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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
13. 凍氷のロタシオン
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492. 託された者

「ヘフネルさん。私たちは……まず間違いなく、この国から脱出することはできないでしょう」

「…………、……な、」


 ヘフネルは絶句せざるを得なかった。

 これまでどんな状況であろうとも冷静に分析し、解決の糸口を見出してきたベルグレッテ。そんな彼女から紡ぎ出された結論に。


「ハルシュヴァルト北部は通れる道も限られるからね。人数に糸目さえつけなければ、おそらく完全包囲も不可能じゃない。東は東で、やっぱりレインディールへ向かうための脱出路としては現実的じゃない」


 そのメルティナの言に頷いたベルグレッテは、ただ静かに頷いて。


「ですから……私たちは、もう――――――覚悟を、決めました」


 直後、とんでもない宣言をぶち上げた。



「私たちは、バダルノイス王宮へ……氷輝宮殿パレーシェルオンへ突貫、これを攻略。オームゾルフさまを捕縛します」



「…………………………、………………は?」


 その瞬間、バダルノイス正規兵ヘフネルの思考は完全に停止した。


「…………いや、え……な、……何を、言っているんです……?」


 問題発言どころではない。もはや国辱の域にあるはずのその発言を耳にしたメルティナが、バダルノイスの『ペンタ』が……立場を考えたなら本来は憤らなければならないはずの彼女が、はははと快活に笑う。


「実に簡単な話じゃないか。逃げ場はない。なら、戦って勝つ。それだけのことさ」

「そそ、それだけのこと、って……」


 相手は『国』だ。バダルノイス神帝国、そのものだ。戦う? 何を言っているんだ。

 泡を吹きそうなヘフネルだったが、ハッとしてその光明を口にする。


「……い、や……でも、メルティナ殿が一緒ならば、その可能性も……?」


 何せ彼女は、少女時代に単騎で叛徒たちの大半を制圧せしめた英雄だ。立ち回り方次第では、本当に成功させてしまうかもしれない。


「いや、私は同行しない。宮殿に仕掛けるのはベルグレッテさんたちだけだよ」

「なっ……」


 なぜ参加しないのか。ならどうするのか。どういうつもりなのか。そんなヘフネルに対し、意外そうな顔をするのはそのメルティナで。


「例えばだよ、ヘフネル君。君は今言ったね。私が一緒なら、その可能性も……と」

「え、ええ、はい……確かに、言いました」

「なら、私がいなくとも……私に匹敵する使い手がいれば、同じことができる可能性はあるんじゃない?」

「……、……いや、それは……確かに、そうかもしれませんけど…………でも……」


 どこにそんな使い手が、との思いを察したのだろう。

 白き『ペンタ』は、形のいい顎でしゃくるように隣の部屋へ繋がるドアを指し示した。

 先ほど聞いた、その一室で眠っているという少年。


「……リューゴさん、が?」


 ヘフネルとしてはその実力のほどを目にしたことはないが、きっと彼は強いのだろう。おそらく、自分などよりは何倍も。しかし……。


「確かに、彼はミュッティに深手を負わされた。けど、さっきのエドヴィン君の言には一理あるよ。彼がそうして傷を受けたのは、私たちを守ったからなんだ。多勢に囲まれていたあの場の状況を好転させようと、勝負を急いたためもあるだろうけど……最初から一対一で冷静に対峙できていたなら、もうちょっと面白いことになっていたんじゃないかな」


 そうして『ペンタ』にして自信家、北国の生ける伝説にして英雄である彼女が、断言した。


「リューゴ君の実力は、少なくとも私と互角相当だよ。実際に干戈を交えた私が言うんだ、間違いない。遠距離戦が得意な私と完全な接近戦主体の彼ではまるで正反対だから、一概には言えないけど……一個の戦力としては、そう大差ないはずさ」

「……、…………な、なんと」


 おそらく初めてではないだろうか。

 巷ではメルティナとスヴォールンが互角、バダルノイスの双璧だと謳われるが、彼女はその評に対してあまりいい顔をしないと聞いた覚えがある。自分のほうが上だと考えているのだ。『ペンタ』として生まれ、かつての内戦を治めた身からすればその自負も当然か。


