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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
3. 燦然のヘリオドール
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51. そして至る

 ――身体を起こしていることが億劫になってきた。

 力なく横たわっているミアは、自分と同じく床に転がっている袋入りの携帯食料を、感情の消えた瞳で見つめる。


 そこへ、新たな食料が放り入れられた。

 身体を起こさず視線だけ向けると、部屋の入り口にディノが立っている。いつ来たのか、全く気付かなかった。


「メシぐれぇー食えよ。せめてもの抵抗のつもりか知らねェが、逆効果だぞ」


 ささやかな抵抗なのは違いない。けれどどうして、それが逆効果なのか。


「競売だなんて言ってるが、実際は八百長みてェなモンだ。『専売』つってな、もうオメーを買うヤツは実質決まってる。レドラックっつーこの世界では有名な大物でな、コレが筋金入りのクソ変態だ。オメーに携帯食しかやらねェのにも理由がある。オメーの――、――だとよ。普通のメシ食ってると、それが――――」


 ミアの思考が、一部停止した。

 言っている意味が理解できなかった。


「で、そうする場合、栄養のねェメシを食わせるか……それかいっそ、まともにメシを食わせねェか。メシ食わんなら、食わんでもいいんだとよ。だからオメーが強情張ったトコで何の抵抗にもなりゃしねェ。むしろ逆効果だって言ったんだ」



「――――――――」



 だめだ。いやだ。意味が分からない。何を言っているのか分からない。

 どうしてこんな目に遭っているのか、理解できない……。


「……で、やる」

「?」


 聞こえなかったのか、ディノがかすかに眉をひそめる。


「……そんなこと、されるぐらいなら……死んでやる……っ!」


 声が震えた。涙が溢れた。


「そんな死にたくねェオーラ全開で言われてもな。ま、気持ちは分からんでもねェ。あの変態の趣味は理解できねェしな」


 さして興味もなさそうにディノが言う。


「とにかくこっちとしても、せめて競売が終わって引き渡すまでは死なれちゃ困るんだが……」


 ミアは溢れる涙を止めようと必死で拭う。

 しかし泉のような涙は止まらない。


「もう……やだよ、帰してよぅ……」


 言葉も、止まらない。


「とうさん、かあさん……っく、ベルちゃん、リューゴくぅん……、ひぃ……がえりだいよぉ、おなかすいたよ……ぅあぁ……」


 ミアの嗚咽が狭い部屋に響いた。

 これまで必死で堪えていた負の感情が溢れ出す。


 その様子を見ていたディノが、面倒くさそうにチッと舌打ちを漏らしながら零した。


「はー……何だ。何か食いてぇモンはねえのか」

「……っく……、えっ……?」


 ミアは驚いて涙を拭う手を止めていた。


「飽くまでオレの最優先事項はオメーを死なせねェコトだ。変態ジジイの趣味なんざ、オレ個人としてもどうでもいい。ま、一回ぐれーフツーにメシ食ったトコで何も変わらんだろ。知らんけど」


