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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
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499. 避けて通れぬ一戦

「……追手はいないみたいね」

「よし。進むとしようぜ」


 後方確認を終えたジュリーとサベルの両名に頷き、ベルグレッテは上階への階段に足をかけた。


 さすがに四人の侵入も兵士らの間に知れ渡っている頃だろうが、もはや流護一人の対応に手一杯なのだろう。他の兵に遭遇することもほとんどなく、無事この場まで到達することができた。


「……」


 いよいよこの先は宮殿の三階。

 一歩一歩、着実にオームゾルフへと近づいている。


 改めて、無茶にもほどがある作戦だ。王の居城に強襲をかけ、その王を捕縛する。

 だが、皆がその無謀に近しい策に乗ってくれた。

 メルティナがミュッティを、グリーフットがミガシンティーアを引きつけて。レノーレが偽りの手配書をしたため、ラルッツとガドガドがそれを貼り回って街の兵士たちの撹乱を狙った。そして流護が、宮殿の兵力を一手に引き受けた。

 その結果、四人は消耗することなく今この場にまで到達することができている。

 ……しかし果たして、本当に最後まで狙い通りに事を運べるのか。


「大丈夫よ、ベルグレッテちゃん。こうしてここまで来れたんだから。あたしたちもついてるわ」

「……はい」


 どこまでも明るいトレジャーハンターの女性に後押しされ、少女騎士は前を向いて進む。

 ……拭いきれぬ一抹の不安を胸に。


 ここに至るまで――仲間たちを始め、敵であるオームゾルフまでもがベルグレッテの知略を称賛してきた。

 だが、それらは飽くまで『現実が予想の範疇を出なかっただけ』のことでしかない。確実なことなど何もなく、常に綱渡りの道のりだった――と少女騎士自身は考えている。


 例えば、今。

 引き離したつもりでいるミュッティが実はこの宮殿に留まっていて、自分たちの目の前に現れたら?

 そんな『もしも』があれば、それだけで全ては瓦解するのだ。


(……懸念を挙げたならきりがない。たとえば、他にも――)


 ひとつ。宮殿の最上階、最奥の私室にいるであろうオームゾルフの下を目指し進んでいるベルグレッテたちだが、そもそも聖女が大人しくそこにいなかったら?

 有事の際、最高権力者にとってそこが最も安全な避難場所となるとメルティナからは聞いている。しかし、相手はあのオームゾルフ。意外な一手に出る可能性がないとは言い切れない。


 ひとつ。未だ姿を見せないキンゾル・グランシュアはどこで何をしている?

 名前こそ知っているものの、少女騎士としては未だ姿すら見たことがない人物。どういった思考を持ち、どのような行動に打って出るか計り切れない存在だ。ただ、唯一『融合』を可能とするというその希少な特徴。万一にもそれを失う訳にはいかないため、迂闊に前線へ出てくることはないだろうと当たりをつけているだけで。


 ひとつ。もしミュッティが思惑通りメルティナを追ったとして、単騎でなく他に戦力を連れていたら?

 自分たちは、オルケスターという謎めいた組織の総戦力を全く把握できていないのだ。未出の強者がいたとて何ら不思議はない。

 例えば、グリーフットがこの国へ戻ってくる契機となったデッガと名乗る傭兵。ハンドショットに無傷で応対できるほどの強者であり、当人が残した言葉からすればバダルノイスへやってきているに違いないはずだが、未だ一度も遭遇していない。


(それに、そもそも……)


 何より。

 一番単純で、一番あってはならない……それでいて、もし『そう』ならば回避できない懸念がある。


(……)


