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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
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504. 決壊

 唸りを上げて一直線に飛んでくるのは、朱色の尾をたなびかせる炎槍。


「ひゃっ」


 くるりと横に身を翻し、紙一重の回避。炙るような熱気を肌に感じながら、ジュリー・ミケウスは長い金の髪を押さえた。


(人為的に強化された詠術士メイジ、ね)


 闇の組織オルケスター、その構成員アルドミラール。『融合』なる技術によって他者の臓器を移植され、そこに宿る魂心力プラルナ神詠術オラクルを獲得した存在。

 サベルやベルグレッテの話を聞いてなお、そんなことが現実にありうるのかと半信半疑だったジュリーだが、次々と異なる属性を繰り出す敵のその姿を目の当たりにしては、さすがに認めざるを得ない。


 しかも、ただ複数属性を扱えるだけではない。手数の多さや回転の速さから察するに、詠唱の短縮、保持数の増加、果ては原則不可能とされる異なる系統の同時行使すら現実のものとしている。


(……とんでもない話だわ)


 ジュリーにとってサベルは誰よりも強くて優しくてかっこいい勇者様だが、そんな彼ですら敗北を喫するのは当たり前だ。

 大股で十歩分ほど前方――サベルと接近戦を繰り広げているアルドミラール、ローブの前を開いてさらけ出した胸部や腹部からぶら下がる剥き出しの心臓。その数は四。さらにサベルから聞いた話では、体内に二人分の脊髄を取り込んでいる。


 いわば、六人……アルドミラール本来の力を含めたなら、七人を同時に相手しているようなもの。

 ならば、サベルとの二人がかりでもまだ足りないぐらいだろう。


「…………」


 戦場を注視しながら、ジュリーは立ち位置を調整する。

 激突するサベルとアルドミラール。その向こう側に、モノトラと交戦するベルグレッテの姿。彼らを隔ててエドヴィン――


「どこを見テる、女!」


 片手でサベルに応戦しながら、アルドミラールはこちらにも術を撃ち放つ。


「あたしがどこ見ててもいいじゃない。あなたに教える義理ないけど? あたしの視線が気になるの? 気持ち悪っ」


 飛んできた氷杭の連弾をひらりひらりと回避しながら、ジュリーは確信を深めていた。


(う~ん……手数が減った、わよね)


 あくまで開幕時と比べたなら、ではある。

 が、先ほどからアルドミラールの勢いが落ちている。特に、風属性の攻撃が全く飛んでこなくなった。


(サベルの話だと、こいつの本来の属性は風……)


 様々な力を獲得したとて、結局のところ元から持っているものを最も得意とするであろうことは想像に難くない。


(それを使ってこない、ってことは……)


 推測はできる。

 つい先ほど、サベルとジュリーは自律防御を突破してみせた。向こうにしてみれば、もうそれを手放しで過信することはできない。


 ――つまり。

 アルドミラールは再び自律防御が破られることを想定し、一番扱い慣れた風属性による防御術を備えている。そちらに注力した分、手数が減った。


(……そんな見た目と性格の割に、随分と慎重さんなのね~)


 これで辻褄は合う。


(だとすると、あたしとサベルの二人がかりでも攻め崩すのは難しいかも……だけど)


 ジュリーは冷めた瞳で黒衣の怪人を――その胴体から吊られた心臓たちを見やる。次いで、当人の濁った両目を睨む。嬉々としてサベルと斬り結ぶ、死体じみた殺人者の姿を。

 そして、その向こう側――少女騎士と切り結ぶ、死の商人の姿を。


(……その戦法を選択したのはあなたよ。後悔しないことね、おハゲさん)






(鬱陶しい……でやすねぇ~……)


 対峙するベルグレッテを兜越しに睨みつつ、モノトラは苛立ちを感じていた。


 ここまでで五度。

 ベルグレッテの水剣による斬撃を受けた回数だ。即ち、セプティウスを着ていなければ五回も死んでいる。


 反して、モノトラの攻撃はどれも届かない。

 先のハンドショットで傷を負って以降、彼女の立ち回りは慎重さを増している。


(まさにお手本のような……ってとこでやすか)


