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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
503/667

503. 商人と修羅場

 漂う一触即発の空気。


(思ったよりやりやすねぇ、あのトレジャーハンターの二人)


 数歩分ほど後方へ離れた位置にて。

 アルドミラールの背中と四人の敵の姿を視界へ収めながら、モノトラは面を覆う兜の奥で静かに戦況を観察していた。


 焦りはない。

 アルドミラールは『融合』における『成功例』。当人が語る通り、自律防御をどうにかできれば倒せるような甘い相手ではない。


(……『成功例』、ねぇ。いや、しかしまさかそれすら……あぁ、まあいい)


 脇道に逸れかけた思考を修正し、分析に戻る。


 さて、この戦闘。

 明らかに、分不相応の存在が紛れ込んでいる。三匹の油断ならぬ狼の中に、一匹だけ駄犬が交じっている。

 考えるまでもない。


(そうでやすよねぇ、お兄さん~)


 エドヴィン・ガウルという名の、ただのチンピラ。

 モノトラ自身、己が戦士でないことは重々承知している。セプティウスがなければ闘うこともままならぬ、ただの持たざる者。

 だが、この相手はそれ以下だ。


(必ず……足を引っ張りやす)


 以前の戦闘で判明している。この悪童の性格は。

 ハンドショットの威力を知っていながら対抗するために鉄板や薪を利用するという浅はかさ、万策尽きて高所から道連れにしようとする無謀さ。あの折にエドヴィンは計画通りなどと吹いていたが、そんなはずはない。

 目立ちたがり、向こう見ず、浅慮、無計画。頭に血が上るまま、考えなしに本能で行動する手合い。


 ――そんな人間は、必ず和を乱す。


(戦闘が長引いて膠着するようなら……必ず焦れて、勇み足を踏む。勝手に下手を打って、自分から隙を晒す)


 この域での戦闘において、それは命取りだ。

 そこを狙い撃てばそれでいい。こちらから仕掛けようとしても、完全にハンドショットを警戒しているベルグレッテに防がれるだけだ。が、いかに優れた詠術士メイジとて、足手まといをいつまでも庇い切れるものではない。

 してそのベルグレッテも、腕が立とうとまだ甘さの残る小娘。エドヴィンが斃れたなら、必ず動じて隙を晒す。


「デは、続けるとするか……!」


 脇ではアルドミラールが耐えかねたように術を放ち、対峙するトレジャーハンターの男女も応戦する。


(あっしは待つだけでいい。そうすれば、勝手に形勢はこっちに傾き――、!)


 巻き添えを食わないよう下がろうとした瞬間、こちらへと飛び込んでくる影。

 接近戦を仕掛けてきたその人物は、エドヴィン・ガウル――ではなく。


「ふっ!」


 流れるような藍色の髪をたなびかせて。右手に水の長剣を顕現した、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード。


(こ、れは)


 数歩で突っ掛けてきたその少女に、モノトラは虚を突かれる――ことはなかった。


(何とも予想通りでやすねぇ!)


 あらかじめ左手に握っていたそれを振ると、ヴォンと異音が木霊した。蜂の羽音を何倍にも低く増幅したような、自然界では聞けぬ独特の響き。

 目に眩い白光を放つレーザーブレードが、相手の透明な水剣を受け止めた。噛み合い、十字を描く刃と刃。


「!」


 一瞬だけ瞠目するベルグレッテだが、すぐさま剣を両手で握り傾け、あっという間にモノトラの白刃を下方へ組み伏せ抑え込む。直後、切り返しざまに右下から左肩口へ向けて奔る一閃。

 ぎん、と金属質の音が鳴り渡り、モノトラはここでまともに斬撃を浴びたことを知覚した。


(っと! セプティウスを着てなければ、今ので終わり……でやすね)


 もちろんその装備のおかげで無傷ではあるが、威力に押される形で身体が傾ぐ。

 小娘とはいえ騎士。まともにやり合えば自分では勝負にもならない、ということか。

 だが。


(あっしも……伊達に、この世界で生きちゃいないんでねぇ!)


 踏ん張りながら右手を掲げ、眼前の小娘へ向けて即座にハンドショットを撃ち放つ。


「ぐっ!」


 砲声と着弾音、加えてベルグレッテの呻きは同時。

 またしてもあの忌々しい水の防御壁が、発射された弾丸を受け止め弾いていた。


(へぇ、今のを防ぎやすか)


 しかしそれも想定内。


(まだまだ行きやすよ~)


 押している流れを途切れさせないよう、モノトラは間髪入れず踏み込んで光刃を振り下ろす。剣腕こそ自他ともに認める素人だが、セプティウスによって増幅されたそれら挙動の速度だけであれば、十二分に一流の域へと引き上げられている。


