は平気なの?」

「まあ最初は舌噛みそうになったし、具合悪い時に乗ってリバースしたこともあるけどな。今はさすがに慣れたわ」


 二人の故郷に比べたならあまりに粗雑な土の街道と、ろくなサスペンションも内蔵されていない車体の合わせ技。平気で寝れるようになるまでには、少しばかりの時間と経験が必要だ。


「はぁ……、馬車とか、慣れる気しないかも……」

「ま、向こうにいたら縁ないだろうしな」

「ん? ちょっと待って。もしかして二人の故郷って、馬車ないの? それじゃ遠出するとき、どうやって移動するわけ?」


 こちらの会話が耳に入ったか、そんな疑問を呈してくるのは向かい席のマデリーナだった。

 ああ、とこれには流護が受け答える。


「馬車も昔はあったみたいだけど、今は一般的じゃないんだよな。その代わり、クルマっていう乗り物があってさ。馬車の乗車室が、馬の力なしに動く感じかな……。道もすごい平らで整備されてるから、ほとんど揺れもないんすよ」

「へー、そりゃすごい。よく分かんないけど……そんなことができるなら、結構な技術持ってそうねぇ」


 と、そこで彼女はきひひと意味ありげに含み笑う。


「技術っていえば遊撃兵殿~。例の魂心力プラルナの結晶を使った商品開発、とやらはどうなってるんですぅ?」


 何やら悪どい商人のように尋ねてくる。


「色々と上手くいった暁には、是非とも我がパウエルソン商会を窓口によろしくお願いしますよ~、なんちゃって」


 何事かと思う流護だったが、すぐ思い至る。このマデリーナは、レインディールでも有数の商家、パウエルソンの一人娘なのだ。どおりで、揉み手の仕草が堂に入っている。


「おー、ちゃっかり売り込んでいくー。商売人の鑑だねー」


 隣席のエメリンが間延びした称賛を送ると、当のマデリーナは複雑そうな顔となった。


「いやー最近はホンット、ジェイロムが幅利かせてるからさー。どうにかしてウチも手を広げていかないと、いよいよ苦しくなってきたんだって」


(ジェイロム……って聞き覚えあんな。何だっけか)


 ど忘れした流護が思い当たるより早く、ミアが鼻息ひとつ。


「でもでも、ジェイロム商会の温術器とかすごいもん。ふわーって、すぐにあったかくなって……あれは売れちゃうよ~」


 そうだ。流護もこの冬、ミアのおすすめで一台の温術器を購入した。その製造元の名前がジェイロム商会だったはずだ。


「おのれミアー! あんたはジェイロムの回し者かー!」

「フワー! はへへー!」


 マデリーナにほっぺを引っ張られるミアの様相は、よく伸びる餅のようであった。


「でもさー、ありえないってあの性能の高さは。元々ジェイロムって封術道具を得意にしてるみたいだったけど、ここ最近は他と段違いよ? ホント」


 はあ、と商人の娘は憂鬱な溜息を吐き出した。


「ウチだって、代々レインディールでやってきた老舗だからね。外の連中にやられっぱなしになってるわけにゃぁいかんのですよ」

「ああ、ジェイロムってのはヨソの国の商会なんだっけ」


 ロック博士から少し聞いた気もするのだが、流護としてはあまり興味がない分野の話だったのでほとんど記憶に残っていない。

 マデリーナが渋い顔で頷く。


「そ。『北の地平線(ノース・グランダリア)』の東側、エッファールク王国に拠点があるって話よ。あんな小さな国で、どうやってあそこまで力つけたのやら。あやかりたいわーホント。それにしたって、他人事じゃないですよ~? 遊撃兵殿ー」

「ん? 何がすか?」


 急に思いもよらないことを言われ、少年はキョトンとなる。


「今後、その例の結晶を使った道具を作って売っていくにしても、ジェイロムが立ちはだかることになるワケですよ」

「ふーむ」


 いわゆる商売敵、ということか。

 もちろん、アルディア王を始めとしたこの計画に携わる人々も、そのあたりの市場調査などは進めているだろう。すでに、ライバルになる存在として認識しているかもしれない。


(ジェイロム商会、ねぇ)