 直撃を受けたとて、セプティウスが全てを弾く。しかし、小娘に一方的に叩かれるのも癪というものだ。


「フンッ!」


 商人は被弾を恐れず突っかける。レーザーブレードを横一閃。


「――――」


 自らが放った白刃の向こう側。完全に見切ったのか最小限の動きで斬撃を躱した少女騎士は、これまでにない挙動を見せた。

 それまで握っていた水剣を虚空へと霧散させつつ、その右手を左腰へと伸ばす。そこにあるのは、下げている鞘に収められた――


 モノトラが認識できたのはそこまでだった。


 霞む残像。ごぎん、と異音。左肩口に感じる衝撃。意思とは無関係に後退する身体。


(!? チッ、また斬られた、でやすか――)


 とはいえ、痛くも痒くもない。ただ鬱陶しいだけ。

 過去五度の体験に似た経緯からそう判断したモノトラは、直後驚愕に襲われた。


「…………ッ、?」


 パラパラと乾いた音。大理石の床に散らばる、硬く細かい何か。


(……、粉?)


 いや、何かの破片だ。何だこれは。どこから現れた。


「――――」


 ハッとして衝撃を受けた左肩に指先を宛てがえば、切れた布の端。ぼこりとした凹凸の感触。確かに刻まれた、細く長い形跡。



 セプティウスが――傷を負わされている。



「な、ばっ……ば、馬鹿な!?」


 予想だにしない事態。咄嗟に、捻りもない狼狽の言葉がモノトラの口を突いて出る。


「……さすがに頑丈ね。けど」


 ちゃき、とベルグレッテが右手にしたものを閃かせると、付着していた金属の粉が舞い落ちた。


 それは、抜き放たれた長剣だった。

 いかにも騎士流といった豪華な意匠が施されているが、その絢爛たる装飾には不釣り合いなほどの闇色の刃。黒い素材を用いたというよりは、後から塗って染めたような。


「なっ……何だその剣は!? いや、そもそもセプティウスを剣で斬れるはずが……!」


 彼女の腰から下がっていた長剣。先ほど認識しながら、脅威たりえないと判断したはずの。

 一挙、モノトラの思考に焦りがせり上がってくる。


(ま、ずい……まずいまずいまずい……!)


 聞いていない。デビアスは何も言っていなかった。この小娘の切り札は水の大剣だけではなかったのか。まさかセプティウスに通用する武器を持っているなど、完全に想定外。見たところ、この強固な装甲に斬りつけておきながら刃毀れひとつしていない。


 そして、ここで符合する。

 なぜこの少女騎士は、これまで通じもしない水剣による攻撃を幾度も繰り返していたのか。効かないと分かっていながら、接近戦を仕掛けてきていたのか。


(確認、してやがったんだ……!)


 自分の剣が『当たる』ことを。

 モノトラの動きを見切り、確実に斬撃を見舞うための予行演習。その手応えから、『本番』へと移行したのだ――。


「な、な、舐め……やがっ……!」

「さっき言ったわね。騎士や兵士は、鎧や盾がなくとも敵に立ち向かうと。……さて、ここまで『修羅場』を潜ってきたというあなたはどうなのかしら?」

「~~~~~~……!」


 膨れ上がる怒りとは裏腹に、足が数歩後退する。


(クソ……クソクソクソクソ……!)


