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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
495/667

495. 当然の報い

 ――有海流護たちによる氷輝宮殿パレーシェルオン襲撃が発生する、その半刻前のこと。


「それじゃあ、ちょいと出てくる。朝っぱらからですまんが、後は頼んだぞ」

「はっ。了解しました」


 二十一日は早朝、まだ薄暗い時間帯。

 部下に留守を任せたベンディスム将軍は、兵舎の古びた扉を軋ませ、寒風荒ぶ街へと繰り出した。

 目的は、隣街で開かれる緊急会合への出席。『白の大渓谷』を塞ぐ落雪の撤去作業について、詳細を詰めねばならないのだ。


(……実に馬鹿げてらぁ。手前ぇらで埋めときながら、今度は片付けるための計画を練ろうってんだからな)


 もっとも、真相を知るのはオームゾルフとその一派、彼らの思想に共鳴した自分含むごく一部の兵士のみ。大半の者は、過去一度として起きなかった事故に未だ動揺や不安を隠せないままでいる。

 身を切るような冷たい風に吹かれながら、将軍はわずかの昔を思い起こした。


(ったく、悪い夢を見てるようだ……)


 あの日からずっと。


『ベンディスム将軍、お力を貸していただけないでしょうか。このバダルノイスを、滅びの未来から救うために――』


 無論、当初は驚いた。何を言い出すのかと。

 聖女は、老将軍の戦術眼や知恵を欲した。多数の兵から寄せられる信頼を利用したい、との目論見もあったろう。


(……)


 乗らざるを得なかった。

 この国が置かれている苦しい現状を、事細かに聞かされたその後では。

 将軍自身、国民の一人として毎日を過ごしながら薄々感じるようになっていたことだ。

 職人が失われ死んだままの産業。未だ埋まらぬ移民との溝。時間が経てど、それらは容易に回復するような傷ではなく。

 年々……少しずつではあるが、生活は確実に苦しくなっていった。将軍ですらそう感じたのだ。平民や貧困層となれば、より顕著だったろう。

 事実、オームゾルフ主催の意見陳情会に同席した折にも、切迫した暮らしぶりを訴える者は多かった。


 そんな状況にあってなお、誰も彼もが口を揃える。

 今は試練の時、我慢の時。じき持ち直す。氷神キュアレネーの加護がある。誰かが何とかしてくれる、と。

 現実から目を背けるように唱えていたのだ。

 長く厳しい冬を耐え、暖かな春を待ち望むがごとく。


(俺を含めて、な……)


 これを思えば、オームゾルフの決断はどれほどの覚悟を伴うものだったのか。

 どん底の現実を潔く認め、変革のためには親友であるメルティナの命を捧げることすら厭わない。

 まして、そのメルティナは全てを知ったなら自分のために喜んで命を捧げてくれる。だからこそ、キュアレネーの教義に反するそんな行いを許す訳にはいかない。ゆえに、己を恨ませて自死を防ぐ。そのうえで、殺して奪い取る。


 ――メルティナ・スノウを、心から大切に思うがゆえに。


 兵士らの間では、オームゾルフとメルティナの間に何らかの確執があって対立したのではないか、などと囁かれている。

 だが、真実は完全なる正反対。

 互いが互いを思い合うがゆえ、この異常極まる対立構図が生まれたのだ。


(……俺には理解できん、狂ってるよ。だが、そんな常軌を逸した人間でもなけりゃ、この苦境は覆せんのかもしれん……)


 過去になかったことを断行できる者。かつてない滅びに抗うために、かつてない手段で立ち向かう。そんな改革者。

 いざ荷担したベンディスム将軍も無論、このやり方が正しいなどとは微塵も思っていない。罪もないレノーレや異国人らを咎人に仕立て上げ、弱みを抱える住民たちを利用した。間違っているに決まっている。

 きっと遠くない未来、その報いを受けることになるだろう。


(構わんさ。今更、自分だけ綺麗なままで終われるなんて思っちゃいない……)


 人影もない静かな早朝の歩道を進み、ベンディスムは最寄りの馬車の停留所を目指す。

 それなりの地位を授かる立場上、兵団専用の馬車を詰め所に呼びつけてもよかったのだが、そこは遠慮した。

 現在、『罪人』の確保のため、七百もの人員が南方へと派遣されている。加えて、『白の大渓谷』の除雪作業にも相当数を動員している。

 自分たちが引き起こした事態によって、大多数の何も知らぬ兵が振り回されているのだ。彼らの苦労を思えば、上官権限を使って悠々と移動手段を得る気にもならなかった。


(……おっと、こっちだったか)


