517. 翔べぬ燕
バダルノイスに生息する雪撫燕は、特定の棲み処を持たず各地を渡り歩く野鳥として知られる。
一度飛び立てば同じ場所へは戻って来ない。そう例えられるほどの奔放さゆえ観測も難しいとされるが、一部の動物学者の間で共有されるひとつの知識があった。
この白く美しい鳥は、自由気ままに飛び回る活動的な性質を持つ反面――羽ばたけぬ環境へしばし留め置かれるだけで、瞬く間に弱り果て死に至ってしまうのだという。
見えざる音の波が空間を震わせ、堆積した粉雪を吹き散らす。
ミュッティが発したその衝撃波を大きく飛びずさって回避するメルティナ。
「!」
着地点に先回りしたヴァルツマンの振るった双刃が、メルティナの衣服の裾をわずかに引っ掛け裂いていく。
続く横薙ぎ、振り下ろしについてはかすらせもしない。
「むう、躱しよる!」
「……当然だよ」
メルティナにしてみれば、服に触れられただけでも過去にない肉薄。癪に障るには充分だ。
静かな怒りを秘め、反撃に転じる。
回避ざま軽やかに地を踏んだメルティナは、『ペンタ』特有の無詠唱で氷の剣山を屹立させた。
がしゃん、と突き立った白い刃群の先に、しかし手応えはない。
「おっと、油断も隙もありゃせんな」
素早く下がり避けていたヴァルツマンが、余裕綽々と歯を剥く。
水による高速滑走こそ封じたが、それだけで簡単に攻略できる相手ではないらしい。
が、打ち倒せない敵では決してない。
「ふっ――!」
素早く右手を伸ばし、指先を突きつける。
その速射――より先んじて、おん、と哭く空間。
「くっ」
さしたる威力ではない。しかし、飛んできた温い音の衝撃が確実にメルティナの出端を折る。足が、身体がわずかに傾ぐ。そこへ、
「ぬぅん!」
人の身など容易に斬って捨てるであろう、傭兵の豪剣が合わさる。
「っ」
大振りに薙がれた透明の双刃を、どうにか下がって回避。巻き込まれたウィッグの端が散らされ、寒空を舞う。
(ちっ)
もう何度目か。舌打ちしたい衝動を堪え、メルティナは眼前のヴァルツマンを意識しつつも遠くへ目を向けた。
丘の端、こちらに向けて手を構えたミュッティの姿。その顔にこれまでの嘲弄はなく、ただただ無表情。
(……やれやれ……)
メルティナとしては不本意ではあったが。もはや、認めざるを得ない。
――この二人は、強い。
それぞれが単騎でも、過去に遭遇したことがない域の優れた使い手。
加えて今、殊更に驚くべきはミュッティの冷静さだ。先の捕縛作戦の印象から、もっと雑な使い手と思っていた。圧倒的な力に溺れ、それを振り撒くだけの。
しかし今この戦闘において、彼女のヴァルツマンを補佐する立ち回りは完璧だった。
(こんな戦い方もできるなんて、驚きだね)
言うまでもなく音による圧倒的な破壊こそが本領なのだろうが、あの技は敵味方関係なく広範囲を巻き込んでしまう。ゆえに今、彼女は異なる力の使い方をもってヴァルツマンを補助し、メルティナを『崩す』ことに徹していた。そしてそれが抜群に巧いのだ。
「――――」
メルティナは足下の雪を蹴り払い、巻き上げる。粉のようなそれらを空中で凝縮、無数の散弾として形作――るより早く、おん、と空間が震える。
ミュッティが差し込んできた音の波。宙に舞わせた粉雪が弾け、霧散した。
(ちっ、対応が早い)
瞬間的に白に染まった視界。それを隠れ蓑にするかのごとく、眼前に巨躯の影が迫る。
(ああ、来ると思ってたよ)
しかし、これこそ本命の狙い。メルティナは左右の人差し指で一発ずつ、計二発の速射を撃ち放つ。
「!」
一発は、遠方のミュッティへ。彼女は即座に波紋渦巻く不可視の盾を展開、これを凌ぐ。
そして、もう一発は眼前に肉薄してきたヴァルツマンへ。
刹那に舞い上がった雪のカーテンによる視界不良。加えて防御に回った直後のミュッティは間に合わず、攻撃のため接近しつつあるヴァルツマンは躱せない。
ゆえに即座着弾、ヴァルツマンの頭が弾けた。
(まず一人――)
確かに弾けた。不自然なほど、ぱしゃあ、と派手に。それはまるで、『水が飛び散ったように』。
(――――、)
白が薄まっていく向こう側。メルティナは注視する。
「……!」
それは中空に放られた外套だった。弾丸が貫いたはずの頭部は、ただ球状に固められただけの水の塊。
(っ……!)