 認めるしかない。

 まずい。同じ箇所に何度もあの刃を浴びればもたない。そして、ベルグレッテはそれを間違いなく実行できる腕前がある。モノトラの技量では抗うべくもない。


「なぁ、ナスビ野郎よー」


 遠くからの声。ベルグレッテの背後、すっかり観戦に徹しているかのようなエドヴィンの姿。嘲笑うかのような表情。


「俺ぁよ、お前に意趣返しをしよーだとか考えてねーんだよな」


 何だ。なぜ今この局面で、そんな話を。


「だってよ、そーだろ? あの一戦、どー見たって俺の勝ちだ。あのイカレた鈴の女が出てこなけりゃ、あそこで終わってた」


 終わっていたのはお前だ。何を勘違いしている。


「つまりよー、もう俺はお前なんぞ眼中にねーんだよ。俺が復讐に燃えてるとでも思ってたか? ベルと共闘でもすっと思ってたか? 必要ねーな。お前を倒すのは、ベル一人だ」

「――――――」


 今この場でも打つ手のないゴミクズが何を思い上がっている。

 噴出せん勢いの激昂は即座に行動へと移された。怒号を発する間も惜しみ、モノトラは右手のハンドショットを構え――るより速かった。

 ごぎん、と衝撃。

 踏み込んできた少女騎士による一撃。


「ぐああぁッ……!」


 宙を舞う金属の破片。先ほどよりも大きい。

 やはり、狙われたのは同じ箇所。正確に、なぞるみたいに同じ部分を。

 まずい。このままでは、セプティウスといえど亀裂を入れられる。そうなってしまえば、もう――


「ふざっ……、けんじゃねエェ――――!」


 モノトラは怒号とともに左手のレーザーブレードを投げつけ、その隙に右手のハンドショットを連射する。一発、二発、三発。

 しかしその全てが、素早く屹立した水壁によって弾かれた。

 雫が弾け、威力に押されたベルグレッテがかすかに千鳥足を踏む。


 自分の攻勢が生んだ結果は、ただそれだけ。

 薄氷色アイスブルーをした彼女の瞳が、水流越しにモノトラへと注がれる。今や圧倒的優位に立っていながら、まるで昂っていない静かな眼差し。あるいは、モノトラに対する憐憫すら含んでいると思えるような。


(クソ、クソが……! 何だ、その目は……!)


 なったはずだ。


(俺は、強者に……)


 なったはずだった。


 狩られる側から、狩る側に。

 そのはずだ。

 それが、どうしてこんなことになったのか。


(あの、剣……)


 少女騎士が握る漆黒の剣。

 セプティウスを斬れる武器があるなど、考えもしなかったから。あんな代物が存在したせいで、一気に何もかもが崩れた。たった一本の、鉄の棒きれのせいで。


 ――自分の『強さ』は。そんな鉄屑に壊される程度のものだったのか。


(舐め、るなよぉ~、こうなったらしょうがねぇ)


 モノトラは素早く首元へ手を伸ばし、そこに蔵されたボタンを押し込んだ。


(できれば使いたくなかったが、最終手段だ)


 それは、『ボンベ』と呼ばれる機能を稼働させるためのもの。本来は水中での呼吸を可能とする仕組みだが、『これ』を使う際にも必須となる。


「食らえ……!」


 懐から取り出したそれを、思い切り大理石の床へと叩きつけた。

 黒い、小さなサイコロに似た物体。


 トキシック・グレネード。

 煙を吸った者を瞬く間に昏倒させる、広域制圧用の特殊兵装。転がった小さな四角形から吹き出る黄色の霧。その向こうで見開かれるベルグレッテの瞳。


「ひ、ひゃはははは……!」


 終わりだ。

 ボンベを使っているモノトラ以外の全員が、これで倒れる。そう、『全員』が。つまりアルドミラールも含めて、だ。無論、堅牢な自律防御といえど漂う煙を弾くことなどできはしない。


(構いやしねぇ~……!)


 無差別な麻痺毒の散布。下手をすれば後遺症が残るほど強力な代物だが、知ったことではない。

 モノトラはそもそも、アルドミラールを味方だとは思っていない。所詮は拾い物。『融合』の実験のために招き入れ、それが偶然成功しただけの存在。同志ではない。


(ここで生き残るのは、この俺だけで充分……ッ! ひひ、最初っからこうしときゃよかったでやすねぇ!)