 思えば、近隣の町村にて勤務することが多かったベンディスムは、皇都の道にさほど詳しくない。

『同志』となる一部の直属の部下共々、この皇都イステンリッヒに滞在することとなったのがほんの先日。期間は、今回の一件が片付くまで。

 華やかな装飾に彩られた都会の道は、地方に慣れた老骨には却って分かりづらかった。


 開店時間まではまだ程遠い花屋の角を曲がると、目的の停留所が見えてくる。

 そこには先客がいた。マントに身を包み、腰から剣を下げた若い男が三人。風体からして冒険者。

 今のバダルノイスにおいては珍しくもない、レノーレの賞金目当てでやってきた者たちだろう。さらにはつい先日、三百万の賞金首が五名も追加されたばかりだ。出国禁止令により国外へ出られないとはいえ、彼らにしてみれば、またとない一攫千金の機会のはず。

 余所者が幅をきかせるのは好ましくないが、そうして焚きつけたのもまた自分たちだ。あまり言うまい。

 三人は何やら談笑に興じている。この早刻に馬車待ちとなれば、朝まで飲み明かしてこれから宿にでも帰るところだろうか。


(羨ましいご身分だねぇ)


 馬車を並んで待つべく、彼らの後ろへと近づく。

 気付いた一人が何となしに視線を向けてきて、そのまま目を見開いた。そんな驚愕の面持ちのまま、隣の仲間を肘でつつく。合図に気付いた男がこちらを振り向き、「なっ」と呻いた。残る一人もベンディスムの顔を見るなり、驚きの表情を浮かべている。

 そうして冒険者の三人は、あまりにも無遠慮に将軍の顔をまじまじと凝視した。


「……何だい、あんたら。俺の顔に何か付いてるか」


 当然、あまり気分のいいものではない。

 ベンディスムがジロリと睨み返すと、一人が慌てて胸元に手を突っ込み、くしゃくしゃになった紙切れを取り出した。それを広げて、どうやらそこに記されている内容とベンディスムの顔を見比べる風にしている。

 何なんだ、と老将軍が疑問を投げるより早く、


「……あんた……ベンディスム・ゴート、だよな」


 その男が、確認するような口ぶりで問うてきた。


「……いかにもそうだが」


 妙だった。メルティナやスヴォールンならばまだしも、ベンディスムの名を流浪者が認知しているとは思えない。

 三人の男たちはそれぞれ乾いた笑いを浮かべ合った。うち一人が呆れたように首を振る。


「ハハ……こいつは驚いた。もしかして夜逃げかい? それにしちゃ遅くないか、おじさん」

「……何だと?」

「どうしてそんな堂々としてるのか知らねぇけど……まぁいいや。よし、お前ら」


 脇の二人に目配せをするや否や、


「やるぞ」


 腰の剣を抜き放つ。


「ッ!?」


 咄嗟に飛び退いたベンディスムの鼻先を、大振りの刃がかすめていく。

 千鳥足を踏みながら、老兵は慌てて身構えた。


「ッ、何のつもりだ貴様ら……!」


 抜剣とともに怒号を飛ばすも、冒険者らは平然としている。


「はぁ? 何のつもりも糞もないだろ」

「いや、様子がおかしいぜこのジジイ。もしかして、状況分かってねぇんじゃねぇの?」

「あー、あり得るな。多分よ、公布されたばっかだろ? それ。ほんの夕べまでなかったんだから」


 三人が何を言っているのか分からない。


(いや……、まさか)


 注目すべきは、一人が手にしている紙切れだ。その内容と、こちらの顔を見比べるようにしていた。


「これ~」


 ベンディスムの推測を察したように、一人がそれをこちらへとぶら下げて示す。皺だらけになっているその紙切れを。

 そこに描かれているものを目にしたベンディスムは、


「――――――――」


 臨戦態勢すら忘れて、呆然と立ち尽くした。


 ――それは、手配書だった。

 罪人名、ベンディスム・ゴート。処置は生死不問。懸賞額、五百万エスク。紙面の大半を占拠する、明らかに自分としか思えない精巧な似顔絵。バダルノイス王宮が正式に発行したことを示す、エドラアイビーを模した朱印――。


