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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
530/675

530. 新たなる季節に

 ――風花かざばなの月、五日。


 新たな年を迎えて、早三ヶ月が経過した。

 まだまだ寒さは厳しいものの、じき春の息吹を感じられるようになるだろう。


 そんな季節において、いつもと変わらぬレインディール王国はミディール学院。

 一ヶ月後には最上級生は卒業、在校生は進級、そして新入生は入学を控える。一年に一度訪れる、学院の大きな変化の時期。


 今日は安息日。

 平時に比べれば、生徒の数は激減する。だが今時分は、三年生への進級を控え、来たる順位公表へ向けて教室で自習をしていた者も少なくない。

 そんな二年生の教室にて。


「ほい、マデリーナ。これでいい?」

「ありがとさーん、ミア」


 ミアは、今週の必要な提出物をまとめ役のマデリーナに手渡したところだった。


「ううーむ……」


 派手で大人びた外見のマデリーナは、自分より小さな少女の幼げな顔をまじまじと眺め回した。


「なに、どしたのマデリーナ」


 きょとんとなるミアへ、派手少女は感慨深そうな表情を浮かべて。


「……いやね。ミア、大人になったなーって」

「へ?」

「いやもうさ、ベルと遊撃兵の彼と、レノーレと、あとエドヴィンも……留守にしたままもう結構経つじゃんか。あたいはさ、不安だったわけ。あんたが寂しがってるんじゃないかって」

「それは……寂しいよ」


 しゅんとなった少女に、しかしマデリーナは「そうなんだろうだけど」と付け加える。


「でもちょっと前のミアだったらさ、もうわんわん泣いてたんじゃない? ざびじいよー、ベルちゃーん、リューゴぐーん、って。それはもう、飼い主を恋しがる子猫とか子犬みたいに」

「そっ! そんなことないよ!」

「レフェの時そうだったじゃないのさ」

「うぐっ……」


 指摘通りなので反論はできなかった。


「そう考えるとさ、今回はしっかり我慢して。大人になったじゃんて」

「それは……約束したから」

「約束?」

「ん。ベルちゃんもリューゴくんも、ぜったいに帰ってきてくれるって。今回だって、レノーレを助けてくれるって……」

「きひひ。そかそか」


 くしゃり、と頭を撫でられる。大雑把な彼女らしい、豪快な手つきで。


「……しっかし、今回はレフェの時よりちょっと長いよね。あたいさ、こないだ実家に帰った時、父親から聞いたんだけど」


 マデリーナの家は王都でも指折りの商家である。交流の多さから、自然と色々な情報が飛び込んでくるのだ。


「聞いたって、なにを?」

「城のほうにも、ベルから連絡来てないんだって。考えてもみな、レノーレを連れ戻しに行っただけのはずじゃん? あの子だったら、長くなりそうなら手紙の一つも寄越すでしょ。ここまで音沙汰なしだと、ちょいと不穏だなって話になるわけよ」

「それでも、ベルちゃんとリューゴくんなら大丈夫だもん!」

「どうどう、落ち着きなさい。まあそれでさ。先週ぐらいに、ポミエ様がハルシュヴァルトに向かったらしいよ。バダルノイスに話聞きに行ったみたいだけど、兵隊何十人も引き連れてるみたいだからね、向こうの対応次第じゃ……」


『何か』があれば、バダルノイスとの争いに発展しかねない。緊迫した事態ということだ。


「うう……だいじょうぶだもん」

「あーゴメンゴメン、別にあんたを不安がらせようと思ったんじゃないんだけど」

「ん……。ベルちゃんたちはぜったい大丈夫だよ! 二人とも強いんだから!」


 先ほどからそれしか言っていない気もするが、ミアとしても偽らざる本心なので仕方がない。


「そだね……まあ、あたいもそう思うよ。……そいえばさ、エドヴィンはどこ行ったんだろね? 誰も見かけてないって言うし」

「うーん。あたしはどっちかっていうと、そっちのが心配だよ……本当に、どうしちゃったんだろ……」


 かの『狂犬』として名高い悪童は、同時期にぱったりと姿を見せなくなってしまっている。いかに講義をサボりがちな彼とはいえ、ここまでの長期間に渡って顔を出さなかったことは過去にない。