 濁った黄土に染まる視界。これを吸引すれば、秒ともたずに横たわることになる。あとは、寝転がった連中にゆっくり止めを刺せばいい。


 そう、モノトラが勝利を確信した瞬間だった。


「ジュリーさんっ!」


 鋭く響くは少女の一声。

 そして、


「了っ、解っ!」


 待ちかねたような女の応答。


 直後、吹き払われた。

 全てを閉ざしていた黄色の煙が。

 遠くに立つジュリー・ミケウスから撃ち放たれたのは、凄まじいまでの横殴りの竜巻。それは中途で軌道を上向かせ、壁面上部に設けられた採光用の窓を次々と粉砕する。


「なっ!?」


 瞬く間に枠だけとなったそれら部分から、風に吸引された毒霧が屋外へと押し流されていく。

 そして。

 強風を放つジュリーへと駆け寄ったベルグレッテが、術者を支えるように寄り添った。

 刹那、竜巻はさらに強度と太さを倍加。

 持たざる者たるモノトラでも、何が起きたのか理解はできる。


(増幅の術かっ……!)


 密度を増して黒々と染まった竜巻は、獲物へ食らいつく大蛇さながらに今度はモノトラを捉えた。


「お!? おおぉぁっ――!」


 直撃を受け、容易に両足が床を離れる。そのまま上昇した竜巻に高々と身体を打ち上げられたモノトラは、押しつけられるように壁と天井の間へ激突。


「うごっ……!」


 石片や窓ガラスの破片を浴びる。

 生身ならばこれだけで充分終わっていただろうが、セプティウスのおかげで傷らしい傷を負うことはない。

 だが、


「う、おぉっ!」


 枠だけとなった窓から、身体が外側へと乗り出した。


「くあ、あぁ!」


 どうにか窓枠に右手の指を引っ掛け、転落を拒否する。しかし風はさらに強さを増し、明らかにモノトラを宮殿の外へ放り出そうとしていた。


(ク、ソが……まず……い……!)


 ここは氷輝宮殿パレーシェルオンの三階。他の建造物と一線を画すその高さは、ざっと二十マイレ以上。

 地面に叩きつけられれば、ただでは済まない。


 ――エドヴィン・ガウルに突き落とされた、あのときのように。


「……!」


 どうにか首を巡らせ、かつてその暴挙に出た相手の姿を睨む。

 ……当人はひどく冷めた、どうでもよさげな笑みでモノトラを見上げていた。


(なん、だ、そのツラぁ~……! てめぇみてぇなウンコが、何のつもりで……! 何もしてねぇだろてめええぇは……!)


