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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
520/667

520. 近くも遠い

「はっ、ぜぇっ……」


 違和感は強くなるばかりだった。

 オームゾルフは息も絶え絶えになりながら宮殿の一階へ到達、改めて周囲を確認する。


 兵士の姿が見当たらない。そんな状況にありながら時折響いてくる振動が、ここへきてより強まった。ずん、と足下や壁がわずかに揺れ、びりびりとした衝撃が伝わっていく。


「はぁ、はぁ」


 とにかくここから脱出だ。

 こんなところで足止めを食っている場合ではない。こんなことをしている場合ではない。

 ……そう、バダルノイスを立て直さなければ。


(こっち……いえ、こっちだったかしら)


 思えば指導者となってから移り住んで以降、自らの部屋がある三階から出ることなどほとんどなかった。

 特に一階となると、公務で外出する際に通るだけの道といった趣が強い。どこに何があるか、知識として理解してはいても、実際に通るとなると勝手が違ってくる。


(……、ふ)


 何が指導者だろう。

 自らが居座る城の構造すら理解しておらずに。


 壁に手をつきながら迷宮じみた暗い廊下を進み、角を曲がる。


「――――――」


 そこで、オームゾルフは硬直した。


 一糸乱れず。隊列を組み、規則正しい足取りでこちらへ向かってやってくる、兵士の一団。人数にして、数十名は下らないだろう。

 その先頭に、


「これはこれは……随分とお急ぎのようだ、オームゾルフ祀神長」


 凍りつくような美男子。

 華美な白鎧と目の覚めるような青外套が似合う、長身の騎士。見間違えようもない、その冷ややかな雰囲気と佇まいの男は――


「……スヴォールン……どうして、あなたがここに……」


雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』は国土の北側に隔離したはずだ。今この場所にいるはずがない……。

 疲労と焦燥が重なり、幻でも見ているのか。そんな風に、思考が現実からの逃避を図りかける。


「!」


 注視し、ようやくに気付く。スヴォールンの背後で隊列を成す兵士たちの中に、知っている顔が散見された。

 いわゆるオームゾルフ派の元教団兵。己が配下であり、この『変革』に賛同し動いていた同志たちだ。そのうち一人と目線が交わる。教団時代からの長い付き合いとなるその中年兵は、苦い面持ちで首を横へと振った。


「話は『彼ら』から聞かせて頂きましたぞ、オームゾルフ祀神長」


 スヴォールンがその一言で要約する。


 彼は迫ったのだろう。

 オームゾルフ派の兵士たちに、この混迷した現状の説明と――そして投降を。『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』の長に対し、彼らが武力で抗うことなどできようはずもない。まして、有海流護によって大幅に戦力を削られてしまった現状では。そうして皆、やむなく軍門に下る形となった。

 そのようにスヴォールンが宮殿内の兵を統率、集結させていたため、ここまで遭遇することがなかったのだ。


「……何でしょうな、オームゾルフ祀神長。私は、まるで貴女のことを理解できていなかったらしい。これほどの真似を引き起こす烈女とは思いませんでしたぞ」


 スヴォールンにしては珍しい、気の抜けたような声音。


「そして――貴女も同様に、私を全く理解できていなかった。『あの程度』で、このスヴォールンの足を封じたつもりでいた」

「!」

「しかし思えば、致し方ないことなのやも知れぬ。貴女だけではない。私の底を知る者などおらぬだろう。ともすれば、この私自身ですら。内戦の折も、日々の業務においても……それ程の力を発揮する機会など、ありはしませんでしたからな」

「……あなたには……この短期間で、あれだけの雪崩れをどうにかするほどの力があったと」

「幸いにして私のブリオネクは、あらゆるを貫き通すことに向いている。対象が人だろうと怨魔だろうと、凍り付き岩盤じみた雪塊だろうと……問題はない」

「……」

「そのように懸命な『掘削作業』に勤しんだ結果、三日三晩で即席の氷窟が開通しましてな。立ち往生していた商人らも喜んでおりましたぞ。そしてようやっと南部に入ったと思えば、何故かベンディスム将軍が手配されており失笑しましたがな」


 それは、初めて見る表情だった。


「……成るべくして成った、ということなのでしょうな」


 日々常々、尖った氷のように冷然としていたスヴォールン。そんな彼の顔に浮かぶ、疲れ果てた……後悔を滲ませた歪み。


「国を代表する我々が、互いまるで解さぬ無関心。配下の者共も、それに倣ったかのごとく壁を作り……そのような足並みで、事が上手く運ぼうはずもない……」


 ずん、と足下がかすかに震えた。

 同時、スヴォールンの耳元に通信の波紋が広がる。


「私だ」

『リーヴァー、こちら第三班! 振動の発生源が判明しました! 一階中央中庭にて、ミガシンティーア卿が交戦中! その戦闘の余波が地揺れを引き起こして……! うおぁっ、と、とても近付くことがならず……!』