 そんな彼女が、認めている。

 異国の兵士だという、その少年を。


「さっき言ったね。エマーヌに付け入る隙があるとしたら、あの子が戦士ではないという点だ、と」


 人差し指を立てたメルティナが、淡く微笑む。


「それがこれ。エマーヌは、彼の正確な力量を把握できていない。私の確保に一度失敗しただけで、すぐに見切りをつけようとしたぐらいだ。もっとも、エマーヌだけじゃないな。きっとバダルノイスの誰もが、彼の本当の強さを知らないんだ。まさに、君がそうであるようにね」


 そんな彼女の言葉に、ジュリーが長い金髪をかき上げて応じた。苦笑いを浮かべながら。


「正直あたしたち、オームゾルフ祀神長に招かれて来たはいいけど、いいところ全然なかったからね~……」


 メルティナやレノーレの確保のために招聘されるも、結果は残せず。もちろん真相が明らかとなった今、その結果とやらは残さなくて大正解だった訳だが、現在でもバダルノイスの大半の人々は知るよしもない。

 世間的には、オームゾルフに招かれたにもかかわらず、裏切って敵についた罪人扱いだ。


「ケッ、断言してやるよ」


 部屋の隅の椅子でふんぞり返ったエドヴィンが、凶悪に歯を剥き出す。


「バダルノイスの連中は、これから思い知ることになるぜ。アリウミを敵に回したテメェらの馬鹿さ加減をよ」


 まるで不安など感じていないといわんばかりの、悪童のその表情。楽しみで仕方がない、との思いが溢れる不敵な面構え。

 ヘフネルは思わず、場の一同の顔を見渡した。まず反応したのは、ラルッツ。


「……だな。さっきはああ言ったが、リューゴの強さは本物だ。そこいらの兵なんぞ、何人束になっても敵わんだろうよ」

「そうですぜ! リューゴの兄貴より強い男なんていやしねぇよ!」


 子分のガドガドが短い片腕を突き上げる。

 詳しく知らないヘフネルとしては、しかしやはり「はいそうですか」といきなり頷く心境にはなれない。

 判断を求めるように、藍色の少女騎士へと目を向ける。ここまであらゆる真実を明らかにしてきた、智の結晶のような彼女へと。


「……これまでリューゴは、幾度も強大な敵を打ち倒してきました。少なくとも私は、彼が倒れて負けたところを見たことがありません。私は、今回も信じるのみです」


 そんな彼女から語られた作戦は単純なものだった。


 流護が単騎で王宮に正面から特攻を仕掛け、兵たちの注意を引きつつ数を減らす。その間に、ベルグレッテ、サベル、ジュリー、エドヴィンが一階の窓から侵入。どうにか三階へたどり着き、最奥に控えるオームゾルフを確保する。バダルノイス人であるレノーレとレニン――グロースヴィッツ母娘はさすがに参加せず待機。


 強引に、オームゾルフの罪を白日の下に晒す。少人数の他国人による、指導者の拘束。


「………………、」


 普通に考えて、成功するはずがない。あまりに突飛、あまりに無謀すぎる。それに――


「でで、ですがですよ。リューゴさんは、まだ目覚めておられないんですよね? いざ起きられて、そんな……病み上がりの状態で『氷輝宮殿パレーシェルオンに一人で正面から突撃してくれ』なんてお願いしても……首を縦に振るはずが……」


 そうだ。彼の意思はどうなのか。そもそもそんなもの、病み上がり云々関係なく請け負う人間がいるとは思えない。

 そんなヘフネルの懸念を、エドヴィンが笑い飛ばした。


「あ? 奴なら、二つ返事で受けるだろーよ。『おけ。分かった』とか言ってな。むしろここまで、拳を振るう機会も少なかったからな。鬱憤も溜まってるだろーしよ、喜んでやりたがるんじゃねーか」