 いや、こればかりは考えても詮なきこと。

 とにかく今は、自分を、仲間を信じるしかない。何しろ、その不安の対抗策はそれしかないのだ。

 大前提として、それが払拭できないのであれば――最初から、勝てる見込みなどなかったということなのだから。


 慎重に進むことしばし。

 ベルグレッテ、エドヴィン、サベル、ジュリーの四名は、階段を上り切り、氷輝宮殿パレーシェルオン三階、大広間へと到達した。


 異常なほどの静けさだった。とても、下の階で未曾有の襲撃と抗戦が行われているとは思えないほどに。

 壁面上部にズラリと並ぶ採光用の窓から、外の雲間が覗いている。

 きめ細やかな茨の意匠が施された二対の柱が高い天井を支え、通路沿いの床には毛足の艶やかな青絨毯。厳かな雰囲気漂う、広く静謐な空間。

 初めてこの場所を訪れた折、案内役を務めたヘフネルとの間で交わされた会話がベルグレッテの脳裏に甦る。


『例えば僕らが今いるこの広間も、謁見の間に向かうには必ず通らなければならない場所ですね』

『ふむ。侵入した敵を簡単に王の下へ行かせないよう、ここで迎撃するって訳だな』

『ええ、はい。そんなことはまずあり得ませんが……有事の際には、そうなりますね』


 まさか当時は、自分がその『敵』になるなどさすがに考えもしなかった。


 そして。

 まさに今、その事態を迎えたとばかりに。

 奥の通路へと続くその手前、距離にして十五マイレほど。先へ進むならば避けては通れないそこに、彼ら二人は待ち構えていた。


 一人は、黒一色のローブに身を包んだ禿頭の男。

 削ぎ落としたような痩身。死人と見紛うかのような青白い肌、その表皮を無尽に走る古傷。腰には、ノコギリじみた凹凸の刃が並ぶ鉈剣。

 生気に欠けた瞳が、サベルの姿を捉えた。紫色の唇が笑みの形に開かれる。


「クハハハ……まるデ時を戻しタかのように壮健ダな。サベル・アルハーノ」


 かすれた独特のその声に、


「ああ。お前さんが仕損じたお陰でな、こうして元気だよ。アルドミラール」


紫燐ウィステリード』の青年が軽口を返す。


 そして、アルドミラールの隣にもう一人。

 背筋の曲がった痩せぎすの男。身体を丸め、下から相手を見上げるような仕草。ボサボサの赤い頭髪、落ち窪んだ瞳と大きな鷲鼻、右側のみが歪んだ形で吊り上がる唇。顔の輪郭や目鼻の形が左右非対称に感じる造作。

 その形の異なる双眸が、隠しもしない侮蔑を含んでエドヴィンへと向けられた。歪んだ口元が笑みを象る。


「元気そうでやすねぇ、お兄さ~ん。ただ、貴方がここへ来るのは予想外でやしたよ~。だってほら……その……申し上げにくいんでやすがねぇ~、ご自分でも分かってやすでしょう? 明らかに場違い、ってもんでやすから。立場も、実力も、何もかも」