 流護としては正直実感がないというか、畑違いだ。

 その相手がバリバリの悪の武闘派組織であればともかく、商会となれば『拳撃ラッケルス』の手腕を振るう機会はないだろう。


「そう! そうそう!」


 と、そこでマデリーナがパンと手を打ち鳴らす。


「知ってます? そのジェイロムの会長の話!」


 流護のみならず、彩花や隣のミアたちの顔を見渡しながら、彼女は興奮気味に続ける。


「名前は、クィンドール・ジャロスバーチル。元騎士のやり手で、その界隈だと有名な大物! だからいい噂も悪い噂も色々あるんだけど、注目すべきはその渾名ですよ~」

「あだな?」


 商会の長が元騎士というのは少し意外だが、その渾名がどうしたというのか。


「騎士時代の二つ名とかはまた別にあるって話だけど……かつてはその凄まじい剣の腕前で、周囲からこう呼ばれたんだそうな。――『剣撃ブランディシア』って」


 字に起こすと『剣撃』だという。つまり、


「おー。リューゴくんの『拳撃』に似てるねー」


 エメリンが目を丸くする。

 拳と剣。『拳撃ラッケルス』と『剣撃ブランディシア』。


「でも、絶対にリューゴくんのほうが強いよ!」


 そこで根拠もなく即断で奮起してくれるのは、やはり愛しの娘ポジションことミアである。


「うわでた。ミアのお決まりの文句~」

「なにさ!」


 からかい気味のマデリーナにニヤニヤされ、ミアがプンスコする。


「……いくらあんたでも、剣には勝てないんじゃない?」


 向かい席の賑やかさに紛れる形で、彩花が小さく囁いてきた。


「どうかね……」


 少年は言い返すでもなく窓の外へ目をやった。

 有海流護には、この世界においてのみ発揮される稀有な身体能力がある。単に剣の腕前が優れているだけなら、誰だろうとまず相手にはならない。率直に言って勝てる。基本性能が違うのだ。

 が、格闘家として少し興味が湧かないでもなかった。


 クィンドール・ジャロスバーチル。

 業界最大手の商会長でありながら『剣撃ブランディシア』と称されるその男は、果たしてどのような使い手なのだろう、と。






 王都レインディール。


 当然ながらレインディール王国の首都であり、人口は約五万人。

 街の中心部には、領内のミディール学院を遥かに上回る大きさの荘厳な城が鎮座している。


 街を囲む外壁の高さは十マイレを越えるだろう。壁はそのまま小規模の砦として機能しており、壁上には屈強な兵士たちが常在し、いくつもの大砲やバリスタが設置されている。

 例えドラウトローやルガルあたりが何体か襲ってきたところで、門前へとたどり着く前に消し炭と化すはずだ。


 雑貨店や食料店の品揃えも実に豊富である。中でも菓子屋『モンティレーヌ』は、王族ご用達の店となっている。女性の方は是非とも立ち寄っていただきたい。

 大衆酒場『ゲーテンドール』の料理や酒は一級品で、昔ながらのレインディール式の佇まいは、どこか心を落ち着かせてくれる。


 しかし華やかな街であるがゆえ、ならず者の類にも注意したい。

 だが、過度に神経をすり減らす必要はない。王国自慢の優秀な王宮兵士や騎士たちが、きっと助けになってくれるだろう。


 特に筆者としては、ロイヤルガード見習いの美しき姉妹を推薦したい。

 しかしいざいさかい事に巻き込まれた際、姉妹騎士どころかむさ苦しいおっさんに捕まり、延々と尋問を受けるハメになってしまったので、諸兄は自分の持つ運と相談されたし。


 では、貴方が楽しいレインディールのひと時を過ごさんことを願って。


『おお楽しきレインディール』

 著・ミッシェル・ガランティーン(吟遊詩人)


(……なにこれ)