 その怒りが起爆剤となり、窓枠へかけた指に力が入る。


「クソが、何をおおぉやってるアルドミラールウウウゥゥ! 早くその女どもを何とかしろおおおぉぉ!」


 発生源のジュリーとベルグレッテをどうにかしろ、と必死になって目を向ける。


「……!?」


 しかし。眼下のアルドミラールは、微動だにしていなかった。

 竜巻を放ち続ける二人を妨害する素振りすら見せず、サベルと向かい合ったまま、不気味な笑みを覗かせているだけ。


「な、に……してんだあああぁてめぇはああぁ! 聞こえねぇのか役立たずゥ! オォイ! 早く! 俺をォ! 助――」


 唸る旋風に負けじと叫んだ瞬間。


 ボン、と。

 必死に窓枠を掴む手元で、赤色の火が弾けた。

 効きはしない。強固なセプティウスの装甲は、指先までも隈なく覆っている。

 ただし、多少なりとも衝撃は受ける。


 飛んできた火球が炸裂したことで窓枠から指が外れ、モノトラは竜巻に運ばれるまま宮殿の外へと放り出された。


「く、そがあああぁぁっ――……あああァァ!」


 いつかと同じ自由落下。

 ただ今回は、道連れはいない。

 かつてはその道連れだった男。たった今においては、火球で己の転落をだめ押しした男。


「こ、の犬、がああああはぁぁぁ――!」


 憎きエドヴィン・ガウルのにやけ面を……中指を立てていたその姿を思い浮かべながら、モノトラは遥か下方の石畳へと吸い寄せられていった。






「助けなくてよかったのか?」


 ややわざとらしくサベルに問われ、対峙するアルドミラールはニヤリと口角を上げる。


「お前ダっタら助けタか? 敵と一緒に自分まデ巻き添えにしようとしタ奴を」

「いや、そいつはごもっとも。だが、いいのかい? おかげでお前さん……四対一になっちまったが」


 サベルとジュリー、その横にベルグレッテとエドヴィンが並び、黒の怪人を睨めつける。

 気にした風もなく、孤立無援となった男は口を開いた。


「所詮、あれは商人ダ。戦力としテ期待しテはいない」

「随分と自信家ねー、おハゲさん」


 呆れたように目を細めるジュリーへ、怪人は感心したげな笑みを贈る。


「合点がいっタぞ、女。妙に位置取りを気にしテる風ダっタが……お前が狙っテいタのは、最初から俺ではなく商人ダっタか」

「そーよ。限界まで追い詰められれば、あのナスビ男は必ずあれを……ときしっく・ぐれねーど、とかって道具を使う。そうよね? ベルグレッテちゃん」

「ええ」


 首肯する少女騎士はかつて、天轟闘宴にて目撃している。セプティウスを駆って闘い抜いた、とある老夫の一部始終を。

 ゆえに、モノトラの行動を予測することは難しくなかった。

 自発的に接近戦を仕掛けてくることはないだろうと踏んでいたが、こちらが突っ込めば応じるだろうとも考えていた。

 概ね想定通りの戦果ではあったものの、やはり恐ろしきはハンドショットか。


(あれは……倒されててもおかしくなかった)


 肝が冷える思いだが、震えるのは後だ。ベルグレッテは撃たれた側頭部に指先を添え、回復術での止血を試みる。


(……兄さま)


 そして、己が手に握る兄の形見。この黒剣がセプティウスに通じるか否かも、博打に近いものがあった。だが、衝撃次第で損傷を与えられることは分かっていたため、そこは信じた。

『黒鬼』の鋭さをそのまま継承したかのような切れ味、その効果は予想以上。多少なりとも鎧を欠けさせて動揺を引き出すことができれば充分と考えていたが、まさかあそこまで深く亀裂を刻むことができるとは。


(でもなにより、おおよその筋書きどおりにモノトラを排除できたのは……)


 エドヴィンが『己の役目』に徹してくれたこと。これに尽きる。

 一見して物腰低く、自らを卑下するモノトラ・ギルンという男だったが、劣等感の裏返しからくる暴力性が見え隠れしていた。詠術士メイジには敵わないと謙遜していながら、本心では屈服させたくてたまらない。

 セプティウスにより力を得て、それを実現できる強者となった。そんな自負。

 かすり傷ひとつ負わない立場にいながら、一方的に攻撃されることを嫌ってやり返してきたのもその表れ。ハンドショットなどという優れた武器を持っているのだから、逃げ回りながら撃つだけでもよかっただろう。しかしそれをせず、レーザーブレードを振るって抗戦した。


 そんな気性の男が、かつて自分を手痛い目に遭わせた相手を無視するはずはない。

 事実モノトラは、隙あらばエドヴィンを撃とうと常に意識していた。そのエドヴィンはエドヴィンで、見るからにやられっぱなしを是としない血の気の多い性格。

 モノトラもそこは察していたと思われる。だからこそ、考えていたはずだ。


(やがて堪えきれなくなったエドヴィンが、勇み足で前に出てくる……と)


