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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
477/667

477. それは勝利か敗北か

「ぐ……うっ」


 身体に被さった粉雪を払いのけ、オームゾルフはどうにか身を起こす。


「…………、」


 信じられないような光景が広がっていた。

 目に映る範囲にあった荷車の数々は横転するか傾ぐかし、壊れた車輪が転がっている。

 比較的ミュッティに近い位置にあった木箱や樽などの物品は、もはやひしゃげ潰れていた。建物の窓ガラスは全損。石塀は崩れ、広範囲に破片を撒き散らしている。


 己が配下の兵士たちも、全員が地に伏していた。

 だが、命に別状はないはずだ。オームゾルフはこの展開を予期し、備えていた広域防御壁を展開した。しかしそれでなお、この有様。発動者たるミュッティから二十マイレは離れていたにもかかわらず。


 至近で直撃を受けたなら、人の身などもはや直視しがたい肉片へと変じることだろう。


(……これが、オルケスターの秘蔵部隊……殲滅部隊オスティナトの実力……)


 改めて目にし、戦慄する。

 人の身で、これほどの領域に至れるものなのか。

『ペンタ』すら歯牙にもかけないと豪語する、恐るべき詠術士メイジ。オルケスターには、こんな使い手が他にも存在するというのだ。


「――――」


 流護は確実に、目の前で巻き込まれた。オームゾルフはその瞬間を目撃した。メルティナは……。


 立ち上がり、首を巡らす。

 離れた位置で、雪まみれになりながら立ち上がるモノトラとアルドミラール。ベンディスム将軍や、配下の兵士たち……。壊れ散らばった物品の数々……。


「――ミュッティ殿。妙です」


 胸騒ぎを覚えたオームゾルフは、この破壊を巻き起こした張本人の下へ歩み寄った。


「あ?」


 振り返るほぼ無傷の彼女と、重なる小さな鈴の音。


「彼らの姿がありません」

「……肉塊にしちまったか」

「いえ、そうではなく」


 粉砕したなら、辺りに血痕や肉片が飛び散っているはず。だが荒々しい破壊の痕跡が残る周囲の様子に、それらは確認できない。


「オームゾルフ祀神長」


 そこでやってきたのは、頭やひげに雪を張りつかせたベンディスム将軍だ。


「あれを」


 大柄な老兵が目をやった先。そこにあるのは、流雪水路の穴。蓋が外され、大口を開けている四角い空白。中では、未だ水が流れ続けている。

 その周辺や縁に、べったりと赤色が付着していた。

 あれだけの量の血を流していた者など、つい先刻の時点では一人しかいない。


「……確証はないが」


 前置きをしつつ、老兵は自分でも信じられないような口ぶりで厳かに告げた。ミュッティを見据えながら。


「あんたの技が放たれた瞬間……リューゴ・アリウミは、自分から後ろへ跳んだように見えた」


 鈴の女は鼻で笑う。


「ケ、そんなことでアタイの術の威力を殺したとでも?」

「加えて、奴の背後……直線上に、メルティナ……その後方に、ベルグレッテとレノーレがいた」


 ふ、と殲滅部隊オスティナトの女は肩を竦める。


「……リューゴ・アリウミが身を挺して盾になって威力を相殺……雪が舞って視界が塞がれた隙に、奴らは揃ってそこの水路に飛び込んで逃げた。そう言いてぇのか?」

「さてな」


 老兵は首を横に振った。


「あの一瞬でそんな真似ができる人間がいるとも思えん。だが……俺からすれば、リューゴ・アリウミもあんたも変わらんよ。遥か雲の上の領域で行われた闘争だ。凡夫の俺からは、そんな風にも見えた……それだけの話さ」


 それはオームゾルフの視点からしても同じこと。あの一瞬で、そんな判断や所業ができるものなのか。到底鵜呑みにできるような話ではない。

 が、彼らの死体や姿が見当たらないことも事実。


(……メルなら、無詠唱での防御展開も可能……)


 流護と力を合わせ、咄嗟にあの恐るべき一撃を凌いだとしたら。向こうは瀕死のレノーレを守らなければならない立場だった。最初から、撤退も視野に入れていたとしたら。


「あんなザコとアタイを一緒にすんなよ。今まで、アタイのアレを喰らって生きてた人間なんざいやしねぇ」

「……だろうな。あんなモノに耐えられる人間などいるはずがない。だが……」


 ぼさついた顎ひげを撫で下ろしたベンディスム将軍は、嘆息するように吐き出した。


「俺には……あのリューゴ・アリウミが、我々と同じ『人間』に思えん。まるで異質な……尋常ならざる者としか考えられんのだ」


 黒メガネ越しながら、ミュッティが目を見開いたように感じられた。どこかハッとしたような。


「…………オームゾルフ。頼むわ」


 ミュッティは手をひらひらと振り、おざなりに言い結ぶ。小さな鈴の音が同調するように追従した。

 わずか思案した聖女は、


「……承知しました。では、念には念を押すといたしましょう」


 そうして、バダルノイスの指導者は宣言した。


「現時点をもって、リューゴ・アリウミ、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード、サベル・アルハーノ、ジュリーミケウス、エドヴィン・ガウル。以上五名を新たに罪人と認定。我らがバダルノイス神帝国の名の下、賞金首として手配することを宣言いたします――」