白靄越しに、ヴァルツマンと錯覚させるための小細工。
――なら本人はどこに?
その疑問を噛み締める猶予もなく、外套が雪上にバサリと広がり落ちて――
「!」
解答は右手真横。
上衣を脱ぎ捨て軽装となった傭兵が、回り込みざま水双刃を一閃。
ほとんど勘だった。メルティナはそちらに意識を向けるより速く身を翻し、その場から飛び退く。仮に読み違えていたなら、自ら斬撃に飛び込む形になっていた。そんな賭けにも等しい回避。
それら刹那の交錯を受けて、激しく舞い上がる雪煙。その中に交じって飛散した滴が、純白の大地に赤い斑点を刻む。
(痛っ……)
出所は、メルティナの右足脹脛だった。熱いぬめりが、足首を伝って流れ落ちていくのを感じる。ヴァルツマンが追撃の構えに移行しつつ口を開く。
「お主の軽やかな足捌きが存外に厄介と感じたのでな。まずはそれを封――」
「オッサン、後ろだ!」
呑気な口上を中断したのはミュッティの怒号。さらにそれを上塗りする、ちゅいん、がぎんと固い音。
「ぬ――――」
同時だった。
ヴァルツマンが振り向いたのと、彼の脇腹に氷の閃光が突き刺さったのは。
「ぐ、おぉ……!」
巨躯が傾ぐ。
――反射弾。
流護が跳弾とも呼んでいたそれは、メルティナの得意技のひとつ。地面や壁、果ては弾丸同士による反射を繰り返して加速、想定外の角度から飛来する。ハンドショットでは実現できぬ芸当だろう。
防具に軽減されることも考慮し、より威力も上げてある。
が、
「ぐ、ぬう、危ういところよ……!」
歯を食いしばり踏み留まった傭兵が、無理矢理に笑う。
(ちっ、浅かったか……)
直撃ならず。
攻撃の瞬間を悟られぬよう、今しがたの回避の際に繰り出した一射。しかし、弾丸が反射・加速する様をミュッティに気取られてしまった。そしてヴァルツマンも、すんでのところで身をよじり致命傷を回避した。
――そうして、この一戦。
少しずつ。しかし確実に、形勢が傾いていく。
一気呵成に攻め立てるヴァルツマンの双剣閃を掻い潜り、常人ならば隙とも呼べぬわずかな隙に射撃を狙うメルティナ。それを許さず、着実に妨害を差し込んでくるミュッティ。
足の負傷からメルティナの動きは次第に鈍り、防御と回避に割く時間が増えていく。守りに徹した分だけ、敵の攻勢が延々と続く。
次第にこちらの狙う動きができなくなっていき、一方で敵はより大胆に攻め込んでくるようになる。
「……、……は、」
粉雪に覆われた大地。その上に刻まれたいくつもの足跡と、赤く散らばる鮮血の斑点。疎らに滴るそれらは、そのままメルティナが後退した距離を示していた。
誰の目にも明らかだ。
いつしか防戦一方となり、致命傷を受けぬだけで精一杯となりつつある現状は。気付けば、後方は崖際。これ以上下がることもできない。
水刃の傭兵が唸る。
「遖、実に遖よメルティナ・スノウ。俺たち二人を同時に相手取り、ここまで食い下がろうとはな」