 街道の凹凸が平坦になったのか、揺れが弱まっていたので備え付けの大判本に目を通していた彩花だったが、誌面から離れて首を回した。


「ふう……」


 ミディール学院を出て数時間。慣れない馬車に揺られ続けて気疲れしそうな現代日本人の少女とは裏腹、向かい席のミアたちは平然とお喋りに興じている。


「え? うそ、マデリーナ持ってるの!? ミーティレードの晶石!」

「まーね。ウチの親父が、たまたま取り引き先のツテで手に入れたんだって。あたいもビックリしたよ」

「聴いてみた? どうだった?」

「いや音もキレイで、さすが大陸最高の歌姫って感じだねー」

「えー。そりゃすごいー。一回、聴いてみたいねー」

「うらやましい! あたしもほしい! 王都に売ってればいいのに~」

「過去に一回か二回、本人が王都まで公演に来たこともあったみたいだけど……まだ、レインディールじゃ流通しづらいのかもねぇ」


 賑やかな会話は尽きないようだ。

 隣の流護はというと、何やら紙束と睨めっこしている。


「それ、なに見てるの?」

「ん? 資料だよ。今、色々便利道具作ってるって話したろ。俺と博士は、一応その監修みたいなこともやってるから」

「そうなんだ」

「暇さえありゃ、こういうのも進めておかんとでな。だからニートじゃないんすよ俺。ニートじゃないんすよ」

「そう……」

「おい信じろや……、っと」


 と、そこで流護が窓の向こうへ首を巡らす。


「おう、着いたぞ彩花」

「え?」


 釣られるようにその視線を追った彩花は、


「うわ……!」


 その景観に思わず釘付けとなった。

 馬車が向かう先に連なるは、どこまでも続く石の外壁。その長さと高さたるや、ミディール学院のそれとは比較にならない。ここからではまだ距離もあるはずだが、それでも全容を窺うことすらできそうにない巨大さ。どこまで続いているのか、横一直線に連なっているその先が霞んで見える。

 今ほど目を通していた吟遊詩人の記述でも書かれていたように、壁の上には大砲らしきものや兵士らしき人の姿があるようだった。


「着いた着いたー。とりあえずお昼だねー。どこで食べるー?」

「そういえば、こないだ十番街に新しい店ができたって聞いたねぇ。パンが美味しいらしいよ」

「行ってみたい!」


 ミディール学院女子たちも、到着を見越して次の予定に思いを巡らせている。

 みるみるうちに壁が近づき、馬車はそこへ設けられた巨大なトンネルに突入。すぐに抜けたその先には、


「う、わ……!」


 彩花にとっては映像や絵でしか見たことのなかった街並みが、現実に広がっていた。

 色とりどりの煉瓦や石を用いて建てられた建築物、それらの間を縫う形で広がる石畳。道行く人々も皆、中世西欧風に近しい出で立ち。

 活気に溢れたファンタジーの大都市が、そこに……確かに実在している。まるで夢でも見ているようだ。


「すご……。これが王都なんだ……。すごいね流護……流護?」


 感動の最中、外の景色から隣の少年へ視線を移すと、彼は何やら深刻な面持ちで腕を組んでいる。


「……どうかしたの、流護?」


 何かあったのだろうか。問いかけると、真剣そのものといった表情の幼なじみは、彩花を正面から見つめ返してこう言った。


「うんこ行きたい……」


 はい、こういう人でしたよ。

 一緒にライブに行けば退屈そうだったり。おめかしして夏祭りに行けば焼きそばしか興味がなかったり。昔から雰囲気とかデリカシーとか情緒とか無縁な奴でしたよ。


「もういいもんっ」

「は? 何で急にキレてんだこいつ……。……う、……早く着かねーかな……」


 慣れなくも新鮮な風景に見入っていると、やがて周囲が開けて巨大な城が現れた。ミディール学院の何倍に相当するだろう。長大な階段の先に入口らしき門が見える。


「でっか……」


 呆気に取られて眺めているうち、馬車が減速を始め、やがて停止した。


「着いた着いた! さー降りるよ!」

「とうちゃーく! ふいー! ついたよ、アヤカちゃんっ」

「う、うん」

「忘れものないようにねー」

「うんこ……」


 慌ただしく乗車室を後にした一行は、数時間ぶりに大地へと降り立つのだった。






「………………」


 眼前に鎮座する荘厳な建造物を前に、彩花は開いた口を閉めることすら忘れていた。


「これがレインディールのお城だよ!」


 とことこと隣にやってきたミアが、RPGの町人みたいなセリフで説明してくれる。


「う、うん……すごいね……」


 現代日本の少女はというと、ただただその威容に圧倒されるばかりだ。つい語彙力も消失してしまって、大した感想が出てこないほどだった。

 ミディール学院が比較にならないほどの大きさ。果たして内部はどれほどの広さになるのか、想像もつかない。


「それじゃ、遊撃兵さんは別行動かい?」

「うす」


 マデリーナの確認を受け、流護が頷く。


「そんじゃ、そいつのことよろしくっす。おう彩花、三人とはぐれて迷子になったりすんなよ」


 いつもなら憎まれ口のひとつも返す彩花だが、あまりの異国感に気圧されていたためか、急激な不安に襲われた。


「え……いや、あんた、えっと……一人で大丈夫なの?」

「誰に言ってんだ。俺にしてみりゃ王都なんて職場の一つみてーなもんだぞ。それよか、お前は自分の心配しろ。こないだも言ったけど、日本と同じつもりでいると危ないからな」