 ミアとしては何かといがみ合う仲とはいえ、ここまで音沙汰がないとさすがに心配だった。まして、来月には進級を控えている時期だというのに。


「でも……エドヴィンもなんだかんだで、たくましいもん」

「ん、そだね」


 ただの少女でしかないミアにできるのは、いつも通りに過ごすこと。せめて皆がいつ帰ってきてもいいよう、日常を維持しておくのだ。


 という訳で最近、その一端となっている大切な仕事がある。


「あっと。それじゃあたし、そろそろ行くね」


 ミアがそう告げると、マデリーナは意味ありげにいやらしい笑みを浮かべた。


「きひひ。おっとおっと、『眠り姫』のところですか」

「そうだよ! なにさ!」


 流護の幼なじみとなる少女、その名前は蓮城彩花。

 去年の秋にやってきた……というより連れてこられた彼女は、あれから三ヶ月ほどが経過した今も、一度として目覚めることなく眠り続けている。

 流護たちがバダルノイスへ発って以降、ミアは彼の代わりに毎日、彩花の様子を窺うようにしていた。

 気になることは確かだ。

 どんな人なんだろう。どんな性格なんだろう。顔はもう見慣れているのに、未だに話したことはおろか声を聞いたことすらない。流護からは明らかな照れが交じった紹介しかされていないので、あまり当てにはならない。


「きひひ。あたい好きだわー。あんたらのフクザツな関係、大好きだわー」

「な! なにもフクザツじゃないもん!」


 彩花は流護にとって大切な人。流護はミアにとって大切な人。大切な人の大切な人である彩花をミアが世話する、という構図。三角形。そういう邪推である。

 それはともかくとして、特に今日はロック博士が留守にしており、またシャロムもやってこない。

 自分がしっかりしなきゃ、とミアは奮起した。


「それじゃ、あたしは行くから……」

「愛憎劇」

「うっせー! いい加減にしろおらー!」


 キャーと逃げ出したマデリーナを追いかけようかとも思ったが、そんなことをしている暇があったらさっさと向かうべきだろう。

 プンスコしつつ、ミアは彩花が眠る研究棟へと足を急がせるのだった。






 寒い。

 頭が痛い。

 何だろう、すごくだるい気がする。


 最初にあったのは、そんな違和感だった。


「…………………………ん」


 ゆっくりと、意識が広がっていく。起きた、と自覚した。

 まぶたがやけに重い。自分のものとは思えないほど、漏れた声はかすれていた。


「………………」


 あれ。今日って学校だっけ、休みだっけ。今、何時だろ。

 確認しようと身をよじる――


「……、……っ? ………………ぐ!?」


 だけのことが、思うようにいかなかった。信じられないほど身体がついてこない。錆びついた機械を無理矢理動かしたみたいな違和感があった。

 強烈な感覚の中、まずはどうにか目だけをしっかり開く。


(……………………は?)


 そこでようやく気付いた。

 見覚えのない石の天井が広がっている。明らかに、自分の部屋のものではない。


(……え?)


 いや、天井だけではない。どうにか首に力を入れて周囲を見渡すと、目を疑う風景が待っていた。

 やけに狭い部屋だった。素材剥き出しの石壁、古びた木製の机や椅子。窓はなく、今が昼なのか夜なのかも分からない。

 が、今気にすべきはそんなことではない。


「…………ここ、どこ……?」





 

 ――穏やかな春の気配が近づいてきた、その日。

 蓮城彩花は、異世界グリムクロウズにて目を覚ましたのだった。

第十三部 完

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― 新着の感想 ―
[一言] お、おはよ(震え声)
[良い点] 起きた!
[一言] この章どこまでやるのかなって思ってたけど、なるほど眠り姫が起きる所までやりたかったんだね。 ベルちゃんとの邂逅が楽しみだ
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