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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
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512. 諦めぬ者は

 もう後がないと悟って、一か八かの突貫に賭けるか。

 こちらへ駆け出そうとする流護の姿からそう判じたオームゾルフは、


「――――な」


 やにわに自分の目を疑った。


 ――いきなり彼の全身が、紫色の炎に包まれたからだ。


「ぐ、うおおおぉぉぉ――――!」


 少年の絶叫が風の唸りすら塗り潰す。

 何が起きた。援護しようとしたサベル・アルハーノによる誤射か。


(! 違う)


 流護の眼光を前に察した。その黒い瞳に驚きや怯えの気配はない。あるのは、確かな覚悟のみ。


「行け、リューゴ! 任せたぜええええぇっ!」


 サベルの咆哮に応えるがごとく、紫の人影が地を蹴り一挙こちらへと肉薄してくる。一目散に走ってくる。


(なんという……!)


 全身に紫炎を纏い、吹雪の威力を相殺しつつ突破する――。


 捨て身、無謀としか思えないその手段。

 死と表裏一体、キュアレネーに対する冒涜だ。


 青紫の残像をたなびかせた流護が、激突する形で暴風圏に接触。

 並の人間なら薙ぎ倒されるだろう氷雪の嵐を浴びてなお、わずかに速度を減じたのみで留まる。止まることなく前進を続ける。

 少年から引き剥がされる紫炎が、雪風に交じって乱舞。それぞれが空中で衝突し合い、雪や氷に取りついてわずかな火花を生む。


(確か、万物炎上……!)


 文字通りの『万物』。つまり吹雪すらも燃やすのだ。


(ですが――)


 今のオームゾルフならば――氷属性の脊髄のみを五つも取り込んだその身ならば、それらを強引に吹き消すことなど造作もない。

 あまりにも無謀な突貫だ。彼の到達よりも、死のほうが確実に早い――


「行きなさい、リューゴくんっ!」


 そんな檄とともに放たれたのは、後方に控えるジュリーの一撃。

 凄まじい強風が、速度を減じたはずの流護に追い風を齎す。さらに、


「アリウミィ! ブチ破れぇ――ッ!」


 エドヴィンの放った火球が竜巻に接触、炸裂して熱波を巻き起こす。

 相乗効果による灼熱の風が、周囲の吹雪の威力をわずかにでも減衰させる。

 そして爆炎を背に受けて猛然と踏み込んでくる有海流護の速度は、雪嵐をものともしないほどに増して――


(そんなっ、間に、合わ……!)


 オームゾルフの素人目にもそう映り、


「くっ!」


 ゆえに、本来戦いに身を置く者でない聖女が取った行動は単純明快。

 迎撃ではなく、防御。

 自らの眼前へ咄嗟に、廊下を塞ぐ大きな氷の塊を顕現。一旦、流護の接近を物理的に阻――


「――シッ!」


 引き裂くような鋭い呼気と同時。四、五度の鈍い破砕音。

 白氷越しに映ったのは、尋常ならざる速度で左右の拳を打ちつける少年の姿。まるで暴力の化身。

 結果、即席の代物といえど硬いはずの塊は一瞬で砕き割られ、


「きゃあ!」


 氷をより強固にすべく術の制御にかかろうとしていたオームゾルフは、反動を受けて吹き飛んだ。

 当然、集中を欠くことになり、巻き起こしていた吹雪もここで消失する。


「……かはっ! ……ぐう……!」


 氷の床を二転三転した後、オームゾルフは痛みをおしてどうにか顎を浮かした。

 数マイレ先に、火傷と凍傷を同時に負った少年が佇んでいる。焼けた肌はただれ、同時に霜が貼りついている。服も同じく、焼け焦げるか氷が固着している有様。


「……、ぐ…………」


 さすがに無茶にもほどがあったのだろう、彼はその場にガクリと片膝をついた。


「――がっ!? ぐ……は!」


 そして、崩れかけた流護の口から黒々とした血が撒き散らされる。極低温の空気を吸い込み、肺を傷つけたのだ。吹雪が消え去ろうと、その余韻はすぐに霧散するものではない。

 加えて、それだけではない。突破を後押ししたとはいえ、そもそも彼が受けたのは『味方の攻撃術』なのだ。こんな真似をして、まだ死んでいないほうがおかしい。


「く……」


 だが、好機だ。

 吹雪こそ消されてしまいはしたが、さすがに流護も瀕死。この隙に攻撃すればさすがに当てられる。倒せる。

 アルドミラールに制裁を下した折と同じように、氷の塊を突き上げればいい。


「……ぐっ」


 流護へ向けて手のひらをかざすオームゾルフだったが、にわかな痛みが集中を阻害した。

 そのうえ、


「……!」


 地面へ這いつくばるような形になりながらも、顎先を浮かせて睨んでくる少年。

 その眼光。


(リューゴ・アリウミ……、あなたは……)


