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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
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457. 絶凍の記憶 2

 しばらくの間、ちょっとした任務に赴くメルティナの護衛を務めることになった。

 とはいえ、そもそも本人が圧倒的な力を誇る英雄であり、護衛などより遥かに強いのだ。本来、必要ないはずなのである。


「大臣がうるさ……じゃなかった、大臣が私の身を案じてくださるの。今回は特に、他の貴族の方々とも多く接しなければならないから。私一人では手が回らない可能性を案じたのでしょうね」


 にこやかなメルティナの笑顔。


「……そ、そう、なのですか」

「ふふ。もっと楽にし……なさって」


 狭い馬車の中で向かい合いながらの会話。

 レノーレにしてみれば、緊張するなというほうが無理な相手だった。相手は伝説の『ペンタ』。しかも何と表現すべきか、まるでおとぎ話の住人のような。髪、瞳、肌、身に纏うドレスまで……純白の美しさ。ただただ、目を奪われてしまう。


「これも何かの縁……レノーレさんのことを聞かせていただいてもいいかしら?」

「えっ!? ……は、はい」


 レノーレはこれまでの自分のことを、かいつまんで説明した。


 幼い頃から母レニンに憧れ、宮廷詠術士(メイジ)となるために修業を積んできたこと。その念願が叶い、晴れて王宮に勤める身となったこと。

 ……もちろんここしばらく同僚から受けている嫌がらせについてや、母レニンの精神的な変調などについては伏せた。


「ふむー。いや、噂には聞いていたけど十一歳で宮廷詠術士(メイジ)として登用されただけのことはあるね……。過去にない偉業だ。立派じゃないか」


 うんうんと唸るメルティナの顔を、レノーレはまじまじと見つめてしまった。


「ん……あっ、……いや、ごまかしてもしょうがない。早くも猫が剥がれちゃったね。私は、どうも言葉遣いが『こう』なんだ。一応は貴族の令嬢なんだから、きちんとしろって偉い人からは言われるんだけどね……。苦手なものは苦手なんだよ」


 はは、とメルティナは観念したような微笑を見せる。


「まともな教育を受けるべき時に、戦火にまみれたバダルノイス中を駆け回っていたからね……真っ当になんて育つはずがないよ。貴族らしい品格だとかそういうものは、後になって無理矢理勉強したんだ」


 遠い目でそう独白する。


「とはいえ、どうもお上品に取り繕うのは好きじゃなくてね。スノウ家はもう私一人しかいないし、そもそも私自身、貴人だの英雄だのと呼ばれるけどただの人殺しだ。バダルノイスの皆からすれば救世主かもしれないが、移民たちにしてみれば悪魔とでも呼びたくなるだろう。……間違っても、学院の新入生に見世物として力を披露していいような人間じゃないんだけどね」


 バダルノイスで知らない者はいない英雄は、自嘲気味に言って己の手のひらに視線を落とす。


 そこからの会話で、メルティナは驚くほど気さくだった。雲の上の存在だと思っていた彼女も、嬉しがったり悲しんだり怒ったりする。常に完璧だった母にも、ああした一面があったように。

 英雄も、一人の人間なのだ。今さらのように、レノーレはそんなことを噛み締めた。


「まあこれから先、どうなっていくかは分からないけど……私もスノウ家の人間として恥じないようにはやっていくさ。うん、『スノウ』……古イリスタニア語で雪を意味するこの名に運命を感じてね。それで公にはメルティナ・スノウって名乗ることにしてるんだ。……一部の人は、せっかく授かった洗礼名を省くなど何事だ、みたいに言うけど」