 その読みを逆手に取った作戦だった。

 当初、ベルグレッテはこの案をエドヴィンに提示するに当たり悩んだものだ。

 遺恨を抱えた敵を前に、「何もするな」という指示。ただ囮としてそこにいろ、という。それは事実上、戦力外だと通告しているにも等しい。

 意を決してそれを伝えたベルグレッテに対するエドヴィンの反応は、


『分かったぜ。他には?』


 まるで気分を害した様子もない即答。

 人の言うことなど素直に聞くはずもない、学院の問題児。そんな彼の言葉に、学級長クラスリーダーでもあるベルグレッテは目を丸くした。

 が、彼はまるで意に介した風もなく言ってのける。


『あ? 何だよ、そのツラはよ。俺らは何しに行くんだ? オームゾルフ祀神長を止めに行くんだよな?』


 ハッとされられた。

 とうに、切り替わっていた。エドヴィンは、ベルグレッテよりも早く。目的のために、己に課せられた役目を全うすると。


 そのように『徹した』彼の存在があってこその、この成功だ。

 結果だけを見るなら、己の激情に任せ立ち回りを失敗したモノトラ、事前の作戦通り動いたエドヴィン……両者の間で明暗が分かれたともいえる。


「……ありがとう、エドヴィン」


 隣に立つ頼れる仲間へ、ベルグレッテは感謝の言葉を贈る。


「ヘッ、礼にはまだ早ぇよ。――あと一人、気張っていくぜ……!」

「……ええ!」


 ――眼前に佇む、最後の敵。


「さテ……デは、続けるとしようか」


 首を横へ倒しコキリと鳴らす黒衣の術士。そんな男へ、


「いいや。もう終わりだ、アルドミラール」


 宣告すると同時、サベルが動く。傍らのジュリーも、鏡写しのように。


「――炎舞!」

「風雅っ――!」


 二人の合わせ技が再度、紫の風竜とも呼ぶべき膨大な嵐を巻き起こす。青黒い尾を引いて飛びついたその顎が、アルドミラールの自律防御を食い破る。ガラスの壁が砕けたかのごとく、炎と風が舞い散った。


「――水よ!」


 その間隙を縫って、ベルグレッテは術を解放。

 水の大剣に次ぐ己が秘術・アクアストーム。紫の爆炎の余韻も消えぬうちに、渦巻いた激流が黒き術者を襲う。自律防御を失ったその敵へと。


「ク、ハハハ……!」


 おん、と空間が撓む音。絶対の防備を欠いたアルドミラールが目の前に顕現させたのは、眩いばかりの雷の盾。水流と火花が衝突し、耳をつんざく大音響が広間を蹂躙する。

 やはりというべきか。アルドミラールは自律防御が再度破られることを念頭に置き、防御術を用意していたのだ。


「ヌ!」


 勢いに押し込まれ後退するアルドミラール。

 一見して派手に追い詰めているようにも見えるが、上手く防がれている。相手の保有する魂心力プラルナの膨大さを考えたならば、まず間違いなくいなされる――。

 ベルグレッテがそう推測した瞬間、唸りを上げた赤熱が湾曲しながら飛び、アルドミラールの横っ腹へ直撃した。


「……、……ガ……!」


 雷盾を迂回する軌道で飛んだそれは――


「脇がガラ空きだぜ、ハゲ野郎」


 横から走り込んでいたエドヴィンの奥の手、スキャッターボム。先ほどモノトラの排除を決定づけたそれは、ベルグレッテや流護の目から見ても侮れない速度と威力を誇る。

 そうなのだ。危険な異国での戦い、彼の身を案じるあまり、これまでずっと失念していた。あるいは分かっていて、その役目を負わそうとしなかった。

 激しい気性から自らが傷つくことも厭わず突っ込んでいく無茶が多いエドヴィンだが、遠距離戦に徹した彼は優秀な狙撃手として申し分ない。十二分に頼りとなる存在なのだ。


「……、……ッ……」


 たまらず身体をくの字に折るアルドミラール。同時にその挙動は、術の制御が緩んだことを意味していた。

 雷壁の力が弱まり、アクアストームが全てを押し流した。黒衣の男は増水した川にでも落ちたかのような勢いで後方へ飛ばされ、大理石の壁に激突。所持していた鉈剣が回転しながら飛んでいく。


「――――グ、ハ」


 膨大な量の水が使命を終え、一斉に虚空へと還る。その煌めきに包まれながら、アルドミラールは白い床へ前のめりに崩れ落ちた。

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