この寒空の下、男の額には球の汗が滲んでいる。白靄とともに吐き出された言には、間近に迫った終わりを惜しむ響きが含まれていた。
(……やれやれだね、全く)
メルティナは鼻で笑わざるを得なかった。
何が北方の英雄か、何が万の叛徒を蹴散らした生ける伝説か、何が『ペンタ』か。
たった二人のならず者に手も足も出ず、このような醜態を晒している自分。
まるで狩りだ。
近接に秀でたヴァルツマンを矢面に立たせ、後方からはミュッティが支援する。万が一にも間違いが起こらぬよう、堅実に追い詰める。
(さて、どうしたものかな……)
敵の狙いはメルティナの臓器を奪うことだ。
にわかに信じがたい話だが、脳・心臓・脊髄のいずれかに、その者の持つ魂心力が宿っているのだという。
ならばいっそ、それらを損傷する形で自害でもしてしまえば、彼らの目論見は失敗に終わるはず。
しかしながらメルティナは、自死を禁忌とする氷神キュアレネーの信徒。かつてはオームゾルフのためならばそれすら厭わないつもりでいたが、このような連中のために捨てる命など持ち合わせてはいない。
(あちらさんは、私がそんな暴挙に出られないことも全て織り込んでるんだろうな……)
さて、現況をどう打破するか。
鍵となるのはやはり、ミュッティの存在だ。
詠唱を挟んで威力の大きな術を使いたいところだが、彼女がそれを許さない。その兆候を読むや否や、即座に妨害の音波を差し込んでくる。傾いだその隙を、ヴァルツマンが逃さず攻め込んでくる。ゆえに、足のケガのために回復術を使うことすらできない。
(ったく、丁寧な仕事だね)
ヴァルツマンも並ならぬ使い手に違いないが、この戦闘における流れの手綱を握っているのは間違いなく鈴の女。
(……腹を括る必要がありそうだ)
ここまで追い込まれた以上、もはや捨てるべきに違いない。
堅実に、きれいに勝とう、なんて理想は。
腕や足の一本も惜しまない。自棄に近しい、それこそキュアレネーの教えに反する戦術だが。
(思い出すね、戦争を)
そんな覚悟を決めた瞬間だった。
ピリリリリ、と。
聞いたことのない異音が寒空に木霊した。
こちらに意識を払ったまま、わずかにその出所を意識する傭兵。
メルティナも気を張る。何の音だか分からないが、何の布石だかも分からない。
そして、
「チッ」
舌を鳴らすは鈴の女。そうなのだ。甲高く継続的なその音は、彼女の懐から鳴り響いているようだった。
どこか観念したように……無視しようとしたができなかったように、ミュッティは上衣に仕舞っていたらしきそれを取り出した。
(箱……?)
一見、そうとしか思えない物体だった。縦に細長で、色は黒。大きさは顔より幾分小さい程度。
そして、
「……アタイだ。……てめぇか。『こっち』を使うなんざ、それなりの用事なんだろうな」
異音が消えると同時、握ったその物体を顔の横へ添えたミュッティが、いかにも不機嫌げに一人で喋り始める。どんな奇行かと訝るメルティナだったが、すぐに思い至った。
(……あれを使って……誰かと会話してる……?)