「っ!」


 刹那に目を見開くベルグレッテだが、展開したままの防御術でこの一撃を受け止めた。白光と透明の壁がせめぎ合い、にわかな水蒸気を吹き上げる。


「ベル、大丈夫かよ!?」

「大丈夫!」


 背後からの声に、眼前の少女が気丈に応じた。だが、


(全てが予想通り、でやすよ)


 ベルグレッテはハンドショットを最大限に警戒していた。いつ撃ち込んでも即座に防ぐほどに。であれば、その所持者を排除すべく機を窺っていて当然。こうして攻め立ててくるのは読めていた。

 どちらかといえば『待つ』つもりでいたモノトラだが、張り合うならばそれはそれで一向に構わないのだ。


「フン!」


 勢いに乗ってレーザーブレードを振るうも、ベルグレッテはまるで危なげなく防ぎ続ける。


(チッ、小娘の分際で忌々しい)


 単純な接近戦の技巧では、隔絶した実力差があるのだろう。

 反撃を受けるのは時間の問題か。

 しかし、モノトラにはセプティウスによる鉄壁の防御がある。生半可な術でこれを突破することはできない。

 見れば、対峙するベルグレッテの左腰からは一本の長剣が下がっている。が、ただの実剣でこちらの装甲を斬り裂くことは不可能。そんなものを振るっても、無様に刃毀れするだけだ。それこそ団長クィンドールの所有する『亡月ボウゲツ』でもなければ、セプティウスを斬ることなどできはしない。


(つまり唯一警戒すべきは、例の『黒鬼』を叩き斬ったとかいう水の大剣……でやすか)


 いわば、ベルグレッテの切り札。彼女の臓器を奪う価値あり、と判じるに至った要因。

 原則として強固なセプティウスではあるが、使用者の魂心力プラルナに応じて性能を発揮する特徴を持つ。

 つまり持たざる者のモノトラでは、その力を最低限しか引き出せていない。

 並の敵ならばそれで充分に釣りが来るが、相手が一流の術士となれば話は別。あまりに強力な一撃を受ければ、装甲を割られる可能性も出てくる。

 プレディレッケを葬るほどの術となれば、おそらく耐えられはすまい。


(でやすが……知ってやすよ)


 水の大剣、その短所。

 すでに団長補佐デビアスから聞き及んでいる。

 渾身の一撃ゆえ、放った後はしばし立ち上がることすらままならなくなると。『黒鬼』を斬った彼女は、そこで崩れ落ちてしまったと。


(であれば、この戦闘で使うことは絶対にありえやせん)


 ベルグレッテにしてみれば、この一戦は通過点。

 この先へ進んでオームゾルフと相対することが本来の目的だろうに、ここで精根尽き果ててしまっては元も子もない。

 つまり現状、向こうにセプティウスを破るだけの火力はない。


(一人でどうにかあっしを押さえ込んでる間に、トレジャーハンターの二人がアルドミラールを倒すのを期待してるんでやしょうが……)


 その勝敗が決する前に、戦況は必ず傾く。このままいけば、自然とこちら側に。彼女の背後で守られるようにしてまごついている、その悪童。必ず、あの愚物が足を引っ張る。


(……ま、そうでなくともあっしには――)


 そもそも、関係がない。


 仮にアルドミラールが倒されようと。

 戦士たちの中にあって……狼の群れを前に、余裕を保てるだけの理由がある。全てを覆せる、それこそ切り札と呼ぶべきものが――

 ばぢん、とモノトラの手に返る衝撃。


「!?」


 態勢を立て直したベルグレッテが、防御壁を傾けてレーザーブレードの剣閃を弾いたのだ。


「と、っ!?」


 いなされる形となり、今度はモノトラが大きく態勢を崩す。その隙を逃さず、踏み込んできた少女騎士が脳天割りの一撃を放つ。回避を期すも間に合わない。ぎゃりりり、と耳障りな金属音。肩口から脇腹までを縦に迸る、透明な水の剣閃。二度目の直撃。効かなくともその威力に押され後退するモノトラ、さらに前傾姿勢で大股に接近してくるベルグレッテ。


(ったく、健気でやすねぇ)


 事実上、セプティウスを破る手段もありはしないだろうに。相手にかすり傷すら負わすこともできないにもかかわらず、必死になって食いついてくる。

 防御力に任せて守りに徹するのも戦略のひとつだろうが、そもそも一方的に殴られてやる義理もない。


(流れは渡しやせんよ――!)