 まさに雪のような白さと美しさ、そして儚さを兼ね備えた彼女は、自らの胸に手を当ててそう微笑んだ。






 メルティナとの仕事を滞りなく終え、帰還を明日に控えた夜の宿にて。


「レノーレさん。さあ、一緒に湯浴みをしようじゃないか」

「……えぇっ!?」


 部屋に入ってきた英雄が織物を片手に、立ちはだかるような堂々たる佇まいで宣言する。


「この街には天然の温泉が湧いててね。これがあるから今回の仕事を受けたと言っても過言じゃない」

「……は、はあ」

「さあ、行くよ!」

「……い、いえ……私は、その……」

「何だ、照れてるの? 女同士なんだ、気にすることはない。エマーヌとも、こうして親交を深め合ったものさ」


 ははは、と笑う彼女に半ば無理矢理引っ張っていかれる形で、断りきれず一緒に入ることになってしまった。


「……、」


 さっさと脱いで先に浴場へ行ってしまった彼女を、仕方なしに追う。メガネを外し、身体に織物を巻きつける。背中側、左の脇腹付近を無意識に押さえつつ。


「さあさあ、身体を洗ってあげよう」


 すると『白い人物』がここぞとばかりに待ち構えていた。メガネを外していることに加えて湯気が立ち込めており、声でしか判別できそうにない。


「……いえ、私は本当に……」


 後ろに下がろうとしたが、むんずと腕を掴まれてしまった。

 あれよあれよと座らされ、背中を洗われることに。


「…………、」


 妙に強引だったそこまでとは違い、メルティナの手つきは壊れ物を扱うかのように丁寧だった。

 そうして彼女の手がレノーレの背中の左側、脇腹付近へと触れる。


「……!」


 漏れそうになった声をどうにか押し殺した。


(……大丈夫……、)


『気付かれる』はずはない。そう思った――はずだった。


「……なるほど、『ここ』か。ごめん、痛かった?」


 静かなメルティナの声。


「……えっ」

「ごめんね、ずっと気になっていたんだ。君、出会ってからずっと……任務中も、隠すようにこの辺りを庇うように押さえることがあったから。ケガでもしてるのかなって」

「……、」


 平静を装っていたつもりだったが、見透かされていた。


「君の評判は前もって聞いていたし、実際にこの目で見た働きぶりも噂に違わぬものだった。……そんな優秀な君が、力量を考慮して宛てがわれた任務でこんな背中側を負傷するとは思えない」

「…………」

「それでいて時折失敗することがあるって話だったけど、今回の任務は文句なく完璧にこなしてくれたし……。まして、護符ルーンを忘れたりするようには思えないんだよ。どうにも腑に落ちなくてね。……こういうこと、だったか」

「……メルティナさま……」

「教団附属の学院にいた頃、たまに同じようなケガをする子がいたんだ。からかい半分で、後ろから術をぶつけたりする阿呆のせいでね」

「……、」


 同僚からの嫌がらせは、日を重ねるごとにひどさを増していった。

 階段で背後から術をぶつけてもレノーレが踏み止まるからか、次第に強い力を込めてくるようになった。


「ったく、神からの授かりものをそんなことに使って、恥ずかしくないのかと思うよ。はい、ちょっとじっとしててね」


 優しく言ったメルティナがレノーレの患部に手を宛てがった。


「…………あ……」


 痛みが、嘘のように引いていく。

 そうだ。メルティナ・スノウは、北方屈指の狙撃手であると同時に、最高位の治癒術士でもある。


「まだ十二の女の子に嫉妬して、こんな卑劣な真似をして……誇り高い宮廷詠術士(メイジ)が聞いて呆れる。……結局、あの内戦の頃と何も変わってないんだな」


 メルティナの手から感じる温もりに反し、声はひどく冷たい。


「私も内戦当時、十歳かそこらだったからね。生意気に感じたんだろう、『敵』は移民だけじゃなかったのさ」


 同じだ。この誰もが知る英雄でも、同じように……。


「……私は」


 その事実を知ったからか。傷の痛みが薄れていくとともに、レノーレの口からは自然と言葉が零れる。


「……私はただ、母さまに喜んでほしかっただけなのに……」


 そのために宮廷詠術士(メイジ)を目指した。目的を達成し、これからも母を笑顔にしていくつもりだった。


「……それなのに……それなのに……っ!」


 溢れ出した。ここまで抑えていたものが。

 悪意を増す同僚の嫌がらせ、精神を病み厳しくなっていく母の態度。


「……うぅっ、メルティナさま。わた、私は……どうすれば……!」

「メル、でいい」


 後ろから回ってきた細い腕が、レノーレを優しく包み込んだ。


「……メル、ティナ……さま?」

「メルでいいって言ってるだろう。よし、君はしばらく私の従者になりたまえ。大臣には私から言っておく」

「え……え?」

「君は今日から私の専属だ、レノーレさん。……堅苦しいな、レンって呼ばせてもらおう。というわけで、レンと私は友人だ。よろしくね」

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