 出立前にも、改めて色々と聞かされた。

 荒々しい大男たちがよく道端で殴り合っているだとか、それを兵士が止めるでもなく観戦しているだとか。スリやひったくり程度は当たり前、場合によっては周囲の人が犯人を追いかけ回してよってたかってボコボコにするだとか。日本では考えられない。


「てかあんたは、どこに何しに行くの……?」


 今さらの疑問ではある。彩花のことに色々と口を出してくる流護だが、意外と自分のことについて語ろうとはしない。


「……仕事だよ仕事。お前に説明したって分からんだろ」

「トイレは大丈夫なの?」

「なんか我慢してたら引っ込んだわ」

「よぅーっし。それじゃせっかくお昼前に着いたんだし、混む前に昼ごはん済ませちゃいましょーよ。お二人さん、よろし?」


 と、マデリーナが流護と彩花の顔を見比べてくる。


「うい。じゃ、俺はこれで」


 片手を上げた流護が、歩道脇の階段をだらだらと下っていく。


「お仕事がんばってねリューゴくん! それじゃあたしたちもいこ、アヤカちゃん!」

「う、うん」


 少しだけ後ろ髪を引かれる思いながら、彩花も少女たちと一緒に歩き始めた。


「リューゴくんなら心配いらないよ~」


 てくてくと隣を歩くミアの表情は、あまりにも晴れやかな満面の笑み。その言葉が嘘でないことの表れでもあろう。だが、


「えっと……ミアちゃんって、どうしてそんなに流護のこと信頼してるの?」


 彼女が流護のことを大好きなのは、これまでの会話や態度で重々承知している。しかし、だからこそ心配になったりはしないのだろうか。


「え? だってリューゴくん、すっごく強いし。それにどこに行っても、ちゃんとおみやげ持って帰ってきてくれるし」

「きひひ。よく言いますのー、ミアさんや」


 とそこで、マデリーナが意地悪そうなジト目と笑みを覗かせる。


「彼とベルがレフェからなかなか帰ってこなかったとき、それはもう子犬のよーにわんわん泣いてたく・せ・に・っ」

「あ、あれは違うもん! ちょっとだけ、捨てられちゃったのかもって思っただけだもん!」

「す、捨てられたって……」


 それこそそんな子犬みたいな。


「と、とにかく! 少なくとも、リューゴくんがやられちゃったのかも……って思って心配したことはないよ」


 すごい自信だ。


「どうしてそんなに……」


 確かに流護は強いのかもしれない。が、その絶対的なまでの信頼はどこから来るのか。


「こないだ、アヤカちゃんにも少しだけ話したけど……。あたし、お父さんに売り飛ばされちゃって」


 ミアが自嘲的な笑みとともに口にする。

 おおよそのあらましは聞いた。現代日本で生まれ育った彩花にしてみれば、ひたすら信じられないような話だったのだが。


「そのときあたし、すごく強くて怖いやつに捕まって……だから、もうダメかもって思ったんだ」

「ミア……」


 隣を歩くマデリーナが、これまでにない心配そうな顔となる。横並びに歩調を合わせるエメリンも同様だ。明らかに、場の空気が少し変わった。重くなった。

 きっとミアや友人たちにとっては、未だ忘れられない恐ろしい記憶なのだろう。


「でも、最後にはリューゴくんが助けてくれた! あいつをバーンってやっつけて、あたしを救ってくれたんだもん!」

「……だね」


 マデリーナがミアの小さな頭を片手で引き寄せ、雑に撫でて回す。


「ホントにね。さすがのあたいも、アイツに勝てちゃう人がいるなんて信じられなかったよ。遊撃兵さんには感謝だわ」

「……ほらほら、もっと急ごうー。ここまで来て並びたくないよー」

「う、うん! いこ、アヤカちゃん!」

「あ、う、うん」


 エメリンがミアを急かし、そのミアに手を引かれて足を速める。


「…………」


 彩花とて、否が応にも察する。

 その事件が解決した今となっても、当事者たちにとってはあまり掘り返したくない話題なのだと。

 それは無関係な外野としての無粋な興味なのかもしれなかったが、


(……『あいつ』、って言ったよね。どんな相手だったんだろ)


 皆が名前すら口にしないその人物。

 その相手に勝った流護だから、何も心配はいらないと無条件に信じてしまえるほどの。

 流護が倒したなどというが、その後に遺恨を残したりはしなかったのだろうか。当事者たる流護も特に何も言っていなかったが……。


「…………」


 後ろを振り返る。

 大きな城と、整えられた石畳の広場。

 当然というべきなのか、そこに先ほど別れた幼なじみの姿が見えることはなかった。

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[一言] これじゃ便撃ですやん
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