「…………、」


 友人であろう彼が、さも当たり前のごとく言ってのける。

 確かに、ヘフネルはリューゴ・アリウミという遊撃兵のことを何も知らない。

 ただ、話す限りはごく普通の少年で……とても、あの獅子の国でそのような役職に就く人間と思えなかったことは間違いない。

 だが、それが……その常軌を逸した戦闘思考こそが、彼を特殊たらしめているのか。


 ……とにかく、まともではない。いや、何もかも理解できない。いくらベルグレッテ発案とはいえ、こればかりは……。


「ははは、上手くいくはずないと思ってるね、ヘフネル君。もちろん、これだけだとまだ少々無茶な話だ。だからいくつか策を練ってあるよ。成功率を上げるために……ね?」


 メルティナが片目をつぶってベルグレッテに微笑む。


「はい。私も、もう覚悟は決まりました。この状況を覆すために――ありとあらゆる策を講じると」


 少し切れ長の少女の瞳が、すっとすぼまる。

 美しくも力強いその薄氷色アイスブルーの眼の中に、ヘフネルは確かな怒りを見た気がした。






 狭苦しい馬車の中で。

 ヘフネルの話した内容を聞かされたオームゾルフ派の僧兵は、限りなく冷たい目を向けてきた。


「……ヘフネル・アグストン。それでお前は、そんな与太話を信じたのか?」

「でも実際、こうして七百人もこの場にまんまとおびき出されていますよね。これも、彼らの作戦です。戦力の大半を、宮殿から遠ざけるための……。疑うなら、その数に任せてこの近辺を捜索してみたらいいですよ。どれだけ捜したって、彼らは見つかりませんけどね。まさに今この瞬間、宮殿に攻め入っているんですから」

「……なら仮に、それが真実だとしよう。で、お前は成功すると思うのか? たった数人の異国人共に、本気で氷輝宮殿パレーシェルオンが陥とせると思うのか?」

「だから最初に言ったじゃないですか、僕もまだ信じられないって。でも今、宮殿にはスヴォールン様や『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』もいませんしね……。もしかしたら、ってことはあり得るんじゃないですか」

「ふ……く、ふはははははは! 我らがおらずとも、王宮には二百以上の兵が滞在している。それ以外に、数十の騎士や宮廷詠術士(メイジ)もな。それを、片手の指で数えられる程度の異国人共が蹴散らせると? 貴様、本気か? それがバダルノイスの兵としての考えか?」

「バダルノイスの兵として、ですか。あはっ」


 ヘフネルは鼻で笑ってやった。


「そこについてだけは、あなたに言われる筋合いはありませんよ。民を守るはずの国や兵が、何の罪もない人たちをよってたかって陥れてるんだ。それがバダルノイスの兵としての正しいやり方ですか?」


 ごっ、と鈍い衝撃。ヘフネルの目の前に星が散った。

 殴られた、と理解したのは、馬車の内壁に背中を打ちつけ尻餅をついてしばらく経ってからだった。


「言葉に気をつけるんだな、若造。この場で斬り捨てても構わんのだぞ」

「はは、やりなよ」


 即答。

 何を言われたのか分からなかったのだろう。兵はたっぷり数秒硬直する。

 鼻や口の端から伝う温もりを感じながら、ひりつくような痛みを感じながら、ヘフネルは相手の目をしっかと見据えた。


「僕を斬ったところで、あんたらの状況は何も好転しませんがね。……しっかし、『痛くない』。痛くないなぁ。義が自分にあると思うと、人は奮い立つ。心の奥底から闘志が湧いてくる。なんて、ガミーハがいつか言ってたっけな……。はは、その通りだ。こんなの、屁でもないや。権力に流されるだけの腰抜け野郎の拳なんて、これっぽっちも効きやしない」

「ッ、貴様、この若――」


 銀の光が閃いた。

 咄嗟に片膝をついたヘフネルが腰から抜き放った長剣が、相手の顎先で止められていた。下から伸び上がる形で。


「…………ッ! き、貴様……!?」

「あー、上手くいった! はは! 僕だってやればできるもんだなぁ」

「……自分が何をしてるか、分かってるのか……!」

「僕は弱いですよ。兵士としちゃ平凡……どころか、実戦なら下から数えたほうが早い。まともにあなたと斬り合いをすれば、あっさり負けて死ぬでしょう。でも、どうだっていいんだ。そんなこと」

「…………何……?」

「彼らが勝つかどうかは分からない。でも今……僕は、自分が間違ってないと確信してる。バダルノイスのために、正しいことをしてる自覚がある。あんたらと違ってね。だから勇気が湧いてくる」