「相手は何者だ」

『それが、誰なのかまでは……。白い礼服姿の、若い男のようですが……これがまた、恐るべき使い手で――』

「グリフィニアですよ」


 オームゾルフがその名を口にすると、スヴォールンはわずかに目を丸くした。


「……成程。戻っていたか……」

『スヴォールン様? ご指示を……!』

「よい。原因が分かれば充分だ。そちらは放っておけ」

『で、ですが!』

「どの道、貴様らに連中は止められん。好きにやらせておけ」


 返事を待たず、スヴォールンは通信の波紋を払いのけて霧散させた。


「この様よ」


 クク、と厳格な青年は珍しくも自嘲気味に肩を揺らす。


「人々の規範となるべき貴族が、何よりも自身の悦楽を優先し、勝手に行方を眩ませたかと思えば出戻り、或いはただ盲信的に長を奉じる……。こんな様では先王を責められまい」


 首を振ったスヴォールンは、


「ともあれ一先ずは、この事態を収拾せねばな。確保させて頂きますぞ、オームゾルフ祀神長」


 その宣告に合わせ、聖女は唱え終わっていた術を解放した。


「ふっ……!」


 がぎん、と。両者の間を隔てる形で、通路の中央に巨大な氷塊を打ち立てる。瞬く間に、対峙していたスヴォールンや兵団の姿が視界から消えた。


「はぁ、はぁっ……!」


 ――こんなところで捕まる訳にはいかない。

 すぐさま踵を返したオームゾルフは、出口を求めて逃走を再開した。






 突如として眼前に屹立したのは、雪山に転がっているような巨岩めいた白氷。

 廊下を丸々塞ぐその表面を拳でコンコンと叩くと、驚異的なまでの硬さと冷たさが返ってくる。

 表情にこそ出さなかったものの、スヴォールンは内心で驚嘆していた。


(……よもや、これ程のものを……)


 常人の身で創出するには無理がある代物だった。それこそ『ベンタ』でもなければ成し得ない芸当。

 オームゾルフがいかに優れた詠術士メイジであれど、ここまでの力を有しているはずもない。

 ……ともあれ今は、驚くより先にやるべきことがある。


「お前達は左右から回り込め」

「は、はっ!」


 居並ぶ兵隊らに指示を出した長は、氷塊の前へと陣取る。


「……」


 冷たく硬い、双方を隔絶する壁。

 眼前に立ち塞がるそれはまさに、これまでの自分たちを体現したものだ。

 ともに同じ未来を――バダルノイスの平和を目指していたはずだというのに、絶えなかった対立。

 オームゾルフは逸るように新しい政策や改革を提案し、スヴォールンはまず足場を固めるべきだとこれらを跳ねのけた。

 無下にあしらっていたつもりはない。ただでさえ傾いでいたバダルノイスを持ち直すためには、確実な土台作りが必要だと感じたのだ。まさしくこの国の冬場さながら、しっかりと足下を踏み固めねば全てが横倒しになりかねないと。


 一方で彼女はそう考えず、停滞を嫌った。何かに追い立てられているかのように。

 いつしか歯車の噛み合わぬ日々が常となり、部下たちもそれに倣ったかのごとく自然と派閥に分かれていった。


 そこを今回、異物に付け入られた。


「……」


 カーリガルの街で手配書を目にした瞬間、スヴォールンはかつてない怒りを覚えた。

 事前の報告なくかような手段に打って出たオームゾルフに対して――ではなく、知らず彼女をそこまで追い詰めてしまっていた自分自身に。


(……笑い話にもならん)


 その時点に至るまで、オームゾルフの動きに気付かなかった。

 かつてない闇が暗躍する最中、その瞬間まで蚊帳の外にいた。もちろんそれはオームゾルフが智慧を振り絞ってそのように仕組んだからであり、露見したのもまた彼女の行動に些細な違和感を覚えたからである。

 しかし一歩違えば、未だに何も知らないままでいたかもしれない。

 馬鹿のように乗せられたまま、腹違いとはいえ妹を疑って。


(……悔いるのは後か)


 仰ぎ見る。これまでのバダルノイス神帝国――ひいては、今現在を象徴するかのような氷の障壁を。双方を隔てる、冷たいその壁を。


(ブリオネクでも……一撃で、とはいかんな。だが)


 すう、と息を吸い込んだスヴォールンは、静かに詠唱を開始した。

 まずは、目の前の壁を打ち破るために。

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― 新着の感想 ―
[一言] わりと最初から薄々というか、それなりに濃い目に思ってたけどお兄さん冷たい感じの描写に反してかなり人間味のある人ですよね
[一言] 雨降って地固まると言いますし、これから良くなって行くと良いですね。
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