妙な小箱に向かって話していることを除けば、その様子は通信術を行使する光景によく似ている。封術具の類なのか。だが、それにしても――
「…………本気で言ってんのか、おい」
低く、絞り出すような声。
「ふざっけんなよ……! 何だってこんな時に……!」
小箱を通じて何者かと会話しているらしきミュッティは、これまで見たこともない明らかな狼狽を露わにした。
「クソが、もういい! 分かったっつの!」
吐き捨てた彼女は、苛立たしげにその奇妙な箱を懐へと仕舞い込んだ。ここまでの冷静さが嘘のように、長く伸びた金の髪を乱暴に掻きむしって連れ合いに言葉を投げる。
「~~~ッ! おっさん、引き上げだ。今すぐ帰るぞ」
「……今すぐだと? あ奴を放ってか?」
メルティナの視線がヴァルツマンとかち合う。
「ああ」
まるで迷わず肯じるのはミュッティ。
「……何を言っとる」
ここまで豪胆かつ大雑把、戦闘中すら笑みを絶やさなかったさしものヴァルツマンも、態勢を崩さぬまま憮然とした顔で応じた。
当たり前だ。
彼らは、バダルノイスに――オームゾルフに力を貸す対価として、メルティナの臓器を得ようとしていたのだ。長い時間をかけて秘密裏に事を進め、今ようやく手が届きそうなところまでやってきている。
(まあ、実際に私がそれをさせるかは別の話としても――)
それだけの目的……彼らにとっての本命をあっさり放棄して退散、など簡単に認められるはずがない。
「……何があった。いや、よもやとは思うが――」
そうした思いがありありと込められていつつも何かを察したらしいヴァルツマンの問いに、
「ああ。カヒネが消えたとよ」
感情のない顔と口ぶりで、ミュッティが一言。
「…………やはりか……、……致し方あるまいな」
果たして、彼女のその短い答えにどれだけの力があったのか。
生半可な返答では到底納得しそうになかったヴァルツマンが、苦虫を噛み潰したような顔で臨戦態勢を解いた。
その一連のやり取りを見届けて、メルティナは口を開く。
「よく分からないけど、お帰りかな?」
「ああ、急用ができたからよ。命拾いしたな」
あえて小馬鹿にした口調で問いかけてみるも、ミュッティは簡素に答えるのみ。
「ふっ。ふふふ、ははは。はははははは」
堪え切れず、溢れ出す。
訝しげなオルケスター二人の視線を受けながら、メルティナはころころと笑った。笑わずにはいられなかった。
「いやー……ミュッティさん。君は本当に面白いな」
「あ?」
「帰すわけないだろう?」
白に染まる。
「ぬ……!」
ヴァルツマンが唸ったのも当然。
メルティナを取り囲む形でぶわりと現れたそれらは、一見すれば巻き上がった雪煙。しかしその正体は、空中に現界した白氷の弾丸たちだった。
その数は、優に千を超す。
「遊んでる途中で急に帰るだなんて野暮じゃないか。そんなことじゃ友達をなくすぞ。どんな用事か知らないけど、心配無用だ。それどころじゃなくなるさ」
『ペンタ』は原則、詠唱を必要としない。せずとも、自由自在に神詠術を扱うことができる。そして無論のこと――詠唱を経て練り上げたならば、より大規模の現象を引き起こすことができる。
そして、今。
ミュッティが戦闘を中断してからここまで、その時間は充分すぎるほど存在していた。
「遠慮せず受け取るといい」
空中に静止した千超の弾丸が敵に照準を定める。
表向きはにこやかな笑顔でありながら。メルティナ・スノウは今、かつてないほどの怒りを覚えていた。
謎に包まれた闇組織オルケスター。
メルティナの臓器を狙ってバダルノイスに接触し、進退窮まっていたオームゾルフを唆し、無関係な者まで大勢巻き込んで好き勝手に利用した挙句、優先すべき事項が生じたからと全てを放棄して撤退。
そんな一連の行いに対する感情はただひとつ。
――ふざけるのも大概にしろ。
「……この期に及んでまだ理解してねぇのか?」
黒メガネの縁を押し上げながら、ミュッティが無感情に続ける。
「アタイらが二人掛かりでお前をチマチマ相手してたのは、万一にも臓器を傷付けちまわねぇよう慎重に殺すためだ。脳、心臓、脊髄……どこにお前の力が宿ってるか分からねぇからな。前ん時はついブッ放しちまったが、勢い余って吹っ飛ばしちまうのは避けたかったんだ」
「それで?」
平然と返せば、鈴の女は溜息とともに応じた。
「……気ぃ遣う必要のなくなったてめぇをバラ肉にすんのなんざ、何の造作もねぇって言ってんだよ」
「実際にやり遂げてから言ったらどうかな?」
静かに怒れるメルティナの言葉に呼応して。
氷礫の弾幕が、白い嵐と化して二人のオルケスターに襲いかかる。
「――ああ、ならそうするわ」
歯を剥いたミュッティが右腕を振るうと、音の衝撃波が円周状に炸裂した。詠唱を済ませていたのは、彼女もまた同じだったのだろう。
――なれば、あとは単純明快。
練り上げた力と力の正面激突。
殺到する千の弾丸。吹き荒ぶ膨大な不可視の音響。
「ぬおぉ……!」
彼もまた備えていたか、両者に挟まれる形となったヴァルツマンが水の防御膜を展開して――
街の東部に位置する小高い丘で、謎の爆発が発生。最端部の崖際が崩落した――との一報を受け、正規兵二年目となる若兵は雪の歩道を駆けていた。
(ったく、何だってこんな時に……!)