 死すら厭わないと。キュアレネーの教義に反するような、しかしそれでいて嫌ではない……むしろ誇らしい熱意が溢れてくる。

 きっと、生まれて初めてだった。こんな昂ぶりは。


「このガキッ……、ぐ!?」

「あーっと、変に動かないでください。僕、弱くて下手くそなんですから。手元が怪しくて刺さっちゃいますよ……!」


 これは挑発ではなく事実だった。そうそう、劇の主役のように格好よく決めることなどできはしないのだ。


「残念でしたね。あなたたちは間違った。僕を押さえるなら、皇都を経つ前にすべきだったんだ。そこで捕まって、拷問でもされていたら……根性なしの僕は、今話したことを吐かされていたでしょうから。……いや、関係ないか。正直に話したところで、誰も信じないでしょうし。まさに今のあなたみたいにね」


 ベルグレッテはそこまで予測していたのだ。


「それで、さっきの話の続きです。言いましたよね。メルティナ殿ならば、もしかしたら単騎でも宮殿を制圧できるんじゃ……と。あなたもそう思いませんか?」

「…………、」


 相手がゴクリと喉を鳴らすその仕草が、肯定なのか命を握られてゆえの反応なのか、ヘフネルには判断がつきかねた。だから、勝手に続ける。


「それで、そのメルティナ殿が仰ったわけです。リューゴさんに、自分と同じだけの力があると。……つまりあのメルティナ・スノウと同等の力を持つ人間が今、宮殿を襲っている。あなたたちとしては、悠長に構えてはいられないのでは?」


 刃の切っ先から逃れるために顎を浮かせた男は、その裡にありありと狼狽の気配を漂わせた。


「……ふん、まるで他人事のように言うな。貴様は……それで、いいというのか」


 搾り出すような声で問うてくる。


「まあ、それは正直複雑ですよ。たった数人の異国人に王宮が陥落させられてしまったら、前代未聞どころの騒ぎじゃない……。国民に糾弾だってされるでしょう。バダルノイス兵は何をやっていたんだ情けない、これからこの国はどうなるんだ、って。混乱ぶりで言ったら、内戦時の比じゃなくなるかもしれない。でも」


『そう、君はれっきとしたバダルノイスの守護者の一人。だからこそ、「これからの」この国を守ってほしいんだ』


「それこそ、オームゾルフ祀神長のご方針ですよ。保守的なままでは、この国はもう前に進めない。だから、変革が必要。これから大勢の人の信頼とか色々なものを失うかもしれないけど、そこからまたやり直すんです。今度は怪しい人たちの手なんて借りずに。一から、最初から」

「寝言を言うな……そんな綺麗事ではどうにもならんからこそ、我々は……!」

「思ったんです。僕たちって、まだ本当に全力を尽くしてなくないですか? だってこんな風に派閥作って、こんな風に同じ兵士同士でやり合って」


 そうして、ヘフネルはゆっくりと剣を引いた。


「よく考えたら、僕なんかあなたたちのことを詳しく知らない。同じ正規兵なのに。僧兵出身の人たちが普段どうしているのかとか、全然耳にしない。白士隊の人たちもそう……いやそもそも、同じバダルノイスの兵士なのにそんな呼び方で区別してるのがおかしい。みんな、心の奥底ではそう思ってるはずです。でも、いつしかそれが当たり前になってしまって……誰も、口にすらしなくなってしまった。僕ら兵士だけじゃない。この国で暮らすみんなだってそうです。いつまでも移民の人たちとの溝を埋めないまま、ここまで来てしまって」

「…………」

「確かに、今のままでは頭打ちなんでしょう。だから、今こそ。もっとみんなで……『全員で』力を合わせて考えれば、腹を割って話し合えば、何かいい案が見つかりませんか? 派閥なんてなくして。下手な誇りなんて投げ捨てて。生まれがどこの国かだって、どうでもいいじゃないですか。話し合いましょうよ。メルティナ殿も仰っていたそうです。オームゾルフ祀神長が今回の決断をする前に、自分に相談してほしかったって」