 ミアは鼻をすすりながら、ディノの顔を見つめる。


「何か食いてえモンがあるなら言え。さすがに食いに連れ出すこたできねェが、何でも持ってきてやる」

「……なん、なの。急に」

「話聞いてたのか? オメーが売れるまで、死なれちゃ困るんだよ」


 超越者は心底疲れたように息を吐き出した。


「……ねえ。ここって、ディアレーのどこかなの……?」

「あー? ああ」

「じゃあ、『フェテス』のベリータルトがいい……」

「――――――」


 なぜか。

 ディノはそこで、目を見開いて固まった。


「……、?」


 ミアは涙を拭いながら、鼻をすすりながら相手の顔を見る。

 ディノの顔は無表情ながらも、やや青ざめてすら見えた。


「あ、あー。『フェテス』だぁ? ベリータルト……か。ちっ、しゃーねェな」


 驚いたのはミアだ。

 ディノが――あのディノ・ゲイルローエンが、明らかに動揺している。


「なん、なの……?」

「……何でもねェよ。んじゃ行ってくっから、ちっと待ってろ」


 ディノは素直に出ていった。

 ちょっと信じられないぐらいだ。あの『ペンタ』を、使いっ走りにしてしまった。

 なぜか『フェテス』のベリータルトを要求したら青ざめてしまったのが気になるが……別に高価なものではない。子供の小遣いでも買える程度のものだ。


「……っく……、よしっ」


 深呼吸して、気持ちを切り替える。


 でも、関係ない。

 よく考えたら、敵が何を考えていようと、関係ない。


 ――絶対に、ベルちゃんとリューゴくんが助けにきてくれる。

 だからせめて、助けられたときにフラフラで歩けなくなってたりしないように、ごはんを食べて元気を出そう。


 少女は力強く頷いた。






 ――そうして。為す術なく、残すところあと一日となった。

 明日の夜にはミアが競売にかけられてしまう。


 流護は部屋で大の字に寝転んだまま、天井を見上げる。


 ない。策が、何もない。

 真剣に、単身で奴隷組織へ襲撃をかけることも考えた。

 だが、やはりベルグレッテや博士に止められた。奴隷組織が厳密には法に触れていない以上、そんなことをすれば、流護のほうが兵士たちに捕縛される。

 そんなふざけた話があるか、と思わずにいられなかった。

 相手は人身売買を生業とする連中だ。今この瞬間にだって、ミアがひどい目に遭わされているかもしれない。


 ――ミアにそんな真似をしてみろ。ただじゃ済まさねえ。

 しかしそんな強い感情とは裏腹に、何も行動できない無力感が流護の内側を満たしていく。


 連れ戻したとして、ミアはもう家族との関係が……居場所が、学院で頑張っていた理由の根本が、なくなってしまっている。

 どうすれば。どうすればいい。


 ベルグレッテを抱きしめたあの夜。

 世界の全てを敵に回してでも、彼女の味方でいると誓った。

 しかしこれが現実。

 ミア一人を、連れ戻すことすらできない。

 俺は強い? 勇者様? 笑わせるな。お前は、ただの無力な子供だ。


 ――そこで、部屋のドアが控えめにノックされた。


「リューゴ、いる?」

「あ……ああ」


 ずっと大の字になって考えていたせいか、声がかすれていた。

 ドアを開けると、ベルグレッテだけではない。エドヴィンとダイゴス、レノーレ、エメリンの姿。


「時間もないし……みんなで、考えない?」


 花のような笑顔を見せるベルグレッテ。けれどどこか――今にも萎れてしまいそうな花だ。

 他の皆の顔を見ても分かる。何か手はないかと奔走し、その全てが徒労に終わっただろうことは想像に難くない。

 今、ここにいるメンバーだけではない。アルヴェリスタなどはずっと寝込んでいるらしい。


「ああ……まあ、入ってくれ」


 流護は皆を部屋へ招き入れた。


「色々情報集めてはみてっけどよー。今度はディノの野郎が『フェテス』で買い物してたってよ。しかもどこか辛そうな顔で。何だよそりゃ、アホかってんだ。聞いた瞬間コーヒー吹き出しちまったぜ」


 エドヴィンはおどけながらも、疲れたような口調で言う。


「辛そうな顔でお菓子を買うディノかー……でもよく考えたらディノって、元々ディアレー出身じゃなかったっけー……」


 エメリンが苦笑いしていた。


 皆、疲れが顔に滲み出ていた。

 流護としても正直、限界だ。

 何か手があるはずだと思った。こんな馬鹿な話があるはずがないと思った。しかし。


「なあ……、ミアを助けられても……もう居場所が、ないんだよな……」


 うなだれて部屋の壁に背を預けながら、流護は呟く。


「……何言ってんだアリウミ。まさか、だからミア公を諦めるとか言い出すんじゃねぇだろーな?」


 初めて会った頃のような、鋭い眼光を流護へと向けるエドヴィン。


「そうじゃねえ。ねえけどよ、連れ戻せたとしてミアに何て言う? ミアは家族のために頑張ってたけど、その家族に売られちまって、もう頑張る意味ねえって。学院にいる意味ねえんだって言うのか? 言えんのか?」