「……な、…………馬鹿な」


 瞬間的に、老兵の思考が白く染まる。眩暈すら起こしかけた。

 ありえない。身に覚えがない。ありえるはずがない。


「あ~。その反応、やっぱ知らなかったんだ?」

「何やらかしたのか知らんけど、五百万の大物が朝っぱらから堂々と出歩いてるんだもんな、俺らも驚いたよ」

「馬鹿を言え、俺は何も……!」

「悪い奴はみんなそう言うだろ!」


 一人が手をかざし雷光を撃ち放った。


「くっ!」


 どうにか氷の小盾を顕現して凌ぐも、まともな詠唱時間も得られていない即席の防御。弾け逸れた眩い白光が、顎ひげの周辺をかすめて跳ねていく。焦げた臭いが鼻をついた。


「くそったれ……!」


 ベンディスムは歴戦の古兵である。しかしながら、メルティナやスヴォールンのような英雄的強者ではない。あくまで戦士としての実力は、常識の範疇に留まるもの。加えて、そろそろ引退も見えてきた老齢。全盛期などとうの昔に過ぎ去って久しく、あとは衰えるばかりの身。

 単身で三人もの若い賞金稼ぎを相手取るとなると、もはや勝ちの目は皆無に等しい。


(くっ、どうする……!?)


 この場をいかにして凌ぐか。

 ベンディスムが必死に頭を回転させようとしたその瞬間、


「げはっ!?」


 脇の小道から飛んできた氷塊が、賞金稼ぎの一人の小腹に直撃。その勢いのまま薙ぎ倒した。


「うお!?」

「なっ、何だあっ」


 残る二人がその出所へ向き直ると、


「ご無事ですか将軍! 取り押さえろ!」


 なだれ込んでくる銀鎧の集団。ベンディスム直属の配下、『同志』たちだった。

 総勢十五名ほどとなる彼らがどっと押し寄せ、瞬く間に冒険者たちを制圧、拘束する。


「へ、兵士!? どういうことなんだ!?」


 凍った石畳に押し倒された一人が、身をよじりながら叫ぶ。


「どういうことも糞もあるかよ、この余所者が!」


 駆けつけた兵士の輪から出てきて賞金稼ぎの頭を蹴り小突いたのは、若兵ガミーハだった。


「誰に刃を向けたと思ってやがる、ったくよ……。お怪我はなかったですか、将軍」

「……ああ」


 わずかに焦げた白ひげをさすりながら、ベンディスムは安堵の息を吐く。


「いやはや、目を疑いましたよ。明け方から街の巡回に出てたら、こんなものがいつの間にか貼り出されてて……」


 困惑しきりにぼやくガミーハが取り出したのは、組み伏せられた冒険者が持っているものと同じ手配書だ。


「……ちょいと見せてくれ」


 ベンディスムはそれを受け取って、まじまじと眺めてみる。


「やはりか……よく出来たニセモノだ――」


 遠目では判別がつかなかったが、至近で注視してみれば一目瞭然。

 どれだけ精巧に作ろうとも、エドラアイビーの押印だけは部外秘の製法によって偽造不可。手配書が本物であるか否かを見定める判断基準となる。


 まさしくこの押印は、細部が異なっている偽物だった。


「しっかし……似顔絵もやたら上手いし、手配書きの出来が良すぎる。こいつらみたいに何も知らない余所者なら、騙されちまってもおかしくない」

「に、ニセモノ!? どういうこったよ!」


 冷たい石畳の上で叫ぶ賞金稼ぎの一人に、ガミーハが苛立ちを隠しもせず言い放つ。


「この方はな、バダルノイスで多大な功績を残してる将軍なんだよ! 罪人なんてとんでもねぇ話だ……!」

「し、将軍!? なっ、じゃあ何でそんな人間の手配書が作られてやがんだ!」

「知るか!」

「偉そうにしやがって……大体、どうなってんだこの国はよ」

「何だと?」

「次から次に大物賞金首がゾロゾロと……出国禁止令が出たと思えば、今度は北の関所が落雪で塞がって、仕舞いにゃ将軍が手配書に載ってそれがニセモノときた。シッチャカメッチャカじゃねぇか。何が起きてんだよ。ちゃんと仕事しろよなぁ、兵士さんよぉ!?」