 あからさまなモノトラの挑発を受けて、ミディール学院の『狂犬』が牙を剥く。


「ケッ、その俺にやられた奴が随分と偉そーじゃねーかよ。分かってんだろ? あれはてめぇの負けだったってよ。二回目の幸運はねーぞ、ナスビ野郎」


 モノトラの双眸が細まる。


「何を言うかと思えば……それはこっちの台詞でやすよ。あの時はまだ、貴方に人質としての利用価値があったからこそ見逃しやしたが……もう、その必要はありやせん」


 言いながら、モノトラはおもむろに右手を懐へと忍ばせ――


「この通りねエェ!」


 素早く取り出したハンドショットを、エドヴィンに向けて撃ち放った。パン、と乾いた音。対峙する両者の間に遮蔽物はない。避けようのない状況。

 だが。


 そこで吹き上がる水柱、渦巻く銀色の奔流。


「させない……!」


 ベルグレッテの展開した防御術が、凶弾を飲み込んで絡め取った。


「チぃッ……!」


 妨害される形となったモノトラが忌々しげに舌を打つ。

 しかし恐るべきは、その異質な射撃武器の威力だ。


「く……!」


 最初からハンドショットの対策として備えていた防御術ではあったものの、威力を殺し切ることは叶わず。水の厚みを貫通した弾が、明後日の方向へと飛んでいく。

 が、結果として問題はない。狙われたエドヴィンは無事だ。


「!」


 そこで瞠目するのはモノトラ。

 エドヴィンの右腕を取り巻く、赤い揺らめきに気付いたのだ。


「オラよ! 焼きナスビ一丁上がりィ!」


 反撃。血気盛んな悪童が惜しげもなく繰り出すは、彼の切り札たるスキャッターボム。


「チッ!」


 両腕を掲げ、露出している顔を守るモノトラ。

 湾曲して飛んだ火球は、防御に徹したこの男――ではなく、すぐ隣で佇むアルドミラールへと迫った。


「!」


 その男の濁った眼が見開かれるも遅い。

 まるで他人事のように構えていた黒衣の男に、唸る火の球が着弾。爆発、黒煙が巻き起こった。


「へッ、掛かりやがったなバーカ!」


 してやったり、とエドヴィンが中指を立てて笑う。

 モノトラに反撃と見せかけて、油断していた別の敵を狙う。勝つためには手段など選ばない、卑怯上等。そんな悪童たる彼らしい、巧妙な一手といえるだろう。


「お、お兄さん~……」


 すぐ隣で巻き起こった黒煙に目を細めたモノトラが、


「――残念、でやしたね」


 笑う。


「!」


 直後の現象に、ベルグレッテ、ジュリー、エドヴィンが目を剥いた。

 色濃く巻き上がる炎が、煙を霧散させる。揺らめく緋色に包まれるようにして、何事もなかったかのように佇むアルドミラールの姿。


「……!」


 状況が違う。

 つい先刻、いきなり撃ち込まれたハンドショットをどうにか凌いだベルグレッテだったが、これはあらかじめ攻撃を予期できていたからこその対応。

 危険な武器を所持する相手、隠れる場所もなし。ゆえに、あの小さな砲頭をいつ向けられても即座に動けるよう警戒していた。


 だが、アルドミラールは違う。

 スキャッターボムが迫った瞬間、明らかに慮外との表情を浮かべていた。自分が攻撃を受けるとは考えていなかった。

 そんな局面から防御は間に合わない。エドヴィンの不意打ちは功を奏したはずだった。


「ク、ハハハハ……驚いタじゃないか、小僧。不意打ちとは、酷い真似をするものダ」


 炎に守られる黒衣の男は、言葉とは裏腹、まるで動じていない口ぶりで肩を揺らす。


「尤も、何が飛んデ来ようと関係ないがね。俺は、気付く必要すらないんダ」


 エドヴィンが忌々しげに舌を打つ。


「ベル。ありゃあ、やっぱり……」

「……ええ」


 ――完全自律防御。

 サベルから聞いていながらも、ベルグレッテやエドヴィンとしてはこうして目の当たりにするまで半信半疑だったその能力。

 自分たちがよく知るクレアリアと同じ、類稀なる特殊な力。


「さテ、ところデ小僧。まさか今のがお前の本気か? 見せテやろう。本物の炎の使い方をな」


 事もなげに、アルドミラールはその右腕に炎の渦を顕現させる。ベルグレッテのアクアストームにも似た、躍動する長大な炎の奔流。


「! ヤロウ……!」


 同じ属性を扱うエドヴィンにとって、理解は容易だったろう。その力が、己の遥か上を行くものであると。


「……!」


 ベルグレッテも咄嗟の判断を迫られた。

 現在、詠唱保持している術はあとふたつ。アクアストームで迎え撃つか、それとも今一度の防御術か。確実なのは後者だが、ここで消費してしまえば、ハンドショットに抗う術が――