 躊躇なく。モノトラは右手のハンドショットを構え、引き金を引く。


「っ――!」


 瞬時に展開される水の防御壁。しかし、今回は弾速が上回った。

 ベルグレッテの側頭部から血飛沫が吹き上がる。


「ベルッ!」


 離れて見守るエドヴィンの叫び、もんどりうって倒れるベルグレッテ。たまらず駆け寄ろうとした彼に対し、彼女は「待て」とばかりに手のひらを向けて制止した。どうにか身を起こしながら。


「直撃は避けやしたか……でやすが、さすがに防御が間に合わなかったようでやすねぇ」


 計算高いとされるベルグレッテだが、思惑を外されたのだ。何しろ、モノトラはここまでですでにハンドショットを二回発射している。つまり、残りは一発。最後の弾となれば、慎重に機を窺って撃ってくるはず。

 そんな予想を覆され、さらには至近距離。


「あっしが撃ち渋ると思ってたんでやしょう? ここで撃たれることはない、と安易に踏み込んだ。――見縊らないでくださいや」


 地に伏したベルグレッテを見下ろしながら、モノトラはここで悠々と次弾の装填に取りかかる。弾倉を引き出し、赤色鉛の弾を詰め込む。幾度も繰り返し、慣れた作業。今や、片手でこなすことができる。


「これでもねぇ、そこそこ修羅場は潜ってるんでやすよ~」


 ――この瞬間こそが至高。

 お高く留まった詠術士メイジを出し抜き、見下ろす。神から恵みを授かった者が、持たざる者である自分の前に屈服する。


 その快感たるや、何物にも代えがたい。

 ゆえにモノトラ・ギルンは、商人の身でありながら戦場に立つのだ――。


「……修羅場?」


 大理石の白い床に、赤い斑点を落としながら。

 身を起こし片膝立ちになったベルグレッテが、その単語をなぞった。はて気のせいか。彼女の形のいい唇は、かすかに上向いているように見える。


「聞き間違えかしら。修羅場を潜ってきた、と聞こえたけど」


 側頭部から頬へ伝う鮮血を拳で拭いながら、血で口元に貼りついた藍色の髪を払いながら、少女騎士は確かに笑っていた。


「……言いやしたよ。はっきり聞こえやせんでしたか? 弾は耳にでも当たってやしたか?」


 やや訝しく思いながら、死の商人は油断なく眼前の相手の真意を探る。……までもなく、敵はその答えを吐き出した。


「強固な鎧に身を包み……絶対に傷を負わない立場を確保したうえで、一方的に攻撃しておきながら? あなたの言う修羅場とは、随分と安全なのね」

「――――」


 その言葉を聞いたモノトラは、


「……ぶ、ふふっ、ぶっふはははははは……!」


 たまらず吹き出していた。


「何を言い出すかと思えば。貴女たち騎士や兵士だって、鎧や盾を身に着けて戦場に出ることがありやすでしょう? それと何が違うんでやす?」

「そうね。けれど、騎士や兵士は仮に鎧や盾がなかったとしても敵に立ち向かう。あなたはどうかしら」

「セプティウスを使うのは卑怯だとでも言いたいんでやすか? これは天轟闘宴じゃぁないんでやすよ」


 デビアスから、初期型の兵装を使った参加者が失格と見なされたとの報告は受けている。


「これは殺し合い……何でもあり、でやす」


 言いつつ、モノトラはその視線をベルグレッテの向こう――エドヴィンへと向ける。


「でやすよねぇ、腰抜けのお兄さん~」

「……あァ? 誰が……何だと?」

「腰抜け、と言ったんでやすよ。せっかく今、あっしはハンドショットを撃ち尽くして隙を晒してやしたのに。女の子がこんなに頑張ってるのに、貴方はボサッと突っ立ってるだけ。恥ずかしくないでやすか?」

「……てめー」

「あっしは気付いてやすよ~。貴方……手を出しあぐねているようでいて、この子の防御術の範囲に収まるように立ち位置を変えてやすよね。情けないでやすよね~、女の子に守られるのをアテにしてぇ~」

「エドヴィン! ……挑発に乗っちゃダメだからね」


 釘を刺すように。モノトラの言葉に被せ、少女が声を張る。


(……あと一押し、でやすかね)


 モノトラが防御に徹しない理由は、ここにひとつある。

 戦闘についてこれず傍観しているエドヴィンだが、ベルグレッテが追い詰められれば、確実に後先を考えず飛び出してくる。

 そこを仕留めれば、ベルグレッテもまた動じて隙を晒す。それで終わり、だ。

 この二人は共闘しているのではない。足を引っ張り合っているだけだ。本人たちがその事実に気付いていないという滑稽さ。

 加えてこの二人には、セプティウスを破るだけの攻撃手段もない。


「先程の貴女の言葉ではありやせんが――」


 死の商人はやり返すように、鼻で笑った。


「今回の『修羅場』は、随分と安全なものになりそうでやすよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] あからさまなフラグを自分で積極的に立てて行ってるねハハッ!! [気になる点] それはそれとして商人ムカつく~(# ゜Д゜) [一言] 何が腹立つかって現代知識というか現代兵器俺tuee 系…
[一言] 黒鬼の帯剣だと流石にセプティウス切断できそうな気がするけどモノトラさん大丈夫ですか
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