「じゃあミア公が売り飛ばされんのを黙って見過ごすってのかよ? ミア公みてぇなのを買う奴ァ、金持ちの変態クソ野郎だって相場が決まってんだ。アイツが変態のオモチャになんのを見過ごすってのか、あぁ!?」

「落ち着かんかい、お主ら」

「やめてってば……」


 掴み合いになりかけた二人の間に、ダイゴスとベルグレッテが割って入る。

 ――と。

 泣きそうな顔をしたエメリンの隣に座ったレノーレが、いつもと同じ静かな声で呟いた。


「……居場所なら、あるよ」

「え?」


 流護は思わず聞き返す。


「……ミアの居場所は、ある。……忘れた? ミアがみんなのことを、好きだって言ってたの」


 まさにミアがいなくなる前夜。通信で、レノーレと話していたという内容。


「……確かに、全てが以前のようには戻れないかもしれない。家族のこと、学院のこと。でも、みんなと……ベルやあなたと一緒にいるミアは、本当に楽しそうだった。居場所なら、ある。あなたたちのそばっていう居場所が」

「レノーレ……」


 ベルグレッテが呟く。


「……ふふ。じゃあ、レノーレだってそうだよ。ミアの居場所の、ひとつじゃない」

「……それはどうも」


 居場所、か。

 そうだ。戻ってきたミアの居場所がないなんて、流護が決めつけてしまうことではない。

 ミアが自分たちのそばを居場所と思ってくれるなら、それで何の問題もない……はずだ。


「……普段のミア公見てりゃ分かんだろーによ、鈍すぎんだよ、アリウミ」

「うっ、うるせえ。何、最初から気付いてましたみたいな顔してんだって」

「っ、うっせーよ。とにかくよ、ミア公が変態野郎に買われる前にだな……」


 ――少し。ずっと張り詰めていた気持ちが、ほんの少しほぐれたせいだろうか。

 そこで初めて、『何か』が流護の脳裏をかすめていった。

 

「……エドヴィン」

「あん? 何だよ」

「今、何て言った?」

「ん? いや……ミア公が変態野郎に買われる前に助け出さなきゃな、って言おうとしたんだがよ」


(…………ミアが………………買われる、前に……助ける……)


 そこで、ふと視界に入った。

 怪訝そうな顔をするエドヴィンの後ろ、流護の部屋の片隅。


「――――――――――――――――」


 競売にかけられ、売り飛ばされてしまうミア。

 ギリギリのラインで法に触れていないため、連れ戻すことが難しい。


「――――あ」


 思わず、眩暈を起こしそうになった。いや、確実に足がふらついた。 

 その、可能性。ある一つの考えが、少年の脳裏に浮かぶ。


「……リューゴ?」


 様子がおかしいことに気付いたベルグレッテが、優しく声をかけてくる。

 それで、他の全員も気付いたようだ。皆の視線が、流護へと集まる。


「何でぇ……どーかしたかよ、アリウミ」


 エドヴィンの言葉に、コクリと頷く。

 全員の視線を集めていることを意識したうえで、流護は慎重に言葉を紡ぎ出した。


「なあ、みんな。思ったんだけど……俺が、もし――――」


 そうして、少年は告げる。

 ある一つの考えを。






 これまで散々に考えた。

 しかし、もう認めざるを得ない。

 売られてしまうミアを助け出すことは、不可能だ。……諦めるしか、ない。


 だから――

 流護は、自分の考えを告げた。

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