 ガタゴトと。

 忙しない振動が、どうにも心地悪い。


「……、リューゴっ……!」


 覗き込んでくるベルグレッテの声。目の前がぼやけていて、その表情は窺えない。


 大丈夫だって。何心配そうな声出してんだよ。

 そう言ったつもりだが、流護の喉からは何も出なかった。自らの意思に反し、呼吸が不規則に乱れるのみ。


「大丈夫。私に任せて」


 白い影が少女騎士の隣から見下ろしてくる。


「全く、君は何とも無茶な男だな。あの状況を思えば、文句も言えないが」


 彼女がかざす手のひらから、眩い光が満ちる。妙に寒く冷たい身体に、温かさが浸透してくるのを感じる。


「……あなたは本当に、危険なことばかりする」


 ひょっこり顔を覗かせるのは、大人しげなメガネの少女だ。

 おおレノーレ、よかった。そこにいたか。大丈夫そうだな。

 心配そうな彼女に平静をアピールすべく明るく言ったつもりだったが、少年の意思に反し、やはり声は出てこなかった。


(…………、……やべえ……『飛んでる』な)


 記憶が途切れ途切れになっている。

 あのミュッティに迫り、一撃を繰り出そうとしたところまでは覚えている。顎先を打ち、意識を落とすつもりだった。それが――


(……、……あっから覚えてねぇ……あそこで……カウンターもらったんだ)


 今までにない。

 取ったと確信した瞬間、逆に……先に相手の攻撃を受けてしまった。先んじられた。信じがたい話だが、そうとしか考えられない。

 その後、なぜかこちらに背を向けていたミュッティに対し一撃。これは反応され防がれた。そこから先も今ひとつ記憶が定かではない。記憶が細切れになっている。


 だが、流護たちの目的は、あの場で全ての敵を倒すことではなかった。

 もちろん可能ならばそれに越したことはなかったが――あくまで最優先は、レノーレとメルティナを無事に確保すること。


(へ……、勝ったのは……俺たちだ)


 四人で流雪水路へと飛び込み、脱出に成功した。流護としてはその辺りの記憶もぶつ切りになっていて不明瞭だが、今はあらかじめ外に待機させていた馬車で皇都から遠ざかっているはず。


(くっ……は、はは……ざまーみやがれ……く、)


 激しい馬車の揺れと、メルティナが発する温かな光に包まれ、少しずつ意識が揺らいでいく。


(……く)


 ベルグレッテが考案した作戦そのものに瑕疵かしはない。

 レノーレとメルティナも無事。

 致命傷としか呼べない流護のこの傷も、メルティナならば治療できるのだろう。

 選択肢のひとつとして考えていた案を実行できた。

 戦果は上々、結果オーライ。


(……く、そが…………)


 だが。

 確かに、敵を倒すことが目的ではなかった。それでもあの場で敵をねじ伏せることができていれば、話は終わっていた。こんな風に馬車で逃げる必要もなかった。


(…………)


 その仮定を思わずにはいられない。



 もしあのミュッティ・ニベリエと一対一で闘っていたなら、果たしてどうなっていたのか――と。



 邪魔する奴は神だろうと殴り倒してやる、などと大口を叩いておきながら。大事な人たちを守るために、故郷を捨ててまでグリムクロウズへ舞い戻っておきながら。


 四肢の感覚がない。あるのは――肉体の前面部、至るところから感じる違和感。見えない何かを浴びせられたような。

 否。事実、浴びせられたのだ。

 これが――


(……音、使い……)


 ラルッツたちが恐れていた、オルケスターの詠術士メイジ


(…………)


 二対一という優位な状況、それも『ペンタ』メルティナと共闘しておいてこの体たらく。

 オルケスターと敵対する以上、あのミュッティとはすぐにまた衝突することになるはず。

 果たしてその時、


(…………俺は……勝てる、のか……?)


 温かな回復術の効果か。

 次第に押し寄せてくる心地よい眠気に包まれながらも、流護の心中には消えない懸念が黒霧のように漂っていた。

第十二部 完

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全て [気になる点] 音使いをどうやって攻略するのか? あれかな?鍛え上げた腹筋を使った大声量で、リューゴもソニックブーム放つのか?音筋肉使いになれるのか? [一言] 第三部の更新が待ちき…
[一言] やっと追いつきました。
[一言] 一週間ほどかけてここまで読みした。 初出が2012年と古く現在も順調に書き進められているので、作者の方がこの物語を大切にされているのが伝わります。 物語自体まだ全貌が見えていないようなので、…
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