よりにもよって今日は皇都から来るはずの定期連絡が来ないだので、上官たちは緊急会議を開いているのだ。動けるのは彼のような経験の浅い若輩ばかりといった状況で、件の通報が齎されたのだった。
(あんな場所で爆発……? あの崖が崩落って、どれだけの力が加わればそんなことになる……?)
現場は街を一望できる丘。夏は景色を楽しむ旅人も訪れるが、今時期は雪に覆われ誰も立ち入らない場所。遮蔽物がなく閑散とした立地上、風が吹き抜けるため雪はさほど積もらないが、その分寒さも際立つ。当然、爆発するような危険物など存在しない。
大方、局所的に激しく吹雪いたのを住民が見間違えたのではないか。雪崩れを、崖の崩落と見間違えたのではないか。
そう考えて現場に到着した兵は、
「……、……なっ」
集まった野次馬の合間からその光景を目にして、呆然と立ち尽くした。
まるで戦場。
平坦な雪に覆われていたはずの大地は抉れ、土をさらけ出している。それが、丘の広範囲に渡って続いている。
歩道に等間隔で設置されている街灯のうち数本などは、半ばからへし曲がって頭を垂れるようにしていた。馬車が衝突したとて、ああはなるまい。
そして転落防止の柵とそれらが設置されていた端部の地表は、最初からなかったかのように消失していた。明らかに場の面積が少なくなっている。
「ちょっ……どいてくれ」
野次馬たちを押しのけて中へ踏み入る。
「おお、兵士さんか。何がどうなってるのさ、これは」
「それを今から調べるので!」
冷たい風が吹きつける中、我慢して懸命に現場を改めた彼が気付いたことはふたつ。
ひとつは、ある一点を中心として、そこから円状に広がる形で周囲の全てが吹き飛ばされたような痕跡が見受けられること。
(仮に何かが爆発したなら、それはここからだ……)
そしてもうひとつは、その周辺部……剥き出しとなった土くれの地面に穿たれた、おびただしい数の小さな穴。ざっと見渡した限り、百や二百ではきかないだろう。
そしてその穴の中に、
(……氷、だよな……? これは……)
地面に深く埋まり込んだ、小さく冷たい塊。指先で摘まめる程度のそれは、霰や雹にしてはあまりに硬すぎる。状況から推察するに、飛んできて地面に突き刺さったのだろうが、こんなものがそれほどの勢いで人体に当たったならどうなるか。しかも、それが数百を超える規模で降り注いできたなら。
そんな自然現象、見たことも聞いたこともない。となれば、これは――
(……人為的なものだ。何者かが、ここで闘っていた……?)
だが、これほどの規模の惨状を引き起こすとなれば、一体どれほどの域の使い手なのか。なぜこんな田舎街の片隅で、そのような連中が争っていたのか。
(大体、ここ最近おかしいだろう。何が起きてるんだ、この国で……)
次から次に手配される賞金首、前例のない雪崩れによる『白の大渓谷』の封鎖、そして皇都で今まさに起こっているらしいという何らかの異変。
「へ、兵士さん!」
そこへ、顔色を青くした住民の一人が駆けてくる。
「ちょっと来てくれないか! 向こうにすごい血のあとがあるんだ! 」
「ったく、どうなってるんだ……!」
次から次へと。
嫌な顔を隠しもせず、しかしそんな物騒な話を放置する訳にもいかず、若い兵は雪の街を奔走することとなった。