「っ!」


 悠長に選択する間もなく放たれたアルドミラールの一撃。

 決壊した川にも似るその炎の荒ぶり――が、横から受けた紫色の衝撃によって爆散した。


「!」


 ベルグレッテとエドヴィン、そして敵方の二人もが目を見張る。

 横合いからの炎拳によってその一撃を打ち消したサベル・アルハーノが、さも不敵に笑った。


「アルドミラールよ。お前如きが、偉そうに炎を語るんじゃあないぜ」

「フハハハ……随分と強気ダな、サベル・アルハーノ。あの闘いデ、どちらが上かは理解デきタものと思っテいタが――、!」


 刹那、今度はアルドミラールが言葉を中断した。

 派手な爆音とともに、自律防御が火柱を打ち立てて術者を守る。激しく揺らめいたその炎は、どこか慌てふためいているようにも見えた。

 間近に立っていたモノトラが煽りを受けて数歩よろめく。

 それらを成したのは、まっすぐに迸った一陣の旋風。出所は、冷然と立つ一人の麗女。


「それだって、人様から借りた力のおかげでしょ? どうしてそんなに得意げになれるのかしら」


 美しい金の髪をなびかせて。アルドミラールに手のひらを向けたジュリー・ミケウスが、馬鹿馬鹿しいと言いたげに失笑を送る。


「何でも、あたしのサベルを丁重にもてなしてくれたらしいじゃない。たっぷりとお礼をしてあげるわ、おハゲさん」


 彼女の激しい敵意を受けながらも、アルドミラールはまるで意に介さず鼻で笑った。


「クハハハ……格好がいいな、サベル・アルハーノ。一人デは無理と痛感しテ、女の手を借りる訳ダ」

「おっと、そこはお互い様じゃないか? 俺はジュリーの力を借りる。お前は人様の臓器を借りる。ああ、案外似た者同士かもな俺たちは。……と思ったが、誰もが羨む伊達男の俺と、死に損なったタコ坊主みたいなお前じゃ、見てくれに天地の差があったな。スマン、今の世迷い言は忘れてくれ」

「安心しろ、同じダ。人間など……薄皮一枚引き剥がせば、誰ダろうと同じ見タ目になる」

「話は尽きないな。まァ名残惜しいが、楽しくお喋りしにやってきた訳じゃないんだ――」


 その言葉を契機に高まる緊張感。


「商人。今の内に被っテおいタ方がいいんじゃないか?」

「……貴方に言われるまでもないでやすよ」


 アルドミラールの言を受けて、かすかに舌を打ったモノトラが脇の柱の陰に置いていたらしき物体を拾い上げる。それは、丸みを帯びた金属製の兜だった。

 不本意そうに両手で自らの頭に被せる様を前に、


「!」


 ベルグレッテはハッとした。

 モノトラが装着した兜に、見覚えがある。

 天轟闘宴。バダルエ・ベカーと呼ばれる参加者が持ち出し、即座に失格と断ぜられるほどの危険性を誇った、セプティウスなる奇妙な兵装。その頭部と同じ造形のものだ。


「ケッ、何だそのダッセー兜はよ」


 鼻で笑うエドヴィンに対し、モノトラの嘲笑が返る。


「分かりやせんか? これで、あっしがお兄さんの火球を警戒する必要は完全になくなったんでやすよ」


 唯一露出していた顔を覆い、服の下には薄いセプティウスを着込んでいる。

 天轟闘宴でベルグレッテが見た限りでは、ディノの炎すら防ぐ代物だ。もはや、生半可な攻撃術など歯牙にもかけないだろう。


「――――」


 ベルグレッテ一行の四人、対するオルケスター二人。

 単純な数の上であればベルグレッテたちが有利。しかし無論、それだけで押し勝てる相手でないことは明白。

 間違いなく難敵。

 が、これは避けては通れない一戦。


「さァて、そろそろ本格的におっ始めるとするか!」


 腕に紫炎を纏わせたサベルの疾駆を皮切りに――今、激闘の幕が上がる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アルドミラールの強キャラ感。煽り耐性が低い敵が多い中この耐性の高さは魅力的です
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