「……っ、だと、この野郎」


 思い切り足を振り上げて蹴りの態勢に入ったガミーハを、ベンディスムは「止せ」と押し止める。


「将軍……」

「こいつらも騙された被害者だ。その辺にしとけ。……しかし……何の意味がある? 誰が何の目的で、こんなことを……」


 戦略家として名を馳せる老将軍は、すでに次の思考に入っている。

 見る人間が見ればすぐに偽物と分かる手配書。そんなものを貼り出したところで、ベンディスムが実際に捕まることはない。

 悪戯にしては手が込んでいる。手配書の偽造は立派な犯罪だ。そんな危険を背負ってまで、なぜこのような――

 と、周囲の兵らのぼやきが耳に入った。


「ったく、人騒がせにも程がある」

「馬鹿な真似しやがって……こいつらみたいなのがまた出てきかねないぞ」


(……まさか)


 そうだ。答えなど、すでに示されているではないか。

 人騒がせ。公布内容を信じた冒険者が、こうしてベンディスムに襲いかかってきた。


「……おい、ガミーハ。この手配書、明け方の巡回で貼られてたのを見つけたと言ったな」

「ええ。今、別の班が巡回範囲を広げて確認に向かってます。他の地区にも貼られてる可能性がありますから」

「……どうなる?」

「え?」

「確かに分かる人間が見りゃ、この手配書は偽物だとすぐに看破できる。だが余所者にしてみりゃ、そんなこと知る由もない。加えて、これを民衆が見たらどうなる?」

「……、そりゃ、こいつらみたいな余所者はともかく、民なら信じたりはしないですよ。ベンディスム将軍が罪人として手配されるなんて、そんな馬鹿げた話」

「……だが、戸惑いはするだろうな。これを見た瞬間の俺たちみたいに。いや、民衆だけに言えることじゃねぇ。何の事情も知らん中立の兵も、おおいに困惑するだろう……」


 場を騒がすには充分すぎる効果を生むはずだ。

 内容を信じた余所者は、ベンディスムを襲撃。信じない者は、ただ混迷の渦に落とされる。

 そこで、兵士の輪の間近に通信術の波紋が広がった。別の班からの連絡と分かっていてか、一人が素早く応じる。


「リーヴァー、こちら第五班――」

『こ、こちら第三班! 厄介なことになった、救援を求む!』


 騒がしい喧噪とともに、そんな叫びが聞こえてくる。


「どうした? 何があった!?」

『ミストレ地区の市場まで確認にやってきたんだが、朝市に出てきた商売人たちが例の手配書を見ちまったんだ。そしたら――おわっ!』


 彼が説明せずとも、すぐに答えが示された。


『っとに兵士さん! そんな通信なんかする前に、何がどうなってるのか説明しておくれ!』

『どうしてベンディスム将軍が!?』

『偽物にしたってさぁ! じゃあ誰が何のつもりでこんな真似を!?』

『ねぇ、ここ最近おかしかないかい!? 賞金首がわんさか出てきて、北の関所も塞がって、今度はこんな! 王宮に妙な余所者が入ったって話も聞いたよ! ずっと我慢してきたけど、さすがに言わせてもらうよ! 今、この国で何が起きてるのさ! ねえ!?』