 自棄ではない。全くもって、死を覚悟した人間のそれではない。

 彼は、確実に成功すると……『させる』との気概をもって、この突撃を敢行したのだ。

 そう確信するに足る、活力と迫力に満ちた黒い瞳。


「リューゴっ!」

「アリウミ!」


 思わず手が止まってしまった数秒の間に、他の四人が駆け寄ってくる。


「っ」


 ――駄目だ。間に合わない。

 いかに大きな『力』を得たところで、オームゾルフには彼らを素早く的確に始末できるような『技量』はない。


 エドヴィンとサベルが炎で冷気の残滓を払い、ベルグレッテが今にも倒れそうな流護の肩を支える。


「ここまでよ! 観念なさい!」


 そしてジュリーが、腹這いとなったオームゾルフへ手のひらを向けてくる。その指先へと収束する大気の渦。もはや有無を言わさず、意識を刈り取るつもりだ。


「は……あっ!」


 間一髪。

 そこでどうにか詠唱を終えたオームゾルフは、またも眼前に巨大な氷塊を創出した。


「っと、また……! 諦めが悪いわね!」


 飛びずさりながら毒づくジュリーだがしかし、今度はその『起点』が違う。

 廊下を塞ぐ目的で床の『上』に出現させるのではなく、その少し下――即ち、床の『中』に。

 周囲の石を押しのける形で顕現した巨大な氷の塊は、床を粉砕し、そのまま瓦礫を巻き込んで階下へと墜落する。


「なっ!?」

「ウオッ、危ねぇ!」


 彼らの驚きと崩落が生み起こす爆音、衝撃や砂煙に紛れて、オームゾルフは崩壊する床から二階へと飛び下りた。

 氷の足場を生み出して安全に着地し、廊下を一直線に駆け出す。


「あ! あそこよ! 逃げたわ!」


 上から降ってきたジュリーの声を避けるように、聖女は全力疾走でその場から離脱した。






「リューゴ、しっかり……!」


 ベルグレッテの回復術を受けながら、流護はどうにか声を絞り出す。


「ああ、サンキュ……俺は大丈夫だ……。それより、早くオームゾルフを追わんと……、ぐ」

「まだ動いちゃだめ。もう少し我慢してっ」


 少女騎士があらかじめ備えていた渾身の治療術のおかげでどうにか意識を繋ぎ止めた流護は、目の前にぽっかり開いた大穴から二階を俯瞰した。

 真下もここと同じような廊下となっており、中央に墜落した大きな氷塊が鎮座している。その出現と落下によって粉砕された石が瓦礫となって、辺り一面に散らばっていた。


「まさかここで逃げ出すとはな……リューゴ、無理はするな。俺たちが先行して追う。目印を残しておくぜ。よし、行くぞジュリー!」

「ええ!」


 止める間もなく、トレジャーハンター両名が穴から二階へ飛び下りていく。その様を見送りながら、流護はまだ朦朧とする頭にふと浮かんだ疑問を口にした。


「オームゾルフ祀神長は……あの吹雪の詠唱時間を稼ごうとしてんのか……?」


 あれだけの規模の術となれば、『融合』の強化があってなお、それなりの時間を要するはず。維持の代償として走ることすらままならないのだとすれば、そう簡単には発動できないに違いない。

 チッとエドヴィンが舌を鳴らす。

 うんざりしたような彼も、もはや疲労の色が濃厚だ。これ以上の戦闘は厳しいだろう。


「あんなもん、また使われちゃたまんねーぞ……」

「……そうね……でも」


 ベルグレッテが回復術の処置を止めずに受け答える。


「あの術は強力だからこそ、周囲の全てを巻き込むわ。だから……」

「仲間の兵士だって凍死するわな、あんなん……」

「ええ」


 何しろ、この三階を丸ごと冷凍室にしかけたのだ。

 二階には非戦闘員が寄せ集められている部屋があったはず。となれば、余計にあんな術を使うことなどできない。


「もし、吹雪を使う気がないとしたら……、……」


 わずかに思案した流護は、先に足を動かした。


「……もう大丈夫だ。そろっと行こう」

「無理はしないで……」


 ベルグレッテも治療を続けながら、もう止めはしない。


(オームゾルフ祀神長は、ガチで逃げようとしてんのかもしれねえ……)


 当初はありえないとされた説だったが、下手に追い詰めてしまったことで、その可能性も否定できなくなった。


 先ほど、彼女が生み出した氷塊を打ち砕いた直後。

 結果として双方が這いつくばった刹那、互いの目線が交わった。


(あの人の目は……まだ死んでなかった。なりふり構わずでも今は逃げて、態勢を整えようとしてるのかもしれねえ)


 今の彼女を突き動かしているのは、決意に他ならない。諦める、という選択肢は存在していないのだ。

 すでにこちらも皆、例外なく限界を迎えている。逃がしてしまう訳にはいかない。ここで決着をつけねばならない。

 大穴から二階へと下り立った三人は、すぐさま追跡を開始する。


「すげぇ音がしたのに、兵士が集まってくる気配もないな……」


 もっとも、街の区画が収まるような広さの宮殿だ。離れた場所にいれば、まるで気付かなくても不思議はない。


「おっ」


 ほどなく十字路に差しかかかる。

 人の姿は見当たらず、これではサベルたちが三方向のうちどの道を進んだのかも分からない。……はずだったが、まっすぐ延びる廊下の壁かけ燭台のひとつに、燃え盛る紫色の炎が灯されていた。


「おー。マジ便利だよなあ、サベルの炎」


 彼が残してくれた目印を頼りとして、三人は迷わず後を追っていく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] せいぜい小手に火を点ける程度だと思ってましたが、ヨガファイアで燃やされた格闘家みたいになってる… スピキュールはやっぱつよい(ボキャ貧
[気になる点] か、髪は…髪は無事なのか!?毛根は!
[良い点] なるほどぅ!火災現場に突入するとき水をかぶるように猛吹雪にさらされたならば火だるまになればいい! なるほど理にかなっているぅ!! そうはならんやろ!!!! [気になる点] 流護が現…
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