 しばし、静寂。


「……ヘフネル・アグストン。一つだけ言っておく」

「……何でしょう?」

「貴様は甘い。兵士としても、その考え方も。国の頂に座し、全てを俯瞰した祀神長がこの選択をなさった。つまり、なかったんだ。それ以外に、道など」

「本当に? こう思ってるだけじゃないですか? 『あのオームゾルフ祀神長が決めたんだから、それ以外にない。あの人に思いつかないのなら、どうにもならない』。そんな風に諦めてませんか? あなた自身では考えてみましたか? 僕も……これまで、そうでした。だから、考えましょうよ。『みんな』で」

「――――、」


 呻くように溜息を吐き出した兵士は、そのまま踵を返す。大股で歩んだ彼が扉を開けると、外の冷たい空気が流れ込んできた。


「僕のことは? 放っておくんですか?」

「お前をどうこうしたところで何も変わらん。時間が惜しい」


 振り返らず言い残し、男は外へ消えていく。扉が自然と閉まり、馬車内には壁際に屈むヘフネルだけが残された。


「…………はぁ」


 一息ついて立ち上がろうとするヘフネルだったが、


「……うわっ」


 なぜか脚に力が入らず、崩れ落ちる形で座り込んでしまった。見れば、膝がカクカクと笑っていることに気付く。


「は、はは……情けない」


 よくよく鑑みれば。感情に任せるまま啖呵を切ったものの、いつ斬られていてもおかしくない状況だった。今さらその事実を解した身体が、緊張と恐怖に震えている。

 無理もない。兵士としても一人の男としても平凡でしかない自分のような人間が、先達の兵へ向かってあんな風に剣を突きつけたのだ。


「あー、痛ててて……」


 そして今さらながら、殴られた頬を押さえる。啖呵を切ったが、もちろん痛くない……訳がない。


(はは……こないだのガミーハじゃあるまいし、まさか僕がこんな真似をするなんて……。あいつのこと言えないな)


 ヘフネル・アグストンにとっては、後にも先にもないだろう決死の大立ち回りだった。今になって、心臓がバクバクと脈打っている。


(でも……今、こんなの比較にならないぐらい、とんでもないことに挑んでる人たちがいるんだ……)


 わずか五名の異国人による氷輝宮殿パレーシェルオンの強襲、目的はバダルノイス現統治者の拘束。

 あまりにも常軌を逸していて、未だに実感が湧いてこない。もしかしてベルグレッテやメルティナに騙されているのでは、なんて考えすらよぎるぐらいに。

 この作戦がどのような結末を迎えるかは分からない。


 ただ、きっと。

 彼らがそれを成したなら、バダルノイスは今まで誰も想像し得なかった未来へと向かう。その未来が明るいものとなるのか、それとも否か。


(……いや、『なるのか』じゃない。『する』んだ。僕たちの……みんなの手で)


 こんな当たり前のことに、今まで気付けなかった。

 派閥に分かれ、団結することを忘れた法の番人。過去の遺恨から、未だわだかまりを残す先住民と移民。

 人が住まうには厳しい環境にあるこの国だからこそ、『皆で』力を合わせなければいけないはずなのに。


(改めて、僕だってそうだ。『エマーヌ様ならどうにかしてくれる』。馬鹿の一つ覚えみたいにそう思うだけだった。実際には、面倒なことを全部なすりつけて……都合の悪いことは、見ないようにしてただけなんだ)


 好意を抱いているつもりで、一方的に責を負わせていた。

 誰も彼もがそんな有り様で、何が上手くなどいくものか。


 それに引き換え、今のベルグレッテたちはどうか。各々、生まれも育ちも経歴も身分も違う。そんな者たちが一丸となり、ひとつの目標へ向かって突き進んでいる。


(どうなるかは分からない……けど)


 予感はあった。

 間違いなく、これはバダルノイスにとって大きな転換期であり。

 それによる変革を乗り切れるかどうかは、自分たちにかかっているのではないか、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと思ったんですが、流護くんが単騎で王宮を蹂躙することでバタルノイズ人の悪い意味での自己を高く見る思考をへし折る事ができれば他国に頭を下げて援助してもらうようになれませんかね。 ベル子さんそ…
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