 ――大混乱。

 波紋の向こう側から伝わってくる音声だけで、その阿鼻叫喚の様子が目に浮かぶようだった。


『ええい、落ち着け! 落ち着くんだ! 第五班、聞いての通りだ! 収集がつかん、すぐに応援を寄越してくれ――!』


 殺到する民衆に集中を乱されたか、通信はそこでブツリと途絶えた。


「……これは……」


 こんなことが各地で起きれば、兵士たちはその混乱を押さえるだけで手いっぱいとなるだろう。

 つまり、大多数の兵がこれらの対応に追われる。本来の兵としての仕事が機能しなくなる。

 ベンディスムに至っては、しばしの間は冒険者に襲われないよう気を払わなければならない。


「やられた……」


 老兵の口から、思わずの呻きが漏れた。


「間違いない、ベルグレッテ一行の仕業だ。街の兵士たちを無力化するために……」

「なっ……!? で、でも奴ら、どうやってこんな精巧な手配書を?」

「忘れたか。レノーレは昔、手配書の作成にかかわってたことがあるんだ。この程度の偽造、お手の物だろうよ」


 確かに偽物ではある。が、裏を返せばエドラアイビーの押印以外は本物と遜色ない完成度を再現できるのだ。


「こ、ん…………な!」


 ガミーハの表情がみるみる怒りの色に染まっていく。


「連中と通じてたヘフネルが、これを知らなかったハズはねぇ……! あいつ、知ってて俺に言わなかったのか!? あの時、俺に黙ったまんま……! 俺に悟られずに、こんな……!」

「…………」


 悔しさを滲ませる若兵の傍ら、老将軍は思考を先の段階へと進める。


(連中の仕業だとして……目的は何だ?)


 彼らは現在、バダルノイスからの脱出を狙って南方を目指しているはず。今さら皇都の兵を混乱させて何の意味が――


(まさかまだ近くにいるのか? それで脱出する隙を作るために……? いや、だがこれで国境を抜けやすくなる訳でもあるまい……。何が狙いだ……?)


 そうこうしているうち、通信術の波紋がいくつもこの場に広がった。兵たちがそれぞれ応じると、切迫した叫びが届いてくる。


『おい、誰か! 面倒なことになったぞ、手配書を見た民衆が騒ぎ出している!』

『リーヴァー、だ、誰か応答してくれ! ベ、ベンディスム将軍の手配書なんてものが貼られている! 当然偽物のようだが、なぜこんなものが――』


 将軍はどうにもならないとばかりにかぶりを振った。


「くそったれ、何てこった。積み重なったところに便乗してきやがったんだ……」

「どういう意味ですか、将軍……?」

「そこの賞金稼ぎも言ってたし、さっきの通信でも民が騒いでたろ。相次ぐ賞金首指定、それに関連した出国禁止令、『白の大渓谷』の封鎖、例の奴らの特別相談役任命……あれやこれやと過去にないことが連続してる中、今度は俺の手配書騒ぎだ。もう、その内容が本物かどうかなんて関係ないんだよ。こんな騒ぎが連続して起きれば、民もさすがに黙っちゃいなくなる……」


 まさに先ほど、通信の向こう側でそれが示された。

 おそらく何もない平時に将軍の偽手配書が出回ったなら、ここまでの騒ぎにはならなかったろう。

 未曾有の事態が次々と発生する中で起きたからこそ、より不安が掻き立てられるのだ。


「急げ! できるだけ手配書を撤去するんだ……!」


 これから住民たちも目覚め、本格的に一日が始まる。

 街へ出た人々が手配書に気付いたならどうなるか。その混乱ぶりは、もはや先の市場の比ではなくなるはずだ。


 が、確信にも似た予感があった。

 間に合わない。このまま完璧に事態を収拾することは不可能だろう。おそらく偶発的に、皇都の各地で先ほどのような混乱が起きる。


 薄暗かった空が少しずつ、明るさを増してきた。

 これから一日が始まる。その眩いインベレヌスの輝きに反した、悪夢のような一日が……。


(ハ、ハハ……)


 ベンディスムの裡から、思わず乾いた笑いがこみ上げた。


 異邦人たちの真意は知れない。

 だが、何のことはない。やり返されたのだ。

 無実のレノーレや流浪者たちを咎人に仕立て上げたら、同じやり方で仕返しされた。ただそれだけの、至極単純な話……。

 報いを下したのは氷の女神ではなく、氷の詠術士メイジとその仲間。それだけの話。


 確かに、手配書の偽造は犯罪だ。

 だが、今の己に……バダルノイスに、その行いを違法だと声高に叫ぶ資格などあるはずもない。

 やられたらやり返す。

 これはもはや……否、とっくの昔に変わっていたのだ。

 一方的な捕り物劇などではなく。

 れっきとした、『戦争』に。


 ベンディスム将軍はどこか他人事のように、心底疲弊し切った感情に支配されながら昼神の恵みを眺めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やられた以上にやり返す・・・100倍返しだ!!! [一言] 現代のような情報社会でもフェイクニュースが流れてしまうと収拾に時間がかかるときもあるみたいだしうまい手使ったなあ。
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